ねーさま、ヨロシク!-桂木エリふたたび-   作:北河まき

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―― 前章までのあらすじ ――

中学三年のエリは夏休みに彩香の甥・京太とお嬢様を兄の恋人にしようと山間の屋敷へ行った。
未紗紀の家族が病床の父一人で心細いと知り、兄・朋己を頼らせようと考えた。屋敷の裏門で遊びながら朋己を呼ぼうと画策するが、彼への「助けに来て」というメッセージは誤って彩香へ送られた。
屋敷では叔父を恐れて未紗紀が階段下に隠れた。涙を見せる彼女にエリは守ってくれる人の存在をほのめかし、ドアが開く音に朋己が来たと思ってホールへ向かった。ところが、玄関に宮町家の財産を狙う叔父達が居た。呆然とするエリだが未紗紀を守るために箒をサロンの暖炉へ投げ、彼らに強烈な灰のシャワーを浴びせた。
エリたちは外へ逃げ出して警察が来た。安堵した未紗紀からは白い蒸気が天へ立ち昇っていく。
彩香が心配してバイクで駆けつけ、後部シートでエリは温かい背中に顔を押し付けて帰った。



FLAG+10 ガールズ・ネクスト・ステップ
騒がしいテーブル


 コンクリートの塀で囲まれた道路を京太は緩やかに歩いて下った。左への路地が見える桂木家の角は切り取られたかのように斜めへ木の柵が立つ。カフェのシャッターが日光を反射し、目にして額を手で拭った。店先から家の敷地に足を踏み入れて高木の下へ行き、木陰でTシャツの前をバサバサと湿った外気を体に当てた。台風一過の週末はムシムシした晴れ。気軽に自宅を出た彼は引かない汗に幻滅し、雑草が生えた庭から玄関へ向かった。

 靴を脱いで廊下をぬらぬらと進んでリビングの戸を引いた。乾燥した涼しい空気が気持ち良く、鼻から大きく息を吸い込んだ。一息ついて見渡した部屋は右にテレビが点き、左のダイニングからエリの視線が向けられた。

 テレビは法律相談の番組が流れ、不倫でできた子の養育費に関する質問にスーツを着た弁護士が答えた。エリはテーブルに片肘をついて大きな瞳で結論にうんと頷く。京太はズボンのポケットからROMカードを出した。画面へ夢中な少女の奥で対面キッチンの端に、女性が深い鍋に菜箸を軽く一回し。うなじで金髪をまとめた彼女は火を止めて顔を上げた。

 

「あら京太、こんな時間にどうしたのよ」

「はい、これ持ってきたんです」

「ん、良く見えないわ。何なのそれ」

 

 ちはるがカウンター越しに目を細くした。後ろから水が流れる音とともにバタバタと彩香が入ってくる。「まーた来たの」と笑顔を向けるが、彼が指につまんだものを見て顔色を変えた。

 

「もしかしてそれ、宿題の答えをコピーしたやつとか」

「え、問題のコピーですよ。叔母さんの頃と違って答案はメディアに書き出せないんですから」

「でもエリに持ってきたんでしょ」

「うん、問題を忘れたって。公立校の宿題はライセンス一括購入で中身が同じだし」

「怪しいわね~。ちょっと、こっちに見せて」

 

 彩香はラベルのない黒いカードを手に取って何度も目に近づけた。疑い深い叔母を残して京太がテーブルへ向かうと、ちはるが運んだそうめんの器を両手から下ろした。椅子が引かれてすでにエリはいない。キッチンの奥で手を伸ばし、食器棚からつゆを入れる容器を出していた。

 京太は椅子の背に手を掛け、彩香のいる入り口へゆっくりと首を振った。ちはるも二人の様子に目を配り、ふーっと息をついて囁いた。

 

「どうやら、彩香とエリは冷戦中みたいね」

「エリさんが何かしたんですか」

「あなたたち学校の裏山に行って騒動を起こしたでしょう。聞いたわ」

「だけど、叔母さんは迎えに来て笑ってましたよ」

「違うわよ。その前の夜、お兄さんから電話があったのにってエリが怒っているの」

「あ、そうだったんですね」

「それはそうと食べてないでしょ。京太の分、用意してあげる」

「あっ、今日は…」

 

