ねーさま、ヨロシク!-桂木エリふたたび-   作:北河まき

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布石を打つのダ

 京太が息を切らして二階への階段を駆け上がった。学ランの中を汗で湿らせ、かれこれ三十分は探し回った。月曜の放課後、六限目が終わって教室を飛び出した。端末にドクロマークが点滅して駆け魂が近くにいると警告する。教師の目が光る学校で3Dホログラムを起動するのはマズイと思い、着いて自転車を停めた時から同じ状況。焦りを感じつつ、校舎端の教室の戸を引き開けた。

 

「キャーッ、痴漢。ヘンタイ男子」

「あっ、こいつUFOがいると思ってるバカよ」

「消えろ、この眼鏡っ」

 

 着替え中の部活の女子が京太に気づき、ボール、ごみくず、罵声を次々と投げた。彼は戸を閉め戻して怒りを心の内にとどめた。探すどころではなく肩を落とし、次の場所を調べに行った。

 一方、三階の教室でエリは窓を開けて人待ち顔にグラウンドを眺めていた。転校初日は碁盤の目に机が並ぶ学級で黒い中に一人だけ灰色の制服を着てクラスメートの質問攻めを受けた。誰もいなくなった教室に緊張がほぐれ、なかなか来ない京太に不満が溜まった。運動部が騒々しい窓の外から突風が吹き込み、しびれを切らして通学リュックを担いだ。肩ベルトに引っ張られた腰の辺りでサイドポケットの端末が短く振動した。

 

「あ、ハクアさんからメールだ」

 

 彼女は故障した場合にもう一つM42をもらえるかと尋ねるメールを送った。その返信はイエスでもノーでもなく、角研社長のメールアドレスと「彼女に依頼してくれ」の文言だった。エリは読み終えて口をすぼめたが、ひらめいてパチンと指を鳴らした。早足になって入り口へ、戸を引いて教室から出たと思った瞬間に目の前が暗くなった。

 

ドカッ!

 

 平らな胸にぶつかってエリは倒れて尻を打った。床に片手をつき、反対のこぶしを突き上げた。

 

「おそーい。あんた今、何時だと思ってんのよ」

「あ、ゴメン。倒すつもりはなかったんだ」

「アタタ、昨日もお尻……えっ、あなた京太じゃない」

 

 知らない男子がいた。白い体操服にラインが入った黒いジャージを履き、左手に焦げ茶色のミットをはめている。身長は朋己ぐらいの割に肩幅が広く下半身がどっしりした感じ。切れ長の眉が特徴的な彼は腰を曲げ、笑顔で右手を差し出した。

 

「僕は一組の高原夏也。君が転校生の『エリさん』だね」

「ええ、そうよ。こういう話はすぐ他のクラスに伝わるんだ」

 

 助けを借りずに立ち上がってエリがスカートの後ろを払い、彼を見上げた。三年はクラブ活動を引退したはずだと怪訝そうにじろじろと見た。夏也は下心を疑われたと思い、急に釈明を始めた。

 

「ち、違うよ。ウォーミングアップが終わって教室にタオルを取りに来たついでで…バックネットから姿が見えたから」

「ふーん、目がいいのね。わたしってそんなに有名かな」

「いや、サッカー部のキャプテンがうちのクラスで話したのさ。彼は教室が隣だからか休み時間にいつも堂々と入ってきて椅子に座って友達みたいに話しかけてくるんだけど、黒田君だっけ。みんなに君が知り合いと言い触らしてたよ」

「へっ、あ、うん。裕太は姉とちょこっと……」

 

 身内の恥ずかしい事実が発覚して言葉に詰まり、エリは話を逸らそうと顔の前で手を叩いた。

 

「そうだ、何で体操服なの。まだクラブを続けてる訳じゃないわよね」

「ああ、これは野球部のセレクションを受けるために練習しているからなんだ。確か、君も舞島学園を目指してるんだろ」

「一応、早期選抜を受けるけど。そっちの試験も十二月にあるの」

「僕のは来月さ。舞島学園に一緒に入学できるようにがんばろうよ、エリさん」

「う、うん」

 

