中学三年のエリは悪魔の魂を持つ少女。実兄・朋己と離れ、桂木家で彩香の妹として暮らした。
駆け魂が取り憑いた当麻は宿坊の支配人から度々責められてモヤモヤしてみちほを襲ったと打ち明けた。強制は良くないと気づいたエリ。魔法で声を変えてハラスメント通報の電話をかけまくり、一人で宿坊へ行こうとする。ヘアピンをもらったみちほは自分から協力を申し出た。
クリスマス・イブを迎えて宿坊から支配人が去り、吹っ切れたように笑う当麻。彼女がみちほの頬にキスすると、駆け魂が駐車場の中空へ飛び出した。「駆け魂、勾留!!」。エリはアスファルトに着地してみちほへ親指を立てた。
桂木家では彩香がパーティを開いた。納戸の下着をプレゼントにした横着なエリを叱り、高そうなバッグを買った朋己を諭すように値段を尋ねた。
エリたち兄妹は彩香から家族同然の扱いを受け、朋己の恋心は気づかれないまま年が暮れた。
悪魔が来りて隙間風が吹く
二月に入って最初の週末は日差しも風も弱く、乾燥した空気がひんやりとした。玄関ドアを開けた彩香が外に出てポケットに手を入れた。ドアを背にして立ち止まり、後から来た朋己が玄関から出るのをためらった。彩香は胸にロゴが入ったスタジャンを羽のように広げてパタパタさせた。
「ほらほら、先行って。弟を行かせるために道を空けてるのに」
「じゃあ、お先に失礼します」
朋己は「姉弟」という間柄に慣れたくはなく、改まった口調を変える気もなかった。玄関ポーチから端の階段を下りるとミニバンが駐車場に待っていた。志穂の養子になることを承諾した彼を実家のある鳴沢市に連れていくため、彩香は二週間も前にちはるから借りて練習した。朋己が正式に家族となるまで後は家庭裁判所の審判を残すのみだった。
唐突に、朋己の両頬が温かくなった。車の後ろでため息をつく彼に彩香が背後からカイロを押し当て、笑みを浮かべて緊張を和らげるコミュニケーションをとった。
「二つあるから一つあげるわ。向こうに着いて車を降りた時寒いでしょ」
「そうですね」
「うぇっ、たったそれだけなの」
彩香は気だるそうに体を捻る朋己の反応に口をゆがめた。彼の首根っこをむっちりした二の腕が押さえて体重がかかり、首が前に倒されて顔はワキに抱えられた。
「こら、元気ないぞ。ほっぺたをつねってやろうか!!」
「わ、分かりましたからー」
すぐに手をバタバタさせて降参する朋己。彼は志穂に何回も会っているものの、桂木邸を訪ねるのが初めてで硬くなるのは理解できたが、彩香は相談もなく鬱屈した態度を見せる弟に物足りなさを感じた。かりかりして彼の崩れたダッフルコートの襟を荒々しく直し、手を取ってカイロを二つとも載せた。
「私が側にいてあげるのよ。何も心配しないでついて来なさい」
そのまま朋己の手を引っ張って車の前方へどすどすと歩いた。助手席の横に来た時、門から視線を向ける人物に気づいて二人は立ち止まった。顔が半分隠れる程の大きな段ボール箱を抱えた人がいた。
彩香が男性と手を繋いで立っている。ハクアは見た目がぱっとしない彼女にも恋人がいるのかと唖然として眺めた。クリスマス・イブは結局仕事で休暇をとれず、冥界のマッチングサイトで知り合った男とは音信不通になった。段ボール箱の中で住所を間違えて自宅に返送された勾留ビンがカンカンとぶつかって音を立て、ハクアは嫉妬に震えながら必死に笑顔を作った。
「こ、こんにちは……あははは」
真冬なのにロングカーデを着てスカートやブーツまで黒い服装の女性。変な人が訪ねてきたと眺めていた彩香は四角い眼鏡をかけるとハクアに似ていると思った。朋己の手を離してポケットからスマホを出し、門扉のロックを外して門の方へ近寄った。
「こんにちは、角習研究社の方ですよね。今日は何か用ですか」
「あぁ、学習道具を持ってきたの」
「エリは家にいますから、どうぞ入って下さい。朋己、この前話した角研の人よ」
ちらりと後ろを見た彩香が彼に手を向け、「私の弟に…」とハクアに紹介しようとすると、急に朋己が彩香を手で押しのけて前に出た。
「『エリ』の兄、朋己です。妹ともどもよろしくお願いします」
「そう、私はハクアよ」
「話をお聞きしたいところですが、彩香さんと予定があるので失礼します」
「それじゃあ、今度握手してあげるわ」
門扉を体で押し開けたハクアは側の手すりに段ボール箱を載せ、会釈する二人が乗って出ていくミニバンへ手を振って見送った。エリが「姉さま」と呼ぶ彩香と「エリの兄」を名乗る朋己。恋人でなく家族だったのかと溜飲を下げ、玄関へ向かってスロープを上り始めた。
