ねーさま、ヨロシク!-桂木エリふたたび-   作:北河まき

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それゆけ、バディ

 月曜日の夜、楽器を肩からぶら下げたエリがリビングの戸を閉めた。彼女はソファーに腰掛け、側に転がったリモコンでテレビの電源を入れた。端末画面に指を擦らせて『人間管理アプリ』を起動して音声入力に切り替えた。

 

「姓は当麻、名は不明、女性、身長は155cmかな、体重は60kgくらい、年齢二十代前半、鳴沢パートナーズ社員であとは…そういえば、カウンセラーとか」

 

 当麻のデータは画像欄を空白にして各項目に数値や文字が埋められ、BMIの数値や推定収入が計算されたり、資格と学歴の欄に心理師と大学卒が「?」付きで表示されたりした。帰って部屋でスウェットに着替えたエリは夕食までベッドに寝転がってМ42で冥界アプリストアを徘徊し、このアプリを駆け魂攻略する時のメモ帳代わりにインストールした。

 心のスキマを埋める方法は「人間の欲望」とマニュアルに書かれる。難しい顔をして攻略について考え始めたが、ドラマを見たい誘惑に負けてテレビに見入った。CМで「結婚したくなったら鳴沢パートナーズへ」のキャッチフレーズと行進曲が流れると、ソファーの横に風呂上がりの彩香が立っていた。

 

「屋根裏で見つけたのね、ベースなんか持ち出しちゃって」

「あれ、ギターじゃないんだ」

「確かベースギターって言うのよ。それより早くお風呂に入って寝なさい、明日も学校でしょ」

 

 隣に来た彩香はドスンと腰を下ろし、不機嫌そうにチャンネルを変えて潤い不足の頬に手を当てた。エリは聞いてないふりをしてベースの絃に指を掛けた。

 火曜日の放課後、前髪が逆立つ京太はローサンで買った黒いサングラスをかけ、革ジャンを着てベースを持っていた。電話によるエリの服装チェックでハーフコートのように見える背が高い父の革ジャンは却下され、祖母から借りてファスナーが閉じれずに少し袖と裾が短い。桂木家に着いて洗面所で髪をセットされた後に彩香の化粧道具で顔に白いメイクを施された。

 制服姿のエリが山門脇から新舞島寺の中を覗いた。アーティストの恰好で当麻の欲望を試そうと考えた。京太に酔っ払った祖母で芸能事務所社長・千夏のスマホから電子名刺データを彼の端末へくすねさせた。準備万端整ったと握りこぶしを作り、土の境内へ熱い視線を送った。

 

「きっと、当麻さんは有名人になれるチャンスに飛びつくわ」

「ばあちゃんの名刺を渡しても有名になれませんが…」

「フフフ、問題は彼女がどこまでで満足するか。テレビに自分の姿が映って心のスキマが埋まるんなら、М42でマイクを握って歌う当麻さんを作り出せばいいの」

 

 京太に笑みを見せてエリはベースの絃を上から下へ四本指で弾いた。休憩所から土を食む草履が足音を奏でた。

 

「あっ、来た来た」

 

 エリが京太の腕を引っ張って思いきり山門からぶん投げた。倒れ込みながら彼は境内の真ん中で腕を回し、片足を前に出してベースを弾くまねをした。

 

「あー、うちのバンドに誰か入ってくれー。折角デビューが決まったのに」

 

 背筋を伸ばして京太は上擦った声を出し、当麻は彼の横顔へにっこりと営業スマイルを見せた。

 

「新舞島寺にようこそ。見たところ悩み事がおありのようですね」

「あの、俺の祖母が芸能事務所やってまして……」

「無料カウンセラーの当麻と申します。どうぞ、あちらへ」

 

 当麻が会釈して手のひらを休憩所へ向けた。差し出された端末画面の名刺に目もくれず、彼女はすたすたと先に歩いていった。ぽかんと口を開けた京太は山門へ顔を向けた。首を横に振るエリが両腕で大きなバッテンを作った。

 水曜日の放課後、新舞島寺の山門脇に彼らは並んで当麻を待った。京太は髪をペッタリと七三に分け、中学校の保健室にあった白衣をまとって首から聴診器をぶら下げた。エリは初心に立ち返って現実的な路線で攻めると決めた。京太に指で丸を作り、土の境内へ熱い視線を送った。

