ねーさま、ヨロシク!-桂木エリふたたび-   作:北河まき

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―― 前章までのあらすじ ――

中学三年のエリは桂木家の養女になり、施設を出て彩香の妹として一緒に暮らすことになった。
十月半ば、彩香は朋己の説得が進まない件を母・志穂に責められ、彼が養子を嫌がるせいだと怒った。それを聞いたエリは確かめようと舞島学園へ行き、朋己に会えなかったものの、京太の妹・みちほが居て家に送っていく。エリを迎えにきた京太に、みちほはきつく当たって公園に入っていった。
公園ではハクアが悪魔と称し、エリは怪しい人間と決めつけた。だが、桂木家に再び現れた彼女は駆け魂の話をし、悪魔と呼ばれたエリは怒り心頭に。体の全身からは魔力が放出された。
人間である朋己と兄妹でもなく、他人なんて有り得ない。エリは「悪魔じゃない」と叫んだ。



FLAG+14 悪魔が人間と言われて
魔力は分かりやすく


 桂木家に来た悪魔・ハクアは彩香がキッチンへ引っ込んだ隙に、玄関でエリに自分と同じ悪魔だと告げ、信じたくない彼女は怒って叫んだ。ところが、全身には魔力が溢れ、えも言われぬ感覚が手足に走った。キラめく両方の手のひらを並べてエリが見つめた。

 

「あれ、どうしたんだろう。ビンビンしてる」

「どうやら魔力はよみがえったようね」

 

 立ち上がってハクアはスラックスに付いたほこりを払った。太腿の辺りをごそごそとし、エリにポケットから出した手を伸ばした。

 

「冥界情報端末『М42』。私からのプレゼントよ、触ってみて」

 

 ハクアの手のひらに置かれたどす黒い色は京太のと同じだった。エリは腰を引いて端末の上で手を右へ左へ払い、意を決して取り上げた。手触りはツルツルとしてプラスチック製で軽く、真っ暗な画面にフードをかぶったお茶目なドクロが3Dホログラムで浮かび上がった。「あなたが使用者ですか」と尋ねられ、彼女がうんと首を縦に振った。

 手に載った端末は普通のスマホっぽい。エリは画面に指を当てトントンと触り、顔を上げた。

 

「このスマホ、わたしにくれるの。でも何で?」

「ま、あなたがうまく使う事ができるならばの話だけど」

「そりゃ、スマホくらいは…」

「それじゃあ、『玄関の電気が消える』と心の中で唱えてくれるかしら」

 

 ハクアが腕組みをしてニヤニヤと笑った。エリは何かの引っ掛けと疑い、乗らないように天井を見上げた。今からでも警察に連絡できないだろうかと頭の中で考えた。すると、玄関の電灯が赤く光ってパカパカと点滅を繰り返した。彼女は口を開けて驚いた。

 

「えっ、何これ」

 

 顔を下げてエリが端末に首をかしげた。ハクアは反対側から覗き込み、ディスプレイパネルの上にあるセンサー部分を指した。

 

「ここに念じて端末をかざせば他の電子機器を操作できるわ」

「へー、最新のスマホは脳波で動くのか」

「ただし、使う者の能力に依存するし、それなりの魔力を消費するの」

「え、それって…」

 

 話の続きを察したエリは後ずさって冷や汗をかいた。ハクアは人差し指を振り、胸を張った。

 

「この端末は充電も不要で、悪魔が放出した魔力を魔法に変換できるの。昔はバディに首輪を付けて支配してたけど、今はこれを渡すと進んで協力してくれるわ」

「じゃあ、わたしが悪魔ってことに……」

 

 エリの表情はだんだんと曇っていく。ハクアが技術力を誇らしげに紹介し、これ見よがしに冥界を知らない少女に語り始めた。彼女は聞きたくないと、手を突き出した。

 

「もういいです。やめて下さい」

「あら興味がないの。冥界は死んだ人の魂を浄化し、それを天界で人間に与えるとか」

「わたし、お兄ちゃんとここに生きてるから」

「そう、じゃあ…あなたがどうやって地上に生まれたかを教えてあげるわ」

「ど、どうせ怪獣みたいに卵から出てきたって言うんでしょ!!」

 

 プイッと横を向いたエリは目に涙を溜めた。朋己と兄妹でないと分かっても実際に言葉で聞くのはつらくてたまらないことだった。彼女の顔はトイレがある廊下の隅へ向いた。怒り出した少女の横顔に、ハクアは腹を抱えてゲラゲラと笑った。

 

「あーははは、怪獣なんて映画の見過ぎね。あなたの魂は人間の魂として天界へ送られたのよ」

「フン、悪魔と人間が同じな訳ないじゃん」

 

 エリに懐疑的な目を向けられ、片手で腹部を押さえたハクアが反対の手を彼女へ振った。

 

「まあ、分からないように加工したわ。でもバレたら冥界に不良魂として戻ってくるし、あなたがここに居るってことは人間の両親から産まれた人間でしょ。魂は悪魔だし魔力を持つけど、家族と血が繋がっているのも間違いないわね」