 エリはあまりにもストレートな激励に戸惑い、階段へ向かう夏也をじっと見守った。彼が見えなくなり、制服の裾を整えて前髪を横へ払った。明るく誰とでも話せる爽やかなスポーツマンという第一印象を持った。見たところ恋人の一人や二人いてもおかしくない気がするけれど、みちほに先日騙された事もあり、本当だろうかと考えて彼女も階段へ歩いた。

 一階に下りたエリは昇降口の前で立ち止まった。女子の下駄箱を開ける息の荒い人物がいた。

 

「京太、あんた警察に捕まりたいの」

「あ、エリさん。捕まえようとしてるんです、駆け魂を」

「駆け魂…ってメッセージを見てなかったのね」

 

 あきれた表情でエリはリュックを前に抱えた。手のひらにがっちりと掴み、駆け魂が入った透明な容器を京太に突き出した。彼は眼鏡のフレームを持ち上げて細めた目で凝視し、外側を指でつついた。マニュアルで旧式と紹介された駆け魂捕獲用の勾留ビン。現在は委託業者に連絡すれば冥界から15分以内に回収車が駆けつけるため、サービスが提供されない地域で主に使用される。実物を前にして彼は身震いをした。

 

「ど、どうやって捕まえたんすか。小さいから暴れたりしないのかな、こいつ」

 

 勾留ビンを前に京太が喜んでいるかのように見え、エリは教室でのイライラが息を吹き返した。

 

「だから、それをメッセージに書いたのよ。見てないなら待たなきゃよかったわ」

「見てませんが、既読かどうかはそちらで確認できますけど」

「は、既読?」

「もしかして使い方が分かってませんでしたか」

「うんとね…そう、今日は裏の田んぼでやることがあるから早く行くわよ」

 

 都合が悪くなったエリが瓶を仕舞い、先に自転車置き場へ向かった。京太は「へーい」と返事して端末をポケットから出した。自慢しないとこを見ると自力で捕まえた訳ではないのだろうと思いつつ、駆け魂センサーの検知機能を切った。

 美里第二中学のグラウンドは野球部とサッカー部が折半した。エリは校門で電気自転車を停め、フェンス越しに眺めた。かぶったヘルメットの紐を持って夏也へ目を向けた。校則で敷地内のアスファルト上は自転車に乗れず、京太が遅れてのろのろと押してきた。彼は物思いにふける少女の肩を叩いた。珍しく怒らない彼女はペダルに足を掛け、校庭を向いてサドルに腰を下ろした。

 

 秋の田んぼは乾いた土に孫生え混じりの稲の根元が列をなす。閑散とした風景と曇り空。二人は裏山へ向かう道で話をしながら、自転車でゆっくりと走った。といっても、ほとんど喋っていたのはエリで京太は学校中を探し回った疲労からハンドルに腕を乗せて顔を伏せて漕いだ。

 昨晩、エリはベッドに寝そべって屋根裏から持ち出した携帯ゲーム機でレーシングゲームを初めてプレイした。にもかかわらず最高ラップで優勝した――と得意げに話した。相手をしてあげれば機嫌が直るので彼女は分かりやすい。追い越さないように京太は時々顔を上げ、灰色のセーラー服の後ろ襟を斜めに見ては適当に返した。

 

「やっぱり、M42を持ってない叔母さんは駆け魂が見えないんですね」

「うん、わたしが二階に下りたら『煮干しの入れ物にちょうどいいな』って勾留ビンを持っていこうとしたから慌てちゃった。あ、この辺この辺と」

 

 脇の道へ曲がってエリがペダルに立った。力強く何回か漕ぎ、座って両足を上げて後は自然の勢いに任せた。ひとしきり走ったと見るや、今度はブレーキを握ってサドルからぴょんっと飛び降りた。立ち漕ぎで追っかけた京太は不意を突かれ、前方に行き過ぎた。

 田んぼに挟まれたぼろぼろ舗装の道から新舞島駅に通じる道路を走る車が小さく見え、反対側に裏山が迫っていた。京太が自転車をバックさせる間にも、スタンドを立てたエリは調子に乗って事を進めた。前かごのリュックから勾留ビンを出して蓋のコルクを抜き、駆け魂はフラフラと空中へ舞い上がった。すぐにサイドポケットからМ42を出して飛んだ方向へ掲げた。

