ねーさま、ヨロシク!-桂木エリふたたび-   作:北河まき

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オバさん、とうとう切れる

 案内板を支えるコンクリートに腰掛けたエリはつまらなそうな顔をし、歩道とビルの分かれ目へ視線を向けた。雑草が路面とそこに立つ壁を押しのけるように斜めに生えた。太陽が燦燦と照りつける地面は少女にそれが今にも干からびそうに思わせた。

 彩香は履いているブーツの硬い足音に気をつけながらバス停に近寄った。案内板へ斜めに体を倒し、エリに覆いかぶさって時刻表を確認した。

 

「ああ、二時間待ちなのねー」

「へ……」

「こんにちは。そんなとこ座ってたら暑くない?」

 

 いきなりの影にエリは驚き、顎を上げて頭をひねると知らない女の人が横に立っていた。「このオバさん誰だろう」と戸惑いつつも、目の前にぶら下げられたレジ袋から飛び出るネギに買い物帰りと分かった。来る途中にバスから見た住宅街を思い浮かべ、彼女の家族が待つリビングを想像して羨ましがって一層兄と別れた寂しさが募った。彼女から頭を背けてコンクリートに生える雑草を見つめ直した。

 エリがふさぐ様子を見て取り、彩香は驚かせようと兄の話にわざわざ手を突っ込んだ。

 

「今までお兄さんと一緒だったよね」

「えっ」

 

 少女は知らないオバさんに兄のことを持ち出され、呆気に取られて彼女へ顔を向けた。なぜ兄を知っているのかという表情を見せた。その反応に彩香は笑みを浮かべ、膝を少し曲げて前傾姿勢でしゃべり続けた。

 

「バイク屋にいたの。出てきた私の前をお兄さんと歩いてたでしょ」

「…………」

「舞島学園に通っているんだよね、お兄さん」

「舞島学園……」

「うん、私も舞島学園だったの。中等部と高等部の六年間」

「……」

 

 エリはますます混乱した。確かに兄は舞島学園に通っている。卒業生だから調べられるのかとも考えたが、楽しく歩いた時間の記憶にバイクの店は存在しなかった。

 オバさんが…バスで…買い物に…後ろから兄を…調べる。目を閉じて頭の中でそれらの言葉がぐるぐると回転して螺旋を描いた。やがて、一本の線となった人物像は昨日見たテレビに。旦那とうまくいかずに若い男子を追いまわす不倫願望を持つストーカー主婦だ――との結論に至る。彩香を不審な人物と決めつけて開眼。意を決すると太腿を抱えた両手を膝に当て、向かい合わせた指先で膝小僧を掴んだ。肩を怒らせたエリは彼女をキッと睨みつけて低い声で囁いた。

 

「ケーサツ呼びますよ」

 

 急変した少女の態度に、背中を丸めてへらへらとする彩香は目を見開いた。怒らせた覚えはなく困惑した。遠く聞こえてきた救急車のサイレンがやみ、背後でスピードに乗ったクルクルと近づく赤色灯が右折して病院へ入っていく。彼女のTシャツはにわかにベトついた汗が滲んだ。

 慌てるオバさんを見上げ、エリは引いた足先とお尻のコンクリートで踏ん張って立った。スカートの後ろを手で一回パンパンと払った。つり上がった目に大きい瞳孔をさらに大きく、足を小股に開いて彼女に向き直り、右手を水平に掲げて左手の人差し指を前へビシッと突き出した。

 彩香は何もできずに突っ立ったまま、魔手が伸びてくる錯覚で腕をハの字にして首をすくめた。

 

「お、怒らないで。声かけたの、寂しそうだったから」

「このストーカ…」

「私、悪くないし、怪しくないし、家近くだし、顔こんなだしー!!」

「へぇっ」

 

 エリが彼女に目をパチパチさせた。自白により彩香は『悪くも怪しくもないと言い張る近くに住む顔こんなオバさん』と判明した。けれど、それは頭で考えた犯人像と何か違った。腕を組んだエリはこれまでの過程を逆に考え始め、最初までたどって首をかしげた。

 

「なんでバスを待ってるんだっけ」

 

 しかし、幸せそうなオバさんが兄を追いかける理由はストーカー主婦以外に見いだせない。しばらくして自信なく手を少し上げて上目遣いに口を開いた。

 

「質問いいでしょうか」

「うん」

 

 両手を下げて彩香がゆっくりと頷き、エリはきょとんとする彼女に疑問をぶつけた。

 

「お、お兄ちゃんに興味あるんですか」

「興味ってなんのこと」

「えっ。それじゃあ、今日はお買い物ですか」

「ええ、そこのイナズマートで」

「そうですか。オバ…奥さんは今からお帰りですか」

「んん?」

 

 最後に彩香は怪訝な顔に変わって手招きし、呼び寄せた少女に耳元で「老けて見えるのかな」と小声で問いかけた。エリは顎に指を当てて考えるがよく分からなかった。

 

「大丈夫ですよー、奥さん」

 

 ニッコリと笑ってエリがテキトーに話を合わせると、彩香は顔を真っ赤にさせて肩を震わせた。

 

「……そうじゃない」

「だから旦那さんにお聞きになってもらえば」

「ワ、タ、シ、独身だからーー!!」

 

 今日の不満をぶちまけるかのように彼女は叫んだ。口角泡飛ばす勢いに、少女は思わず頭を抱えて「ごめんなさ~い」と目を白黒。彩香の周りに白い湯気が立った。それは夏の大気によってそう見えるのか、怒りに任せた感情がそう見せるのか。中学生のエリにはまだ分からなかった。

 




―― 次章予告 ――

エリは人の良さそうな彩香に誘われ、桂木家のカフェへついていく。ほこりをかぶったテーブルを兄のために使えると拭いた。他方、彩香が一緒に夕食をとる叔母は姉と仲が悪く… ⇒FLAG+02へ
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