ねーさま、ヨロシク!-桂木エリふたたび-   作:北河まき

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実は〇〇〇んです

 舞島市の海にちょこっと突き出た島は緑豊かな土地にコンビニの他は店舗もなく、舞島学園の中等部・高等部と大学、学生寮といった関連施設がある。歩道が広く取れる通学路は電柱の地中化やバリアフリー化が完了していた。

 校門を出たところのバス停に二人。みちほが眉間にシワを寄せて小ぶりのスポーツバッグを抱きしめた。車いすに座る彼女の頭にお腹が乗っかり、エリは案内板へ首を出していた。

 

「バスは休日ダイヤか。三十分もあるし、わたしが送っていくよ」

「うぇっ、いいです。じいちゃん呼ぶから」

「遠慮しない。フフフ、こう見えても二つ年上なんだぞ」

 

 歩道にスニーカーのかかとを着けてエリが胸を張った。車いすを引いて左に曲がり、得意になってスキップした。みちほはそばかすの上の瞳を端へ寄せた。面倒な他人との付き合いを避け、お節介なタイプは苦手だった。交差点で前方を横切る車が目に入り、慌ててアームレストを持って上体を反らせた。ブレーキが掛かってバッグが転がり落ち、エリは笑いながら前に来て拾い上げた。

 

「へへ、ごめんね。今度は気をつけるわ」

「どうも」

 

 みちほは不愛想に荷物を受け取った。エリは慎重に黄色い点字ブロックを乗り越え、横断歩道を颯爽と車いすを押し、信号の下で「上がるよ」と声をかけた。僅かな高さをスムーズにキャスターが上がった。秋空を遮るものがない歩道に兄と会えなかった鬱憤は晴れていた。また、無口で控えめな末っ子を相手して歩き、自然と心が広くなった。フットレフトに女子の学生靴が乗り、灰色のカラーブロック上に先頭を行く。膝から足元まではそれぞれの裾で覆われた。

 

「みっちゃん、スラックスなんだ。お姉さんは…」

 

 正面から眼鏡を掛けた暇な大学生風の男子が自転車で近づいてきた。エリは車いすを公園の入り口へ向け、脇に止めた。みちほの顔を後ろから覗き込んで人差し指を立てた。

 

「来年、お姉さんは舞高に通う予定だけど、スカートを選ぶわ。長い両脚にハイソックスが伸びてスラッとして映えるでしょ」

「ハイッ、その話は嘘が混ざってまーす」

「いっ……いつから居たの。てか京太、何しに来たのよ」

「彩香さんが連絡取れないって言うから、こうして探しに来たんです」

 

 通過した京太の自転車は近くに停まっていた。エリは彩香の顔を思い浮かべ、首をさすった。

 

「心配しなくてもちゃんと帰るわ。でも喉が渇いたし、ジュース奢ってよ」

「あれ、お姉さんはお金持ってないんですか」

「そうよ。お兄ちゃんが端末で払ってくれるからね、みっちゃん」

 

 振り返ったエリは背を屈め、みちほの腕に両手を掛けた。彼女がさっと上げて振り払い、ハンドリムを回して車いすの方向を変えた。後頭部を見せた少女は声を尖らせた。

 

「自分で買うわ。京兄なんかに出していらないっ」

 

 みちほが怒って公園に入っていき、両手を上下させて一人で自販機へ向かった。彼女の剣幕に圧倒され、エリは上体を起こして頭を掻いた。後ろに首を回し、突っ立っている少年の顔をじろりと見つめた。

 

「あんた達、けんかでもしてんの?」

「さあ、俺は知りませんよ」

 

 京太は自転車から手を離して肩をすくめた。エリはとぼけていると直感し、隠したい兄妹の事情に口をつぐんだ。

 

 三人が訪れた公園は広がる芝生に木々が生え、散策するための遊歩道が設けられた。文教地区にあり、土曜日に人影は少なかった。エリは自販機が並んだ横にあるゴミ箱へ空き缶を投げ、ピンポイントで縁に当たって外に落ちた。まだ京太やみちほは飲んでいる最中。仕方なく自分で拾いに向かった。芝生の手前でエリはポイっと捨てて顔を上げ、照明灯の上に腰掛ける女性が映った。

 

「ちょっと、あそこに変な人がいるわ」

「五メートルはありますよ。自力で上ったんですかね」

 

 京太は芝生に足を踏み入れてゴミ箱の奥へ出た。後ろから飛んできた金属が当たり、カコンと音がした。頭を押さえて振り向くと、みちほが知らん顔して公園の出口へ向かう。彼女も細い目を横へ動かし、体をビクッとさせて車いすが止まった。

 腕組みする女性が黒いスカートであぐらをかき、黒いロングカーデの裾を宙に垂らした。そして自身も浮き始めた。彼女は魔法の使い手であり、考え事をしながら空中で姿勢を保つ芸当をやってのけた。彼女こそ前々からエリを盗聴していた悪魔・ハクアだった。今もイヤホンをして桂木家から受信したと思われる音声に耳をそばだてた。しかし、競馬実況と「くそーっ」という女性の低い声しか聞こえてこなかった。

