ねーさま、ヨロシク!-桂木エリふたたび-   作:北河まき

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求ム、いい家族!!

 窓からの弱い光でふわっと白く包まれた室内でエリがソファーに踏ん反り返った。京太は彼女の小さい手のひらを見つめた。左手を腰に当て、右手に掴んだ端末を渡すかどうか悩んでいた。視線を下に向け、京太が口をすぼめて出方をうかがった。

 

「今度は何に使うのかを教えてくれないと貸せませんから」

「京太のおばーさんに電話すんのよ」

「ばあちゃん……って、またイタズラですね」

 

 あきれた顔を向けると、エリは水平に開いた手を結んで天井へピッと人差し指を立てた。

 

「ふふん、隠し子になって奨学金の代わりに養育費をもらうわ」

 

 手首がくるっと角度を変え、指先が京太へ向けられた。ちょうどテレビから昔のドラマに映った祖母の演技であざけり笑う声がリビングに響く。千夏は黒田家で最も他人を信用しなかった。彼は肩をすくめた。

 

「ばあちゃんに電話したら『何言ってんだ、あんた』で終わりですって」

「そこは手紙がカギになるわ。わたし、国語の成績『A+』だし」

「そりゃ凄……いやいや、未紗紀ん時はイタズラ扱いされ、俺が怒られたんですよ」

「ま、今回失敗したら京太の言うこと何でも聞くからさ」

 

 笑みを浮かべてエリが悠然と手を上下に振った。彼女の甘い誘惑に京太は迷い始めた。胸の前で握った指の力を緩め、眼鏡の端から座る少女の首元へジトっと目を向ける。その黒髪が長く伸びて見えた現象に遭遇してからずっと触ってみたかった。多少叱られても悪くはないと思えた。

 京太は端末を下にして手を差し出した。エリの手がひらりと返された。けれど、下心があるのを気取られたくなく、手のひらの上で離してさっと引き、体の後ろで手をもぞもぞと動かした。

 

「べ、別に何かして欲しいわけじゃないですけど」

「サンキュッ。成功したら、わたしの言うことを聞いてね」

「あれっ、なんでそうなるの」

 

 彼は交換条件に呆気にとられた。といって、千夏が引っかかるとは論理的に考えられなかった。

 エリはぴょんと立って窓へ向いた。名称を縦にゆーっくりとスクロールさせ、相手先を見つけて指先をつけた。端のスイッチで音量を上げていき、周囲に単調な呼出音が流れた。やがて、女性の低い声が聞こえた。

 

「もしもし桂木です。あ、映っとらん…あんた誰?」

「エリです。実はわたし、ご主人が浮気してできた子だったんです」

「あ、あいつ。そんな子がいたとは……」

「あの、それで母が亡くなりまして」

「エリ―、うちにおいで。今から来れるね」

「はい、行きますっ。それじゃ」

 

 話はとんとん拍子で進み、元気よく切ったエリが体を反転させた。京太はどこかで聞いた声としか分からず、誰にかけたのか尋ねた。背の低い彼女が腕を伸ばして通話履歴を掲げる。ぷるぷると震える手元へ京太は目を細くした。番号の上に表示された『鳴沢桂木』の文字に目を丸くしてエリを見下ろした。

 

「えぇっ、桂木のばあちゃんの方を騙したんですか」

「うん、でも今からが本番。彩香さんって実家お金持ちなんでしょ」

 

 エリは借りた端末をいじりながら答えた。一方、京太は真剣な表情で彼女の顔を見つめた。

 

「俺は反対です。桂木のばあちゃんを騙すなんて」

 

 志穂は孫を心配して遠方からでも訪ねてくれるし、家に居る祖母と違って優しい。エリに従順な京太もこればかりは賛同しかねた。

 少年からの非難の目に、その場でエリはくるりとセーラー服の真っ白い背中を見せた。

 

「それじゃ、話の隠し子だった人はその後どうなったの」

「え、えーっと、たしか。そこまで……」

 

 京太が考え込み、後ろ手を組んだエリは窓の外を眺めた。無言のリビングへ隣の家に立つ庭木が塀の上で枝葉を揺らす音が伝わった。彼女は風が止むと、振り返った。彼の腕をとって手のひらに端末を載せ、そのまま柔らかく握り締めて微笑んだ。

 

「京太、難しく考えようとしてる。結局さ、お互い幸せならいんじゃないかな」

「けど騙されて幸せな人って…」

「じゃあ、彩香さんがいて、ちはるさんがいて、わたしがいて、京太は楽しくなかったの。みんなバラバラの方が良かったかしら」

「そりゃあ、どちらかと言えば一緒の方です」

「そう、一緒に仲良く。よーするに、いい家族になればいんだよ!」

 

