月曜日の放課後、桂木家のダイニングで第一回駆け魂攻略会議が開かれた。テーブル横の席でスラックスを履くみちほが足を組み、手元のマニュアルに眉をひそめた。前もって、エリは彼女のためにいつも座る廊下側の椅子一つをリビング側に移動させた。みちほへ向いてエリが卓上を片手でバンと叩いた。
「どう、みちほなら美人巫女さんを攻略できるでしょ」
「わたしが心のスキマを埋めなくても、エリ姉でもできるじゃん」
「ううん、それはダメ。バディの役目だから」
「ていうか、何で寺に巫女がいるのさ」
「えっ……」
端末をテーブルに置くみちほに、エリは目をパチパチとさせた。朋己と女性が面と向かうシチュエーションに気を取られてまったく変に思わなかった。顎に手を当て、実は神社だったのだろうかと考えた。
暖房の効いた部屋でみちほがブレザーの下に着るセーターの首元に指を入れ、反対の手のひらで悠長にあおいだ。
「まあ、もう一回行って調べてきたら。その人を攻略する情報もないしね」
みちほは面倒な事を避けるうまい口実にほくそ笑み、床のスポーツバッグを拾い上げた。
ガラッ
リビングの戸が引かれ、遅れて会議の主要メンバーの京太が登場した。通学リュックを背負った彼はへらへらした顔で「どうもどうも」と、セーラー服の少女に歩み寄った。学ランのポケットからM42を出しながら立ち話を始めた。
「聞いて下さいよ。俺、山追ダイスケのボディーガードになりました」
「何でUFOの特番に出てくる人と……あれ、角研って出版社じゃなかったの」
「だから『メー』のイベントです。これを見れば分かります」
京太は画面でアプリを操作して端末を手のひらに載せた。浮かび上がった3Dホログラムはトークイベントの舞台が立体的に描画される。真ん中寄りにサングラスの男性とマイクを向ける女性が座り、観客も一列目は体全体が映り込むが、端末サイズに収まらない二列目は脳天から真っ二つになっていた。エリは舞台の下に立つ警官の恰好をした人物に目を細くした。
「ふーん、単なる警備員か。てっきり黒いスーツ着て拳銃持ってんのかと思った」
「な、何言ってんです。山追ダイスケはUFOの追跡では世界的に有名で、イベントに来た外国人が勝手に舞台に上がろうとして大変だったんですから」
京太が苦労話に熱くなって端末を揺らし、3Dホログラムが様々な角度を見せた。エリは精巧さに感心して彼の手首を押さえた。
「でも、その大変な中でどうやってこれを撮ったの」
「え、ああ、それは撮ったんじゃなくて動画の複数フレームを合成してるんです。会場を撮影した動画を使ってM42の3D化ツールで自動的に作られたホログラム。PCでやると結構時間と金がかかるんですけど、冥界の技術だと簡単なんですねぇ」
「そんな事ができたんだ。じゃあ、わたしもやってみようっと」
エリはリビングの戸から飛び出し、自分のM42を取りに部屋へ行った。駆け魂攻略会議も一時中断し、みちほはバッグからPFPを出して乙女ゲームを始めた。会話の選択肢に目を落としながらも自分の仕事を押しつけようと、エリの動向を気にする京太に照準を合わせた。
「京兄、メッセージを呼んだよね。新舞島駅裏の寺で見つけた駆け魂の攻略を…」
「メッセージ呼んだぞ。エリさんのバディになったのか、頑張れ~」
みちほの話をろくに聞かず、京太が側の椅子に横向きに座ってテーブルに手を掛けた。指でリズムを取る彼は魅惑的な悪魔・ノーラのバディとなって充足感を得ていた。
卓上にPFPがコトッと置かれ、みちほが顔を向けて京太へニヤニヤと笑みを浮かべた。
「エリ姉が今回の攻略も頼りにしてるってさ」
「まさか、頼りなんて言うかぁ」
「甘い甘い。男子の前では本心を隠すもんなんだよ」
「まあ、エリさんは危なっかしいから…」
「そんな女子に付き合ってあげるのが男ってもんだぜ、兄貴」
みちほが当然と言わんばかりに片肘をついて鼻を鳴らした。律儀な京太はエリのことも気になるが、ノーラに黙って駆け魂回収の手伝いをして良いものか悩んだ。廊下から階段をドタドタと音が響いた。リビングに入ってきた少女の得意顔を見て彼は手元のホログラム表示を消した。