 

「ふぁ~、真昼間から賭け事をするなんてヤクザが住んでるのかしら」

 

 帰国したばかりで曜日感覚がないハクアは上空に両腕を伸ばし、地面へ目を転じた。目当ての少女は近くにいた。イヤホンを外した彼女が頭から飛び下り、中間でブレーキを掛け、両腕を軸にふらりと下半身を振った。スノーブーツで硬いコンクリート舗装にスッと着地し、腰まで伸びた薄紫の髪を翻した。

 エリを目指す途上、背の高い京太が隠すように行く手を阻んだ。身構えるハクアに、背を丸めた彼は胸の前で手を擦り合わせた。

 

「こんにちは今日はお日柄も……そうだ。バイバイキーン、パピプペポ~」

「変わった挨拶ね。ま、握手してあげてもいいわよ」

「やったぁ、『メー』に書いてあった宇宙語が通じたぞ」

 

 ハクアの差し出す右手を京太が喜んで両手で握り締めた。彼女は感動する彼を押しのけて歩いてくる。憮然としたエリだが彩香を怒らせた反省を生かし、急に愛想笑いを浮かべた。

 

「お、お姉さんはどちら様でしょうか」

「私はハクア。あなたと同じ、正真正銘の悪魔よ」

 

 笑みを見せるハクアを上から下へエリは眺めた。長髪はボサボサ、服の汚れがひどく、ブーツも泥だらけ。不審な言動といい、どこからどう見ても怪しい人物だ。しかも、彼女は異臭を放っていた。とりあえず、一歩引いて鼻で息をしないよう努めた。

 

「ぎょーあどごがらぎだんでずがぁ」

「冥界のことは思い出してない……あら、やけにつらそうね」

「ばい、あだじいまがぶんじょーだんでずぅ」

 

 エリが舌を出して喋った。ハクアは周りの枯れ葉が落ちた芝生を見やり、袖口を鼻先に近づけて嗅いだ。見る見るうちに顔が赤くなった。プライドの高い彼女は遠まわしにバカにされたと感じ、目の前の小娘に気色ばんだ。

 

「シャワーを浴びた後で家に行くわ。待ってなさいよ、桂木えり」

 

 ハクアは少女の脇を走り抜け、出口へと勢いをつけた。両手を後ろに向けて浮かび、ヒューッと低空を飛んで公園から見えなくなった。緊張を解いたエリは鼻から思い切り空気を吸い込んだ。

 静まる芝生に鳥がさえずり、京太は辺りを見回した。ハクアに名指しされたエリが遊歩道の端で顎を押さえた。駆け寄った彼は土に足を取られ、握手した手のひらを大事そうに顔へ向け、肘が肩甲骨を小突いた。すぐさま彼女は振り向いて肩に息を吹きかけた。

 

「もぉー、新品おろしたてのワンピースを汚さないでよ」

「ところで空飛ぶ宇宙人、どこ行ったんですか」

「宇宙人は普通に走って帰ったわ。それに下に落ちただけで飛んでないでしょ。濃い色の洋服着てりゃ、『あなたと同じ、正真正銘の悪魔』って何のコスプレなの」

「いや多分、『あなたと同じ小身長のア・クマ星人』の聞き違いです」

「は、わたしの事バカにしてんの。じゃあ、第三者に飛んでたか聞こうじゃない」

 

 向き直ったエリは車いすのシート上がスポーツバッグだけなのに目を丸くした。後ろへ手を伸ばして顔を叩いた。

 

「あっ、居ないわ。みっちゃんが消えちゃった」

 

 唾液の付く指を京太が落ち着いて反対側の芝生へ向けた。ぽつんと生えた木は子供が足を掛けて登れる二股に分かれた太い幹を伴った。みちほは緑の下にたたずみ、スマホをいじっていた。

 

「脳性麻痺と言っても軽度なんです。ズボンで見えないけど、右足に装具を付けてるから少しなら歩けます。家ん中じゃ跳ねて移動してるし、車いすは外用ですね」

 

 エリは障害の程度を言葉で受け取ったが、頭にイメージが湧かなかった。遠くの彼女はスラッとして見えた。ブレザーのボタンを外し、スラックスを身にまとい、ボーイッシュな短い髪型で何となく恰好よかった。内向的な大人しい少女がエリに詩人を思わせた。

 

「ねえ、彩香さんより背が高くない?」

「そうですね。叔母さんだと165cmはないでしょう」

「みちほ、真面目で女の子にもてそうね」

「あいつがですか。ははは…」

 

 苦笑した京太と違い、初めて会ったエリには良い所ばかりが目についた。素敵な身内がいるのを朋己に教えれば、養子を断る彼も翻意するのではないかと思った。しばらくして、祖父の軽トラが迎えに来た。みちほが助手席に飛び乗り、車いすを荷台に積んで先に帰った。別れた後の帰り道は彼女の話で持ちきりだった。

 

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