ねーさま、ヨロシク!-桂木エリふたたび-   作:北河まき

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逃がさん!

 ソファーで仰向けになったみちほが口を開こうとせず、エリは腰に手を当てて仕方がないと頭を掻いた。勾留ビンが入った段ボール箱をローテーブルに置き、脇に立ってスカートのポケットからM42を取り出し、端末画面に指先を擦らせて駆け魂レーダーを表示させた。「ピンッ」と音がして真っ黒な背景に緑色の線が時計の針のように一周し、画面が切り替わって舞島市の白地図に大きさが違う幾つものカラフルな円が現れた。

 手のひらに載る画面に目を細くしたエリが段ボール箱の側からリモコンを拾い上げた。テレビの端にメニューを表示させ、スマホ映像を受信する設定に切り替えて駆け魂レーダーの結果をテレビ画面に映し出した。

 

「1203匹か。一、二ヶ月じゃちょっと無理かな」

 

 地図の桂木家辺りの円から引かれた線上の数字を指で差し、ソファーへと目を向けた。ゲームに集中していたみちほがPFPの電源を切り、ゆっくりと体を回転せて腰掛けた。エリは憮然とした彼女に近づいて顔を覗いた。

 

「一度に千匹って意味じゃないの。それに高校の試験終わってからが本番だから」

「エリ姉、あの人の話を聞いてなかったのか」

「あの人ってハクアさんのことよね、話は聞いたけど」

「それじゃあ、どうやって探すんだよ。駆け魂センサーが反応しないのに」

「えっ。それはえーっと……」

 

 エリが腕組みをして考え始めた。みちほはやれやれとソファーの背からダウンを手に取り、肩に引っ掛けて立ち上がった。

 

「ま、わたしは帰るわ。月曜から京兄が手伝ってくれるだろうし」

 

 慌てたエリは後ろへ半歩下がって一人掛けソファーとの間の脱出口を塞いだ。おだててでも彼女が帰るのを思いとどまらせようと、頭をフル回転させた。

 

「そ、そうっ、鎖骨が出てて今日の服装なんだか大人っぽいわね」

「同じトレーナー着てるから襟が伸びてるだけ。どうせ、エリ姉も本音はあの人みたいにトロそうと思ってるんでしょ」

 

 みちほに不貞腐れた表情で見下ろされ、エリはハクアにバカにされた事を根に持っていると気づいた。冷静に判断して行動するのとは裏腹に、彼女は嫉妬深い彩香の姪としての顔がある。これはみちほを引き止める好機だと、かかとを上げて跳ねた前髪を優しく耳に掛けた。

 

「バカね、こんな可愛い子をトロそうとか思う訳ないじゃない」

「でも一緒に笑ってたしさ」

「聞こえなかったから愛想笑いしただけよ。今度会ったら彼女に『ガツン』と言ってあげるわ」

「ほんとに?」

「うん、お姉さんウソつかない!」

 

 エリが笑って胸を叩くと、納得したみちほは肩からダウンを下ろして手に持った。エリはうまく翻意させたと一安心。室内に和んだ空気が流れ、彼女と駆け魂回収の話ができる状況に変わったと思われた。が、キッチンの方から「ピンポーン」と来客を知らせる音が聞こえ、肝心な時に誰だろうとインターホンの操作パネルへ向かった。

 廊下への引き戸脇に立ったエリは壁のディスプレイをONにした。画面に胸から上が見切れた男性の動く様子が映り、横からカメラを覗き込んだ彼の顔にエリが目を見開いた。

 

「え~、なんで黒田のおじいさんが来るの」

「こんにちは。今しがたね、みちほからメッセージがあって迎えに来たんだ」

「こんにち……あっ、いないわ。ちょっと待ちなさーいっ」

 

 リビングには姿が見えず、エリは廊下に出て玄関へ走った。すでに、膝に上着を載せてみちほが車いすをドアへ後退させていた。機嫌を良くした彼女は片手でハンドリムを回し、反対の手を伸ばして勢いよくバーンと押し開けた。

 

「じゃ、可愛い子をゲームの彼たちが待ってるんで。エリ姉バイバイ」

 

 玄関を出た車いすがポーチで方向転換して去っていった。ピューピューと冬の冷たい風が吹いてドアが自然に閉じ、エリはため息をついてリビングへ引き返した。

 みちほが帰って三十分経った。テレビ画面に表示される駆け魂レーダーの散布図は舞島市東南部の円が一番大きい。ソファーで片肘をついて座るエリは勾留ビンを片手に持ち、どうやって駆け魂を探したらいいか思案に暮れた。だが、このままでは時間が経つばかりとローラー作戦を決意して立ち上がった。

 

「みちほがいなくてもたぶん大丈夫、毎日ゲームやって目が悪いだろうし。わたしの両目2.0の視力なら簡単に駆け魂を見つられるわ。そういえば、ことわざではなんて言うんだっけな。たしか、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、下手の横好き、下手こそ物の上手なれ……」