「しょうがない、社長にメールしておくか」
端末に指で文章を入力する京太を横目に、エリはM42を握って椅子の背に近づいた。みちほがテーブルに置くPFP画面の2D美少年へ背中を丸めた。彼女の頭上に端末が差し出された。
「はい、巫女さんの3Dデータがあるから受け取って」
「ふーん。エリ姉も撮影してきたの」
みちほはPFPの横に転がるM42を持ち上げ、設定画面で端末間通信を許可した。すでに駆け魂攻略は兄に任せたので気楽。端末を下ろして彼女がPFPのボタンを指でポチポチと押し、そっけない態度にエリが嘆息を漏らした。
ファイル転送にまごつくエリは端末をずいっと出して京太に任せた。その上でコホンと咳払いをし、みちほの肩に優しく手を添えた。
「巫女さんの情報はそれだけなの。これから寺に行って仕入れてくるから、みちほはカフェの掃除をお願いね。掃除機は倉庫に入ってるわ」
「うぇっ、何でそうなるんだよ」
驚いてみちほは後ろへ首を曲げ、エリがニコニコした顔を近づけて人差し指を立てた。
「駆け魂を回収した後、お兄ちゃんが巫女さんと仲良くする場所が必要になるでしょ」
「そうじゃねーよ。何でわたしがカフェ掃除の担当なのかってこと!!」
「お寺は石段があるから京太と行ってくるわ。でも、みちほの力を借りたい時はちゃんと来てもらうし、カフェは金曜までに綺麗にしてくれればOKよ。あなたを頼りにしてるんだから、ね」
「『ね』ってマジか、エリ姉」
「うん…あっ、もう日が暮れちゃう。早く行くわよ、京太」
エリが端末を受け取って玄関へ走り、渡した京太がやれやれと歩き出した。玄関ドアはリビングの戸が閉まる前に開き、冷たい空気がダイニングに流れて憮然としたみちほが口を閉じた。
みちほはテーブル上のM42を掴み、画面の転送完了アイコンをタッチして3Dホログラムを表示させた。寺での映像は女性の後ろ側からしか映っていなく、正面にかけてはエリが入力した文字情報「美人」を元にインターネットから画像が集められた。仕上がった像へ彼女が不満をあらわにした。
「フン、悪魔のくせに人使いが荒いんだから」
端末上に浮かぶ巫女装束の女性は太めの体つきに対して顔が妙に小さく、人間から見るとアンバランスだった。みちほは首をさすってPFPの乙女ゲームを続けた。
ヘルメットをかぶった二人は自転車で新舞島駅の通りと踏切を越えて山へ向かい、1kmも走ると上り坂の交差点に差し掛かった。前方でエリが山裾へ曲がり、同じく曲がった京太は自転車を止めて声をかけた。
「ちょっと待って下さい、エリさん」
「何、ぐずぐずしてらんないのよ。帰りは電灯がないから真っ暗になるわ」
「それじゃあ、上に行って停めましょう」
「はぁ?」
Uターンした京太に首をかしげてエリは跡を追った。彼はペダルに立って漕ぎ、再び来た坂道の歩道へ勢いをつけて上がった。だが、きつい勾配は上り切れずに途中で降りて押し、後ろから勝ち誇った顔の少女が電気自転車で追い越していった。
坂の上は民家がなく奥へ道路がカーブし、歩道の外に芝生が整備される。脇道のところに大きな字の『新舞島寺宿坊』の案内看板が立っていた。
「そうか、新舞島寺っていうのか」
迷わずエリは看板のある脇道へと曲がった。林に挟まれたアスファルトの道幅は乗用車がすれ違える程広く、奥の開けた場所に駐車用の白線が見えた。数台の車が停まった中にはМAマーク付きの白い軽トラがあり、キャップをかぶる背の高い男性が荷台へ手を伸ばした。ブレーキを握ってエリは彼の側にピタリと止めた。
「黒田のおじいさん?」
「あれ、お嬢さんは確か彩香ちゃんの家に…」
「エリといいます」
自転車のサドルに跨ってエリがお辞儀をし、彼は段ボール箱を荷台の縁に載せて額を掻いた。
「やれやれ、道に迷ったのかい。ここは宿坊だよ」
「いいえ、京太…君と一緒に来ました。ところで宿坊って何ですか」
「宿坊は寺の宿泊施設を言って本来は関係者しか泊まれないんだが、ここのように客を入れる所もあるのさ。それにしても京太は山が好きだな」
