ねーさま、ヨロシク!-桂木エリふたたび-   作:北河まき

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―― これまでのあらすじ ――

中学三年のエリは悪魔の魂を持つ少女。実兄・朋己と離れ、桂木家で彩香の妹として暮らした。
日曜日の午後、メルクリウスが桂木家のカフェに同級生の夏也を連れてきた。目算が狂ったエリは急遽、みちほに会いに来たと彩香に告げ、見合いは想定外の組み合わせになる。仕方なく見合いしたみちほは夏也との盛り上がりに自信を持ちつつも、彼とエリの楽しそうな様子には嫉妬した。
一方、黒田家では彩香によって見合いの話が伝わった。夕食が祝宴と化し、みちほは夏也を恋人扱いされてモヤモヤするものを感じた。
翌日、桂木家のリビングでエリとメルクリウスが見合いについて話し始め、廊下で聞いたみちほは夏也に振られたと思い込んでふらふらと外へ出ていく。車に轢かれそうになり、運転席から降りてきたのは夏也の祖母・歩美だった。
歩美との再会は偶然か、それとも、運命か。みちほは高原煎餅店の車に乗って成り行きに身を委ねた。



FLAG+20 たどりついたらいつもの臆病風
風呂・トイレ・煎餅付き


 あくびをしたみちほはフロントガラス越しに路地を眺めた。道路脇に停めた白い軽ワゴンの助手席で待たされること十回。運転席との間にあるボックスのビニール袋を開け、割れた煎餅を出して口の中へ放り入れた。前回と同様、煎餅セットを届けた歩美が五分くらいで戻った。

 

「毎回悪いわね。あと一ヶ所だから勘弁してくれるかしら」

「ひひふぇ、全然気にしてません」

「あ、食べてくれたの。美味しいでしょ。一口と言わずにもっと食べてちょうだい」

「はい」

 

 乗った当初から勧められた袋に入った煎餅。空腹ではないが、あまりにも暇過ぎてつい手が伸びてしまった。みちほの方へ歩美が両手でビニール袋を持ち上げた。

 

「この前食べてもらった試食コーナーの瓶と同じ。割れてるから商品として販売してないだけで味は変わらないわよ。もちろん、焼きたてなら数段食感がいいけどね」

「へー、そうなんですか」

 

 乙女ゲームをする時につまむ程度で味にはまったく関心がないものの、みちほは早く帰るために調子を合わせた。二、三枚も取ると歩美は満足げにハンドルを握り、ボディに高原煎餅店の屋号を貼った車は時速12kmの低速フルオートで住宅街の路地をゆっくりと走った。短い距離を移動しては停車を繰り返して二時間弱が経っていた。

 

「あー、お腹すいた」

 

 太陽が落ちた薄暗い空に歩美は視線を上げてつぶやいた。みちほはすかさず同調してうんうんと頷いた。けれど、「うちで食べてかない?」とニコッとした顔が自分へ向くと、慌てて首を大きく横に振った。残念そうな表情で歩美が吐息をついた。

 

「ふーっ、夏也も喜ぶだろうって思ったのに」

「……先輩は嬉しくないと思います」

 

 みちほはやたら夏也を推す歩美が疎ましいが、彼に振られたとバレて傷口に塩を塗られたくもない。せめて、自然な形で二人を仲良くさせることを諦めてくれるように努める以外なかった。

 

「わたしを好きな男子なんかいないですよ。可愛くないし、顔にそばかすあるし…」

「若い時は小さい事で悩むのよね。私の周りじゃ、そういうこと言ってた子から順に結婚していったんだから。学生時代は私が一番モテてたはずなんだけど結局最後だったわ」

「いいえ、その人達は他に魅力的な部分があるんです。例えば胸が大きいとか、小柄で守ってあげたくなるとか理由がちゃんとあって」

「あら、みちほちゃんもあるじゃない。夏也もお尻が大きいって言ってたわよ」

「うぇっ。そんなことを……いやいや、ただケツがでかいのを褒められても。それにわたし身長まだ伸びますよ、先輩抜いちゃうくらいまで。男子って自分より背が高い女子は彼女として嫌だと思うんです」

「夏也は気にしないと思うけど…」

「だから、高原先輩にわたしは不釣り合いなんです!!」

 