 

「よし、駆け魂の担当登録完了。これで色んなことができるわ」

 

 ハクアから渡された冥界情報端末は念じると魔力で人間界の電子機器を操れる。ただし、周りに協力者以外がいる場所での使用は目撃した人間の脳から都合の悪い記憶を置き換えなければならなく、法治省の人員を動かす名目が必要になった。エリは回収担当者として登録したいがために駆け魂を解き放した。

 弱々しい白い魂は徐々に離れていった。自転車のハンドルを握ったまま京太は呆然と見上げた。

 

「駆け魂を逃がしてもいいんですか、エリさん」

「大して動けないんだから、後で捕まえればいいの。駆け魂センサーで追跡できるし」

「はぁ。あいつ、どこまで行くのかな…」

 

 甘い見通しに京太は息をつき、エリの方を向いた。やる気満々の彼女がМ42を持つ手を田んぼの向こうへ伸ばす。離れた道路を走る大型のEVトラックに腕を振ると、信号のない場所で急停車した。運転手も仕事中にいい迷惑だろうと彼は諦め顔で自転車に寄り掛かった。

 何度かの練習を繰り返し、ようやく左右へちょこまかと動くエリが止まった。気が済んだ彼女は右手を腰に当て、左手のМ42を扇子のように振った。

 

「京太、怒野ユイに会わせてあげようか」

「ははは、また冗談を」

「そういや、ノーラっていう名前だったかな。それにメールアドレスも書いてあったわ。今しがたハクアさんのメールが来てたのよねー」

 

 エリが頭を斜め後ろに倒し、もったいぶった口ぶりで眼を動かした。臭わせただけで京太は心酔する角研社長『怒野ユイ=ノーラ』と分かり、相好を崩して上着のポケットから端末を出した。

 

「やだな、早く言って下さいよ。それで何て書かれてたんです」

「このアドレスを写してちょうだい。後で送信してもらう文章を教えるから」

 

 振り返ってエリはМ42の画面をサッと京太の顔の真ん前へ上げた。彼が喜んで自分の端末に文字を入力した。これで京太を鳴沢市の角研ビルに行かせられると、彼女は口元を緩めた。どんどん頭の中でみちほを従わせるプランはできていった。エリが鼻の下を指でこすり、コロッと話を変えた。

 

「でね、今日野球部の高原夏也くんに話しかけられたの」

 

 学校の出来事に胸を張る少女へ京太の目がチラリ。転校したてで注目の的なのを自慢しているとしても、他の男子の話は面白くなかった。彼は端末の画面に息を吹きかけ、学ランの袖でゴシゴシと拭いた。

 

「もう引退した前のキャプテンですよ、二年の女子には超人気だけど。高原先輩はイケメンだし、足も速いし、頭はそこそこ良いと三拍子揃ってるし」

「うんうん。じゃあ、彼女は何人いるのかしら」

「何人ってドラマじゃ……そうですねぇ、特定の子がいる噂は聞かないなあ」

「そう、良かった。他の男子と違った感じがしてイイのよね」

「それじゃ、エリさんも…」

 

 手を止めた京太はエリの恍惚とした表情に気が気でなくなった。だが、彼女は意外なことを口にした。

 

「うん、みちほにピッタリだわ。どこでデートさせるか考えないと」

「デ、デート?」

「そうよ、このこと日記にきちんと書いときなさい!」

 

 京太の自転車の荷台をバンバンと叩き、大きな瞳を細めてエリが不敵に微笑んだ。京太は背中に嫌な汗をかいた。部屋でみちほとゲームをして済む話ではなく、デートをさせると言い出した。しかも、女子に人気の今日初めて出会った夏也まで利用しようとする。彼女は自分の作戦に絶対的な自信があり、その実現に貪欲な悪魔の魂を持つ少女であった。

 




―― 次章予告 ――

いよいよ、エリは家でゲーム三昧のみちほに作戦を実行した。舞島学園の前で待ち伏せ、M42を使ってバスの案内表示を改変。強引に車いすを押して送っていき、公園でわざと… ⇒FLAG+15へ
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