 何かを言おうとした京太は素早く目を左右へ動かす。両脇に二人が同時にやってきた。ちはるは振り返ってパタパタと奥へ向かい、しゃがんで対面キッチンに姿が隠れた。

 エリは五個も重ねられた小さい容器をドンとテーブルに置き、京太の前に引かれた椅子へお尻を飛び乗せた。彩香はテーブルの端にカードをそっと置いて彼の後ろを通過した。顔を背けたエリの反対側から席に着き、腕を組んで目を閉じて押し黙った。

 京太は知らぬ存ぜぬでテーブルの横にまわり、端に両手を掛けて腰を落とした。エリの顔を見上げてカードを指先で突いた。

 

「宿題はこの中ですが、未紗紀のメッセージの宛先はどうしますか」

「知らない。お兄ちゃんに送っといてよ」

「そーですか。あ、あの箒ですけど調べました」

「あっそ」

「柄の真ん中辺りに穴があって突っついたら掃いた時に物が飛ぶ勢いが変わったんです。父さんに見せてダイヤルを付けてもらいました。危険だからってビニール紐で縛って最小威力にして」

 

 リビングへ向いたエリは話を聞いているのか分からない。京太は立ち上がって向かい合う椅子に座った。汗が引いた背中にも愛嬌のない顔を見せられては重い空気が肩にのしかかった。テーブルに容器が点々と置かれ、ちはるが再び両手にそうめんを持ってきて眉をひそめた。

 

「ちょっと彩香、お茶くらい入れたらどうなの」

「えぁっ、は、はい」

「ついでにつゆも出してちょうだい」

 

 彼女に言われて目を開けた彩香は慌てて冷蔵庫へ行った。ペットボトルを二つ持って戻り、腰を下ろしてコップがないのに気づく。椅子をガタガタさせて立ち上がった。

 食器がばらばらに卓上に並べられ、四人はそれぞれ手を合わせて食べ始める。エリが置かれた容器を握ってテレビへ顔を向け、彩香が持った容器を口につけて麺の固まりを頬張った。協力しようとしない二人のせいで昼食の時刻が大幅に遅れ、ちはるは静まったテーブルにため息をついて箸を休めた。

 

「あんた達、いい加減にしなさい」

「ぷえぼでぶねー」

「彩香、口にものを入れてしゃべらない!」

「うぁい、でもですねー。エリだって悪いんですよー」

「わたし悪くないもん」

 

 自分の責任にされたエリは完全にリビングへ体を向けて唇を尖らせた。小さい背中から非難を浴び、彩香は箸を掴んで真っ白なTシャツへ首をひん曲げた。

 

「勝手に怒って寝たんだからしょうがないじゃない」

「寝てないよ~だ。勉強してたんだから」

「あー、嘘だー。京太くんに問題を持ってきてもらったくせに」

「こ、答え合わせだから、問題も一筋縄じゃないんだし」

 

 振り返ったエリは勢い良く両手を広げて嘘を誤魔化し、彩香の仏頂面に向けて話を変えた。

 

「大体、家族からの電話だったら替わってくれるでしょうがっ」

「替わってくれって言われなかったのよ」

「ウソだー。お兄ちゃんはそんなこと言わないし」

 

 二人の言い争いはいつか見た姉妹げんかだった。上からの目線へエリは突っかかる。同じように鳴沢の実家で姉を相手に怒っていたのは他ならぬ彩香だ。本物さながらの妹を加えてダイニングに家庭の喧騒が戻った。ちはるはだんまりを決め込んで食事を続けた。

 隣では背中を丸めた京太が大人しく麺をすすった。ちはるは孫のような彼にも微笑んだ。

 

「昼を食べずに来るなんて、エリも気に入られたわね」

「あっ、そうじゃなくて……」

「あ、そうだ。もっと前に来たら良かったのに」

「はぁ?」

「エリの生着替えが見れたのよ。彩香が昨日そのまま寝たでしょって」

「がはっ。ごほ、ごほっ」

 

 京太が飲み込みかけたものを容器に吐き戻し、「大丈夫?」と彼の背中をさすった。ちはるの満足した感情を抑えた声には笑いが漏れた。さりげなく目を上げた京太は横を向くエリの胸から飛び込んだ膨らみに顔を赤くした。

 

ピンポーン、ピンポーン

 

 インターホンが鳴って京太がこれ幸いと玄関へ走り、部屋の戸をそのままに出ていった。玄関のドアが開けられる音が聞こえてから少しの間静かになり、女性の挨拶がリビングの壁を回り込んでダイニングに届いた。ちはるは顔を上げてガバッと立ち上がった。優しい物腰の話し声が彼女の目を輝かせ、体を廊下へと向かわせた。

 

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