 

「やっぱり、当麻さんもお金が一番。М42でデビット残高の表示を十桁以上にしてあげれば心のスキマも埋まるわ……あっ、来た来た」

 

 エリが京太の背中を両手でドンと押した。山門から倒れ込みながら彼は境内の真ん中へ躍り出て立ち止まり、咳払いをして白衣のポケットに両手を突っ込んだ。

 

「あ~、病院の脱税に誰か協力してくれないかな~。ほんの十億円くらいだし」

「無料カウンセラーの当麻と申します。どうぞ、あちらへ」

 

 当麻が会釈して手のひらを休憩所へ向けた。指で丸を作った彼を放置し、彼女はすたすたと先に歩いていった。頭を掻いた京太が山門へ顔を向け、エリは目を閉じて肩をすくめた。

 木曜日の放課後、新舞島寺の山門脇で当麻を待つエリが焦れて柱を叩いた。富の次は名声。必ず仕留める気で石段へ向いてシャドーボクシングを始めた。

 

「今の時代、キャリアアップは重要よ。М42で白鳥技研CEOからのヘッドハンティングのメールを送りましょう」

「うまくいきますかねぇ。ま、行ってきますけど」

 

 ダブルのスーツを着た京太がエリの背後を通り抜けて山門を入った。クッションを詰めた腹を手で押さえてのっそのっそと歩き、両面テープで付けた髭を指の甲でさすった。境内の真ん中で一休みした彼は後ろから声をかけられた。

 

「お疲れ様、中学生君。今日の衣装は大変ね」

「えっ」

 

 京太が驚いて振り返ると、昨日までと違うあざけりを含んだ笑顔で当麻が迎えた。彼女は人差し指を彼へ向けた。

 

「私は明日休みだから、支配人に見つからないようにした方がいいわよ」

 

 両手で口を押さえて当麻が休憩所にすたすたと歩いていった。山門では口を開けたエリが京太へ何度も手招きする。気づいた彼は小走りで戻った。

 

「どうやら、俺だとバレてたようですよ」

「それじゃあ、もう京太を変装させる作戦は通じないんだ」

「はい。とりあえず帰りましょうか」

 

 ベルトを緩めた京太はシャツの下からクッションを引き出し、石段に足を踏み出してエリへ向いた。

 

「あ、それと金曜は休みだそうです」

「そっか。サービス業は土日が出勤だし、これはチャンスね」

 

 エリは今までの失敗をコロッと忘れ、当麻攻略の第2ラウンドに意欲を見せた。週末はみちほが京太と交代する。人間のバディに攻略を任せ、悪魔の少女が本堂の仏像へファイティングポーズをとった。

 

 金曜日の夜、風呂上がりのエリは廊下からキッチンへ入って冷蔵庫を開けた。牛乳パックを掴んで電灯が消えた暗いダイニングへ行き、壁の棚からガラスコップを出してなみなみと注いだ。リビングで点いたテレビの画面が明るく、ソファーに手を掛けた彩香が後ろへ振り向いた。

 

「エリー、学校がないからって長いこと起きてちゃダメよ」

「分かってるよー。もぉ、小学生じゃないんだし」

 

 頬を膨らませたエリはコップに口をつけて冷蔵庫へ向かった。ほんの少し空くカフェへの扉から光が漏れ、牛乳パックを仕舞ってキッチンの壁に足を向けた。

 ゆっくりと扉を開けると、店内がライトに照らされてピカピカと光を放った。エリは家のスリッパのまま恐る恐るカフェに入った。まるで別世界に来たみたいだった。しばらく放って置いたカウンターにはほこりどころか塵一つなく、みちほに掃除の才能があったことに感動してパジャマ姿で飛び跳ねるように歩いた。そのつま先にコツンとぶつかる音。床に転がっている棒状のものを拾い上げた。

 

「あっこれ、葉っぱや灰を吹き飛ばせる……この箒で掃除したのか」

 

 機転が利くみちほを頼もしく感じたエリは部屋に戻ろうとしたが、心なしかカフェに違和感を覚えた。電灯の点けっ放しは彼女のズボラな性格のせいとしても、不自然に四本脚の椅子が入り口を塞いだ。