 元よりエリが頼れる家族は朋己一人だが、彩香が遠慮なく頼み事ができる存在になった今、その母・志穂を巻き込むのに悪気はさらさらなかった。彼女の言葉は自信と相まって妙な説得力を持った。

 確かに、京太は来たばかりで桂木家に馴染むエリを見た。志穂も同様に彼女を受け入れると感じさせるものはあった。それに彼にとっても彼女と一緒に居られたら、髪が伸びたり、白い発光体が出たりする現象に出くわす機会も増える。ひょっとすると、UFOが来るかも知れないとの考えが頭に浮かび、京太は八方丸く収まるのではないかと算盤を弾いた。

 早速、エリはローテーブルの端に片足をかけ、手に握りこぶしを作って意気込んだ。

 

「さあ忙しいわよ、鳴沢に行くんだから。で、お金持ってるの」

「あ、うん。これくらいだったら」

 

 素直に応じた京太はデビット残高の画面を提示した。四桁の並ぶ数字に頷いてエリが立て看板の前へジャンプした。黒板を裏返して膝をつき、スカートの裾を床に着けて文章を書き出した。彼は後ろに近寄って筆の走りを眺めた。

 木の枠内が白い文字で埋まり、最後に立ったエリは全文を黙読した。間違いがないとチョークを置いて首を曲げた。

 

「これが手紙なんだから、ぼーっとしてないで写してよ」

「そうでしたね、分かりました……前略、桂木様、この手紙を読んでいる頃、私はすでに生きていないでしょう……ん、この後なんて書いてあるんですか」

「うーん、字がぐちゃぐちゃ。あ、スマホの音声認識を使えばいいのか」

「ええ…にしても手紙というより遺書ですね。はい、どうぞ」

 

 京太が出したマイク部分にエリがすらすらと話しかけ、早々に隠し子になる作戦の下準備を完了させた。あいにくプリンタがなくて印刷を諦め、テレビの電源を切った二人。リビングの戸も閉めずに黒板の文面を残したまま、玄関から外へ飛び出した。早足な彼女に遅れないよう、彼は端末を強く握って施錠もしないで門を出た。

 

 彼女たちは新舞島駅の通りを渡り、歩道沿いのローサンに立ち寄った。京太が入り口脇のサービス端末から出た『死んだ母からの手紙』を受け取ってレジで精算した。鳴沢へUFO探索に行く一回分の金額が失われても、出し渋る様子はなく楽しげですらあった。それだけエリと居て遭遇した不思議な現象は彼を魅了し、調べるためには協力を惜しまなかった。渡された封筒を持って彼女は信用金庫の角を曲がり、意気揚々と駅舎に入っていった。

 

「人が居るコンビニって親切でいいわ。封筒までくれるし」

「田舎だと無人が多いですからね。あと、詰めたおかげで一枚になって助かりました」

「デザインにも料金とられんだ。あっ、貸して貸して」

「え、ちょっと待って下さい……左端のレーンですよ、はい」

「うん、オッケー」

 

 手と手を重ねて受け渡した端末を手に、エリは腕を振って改札の前に進む。並んだ細長い機械の間にある閉じてない中央の通路へ近づこうとした。京太がすかさず肩を押さえた。

 

「だから、左ですって」

「えっ、ゲートはここだけしか開いてないのよ」

「二人分の支払い設定したから大丈夫です」

 

 京太の話にしばし考え、三つの改札機を右から眺めた。『×』、『〇』となぜか真っ黒のパネル表示。試しに左端の間際に立った。瞬時に『2』が表示され、レーンの手前と奥のゲートが同時に開いた。口を開けたエリは背中を押された。

 

「どうしたんです。入らないんですか」

「う、うん。これで分かったわっ」

 

 少し緊張しつつ勢いよく改札の通路を通り過ぎる。エリは私鉄に乗った事がなかった。ホームに停まった車両を目に入れ、開きかけたホームドアへ歩き始めた。また京太の待ったがかかった。

 

「あ、それ乗っちゃダメです」

「何よ、これ鳴沢行きじゃない。それくらい分かるわよ」

「違うんです、エリさん。準急に乗らないと」

「はぁ?」

 

 エリは天井に吊るされたモニターに首をかしげ、十分間隔で発着する電車の目的地と運行の種類を示す色の違いに目を迷わせる。だが、信頼のおける道先案内人がいるから心配無用。向かうのは彩香の実家であり、甥の京太が間違うはずがない。この間を利用し、祝日で学生の少ないホームをキョロキョロと見回した。

 

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