 

 ハクアの目は笑っているが、エリは話に真実味を感じた。というか、信じた。支え合って歩んできたこれまでの兄妹関係を嘘とは思いたくなく、兄に守られてきた妹の想いはこれから兄の恋人を見つけて幸せになってもらうことである。そんな二人の絆を根底から覆す危機が去り、胸の前で手を組んでホッとした表情を浮かべた。

 

「はぁ~、良かったぁ。お兄ちゃんと家族で」

 

 エリはワンピースのスカートを太腿に挟んで腰を落とし、ペタッと尻をつけた。廊下に力の抜けた彼女が座り込み、ハクアは笑いを抑えて背筋をシャキッとさせた。ボーっとする彼女の前にしゃがんで床に膝を付けた。

 

「オホン。で、今日はバディとして働いてもらうために会いに来たの」

「えっ、バイトの勧誘だったんだ」

「駆け魂にも色々あって人間に取り憑くことができるのは一部なの。それ以外の駆け魂は大抵人間界ではエネルギーが尽きると動けない。私の仕事はそういった駆け魂を回収する事だけど、忙しくてね。あなたのような魔力を持つ人間が手伝ってくれれば少しはラクになるわ」

「それでわたしの家に……バイト代も出るのかな」

「ええ、成功報酬よ。法治省のサイトから申請できるから、まずはスタートメニューを押して」

 

 ハクアはてきぱきと指図をして冥界情報端末の説明から始め、少女をすっかり自分の部下扱いした。お金に目がくらんだエリは前髪を揺らして何度も頷いた。二人は時が経つのを忘れ、いつしか窓の外は真っ暗になっていた。

 廊下で座るエリたちの頭上が暗くなり、明るくなった。リビングからお盆を抱えた彩香が現れてスイッチを切り替えた。

 

「こらっ、緊急用の電灯なんか点けちゃダメでしょ。警察が入ってくるじゃない」

「あ、戻すの忘れてた」

「ははは、遅くなってすいませんね。知り合いにもらった玉露が倉庫にあるのを探してて」

 

 エリの横で彩香は愛想笑いをして頭を掻き、ハクアはすっと立ち上がって微笑み返した。

 

「お気遣いはいりませんわ。彼女には高校に入ってからレポートを提出してもらおうと思っています。つきましては後で我が社の調査方針を送らせて頂きます。差し上げたスマホはご自由にお使い下さい」

 

 でまかせの話をしたハクアはお辞儀して下を向いてほくそ笑んだ。彼女が背を向けてすたすたと歩き、框で飛び跳ねて玄関から出ていった。

 エリは這って土間の手前まで行き、彩香も変な顔をして来た。立ったエリが後ろへ見上げた。

 

「靴履かないで帰っちゃったわ、ハクアさん」

「そーねー。キャリアがあるってのはやっぱり特殊な人間なのかなぁ」

「ううん、わたしたちと同じ人間だよ」

「そういうこと言ってんじゃないの。さあ、夕飯にしましょ」

 

 彩香に優しく微笑みかけられ、彼女は視線を逸らした。ハクアから聞いた悪魔の話を打ち明けるのはよそうと考えていた。まだ残った魔力によって手がビリビリした。彩香は「行くわよ」と手を上げてリビングへ向かった。他人から妹になった自分が人間かどうか怪しいと知ったら、どう思うのだろうかとエリは玄関に留まった。

 

 南雲市某所、住宅街に庭の雑草が背丈以上に伸び放題な古い木造家屋がある。コンクリート塀に囲まれ、門扉はなく、門柱の表札は文字が剥げ、心ない人間が庭にゴミの詰まったレジ袋を投げ捨てた。ゴミ屋敷も同然の家へ、ハクアは引き戸を開けて中に入った。

 上機嫌のハクアは玄関で脱いだ靴下を廊下から洗面所の洗濯機へ放り入れ、暖簾をくぐって台所に入った。脇の冷蔵庫を開けてコンビニ弁当と500mlのペットボトルを手にしてテーブルへ向かった。卓上に置かれたレンジに弁当を入れ、キャップを取って口をつけた。いつもはくたくたで帰ってきてわびしく食事にありつくところだが、今日は珍しく鼻歌を歌った。

 夕食を簡単に済ませて彼女は容器を端に寄せた。冥界情報端末を胸ポケットから出し、ノーラの会社のサイトから文章を切り貼りしてファイルにまとめた。

 

「はい、送信完了。えーっと、ブックマークは…」

 

 やっつけ仕事を終えて端末に顔を近づけた。冥界で有名なマッチングサイトにアクセスし、名前を登録して片肘を突いた。魔力による相性診断で成功率90%以上を誇るサービス。男性とのデートを思い描いたハクアがにたにたした。

 

「うふふ、これでクリスマスには……」

 

 診断を待つ間、ハートの絵に矢印が回転する。端末を握ったハクアの手に魔力がメラメラと湧き昇った。矢の刺さった終了を告げる画面が見えないかのごとく、孤独な悪魔は幸せの幻想を抱いていた。

 

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