 みちほは自分を否定的に見せようと頬が赤みを帯びてだんだんムキになった。しーんとする車内に、自動運転の目的地到着を告げるナビの音声が響いて車が速度を下げて路肩に止まった。歩美はそっと後部座席へ手を伸ばして煎餅セットの箱を取り、俯いたみちほを置いて車から降りた。

 会釈した歩美が住宅の門を入っていき、冷静さを取り戻したみちほは顔を上げた。彼女に分かってもらえたか心配しつつ見知らぬ家の塀へ視線を送った。しばらく待っていると、営業スマイルのまま歩美は運転席に帰ってきた。シートに座ってみちほの顔を見るなり、喜んで助手席の方へ手を振った。

 

「聞いて聞いて、あそこの庭バスケのゴールがあるのよ」

「はぁ、そーですか」

 

 拍子抜けしてみちほは歩美へ体を向けた。夏也との話題は忘れたのかと思い、ホッとして彼女の話に耳を傾けた。だが、不思議と歩美が胸元で手を合わせて目を輝かせた。

 

「うちもアレを買いましょう。屋上に置けないかしら」

「バスケットが好きなんですか?」

「ううん。細かいルールが良く分からないからテレビ中継も見てないわ」

「それじゃ、なんで買おうと思ったんですか」

「だって、ひ孫がバスケの選手になるかも知れないじゃない」

「ひ孫ってまさか…」

 

 ひ孫、つまり、歩美の孫・夏也の子である。みちほは嫌な予感がした。案の定、うっとりする彼女は二人の結婚を既定路線として先々を妄想していた。

 

「みちほちゃんのDNAを受け継いだら、どれくらい身長が高くなるかなぁ」

「ち、ちょっと勝手にひ孫の母親にしないで下さい」

「そうね、まだ中学生だったわ。でも高校の三年なんてすぐ終わっちゃうし、そしたら夏也と永久就職して店を手伝ってくれればいいからさ」

「永久就職?」

 

 みちほは目をパチパチさせて歩美を見た。とうに使われなくなった言葉はうら若い少女を戸惑わせるだけでなく、強制労働のイメージを与えて不安にさせた。自動運転の再スタートを促す効果音が鳴り、立ちどころに助手席からナビのタッチパネルに指先が押し当てられた。

 暗い住宅街の路面をハイビームが照らし、歩美が背を丸めて前方へ目を凝らした。彼女の煎餅屋へのスカウトも終わって車は黒田家に向かうだけ。みちほはやっとの帰宅に胸をなで下ろし、シートの背もたれに体を沈めた。運転席の様子を横目でうかがい、静かな老婆を見ているうちに疲れがどっと押し寄せた。

 

 

 街灯が少ない田舎道の真っ暗な闇。みちほが目を開けてきょろきょろと周りを見回した。束の間の眠りに落ちていた少女は車がアスファルトの段差を越える振動で飛び起きた。目が覚めると急に寒さを感じて腕を抱えた。

 

「へ、へくしょんっ」

「そう言えば、ブレザーの下はセーター着てるみたいだけど、コートは駄目なのかい」

「それが…さっき親戚の家に忘れてきちゃって」

 

 鼻をすすったみちほは恥ずかしがって頭を掻いた。住宅街から一川越えただけで商店の一つもない田畑が広がる。歩美は目を細めてLEDの光を頼りにエアコンの上三角ボタンを押した。

 

「ボーっとしてたもんね。そっか、校則は変わってないんだ」

「え、なんで校則を…」

「そりゃあ、舞島学園の卒業生だからよ」

 

 みちほが驚いて顔を向け、歩美はハンドルから片手を放して不満そうな表情で首をさすった。

 

「昔は制服が独特で自由な校風だったのに、今じゃ学力が高い生徒ばっかり集めて鳴沢大進学率が一位とか自慢してさ。それに授業料が毎年のように上がって他にも色々と取られるでしょ。夏也に受験したいって聞いた時は肝を冷やしたわ」

「それじゃあ、陸上部の特待生待遇になったのは家計を考えてなんですか」

「ええ。野球を続けさせてあげたかったけど」

「かわいそうですね、先輩」

 

 みちほの口からは同情の言葉が出るものの、カフェの見合いで夏也が誤魔化した話の背景が思った通りでスッキリした。歩美は助手席がしんみりしたと思い、笑みを浮かべて手を振った。

 

