ねーさま、ヨロシク!-桂木エリふたたび-   作:北河まき

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気になる事とならない事

 黒田家はとっくに夕食の片付けも終わり、台所を出た美雪と真裕が子供たちの話をして階段を上がってきた。階段を折り返すとすぐ二階になり、廊下は正面にある長男の部屋に沿って左右へ延びる。二人は左に折れた。

 

「京太、風呂入んなさーい。裕太は入ったわよ」

 

 突き当りの戸へ声をかけて脇の扉を開けて入っていった。二世帯が住む家には息子家族の自由に使える部屋があり、寝る前や休日に夫婦が過ごした。

 隣の部屋に次男が居た。入り口から一番遠い隅に学習机が置かれ、机上の端に敷いた四角いワイヤレス充電パッドに端末が載った。椅子に座る京太は学習用タブレットで授業の予習をしながら、斜め前の雑誌『メー』の異星人特集ページをペンでめくった。端末がブルブルと振動し出し、手を伸ばして不明な電話番号が表示された画面をタッチした。

 

「イェーイ。京太、見てるー」

 

 少女の意味不明な切り出しを聞き、耳に当てた端末を前へ持ってきて映像を点けた。画面に大きく映った指紋の意図は何なのかと彼に思わせた。

 

「どこから掛けてるんですか、こんな時間に」

「ふっふっふっ、ジャ、ジャーン」

 

 画面から親指が取り払われ、後ろのベッドと学習机が映り込んだ。京太はスマホを買ってもらって自慢したいのだと思った。パジャマ姿で鼻息の荒いエリが端に映り、わざとらしく膝を叩いた。

 

「あぁ、エリさんの部屋だったんですね。じゃあ映像はスマホかな」

「そうよ、このスマホはハクアさんからもらったの」

「あれ、叔母さんにじゃなくてですか…ハクアとかいう人、知り合いにいたっけ」

 

 京太が画面の外へ向いて考え出し、彼の反応にエリは耳をピクピクさせる。待ちきれなくなって端末をむくれた顔で覗いた。

 

「もぉ、忘れたの。公園で女の人に会ったでしょ」

「でも走って帰ったと言いましたよ。一体、その宇宙人とどこで会ったんです」

「うちに決まってるじゃない。それにハクアさんは悪魔なのっ」

「おかしいなぁ、コスプレとか怒ってたのに。認めてるって事は何かあったんですね」

「えっ……」

 

 エリは言わなくてもいいことを言ってしまい天井へ目を泳がせた。なるべく、自分が悪魔であることは隠しておきたかった。京太に話せば絶対に食いついてくる。端末から顔をそーっと離し、視線を画面へ向けた。彼の目はらんらんと輝いていた。

 

「隠さなくていいんですよ、エリさん。誰にも言いませんから」

「ははは…」

 

 とっさに苦笑いをしてエリが頭を掻いた。オカルトに関して盲目になる京太が黙っているとは信じられなかった。話すべきかどうかを迷った挙句、彼女はふーっと息をついた。

 

「彩香さんとちはるさんには絶対に秘密よ、あとお兄ちゃんにも。話したら絶交だからね」

「ハイハイ、分かりましたー」

 

 軽々しい返事を聞いた画面の少女が一瞬顔をしかめ、映りが暗くなった。京太は端末を壁に立て掛けて音量を上げた。スピーカーからは彼女のヒソヒソとした声が聞こえてきた。エリはベッドに敷かれた掛け布団の端に腰を下ろし、顔に寄せた端末へ手を口元に当てていた。しゃべる内容の要点を京太が学習用タブレットに新しいノートを作って書き取った。あちこちに無駄な自己主張を含みつつ、三十分に及ぶ長い話は大団円を迎えた。

 

「――でお兄ちゃんとは血が繋がっていて、わたしは人間だったの」

 

 話し終えたエリは感動に酔って胸を手で押さえた。京太は箇条書きした横に公園で見たハクアの似顔絵を描き、ペンで頭を掻いた。

 

「えっと、冥界は高度な技術がある文明社会。そこに住む悪魔は容姿が人間とそっくりで魔力を備え、魔法が使える。『駆け魂』と呼ばれる邪悪な悪魔の魂が冥界を抜け出して人間界に入り込み、そいつらを追う悪魔・ハクアが角研の調査員と偽って訪ねてきた。彼女の話ではエリさんは悪魔が生まれ変わった人間で、バディとして駆け魂の回収を手伝うことになった。で、いいですか」

「うーん、そんな感じかな」

 

 エリは雰囲気でテキトーに答えた。対照的に、京太が真剣な顔つきでタブレットの似顔絵に考えを張り巡らせた。眼鏡のずれを直した彼はペンの先を端末の方へ振った。

 

「エリさんが悪魔の魂を持って生まれてきたとなると、俺が見た長い黒髪の女性は悪魔の頃の姿と考えられませんか」

「長い黒髪?」

 

 画面でエリが小首をかしげ、京太はペンを落として信じられないといった表情をした。

 

「えー、もう忘れたなんて…最初に会った時に言ったじゃないですか」

「そうだっけ。全然覚えてないや」

「ちぇっ、こっちの話はちっとも聞いてくれてないしさ」

 

 薄情な少女に京太が口を尖らせ、ひがみモードに突入して下を向いた。エリは画面越しのいじけた様子を見てあくびをし、両手を上げて後ろへ上半身を倒した。寝転ぶと掛け布団はふかふかでいい匂いがする。こんな心地よさは悪魔では味わえないだろうと目をつぶり、人間で良かったと感慨に浸った。天井は暗くて見えず、何も見えなかった。目を開けてエリは体をガバッと起こした。

