ねーさま、ヨロシク!-桂木エリふたたび-   作:北河まき

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気が置けない少女との関係

 話は終わって当麻がスライド扉に手を掛けた。休憩所の土産売り場へ戻っていく彼女に、エリは戸口でカウンセリングルームを二時間程貸して欲しいと頼んだ。その原因である彼女が断るはずもなく、一緒に部屋から出ると宿坊の建物脇に行って車いすを取ってきた。みちほが肘掛け越しにランチバッグへ手を伸ばして内ポケットからPFPを取り出して乙女ゲームを始め、エリもM42の端末画面で時刻を確認してソファーの中央に座った。

 朋己のデートがご破算になり、物憂げに腕を抱えて過ごす間に十二時を過ぎ、エリは床のリュックから出した菓子パンとお茶のペットボトルをローテーブルに載せた。スポーツタオルから伸びる白いスラッとした両脚が寒そうに膝をこすり合わせ、足元のブルゾンを放り投げた。

 

「これを足に掛けておけば寒くないわ。どう、漏らした箇所は乾いたかしら」

「アァーーッ、それを口に出すんじゃない」

 

 PFPが両手からタオルの上に落ち、みちほはエリを指差して腕をブンブンと振った。目をつり上げて室内をキョロキョロし、腕を組んでふくれっ面を見せた。

 

「もぉ~、言葉を選んでくれないと。そんなじゃ他人から嫌われるよ」

「そうかな。気を遣ったのに…」

「あ、そうだ、そのパンと弁当を交換してくれたら許してあげる」

「作ってもらった弁当食べないの」

「うん、おにぎりだから手が汚れるしさ」

 

 機嫌を直してみちほがランチバッグをひょいとエリの太腿に載せ、替わりにローテーブルの菓子パン三袋を両腕で囲って自分の前に引き寄せた。パンをかじる彼女は袋を持つ人差し指でPFPのボタンを押した。いつまで経ってもジャージのズボンは丸めて横に置かれ、エリは不思議な顔をして彼女を見つめた。

 

「ちょっとは乾いたでしょ。だから、もうズボン履いてもいいんじゃない」

「まだ湿ってる、それと……に、に、臭いは乾いても付くじゃん」

「どうせ帰ったら洗濯するんだし、科学と自然の酵素パワーで嫌なニオイもひへふは」

 

 エリはタッパーに入った小さいおにぎりを口に運んでもぐもぐした。頬が赤くなったみちほは壁へプイッと顔を背けた。

 

「エリ姉、田舎の物々交換ネットワークを知らないだろ。裕兄たちの学ランも最初のは他人の手に渡ってるし、じいちゃんの作ってる野菜が魚や果物に変わるんだから。このジャージだってどんな奴に着られるか分かったもんじゃないよ」

「へー、そういうこと気にするのね」

 

 タコさんウインナーを指でつまんでエリがソファーの端へ視線を送った。みちほは家ではゴミが散らかった部屋で気にせず寝起きし、外では他人に悪く思われなければ良い程度に考える大雑把な性格だ。しかし、見えないところで男子を意識する一面に少女の繊細さを感じさせた。

 

「みちほも可愛いとこあるんだ」

 

 エリは美雪が作ったおかずをパクパクと口に入れ、俄然みちほを自分の妹分として面倒を見ようと思った。

 食べ終えたエリがタッパーをランチバッグに仕舞い、一緒に入っていたウェットティッシュの袋から一枚取って手を拭いた。ティッシュを丸めて部屋を見回し、ゴミ箱がないのを確認して立ち上がった。みちほのいない方からソファーを回って壁からベンチコートを取り、彼女の後ろに戻って乙女ゲームの画面へ丸める背中に乗せた。

 

「これを膝に載せてくれる、ゴミを捨ててくるから。あと、菓子パンの袋も渡して」

「あ、この袋ね」

 

 みちほは片手を往復させてエリに空のビニール袋を渡し、もう片方の手でPFPのボタンを押し続けた。最後に膝に載るブルゾンを手渡してベンチコートを取って後ろへ振り向いた。すでに扉は閉じられてエリの姿はなく、両足を伸ばしてコートを体の上に広げた。

 ゴミ箱は当麻がいる土産売り場の控室にあったが、エリはブルゾンを着て宿坊へ行った。十五分後、スライド扉を開けた彼女がつかつかとソファーの肘掛け横に来た。

 

「みちほ、今日は一緒に泊まるわよ。駆け魂の攻略は夜にでも考えましょう」

「は、わたしも…てかそんな金どこにあんの」

 

 みちほがあきれ顔を向けた。エリはソファーの方へM42の端末画面を掲げて胸を張った。

 

