屋敷の正面は『美里警察署』の文字が入る警察車両でごった返し、開けっ放しの門から頻繁に車が出入りした。男性警官が手錠をかけられた男達を一人ずつ二名で挟んで車寄せの段を下り、玄関先で女性警官数名が笑顔を振りまくエリのオーバーな話に目を細めた。
拾ったヘルメットを手にした京太はコンクリートの端を上がり、行き交う警官を前に辺りを見回した。どこにも未紗紀はおらず、アーチの中に賑やかな集まりが見えた。スロープを上って手を振る女性警官達と擦れ違い、屋根の下に来て玄関側の壁にもたれた。話す相手が仕事に戻ったエリはぐったりした彼へ視線を動かした。
「どうしたのよ。ユーレイでも見たのかしら」
「ええ、いっぱい。もうたくさんです」
「それって宇宙人の親戚でしょ、満足したんじゃないの」
「全然違います。宇宙人はアメリカでは国籍を――」
緊張から解放された京太がUFO関連の持論を語り始め、エリは無視して誰か来ないかと額に手をかざした。ちょうど、止まった車から白髪の男性が降りた。制服姿の胸に金色のバッジが光り、周りの警官に道を譲られて威風堂々と歩き、車寄せの前に来て制帽へ手を上げて敬礼した。
「Chinatsu Fans No.0007、只今参りました。これはちーさまのお孫様、可愛らしい」
「へぇっ。ちーさま?」
「桂木…いえ、今は黒田千夏様ですな」
「あ、京太のか」
「ちーさまのご希望通りに手の空いた署員を急行させました。では、これで失礼致します」
男性は仰々しく回れ右をして戻っていき、ぽかんとするエリの背後でひがむ少年の声がした。
「どーせ、中学生なのに変な趣味ですよ。俺なんか相手にされないしさ」
「何言ってんの、おばあさんは凄いじゃない。こんなに警察が集まって…さっきのは署長かな」
振り返ったエリは京太の祖母・千夏を褒めた。千夏が孫のために依頼しただけで、レンガ屋敷に警官が大量に投入された。相当の権力があるに違いないと考えていた。だが、不思議な現象の話をしたい彼は嬉しくなく、面倒くさそうに彼女の話に付き合った。
「ばあちゃんはしがない芸能事務所の社長です」
「え、そうなんだ」
「金のことになると細かいし、ケチだし」
「へー。だけどお金って怖いわ。やっぱ、お兄ちゃんの恋人は普通の人でいいや」
「へいへい、宮町家のご令嬢はもう諦めるんですね」
京太がパタパタと手で顔をあおぎ、エリは「じゃ、帰りましょ」と屋敷へ歩き出した。応接間で刑事に事情を聞かれる未紗紀に挨拶して帰るつもりだった。
ブォーというけたたましく門から向かってくる音。二人が振り向くと猛スピードのバイクが車寄せへ真っ直ぐ来た。段の手前ギリギリで白地に青ラインのテールカウルを見せて止まり、ヘルメットを脱いだ彩香が気疲れした顔を向けた。サイドスタンドを立ててヘルメットを上に置き、矢も盾もたまらずエリの元へ駆け寄った。ゴンッと後ろで音がしても気にすることなく、両手を伸ばして彼女を腕ごと抱きしめた。
「何ともないよね、エリ―。大丈夫、怪我はない?」
「え、うん、全然」
「ダメじゃな~い。こんなとこに来て危険なことしちゃ」
「違うよ。ここのお嬢様が……」
「そうだ、お腹すいてるでしょ。お昼食べてないみたいだし、朝だって寝ちゃってて」
「う、うん」
汗臭い首筋に顔をうずめ、エリは記憶の片隅をつつく感触に言葉が出なくなった。自分のことを心配する女性にくるまれた心地よさは何物にも代え難く、この屋敷に朋己を呼んだのすら忘れさせた。彼女は兄が来ずに呆然とした玄関の一歩外で兄と似た温もりを感じて寄りかかった。彩香が腕をまわして背中をさすり、エリの黒髪は風になびいて揺れた。
彩香はスーツのスカートだけデニムに履き替えていた。おかしな恰好をした叔母を眺め、京太は頭の後ろに手を置いて家族によくある光景……と、エリがまた長い髪に変わっているのに目を奪われた。呼吸を整えて興奮を抑え、音を立てず足を出し、なだらかな肩へそーっと手を伸ばした。
ガーーッ、ドンッ!!