 

「でもさ、京太は人間なのに何で見えるのかなぁ。未紗紀さんも志穂さんも駆け魂が見えてなかったじゃない」

 

 エリは端末を両手で掴み、両足をブラブラさせた。画面に映る京太がハッとして顔を上げた。

 

「それはエリさんが来て……いや、この端末を使ってから女性がぼやけて見え出したんだ。母さんに言ったら眼鏡を買ってきたんです。そうそう、最初にUFOと遭遇したのは舞島市内でした」

「ま、UFOは置いとくとして、京太のやつもМ42なの」

「ええ、駆け魂を検知するアプリが入ってますし。ばあちゃんがくれたからどっかのスポンサー企業の試供品と思ってたけど、充電不要な冥界情報端末だったなんて。これを持たせて捕まえるのを手伝わせるためには渡した人間が悪魔の魂を見えないとダメなんでしょうね」

「そっかー、端末を持ってるとバディになれるんだ」

「いいえ、渡してバディにするんですよ。それにしても、こうやって舞島に冥界のモノが出回るのだから悪魔も結構近くに居るんじゃ…」

 

 自分で口にした言葉に京太はペンを置き、ハクアと握手した手のひらを見た。夕方、家に帰って美雪に命じられて渋々手を洗ったが、ほのかに感触が残っていた。宇宙人でも異星人でもない知的生命体。他にも悪魔がいるなら会ってみたい気がした。椅子の背にもたれると、端末の画面に映るエリからニコニコして見られていた。

 

「わたしのバディになって駆け魂回収に協力してよ、京太」

「はぁ、どうやってバディになるんですか」

「簡単だよ、法治省のサイトに申請する時にバディの欄にわたしの名前書けばいいの。冥界に住民票か戸籍なんかが残ってれば通るわ。そしたら、京太の分までバイト代もらえるでしょ!!」

 

 画面いっぱいにVサインが表示され、京太は相も変わらず無茶苦茶だと思った。よっこらしょと壁に立て掛けた端末へ腕を伸ばした。

 

コンコン、コンコン

 

 ノックの後、戸を半分開けて真裕が胸から上を差し入れた。本当に疲れた顔で「風呂~」と言って壁へ指を差した。隣の部屋から母のヒステリックな声が響いた。京太は父にコクリと頷き、手に取った端末へ顔を向けた。

 

「もう遅いんで話は明日にしましょう。それじゃ、お休みなさい」

 

 京太は端末を元通りに置き、充電パッドのケーブルを外して引き出しに仕舞った。タブレットを机の横に掛かる通学リュックに入れて立ち上がった。雑誌を手にして風呂に向かうついでに本棚に戻そうと歩き出したが、部屋の真ん中で止まってパラパラとめくった。奥付の発行者名を目にして彼がニヤッとした。

 

 廊下奥の戸からキッチンに入ってエリは冷蔵庫を開けた。ドアポケットに三本の牛乳パック。午前中に買ってきた二本の横にある開いたパックを取り、揺らして残り少ないのを確かめた。直接口をつけて飲み干し、空を流しに置いた。

 ダイニングは明かりが点き、テーブルで彩香がスマホを凝視していた。難解な文章に集中力が切れた彼女は頭を後ろに倒した。

 

「さすが角研ね。もっと英語を勉強しとくんだったわ、テーレって何だっけ」

 

 天井を見上げる彩香のポニーテールへ、エリはキッチンの角を回って心配そうに微笑んだ。

 

「そういうのは真面目に全部読まなくていいんじゃないの」

「あー、まだ起きてる。今日は布団干したし、歯を磨いて寝なさい。これくらい大丈夫よ」

 

 彩香は角習研究社の教育理念をまとめた文書に再び挑んで四苦八苦した。ハクアの肩書から真っ赤な嘘だがエリは本当のことを言えず、口を閉じてリビングへ離れた。ローテーブルの上に置きっ放しの折り畳みタブレットが見えた。隅に刺さるROMカードのラベルに『教育心理学』と端正な字で書かれる。教師である志穂に借りたのは容易に想像ができた。

 エリは二階の短い廊下に入り、洗面台を前に歯ブラシをくわえて休み休み手を動かした。色んな出来事があった一日だった。彩香とちはるとの楽しいショッピングから始まり、朋己を探した舞島学園で警備ロボットに仰天して逃げ、みちほの車いすを押して帰る途中に京太が迎えにきて険悪な空気になり、家でハクアに自分が悪魔だと告げられて怒った。口から出した毛先をジャバジャバと洗い、彩香の歯ブラシの隣に並べた。

 本当の妹でないからか、この家に引き取られてから彩香が気を遣っている感じがした。タオルで口を拭いて顔を上げると、側の小窓に明るい星が輝く。腰壁に寄り掛かり、三角の屋根へ伸びる階段の吹き抜けの細長い窓に星空が広がった。朋己に聞いたオリオン座流星群を探すが、残念ながら見つけられず、エリはため息交じりに部屋へ戻った。

 卒業まで半年を切り、奥の壁でハンガーフックに掛けられた灰色のセーラー服を着続ける。京太と同じ中学校は遠く、黒田家から電気自転車を借りることになった。明日、受け取りに行ってみちほと会って話そうと考えていた。兄妹の心が離れたままは良くないと思い、温かい布団にくるまった。

 

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