「それは問題ないわ。十月から勉強してて全然小遣い使ってなかったから」

「けど、母さんが許してくれる訳ないしさ」

「フフフ、よく見なさい。これは新舞島寺のサイトよ」

 

 エリの腕が回転して画面が向けられ、みちほがページ内の文章に目を細くした。行事予定の一番上に今日の日付と『中学生必見!本堂で体を動かして宿坊で受験勉強一泊プラン』の一文。読んだみちほは短絡的な考えにあきれ返った。

 

「エリ姉が魔法でサイトのページに文章を挿入したのか」

「そうよ。このイベントにわたしがハクアさんの招待で来てることにして、みちほは運動して帰る予定だったけど泊まりたくなった、ってメッセージを送ったら美雪さんも許してくれるわ」

「アハハハ、こんな短い文を母さんが信じるとでも。これじゃあ、旅行会社の宣伝だよ」

 

 バカにしたようにみちほがバシバシと肘掛けを叩いた。彼女の態度はデリケートな少女の問題を優先させたエリの親切心を踏みにじるものだった。

 エリは両手をブルゾンのポケットに突っ込み、笑うみちほの顔に横から覆いかぶさった。

 

「その恰好で帰って家族に漏らしたってバレていいのっ」

「うっ……」

 

 ムッとして顔を近づけるエリの言葉に、みちほはぐうの音も出なくなった。エリが固まる彼女の前に腕を伸ばしてリュックを取り、スライド扉へ歩きながらソフトな口調で言いつけた。

 

「3時に宿坊の玄関ホール集合。半分残ってるお茶飲んでいいわ。わたしは一旦家に帰るけど当麻さんには言ってあるから、ちゃんと片付けて来るのよ」

 

 小うるさい叔母がカウンセリングルームを出ていき、みちほはソファーにもたれてため息をついた。桂木家の養女だとしても元々エリとは赤の他人。同じ屋根の下で寝泊まりすることに幾らかは抵抗感があった。

 メッセージを母へ送信したみちほが側に転がるジャージのズボンを指先で引き寄せた。それぞれの穴に足を入れて膝上まで引き上げ、立ってベンチコートに袖を通した。ぱっと見はコートの裾でふくらはぎまでが隠れてズボンを履いた状態に見える。装具を付けた右足を上げて前後に動かし、家族の前で落ちない自然な歩き方に知恵を絞った。

 

 壁際で車いすに座るみちほはランチバッグを両膝に渡して押し潰し、台の代わりにしてPFPの筐体にカチャカチャと音を立てた。母・美雪の覚えがめでたいエリと一緒という事で突然の外泊にもかかわらずOKが出た。時刻は午後四時。玄関ホールの自動ドアが開き、エリが肩から掛けた大きいスポーツバッグを手で押さえて中に入った。

 

「ごめんごめん、色々と用意してたら遅れちゃった」

 

 みちほへ手を上げたエリは楽しそうにチェックイン端末の画面でパネル操作した。どっさり詰めた荷物を腰の後ろに回し、ルームカードを受け取って車いすの元に向かった。

 

「夕食は部屋で6時から、チェックアウトは明日の11時ね」

 

 エリが乙女ゲームに没頭する横顔を覗き、みちほはめんどくさいといった感じで目を動かした。

 

「母さんが『よろしくお願いします』ってさ」

「やっぱりね~、美雪さんは物分かりがいいわ。任せといて、いっぱい持ってきたから」

「は、社交辞令だよ」

 

 みちほが手を止めて顔を向けると、グリップを握ったエリは鼻歌交じりに廊下へ車いすを押していった。シート上でみちほは目をパチパチとさせた。

 エリが部屋の表札を一つ一つ確かめて廊下を進み、ルームカードと同じ番号の前で足を止めた。

 曇りガラスがはめ込まれた格子戸はルームカードに反応して自動で開いた。土間は車いすが入ると奥行きにスペースがなく、みちほは車輪脇にあるブレーキを引いて車いすを固定し、座る位置を前にずらして靴を取った。廊下に足裏を着けて腰を浮かせ、奥へ行ったエリの跡を追って壁に手を付けて歩いた。ふすまを開けた先は十畳の和室に縁側付きの部屋があり、観音開きのクローゼットにブルゾンを掛けてエリが腰を曲げた。

 部屋に入ったみちほの前でトレーナー、フリース、Tシャツ、スカート、レギンスと次から次へ服が脱ぎ捨てられた。室内はカウンセリングルームより暖房が効き、浴衣の帯をギュッと蝶々結びしたエリを見てみちほは頭を掻いた。

 