 カフェの入り口に近寄ったエリが置かれた椅子を横にどけた。戸は下の方に大きなへこみと亀裂があり、エリはびっくり仰天した。

 

「げぇっ。何で、何で穴が開いてるの~」

 

 他に壊れていないか心配でカフェを後ろへ振り返った。よく見るとカウンター席に一本脚の椅子が一つ足りない。エリはカウンターの端に戻って辺りを見回し、ハッと思いついてスイングドアの上から内側を覗く。案の定、脚の折れた椅子が横たわった。

 

「犯人はみちほだわ。せっかく綺麗にしたカフェを壊すなんて」

 

 彼女をとっちめてやりたい気持ちは強いが、作戦に支障をきたす訳にいかなかった。エリは箒をカフェの床に叩きつけた。

 土曜日、午前中は流れる雲の切れ間から太陽が覗いた。イヌツゲの枝一つ一つが丸く剪定された新舞島寺宿坊の入り口近く、エリがスカートの上から太腿をさすった。昼食で家に帰らなくて済むように菓子パンを詰めたリュックを背負い、もこもこのフード付きブルゾンを着てファスナーを首まで締めた。

 駐車場に入った軽トラの助手席ドアが開き、ベンチコートに身を包むみちほはアスファルト上に滑り降りた。先に運転席から降りた祖父が荷台の車いすを彼女の側に置いた。彼へうんうんと素直に頷いてみちほが車いすに腰掛けた。

 みちほはエリの前に来てピンクの花柄ランチバッグを腕で隠し、ぶすっとした顔を見せた。

 

「おやまあ、衣替えが済んで温かそうな足元だことで。こっちは誰かさんが電話をくれたおかげで発熱繊維のフリースとレギンスを脱がされて下はTシャツとハーフパンツだよ。母さんはスポーツ教室だと勘違いしちまったぞ」

「美雪さんには『室内で運動するのでジャージでお願いします』と言ったんだけどうまく伝わってなかったみたいね。悪かったわ、さっそく行きましょ」

「ちぇっ。それで謝ってるつもりかよ」

 

 みちほの非難をさらりとかわし、エリは車いすを宿坊の入り口へ向けて押し、自動で二枚の戸が外側に開いた。堂々と車いすが玄関ホールに入ってチェックイン専用端末の横で止められた。

 

「ほら、みちほも端末のカメラへ向いて。これで今夜の予約『客』になるわ」

「えぇー、予約なんかしたら金取られるだろ」

「大丈夫大丈夫。帰る時にМ42でキャンセルするから」

「は、何の意味があるんだ……」

 

 みちほはエリの不可解な行動に首をひねった。名前以外はタッチパネルを押すだけで分かりやすく宿泊予約が完了した。天井を見上げたエリは黒い半球のカメラへ腕を伸ばして指でピースをし、颯爽と宿坊内の廊下へ車いすを押した。真っすぐ行った最奥の壁に休憩所への順路が矢印によって示され、車いすは廊下の角を曲がった。みちほが前へ手のひらをかざし、自動ドアが開いて二人は石畳の通路に出た。

 今回、エリは大胆に事を進めることにした。クラブ活動をする男子のふりをしたみちほに当麻のカウンセリングを受けさせ、逆に巧みな話術で秘めた欲望を引き出す。休憩所の外で盗み聞きするエリがМ42で魔法を使って彼女の心のスキマを埋めるという算段。車いすを宿坊の建物脇に停めてみちほの肩をポンと叩いた。

 

「休憩所へは歩いてちょうだい。わたしは窓の外にいるから、うまく欲望を聞き出してね」

「けど、何で男子のふりしなきゃならないのさ」

「そりゃあ、女性の神経は繊細だからよ。異性に言われた方が色々と心に響くものなの。みちほは乙女ゲームで散々やってるから当麻さんの気を惹くのも簡単でしょ」

 

 車いすの前方に回ったエリがポケットに両手を突っ込んで鼻息を荒くした。みちほはシートから立ち上がり、ランチバッグを置いてケラケラと笑った。

 