「ホテルみたいなもんか。で、野菜を仕入れてるんだわ」
エリは荷台の箱に描かれた大根やほうれん草へ視線を向けた。京太の祖父は段ボール箱に乗せる手を上げて振った。
「おーい、京太」
ハンドルに腕を乗せた京太が漕ぐのをやめてふらーっと近づき、アスファルトに片足を着けて自転車を傾けた。
「じいちゃんか。ねえ、ここに昔から寺あったっけ」
「ああ、宗教法人はどうなっとるか分からん。宿坊は今年の春からやってるが」
「お寺だから仏教なんでしょ」
「それが住職を見たことがなくてな。伝票も『鳴沢パートナーズ』で……いかんいかん、サボってちゃ怒られるから、もう行くぞ」
「うん、仕事頑張って」
京太の祖父は段ボール箱を抱えて裏の入り口脇に入っていった。寺の裏手は門がなく、手入れされた植物が建物を囲んだ。アスファルトは宿坊の入り口から玄関まで短い石畳となり、和風旅館を思わせる入母屋屋根の玄関ホールは引き戸のガラスから自動チェックインの専用端末が見えた。
巫女装束の女性を調べる事が目的のエリたちは駐車場の隅の目立たない場所に自転車を停めてヘルメットをかごに入れた。京太の祖父と反対の脇へ入り、宿坊の周囲をぐるっと回って表側に行くことにした。出入りの業者が向かう先に行くと従業員と会う可能性が高い。建物沿いに砂利を踏んで真っすぐ進み、宿泊施設の端で寺の本堂と敷地を囲む白壁が姿を現す。二人は薄暗く狭い隙間を奥へ通り抜けた。
広くなった土の境内に出た。エリは制服のほこりをパンパンと払い、本堂の横を山門の方へ歩いた。兄が恋する女性はどこにいるのか考え事をしつつ、廊下が張り出す角を曲がった。
「あっ、巫女さん」
エリと女性は距離にして2メートル弱。寺の物陰から情報を集めるつもりが、いきなり本堂前で彼女と鉢合わせした。
「あ、はい、どうも当麻と申します」
目の前に現れたエリに呼ばれ、思わず巫女装束の女性はペコリと頭を下げた。耳打ちする京太とそれに頷くエリ。すぐしまったと苦笑いを浮かべて彼らの恰好をまじまじと眺めた。学生服を着る眼鏡の少年とセーラー服の髪を肩で揃える少女にホッとして胸に手を当てた。
「二人とも仲がいいわね。あなたたち中学生?」
「はい、そうです。お姉さんのお歳はいくつですか」
「ふふふ、いくつに見えるかしら」
「そうですねぇ。わたしの母よりは相当若いと思います」
年齢を聞かれて曖昧に答えたエリは誤魔化した彼女が十代ではないと思った。大人の女性が毎日コスプレで白い小袖に鮮やかな緋色の袴を履くのも考えづらく、元気よく当麻へ手を上げた。
「ハーイ、当麻さんに質問です」
「えっ。何でしょうか」
「どうしてお寺で巫女さんの恰好なの」
「ああ、それは私が宿坊の従業員だからよ。お堂には朝、昼、夕方の三回見回りに来るだけ」
「うわぁー、巫女装束がホテルの制服って社長の趣味ですか」
エリはオーバーに驚いて見せ、当麻の周りを興味深そうに一周した。ふわっとパーマがかかったショートヘアで彩香よりやや目線が低いが、二人は体形的に似通って見えた。施設にいる頃、朋己はMasamiという華奢なアイドルが好きと言っていた。なのに、彼女は少し太めで変な気がした。
少女の喜びように表情を曇らせ、当麻は宿坊の向かい側へ向けて袖を振った。そこには社務所のような寄棟造りの平屋があった。
「じゃなくて作業着、あそこの休憩所の。私は無料カウンセラーをしているから悩みがある時に来てちょうだい」
小さく手を振って当麻が自分の職場へ戻っていく。寺内は白壁がコの字に囲む本堂と観光客向けの宿坊に分かれ、太陽が当たる宿坊の庭に造られた丸い池を樹木が囲んだ。宿坊の端と石畳で繋がる休憩所はエリたちへ台形の屋根を向け、本堂前に広がる土の境内からは宿坊の自然景観が八割方隠された。
日が暮れて辺りも薄暗くなり、休憩所に明かりが点って窓ガラスがオレンジに発色した。入り口に手を掛けた当麻の背後にどんよりと妖気が浮かんだ。彼女が寺で働いていると分かり、明日からの攻略に備えてエリは帰った。