「なんだエリ姉、もう寝巻き着てんのか」

「ふふん、これが正しいスタイルよ。みちほも変な恰好してないで着替えなさい」

 

 得意げなエリは近寄ってベンチコートのファスナーを下ろし、後ろから彼女の両腕に手を回して剥ぎ取った。ジャージのズボンをずり下ろした格好のみちほは膝へ手を伸ばした。

 

「ちょっと、いきなり脱がさないでよ」

「今からお風呂入りに行くわ。臭いの染み付いたパンツを洗いましょ」

「え、あの、温泉で……」

「大丈夫、時間が早いから誰も入ってこないわ。温泉じゃなくて共同浴場だし」

 

 スポーツタオルを巻いた尻をポンポンと叩き、エリはクローゼットに行ってもう一つ浴衣を取り出した。間髪をいれず入浴にみちほは面食らったが、確かに一理あると思った。

 宿坊の共同浴場は五人まで同時に入れ、入り口の左右が洗い場で反対側に大きい浴槽が備え付けられる。仕切りがない洗い場に裸の少女が並んでバスチェアに座り、湯を張って下着用洗剤を入れた風呂桶に両手を突っ込んだ。エリのカラン周りだけは色々なチューブボトルが置かれた。二人は脱いだブラジャー、ショーツ、靴下を浴場に持ち込み、体を洗う前に押し洗いして何回かすすいでから水分を切った。手洗いの方法をみちほに教えてエリは鼻を高くし、洗い終わった布を彼女の分まで重ねて立ち上がった。

 

「脱衣所で絞って置いてくるから、そのまま待ってるのよ」

 

 起伏の少ない後ろ姿が引き戸の向こうに消え、白いタオルで股を隠したみちほはシャワーの蛇口へ手を伸ばした。シャンプー液を頭に載せて両手でささっと髪を洗い、ボディソープをタオルに付けて腕や脚をゴシゴシとこすり、体の前と後ろを適当に洗ってシャワーで泡を流した。

 エリが意気揚々と戻ってくると、みちほが壁と浴槽の段差に手をついてしゃがんで湯に足を浸けるところだった。すぐに駆け寄って後ろから彼女の背中を支えた。

 

「一人じゃ危ないわ。それに体洗わないで入っちゃダメじゃない」

「頭と体を洗ったから入るんじゃんか。うん、ちょうどいい温度だな」

 

 湯船に浸かったみちほが気持ちよさそうに顔を上げ、エリが有り得ないと素っ裸で見下ろした。

 

「えー、今からが本番だったのに」

 

 少し怒った様子で洗い場に腰を下ろしたエリはバスチェアを横へ90度回転させた。シャワーを流しっ放しにして首を傾け、髪を両手の手のひらで挟んで優しくさすった。

 

「わたしがやるのを見て覚えるのよ、みちほ。最初に髪に水分を浸透させ、次にシャンプーはよく泡立てて……あれ、根元からだったかな。まあ、いいか。最後にトリートメントコンディショナーで――」

「オッケー、見てるだけでいいんでしょ」

 

 問題が片付いたみちほは湯の中であぐらをかき、エリが偉そうに聞きかじった髪や体の洗い方を披露する様を眺めた。そして、つくづく自分にとって面倒な人だと思った。それでも毎回喜んで車いすを押してくれるし、いつも障害のある右足を気にかけてくれる。みちほは組んだ両手を裏返して伸びをした。たまに会うくらいなら彼女と付き合っても構わないと思えた。

 エリが体を洗い終えて浴槽の前へ来て背中を向けて屈んだ。みちほは軽く笑みを見せ、湯船から出て彼女の左肩を借りる形で左足で立った。浴場の入り口まで裸で二人三脚。入り口横の手すりへみちほが手を伸ばした。

 

「それじゃ、座ってちょうだい」

「えっ?」

 

 入り口の側のバスチェアにみちほは座らされた。ピチャッと液体がつけられた背中に手のひらが小さい円をくるくると描いた。後ろを向いた驚く顔に、エリが白いボトル容器を突き出した。

 

「はい、前は自分で塗りなさい。このボディミルクは乳液代わりに顔にも塗れるからね」

「も、もういいって。今のままで十分だよ」

「ううん、今よりずっと素敵な女の子にしてみせる。今夜は寝かさないわ」

 

 エリが大真面目で言い切り、ボトルを逆さまにして無理やり手のひらに垂らした。みちほは考えが甘かったと溜まったネットリする液体に口をすぼめた。

 共同浴場から戻った部屋で夕食までの間、みちほは畳に足を伸ばしてリラックスできた。彼女の頭皮を熱心にマッサージする指。眉を整える重要性を説く子守唄を耳にし、目をつぶってうとうとした。