「アハハハ、女子の攻略なんて無理無理。わたしギャルゲーとかしたことないもん」

「ふーん。ところで、カフェの倉庫にあった強力な箒使った?」

「うん、昨日ね。ちゃんと掃除しといたから」

「あの箒は柄のダイヤルを回すと威力が倍増するの。だから、カウンター席の椅子を吹き飛ばして入り口の戸に穴を開けるくらいはカンタン。ほーんと、誰がやったのかな」

 

 エリは恨みのこもった低い声を発し、冷めた表情に変わった。速攻でバレると思っていなかったみちほの笑いが止まった。後ろめたさを感じて彼女は威圧的な大きい瞳から視線を逸らし、エリの脇をそろりと通過して休憩所へ歩き出した。

 

「ま、まあ、エリ姉のために一生懸命頑張るよ」

「ええ、期待してるわ」

 

 みちほの背中を押してエリは石畳の通路から外れ、休憩所の横へ走った。宿坊の各部屋から望む庭の外周はモミジが群生し、黄葉と紅葉が壁に沿ってうろうろする不審な少女を覆い隠した。

 透明な窓からエリが中を覗いた。休憩所内はカラフルなお守りや金色の小さい仏像が台に並び、

正面にレジカウンターを備えた。エリに近いサイドの壁にスライド扉と無料カウンセリングの幟が立った。網戸と窓ガラスを少し開けると同時に、レジ奥から巫女装束の当麻が出てきて会釈し、恥ずかしそうなみちほが視界に現れた。

 

「あの、僕サッカー部に入ってて……お姉さんに話を聞いて欲しくて」

「ふふふ、かわいい男の子ね。どうぞどうぞ」

 

 当麻が隙間の空く窓へ近づき、エリはさっと頭を引っ込めた。スライド扉が溝を滑って二人が中へ歩いていく足音が耳に入った。中腰になったエリが壁際を物音を立てないように奥へ進み、腰を伸ばして曇りガラスの窓に手を掛けた。

 

「あ、開かない。どうしよう、当麻さんの欲望が聞けないわ」

 

 再度エリは両手を窓の端に掛けて引っ張ったが開かず、施錠されていると考えた。ヘアピンの前に垂れた髪を引っ掛けて耳をペタッと窓に貼り付けた。

 

「隠さなくてもいいのよ。あなたの心の声が聞こえたから」

「心の声?」

「そう、私が好きなの。私もかわいい女の子は好き」

 

 当麻とみちほの会話を聞いたエリは窓から耳を離して首をかしげた。詳しく聞かないと分からないと思い直し、エリはもう一度耳を貼り付けた。

 

「一体何しようってんだ、あんた」

「うふふ、いい事しましょう」

 

 雲行きの怪しい会話にエリがほっぺたを窓に押しつけると、みちほのうろたえる声が聞こえた。

 

「うぇっ。た、た、助けて~」

 

 エリは落ち葉を踏んづけて駆け出した。休憩所の角を曲がってあたふたと室内へ入り、みちほがいると思われるスライド扉からは駆け魂の妖気が漏れた。

 縦長の取っ手を引いたものの鍵がかかり、エリはすぐポケットのМ42を掴んで扉が開くように念じた。光に包まれた扉が一気に全開し、どす黒い妖気が腰の辺りから天井まで漂うカウンセリングルームの様子が目に入った。部屋はローテーブルを挟んで長いソファーが向き合った。扉の方へソファーの脇からジャージ姿の人が床を這い出てきた。

 

「お尻に猫ちゃんのパンツ……みちほだ。でも、何で脱いだのかな」

「エリ姉、助けてよぉ」

 

 顔を上げたみちほが目に涙を溜める。ハーフパンツごとズボンを脱がされた彼女は駆け魂の恐ろしさに体を震わせた。エリは向こうに立つ人影に魔力を感じた。口元に笑みを浮かべた当麻が目を光らせ、両手を広げてみちほを捕まえようと迫った。

 




―― 次章予告 ――

聖夜まで一週間。エリとみちほは宿坊に泊まった。一方、彩香は相手がいなくなって朋己と映画を見に行く。当麻の駆け魂を出すためデータを偽造しようとすると電話がかかって… ⇒FLAG+17へ
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