警察官がいる中を物凄い勢いで軽トラが突き切り、バイクを前に反転して止まった。運転席から降りた美雪は金バッジの男性へ頭を下げた。ビシッと敬礼が返され、全員がアスファルトのタイヤ痕を見て見ぬふりをした。ずかずかと京太の元へ歩いてきた。その形相に彼は目を見張った。
「か、母さん……がはっ」
シャツの胸ぐらを掴まれて息を呑み、すでに身長が超えた母の前で小さくなった。一転、美雪は表情を和らげて面長な顔を横へ向けた。
「悪かったわね、彩香」
「あ、お姉ちゃん。ううん、この子が誘ったのよ」
「色々あるし、きつく言っとくから」
「そ、そう。じゃあ、私たちはもう帰るけど」
「分かったわ。後は任せてちょうだい」
直線に揃った前髪の下でキッと目がつり上がり、京太は「待って」と手をバタバタさせた。姉の親子関係に苦笑しながら彩香はエリの肩を抱いて一緒に階段を下りる。一番下で腰を曲げて落ちたヘルメットを拾い上げ、彼女の顔を見上げた。
「オープンフェイスのやつかぶって来てるよね、エリ」
「あっ、ちょっと待ってて」
エリは振り返って段上へ跳ね、京太の垂れた手から自分のヘルメットをもぎ取った。横へ向いて美雪にペコリ。一瞬の微笑みを引き出し、すぐにアーチをくぐった。最後の段で踏ん張ってリアのシートへ足を掛け、バイクに跨った彩香の腰にしがみついた。顎紐を締めた彼女に前のフルフェイスが軽く傾いた。
「シールドが取れてるし、苦しかったら背中に顔付けていいから」
「うん、オッケー」
「じゃあ、私たちの家へ帰りましょう」
彩香はクラッチを握って発進させ、膝を強く締めてバランスをとった。少しずつ速度を上げて彼女たちのバイクは硬い路面を安定して走り出した。坂道を下る後ろでエリは薄手のスーツジャケットをきゅっと掴んだ。ひんやりとした風が吹き抜ける山道に入って彼女は温かい背中にすぐ顔を押し付け、二人はカーブで同じ方向に体を傾けて帰っていった。
一方、薄暗い車寄せに残された親子の間では厳しい追及が始まり、美雪は仁王立ちで腕組みして京太を睨みつけた。
「いたずらメッセージで騒ぎになったって、お義母さんから聞いたわ」
「それは……。悪かったですよー」
京太は不貞腐れて母から目を背けた。エリの考えとはいえ、自分がしたことを認めて曲がりなりにも反省してみせた。だからといって、パートを早退した地味なパンツ姿の美雪は手を緩めようとしなかった。
「裕太のサッカーボールを捨てにいったのもあんたでしょ」
「え、違う違う。あれはエリさんが蹴ったはず」
「何しらばっくれてんのよ。お向かいの人が裏の田んぼで拾ったの持ってきてくれたんだから」
「え、そんなとこまで。うっそー」
「まったく、あんな大人しい子を連れ回して危険な目に遭わせて」
美雪は頭ごなしに普段から反抗的な息子を悪者にし、完全にエリのことを誤解した。それから一時間近く説教を食らい、京太は徒労感を覚えた。加えて、彼には自転車二台を軽トラの荷台に積んで縛る作業が待っていた。
警察が来てから数時間経ち、屋敷はほとんどのパトカーが引き上げて警備をする警官のみが残った。軽トラは北側の駐車場に移動した。京太は軽トラの荷台に自転車を固定し終えて降り、後ろへまわってフックにアクリルロープを引っ掛けて固く結んだ。彼が手首で額を拭って息をつくと、玄関の透明なガラス扉を開けた未紗紀が階段を下りて近寄った。
「あの、京太さん。これをエリさんにお渡し下さい」
「な、なんですかっ」
白いワンピースに着替えた彼女に京太の腰が引ける。しかし、箒の柄を前方へ出され、彼はすんなりと受け取った。今の未紗紀は怪しい雰囲気どころか凛とした表情で振る舞いが堂々として見えた。
「ああ、どうも。あっ、どうして俺の名前を」
「セキュリティシステムの登録をチェックしましたから」
「なーんだ。バレちゃいましたか」
「はい、それで私のメッセージの宛先なんですけど」
未紗紀は背中に隠した反対の腕を前へ、手のひらに載る折り畳み端末を差し出すと頬を赤くして俯いた。京太が胸から端末をひょいと近づけ、彼女へチラリと目を向けた。恥ずかしそうにする女の子に気分を良くし、彼は調子に乗ってからかった。
「でも俺なんかに教えちゃっていいのぉ」
「いえ、是非ともエリさんにお伝え下さるように!!」
「あ、そーですよね。ハハハ」
真面目な顔でエリの名を口する未紗紀がお辞儀をして振り返った。京太は端末の画面で頭を掻いて苦笑いし、荷台の横にもたれて去っていく彼女を名残惜しく見つめた。
どんよりした空の下、強くなってきた風が屋敷を囲んだ木々の葉を揺らす。少女がすっと伸びた背中に緩いカールの髪を弾ませ、毅然と看板が立つ玄関へ向かった。父の病気が気がかりなことに変わりはないが、守ってくれたエリに想いを寄せる新しい自分がいた。未紗紀はこれから会社を継ぐ覚悟でアンティーク家具や語学の勉強をすると心に決めた。彼女のように自ら道を突き進む女性になりたいと思うのであった。
―― 次章予告 ――
桂木家では騒がしい姉妹の声が響き、ちはるは海に行くと言った。朋己が来てエリは喜び、波打ち際で男女が楽しそうにはしゃぐ。京太の手伝いで宿題が進み、夏休みも終わりに… ⇒FLAG+10へ