久しぶりに車を運転して出かける彩香はあまり速度を上げずに走らせた。人気のない路地に目をやりつつ、不満そうに助手席へ話しかけた。
「朋己って意外と外面が良かったのね。それとも、母さんから何か言われてるのかしら」
「いいえ、普段と変えていませんよ」
「そうかな。普通、高校生はそういう話し方はしないと思うけど」
彩香はエリと一緒に暮らす一方でそれなりに朋己に親しく接し、そろそろ何でも話してくれると思っていた。だが、彼は相変わらず他人行儀であり、ハクアへの応対と同じように自分と話すのは納得がいかなかった。いつもと違う丸いハンドルを強く握った彼女は運転に集中するためにも押し黙った。
彩香たちが出かけて静かな桂木家の玄関に入り、ハクアは「おーい」と一声かけた。直ちにリビングからエリが框に駆けつけ、ニッコリと笑って両手を揃えて前へ差し出した。
「いらっしゃいませ。お荷物、預からせて頂きます」
「ええ、任せるわ」
ハクアは車いすの横を通過して土間へ伸びた手のひらに段ボール箱を載せた。くるりと体を回転させ、廊下にドスンと腰を下ろして脚を組んだ。その箱は髪をかき上げる彼女の後ろに置かれ、ガムテープを一気に剥がす音が壁を越えてリビングまで伝わった。エリが中から一つ取り出して透き通る瓶を両手に挟んで満足げに眺め、一息ついてハクアが後ろへ顔を向けた。
「この前の勾留ビンは私の方で冥界へ送ったわ。これからも捕まえた駆け魂は南雲市の住所に送ってくれればオーケーよ」
「了解しました、わたし頑張ります!」
「それと弱った駆け魂はセンサーだと反応しない場合が多いからレーダーで探しなさい。ただ、あまり期待できないけどね。そいつらは魔力がほとんどないし、色も薄くて背景に透過して見つけるのは――」
体を反らして偉そうな口振りのハクアと廊下に正座して背筋を伸ばすエリ。様子を見に来たみちほがリビングの入り口に立ち、エリらしくない振る舞いに首をひねった。他人にペコペコする姿は初めてで違和感を覚えた。
ハクアは視線を感じたエリの向こうに、ゆったりしたトレーナーを着て壁のように立つ眠そうな顔の少女を目にした。ジーパンを履く髪の跳ねたみちほが冴えない男子に見えた。
「あれが報告のあったバディか。まあ、一人くらいなら経費で落とせるわよ」
「はい、どうぞよろしくお願いします」
「でもトロそうな奴ね。こっちもあまり期待できないんじゃない?」
「そ、そうですねぇ……あははは」
エリのへらへらと誤魔化す笑い声が聞こえ、みちほは背中をムッとして眺めた。言いたいことを言ってスッキリしたハクアは立ち上がった。
「じゃあ、もう私は仕事があるから行くわ」
玄関のドアを開けてハクアが空へ飛び上がり、エリは土間にスリッパで降りて玄関先で手を額にかざして見上げた。元々は一月中に宅配で届く予定だったが、彼女から直接持ってくるとメールで連絡が来た。待ちに待った勾留ビンは段ボール箱に緩衝材もなく三段重ねでいっぱいに敷き詰められ、廊下に戻って箱を持ち上げてリビングへ向かった。だが入り口でみちほが腰に手を当てて道を塞ぎ、正面に回ってエリがまばたきを繰り返した。
「どうしたの、みちほ。どいてくれないと部屋に入れないわ」
「あんなオバさんの悪口に笑うことないじゃん」
「なんだ、聞いてたんだ。上司だから機嫌を損ねないようにするのは当たり前でしょ」
「大体、今日のエリ姉はおかしいんだよっ」
肩を怒らせてリビングに戻っていった。みちほは公衆の面前でもなければ他人からバカにされて何も思わなかった。けれども、ハクアの悪口にエリが同調して裏切られた気分になった。非社交的な彼女は物事を自分の側からしか見ようとせず、気心が通じるエリが常に自分の味方である意識を持っていた。
PFPを掴んでソファーにごろりと寝転がるみちほ。エリは彼女が朝まで乙女ゲームをしてほとんど寝てない上にブラッシングをサボった事も知っている。ハクアの態度はともかく、言われても仕方ないと思えた。
「世間体を気にするのってみちほにも遺伝してるのかな…」
エリが小声でブツブツとつぶやき、廊下からリビングへ歩を進めた。段ボール箱内の勾留ビンは冥界の技術で作られて軽くできていた。ただ、500mlのペットボトルより一回りも太く、鞄に入れるとかさ張る難点があった。ハクアから大量に仕入れたエリは舞島学園の入学試験が迫る中、早くも駆け魂回収で一儲けを目論んだ。