 

 エリは受験勉強で暗記した言葉を復唱しながら、リビングを出て階段を上がった。前回、レベル2の駆け魂を勾留したことで自信を深めていた。志穂にあてがわれた問題集をやり終えて入試対策も万全で、余裕しゃくしゃくで弱って動けない駆け魂の回収に向かうのだった。

 

 玄関を出た頃には雲が多くなって強い風が吹き、ニット帽をかぶったエリは北風を受けて住宅街の坂を下った。目的地は前に行った舞島学園に程近い公園。正式名称は舞島緑地公園といい、真冬でもシイやカシといった常緑樹が細長い緑色の葉を残す高木に囲まれる。この季節はあまり人が中に入ってこないため、鵜の目鷹の目で駆け魂を探し回ってもまったく怪しまれない場所だ。

 公園の入り口でエリは勾留ビンを入れたトートバッグを肩から提げ、動きやすいようにジーンズの裾を丸めた。それから外周に生える木の根元に駆け魂が転がっていないか確かめ、周辺の芝生にも目を凝らした。

 

「うーん、駆け魂は一体どこにいるのよ」

 

 体が透ける彼らはハクアの言った通り簡単に見つからなかった。だとしても、エリは広い公園内のどこかに必ずいるはずと考え、時間をかけて反対側の雑木林まで駆け魂を探し歩いた。

 午後四時を過ぎ、エリがポケットから半分出したM42の表示時刻を顔へ向けた。じきに日が暮れて遊歩道の照明が届かない林の辺りは真っ暗になる。いつしか、風は止んで頭上からはカーカーという鳴き声が聞こえた。巣に帰っていくカラスの黒い群れを見上げ、エリの気持ちは諦めて家に帰る方向へ傾き、気が抜けて木の上をぼーっと眺めた。枯れた芝生と雑草が入り混じった地面とは景色がまた違った。何本もの枝に薄緑のギザギザな葉の裏が広がり、目がいい彼女には葉脈がはっきりと見えた。

 

「あれ、あそこの葉っぱに目があるわ」

 

 一枚の葉の筋がまばたきをしたように見え、しゃがんでバッグを地面に置いて小石を拾って枝へ放った。石が枝先を通過した瞬間、驚いた駆け魂は周囲にほのかな光を発し、枝と葉の間に挟まる白熱電球のような形の幽体が姿を現した。顔を綻ばせたエリはファスナーを引いてバッグから勾留ビンを一つ取り出した。

 

「そんな所にいたのね。待ってなさい、今行くから」

 

 勇んで幹のくぼみに片足のつま先を掛けて幹の裏に片手をまわし、反対の足で飛び跳ねて幹に抱きついた。しかし、反対の手は勾留ビンで塞がっていて上方に掛けられず、エリはやむなく木から下りることになった。

 みちほが居てくれれば下からサポートしてもらえたのに――油断して帰られたのを悔やんでエリが駆け魂を見上げた。京太はよく分からない週末バイトで使えないし、首に縄をつけてでも連れてくれば良かったと思った。口を尖らせて腕組みして木にもたれていると、再び公園に強風が吹きつけた。枝葉が大きくゆらりゆらりと揺れて小さく白い幽体は空にふわりと舞い上がり、風でどこかへ飛ばされるところだった。エリは幹をお尻で蹴って木から離れ、駆け魂を睨みつけた。

 

「今度は逃がさないわよっ」

 

 悪魔の魂を持つ彼女は何度も魔法を使ううちに魔力のコントロール方法が分かってきた。手のひらに精神を集中させて魔力を溜め、勾留ビンを掴んで腕を大きく後ろへ引いて駆け魂目掛けて力の限り投げつけた。「勾留ビーンボール!!」。叫び声とともに一直線に勾留ビンが光の航跡を描いて枝々の間を突き進み、ビンの底が駆け魂の両目の間にガツンと衝突。地面への落下を見届けたエリが得意げに前髪を払った。

 

「千匹の駆け魂も一匹目からってとこかな。ようやく一匹か……ふぅ」

 

 エリは拾い上げた駆け魂を勾留ビンに詰めて蓋を閉めた。辺りの薄暗さを感知して公園のLED照明が次々と点灯した。帰ることにした彼女はトートバッグを手に持って遊歩道へ向かった。

 手にしたビンの中で駆け魂が顔をゆがめて窮屈そうに呻く。こいつらは壊れたカフェの入り口や椅子を直す元手である。高校入学までにできるだけ回収作業を進め、舞島学園で見つけた女子と朋己をデートさせる目算だが、このペースでは資金不足でうまく事が運ばない。エリはもっと効率良く駆け魂を探す方法はないかと、桂木家に帰る道すがら頭をひねった。

 

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