 夕食後は宿坊の従業員が精進料理の膳を下げ、テーブルを脇に寄せて布団を二つ並べて部屋を出ていった。エリはスポーツバッグに腕を肘まで突っ込んで底からジェル入りの小さいボトルを出した。みちほに渡して「腕や脚に塗って」と言い、手で握るタイプのキャップ付き機器をテーブルに置き、何かを念じてM42を向けて振った。

 みちほは体育座りして浴衣の裾をはだけ、手に付けたジェルをすねから足首にかけて塗るふりをした。目を光らせたエリは背後から這って近づいた。無垢な白い足に腕を伸ばすと、みちほの手に掴まれてキャップを外した電気シェーバーがぽとりと落ちた。

 

「ムダ毛処理か。する程生えてないけど、冬でもするもんなの」

「甘い甘い、年が明けたらすぐ夏がやってくるわ。手を上げた時に男子がワキを見てがっかりしないようにしとかなくっちゃ。さっき魔法をかけたから毛根まで剃れてバッチリよ」

「ふーん。それじゃあ、エリ姉が試してくれる」

 

 シェーバーを拾った彼女がニヤリとしてボトルを差し出した。エリは愛想笑いを浮かべて廊下の方へ振り返ったが、簡単に捕まって上背があるみちほに羽交い絞めにされた。

 

「分かったわ。わたしが先にやるから後でちゃんとやるのよ」

 

 シーンとなった部屋にエリが帯をほどいて浴衣を脱ぎ、下着姿で正座して右腕を上げてジェルを塗った。みちほは羽毛の掛け布団にあぐらをかいて神妙な顔を向けた。目前で電気シェーバーが一回撫でたワキは魔法によってツルツルの肌に生まれ変わり、おもむろにみちほが浴衣の袖から左腕を抜いてボトルを手に取った。ジェルが塗られた場所へエリが中腰でシェーバーを差し伸べると、彼女は無言で頷いて薄い毛の密集に刃の部分を押し当てた。

 エリはすぐ掛け布団に両膝を着いて腕を上げ、剃った直後のみちほのワキと隣りに並べた。

 

「そっちも結構剃れたわね、へこんでるのに」

 

 大きく首を倒した顔に垂れた横髪が揺れ、鼻息がかかってみちほの体はブルっと震えた。エリが豆鉄砲を食った鳩のように視線を上げた。目を合わせた二人はたまらず腹を抱えて笑い出した。同時に腕を下ろした息はピッタリと合い、静かな宿坊の一室に少女たちの笑い声が響いた。それから小一時間、代わり番こに反対側のワキ、腕、すねへと順番に電気シェーバーを向け合った。

 布団カバーに開く穴に倒れ込んだエリの下着が白とピンクのボーダー柄を晒した。普段は何とも思わないみちほが心の中で見咎めて壁へ向き、横座りではだけた浴衣の前を合わせた。彼女の方は彩香が施設から桂木家に来る少女のために準備したサイズを間違えた三着セットの一つだった。脱衣所でエリが下着の替えとして渡したのを素直にもらって身に着けた。ノーワイヤーのブラは胸にフィットし、ショーツはお尻がきつめだがウエストは緩かった。肩を動かしたみちほがブラの伸び具合に違和感を覚えて胸の谷間に指を差し入れた。

 

「ねえ、ここのゴムが緩い感じがするんだけど」

「うーん、サイズ合わなかったかな。ウエストはわたしと1センチしか違わないのに、ヒップは彩香さんと同じで大きいのよね」

「すみませんねぇ、ケツがでかくて……じゃなくて、ブラが伸びるって言うかさ」

「あー、それはナイトブラだから着けて寝てもいいよ。朝起きたら昼用のを渡すから…」

「なるほど、こんな便利なブラがあったのか。サンキュー、エリ姉」

 

 膝で立ってみちほが笑顔を向けた。布団と畳との境にエリが浴衣にくるまってうたた寝をしていた。風邪をひくと思ったのか、みちほは掛け布団を引っ張り取ってエリの体に掛けた。

 時刻はまだ九時前。PFPを手にしたみちほはふすまの脇で部屋の明かりを消して戻り、エリが寝息を立てる隣の布団にうつ伏せで寝転がった。攻略させられる駆け魂の恐怖で不快な目に遭った一日だが、乙女ゲームをしながらゴロゴロするのが日課の彼女にとって伸縮性のある締め付けないナイトブラは申し分ない贈り物になった。みちほが乙女ゲームの音量を最小にし、一人で楽しげな表情を浮かべた。

 

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