「大丈夫大丈夫。もう、夏也はすっかり気持ちを切り替えて受験勉強を頑張ってるわ。昨日も『みちほさんと毎日一緒にバス通学するんだ』って意気込んでてね」

「へ?」

 

 歩美の話にみちほがピクッと体を震わせた。男子が毎日一緒に通学したいと思う女子を振るとは思えない。それどころか、好意を寄せていると考えるのが普通だ。彼の気持ちが知りたくなったみちほは太腿の間に両手を挟んですりすりと手のひらを合わせた。

 まず、みちほは夏也がエリをどう思っているのかが気にかかった。桂木家のカフェで彼らが仲良く話すきっかけは妹の話題だった。妹がエリに似ていて懐かしさで胸がいっぱいになったのかと、推理して腕を組んだ。しかし、悩んでいても仕方ないと割り切ったみちほは運転席へ体をひねって恐る恐る歩美に話しかけた。

 

「あの~、先輩は妹さんがいるって聞いたんですけど…」

「あー、あの子ねー」

「そうです。その子のこと教えてくれませんか」

 

 みちほが真剣な顔を近づけるが、口元に指を当てた歩美はなぜか徐々に表情が曇った。終いにはハンドルにこぶしをガンガン打ちつけた。

 

「あんな鬼嫁が連れてった子なんか知ったこっちゃない。何かと理由つけて一度も来なかったくせに、慰謝料に店を寄越せなんてよく言うわよ。フン、息子と別れてくれて清々したわっ」

「ははは、ダメだこりゃ」

 

 みちほは反対へ向いて肩をすくめた。高原家の嫁姑関係が破綻していた事実が判明し、歩美から妹の情報を聞き出すことは無理そうに思えた。夏也のエリに対する感情を推測するのは一旦保留にした。

 次に、本当に夏也は真面目で朗らかな少年なのかを確認したかった。いくら孫思いの祖父母に引き取られたとはいえ、何もなければ家族の離散は一人になった子どもの性格に悪影響を及ぼすはずである。夏也が家での言動と正反対な態度を取る少年になり、歩美の前で好意がある風に見せたにもかかわらず、みちほを振ったというオチは握り潰す必要があった。その辺りの事情を知る人物は嫁への怒りが収まらず、ハンドル上部をバシバシと叩いていた。ため息をついたみちほは意を決して腹の底から声を発した。

 

「おばあさまっ、わたし夏也先輩の過去が知りたいんです!!」

「あ?」

 

 歩美が呆気にとられて何事かと顔を向けた。みちほは肩をすぼめ、人差し指同士をつんつんと突き合わせた。

 

「そ、その、先輩が煎餅屋さんに来た時はどうだったのかなと思って」

 

 頬を赤くしたみちほの様子に、歩美は落ち着きを取り戻して傾いたハンドルに両手を掛けた。

 

「そうね。最初の頃は誰にでも人見知りしてたわ」

「明るい先輩が人見知りするんですか」

「小学四年生だもの。学校に馴染めずに毎日行くのをぐずってた。でも、この商店街には同学年の子が四人いたの。みんなで朝夏也を迎えにきて帰りは店で煎餅食べながら話をして解散。その子たちのおかげで夏也はだんだんと周りに溶け込んでいったのよ」

「へー、そんな話が…」

 

 みちほは頬を綻ばせて手で口を押さえた。夏也の助けになる存在は想定通りだが、結構いい話で心が温まった。やはり、夏也は真っすぐな性格に育っていた。ということで彼に振られたと思ったのは何かの間違いと確信し、感動的な話の続きを聞こうとみちほがセンターコンソールに身を乗り出した。

 

「もしかして中学生になってから、みんなで野球部に入ったんですか」

「えーっと、一人だったかな。まぁ、あの子たちに野球はちょっと。けど今でも友達だし、時々店に顔を出してくれるわ」

「いいですね。幼馴染みが集まる煎餅屋さんって」

「ふふふ、店が気に入ったのなら一生居てくれてもいいのよ」

「はぁ、それはまだ早いかと……」

 

 助手席にみちほの体がそろそろと戻っていき、歩美はくすくすと笑った。態度を軟化させた彼女とはもう少し話していたかったが、自動運転のナビが黒田家に着いたと知らせた。

 

「みちほちゃん、今日はしつこい婆さんの相手をしてくれてありがとうね」

「いいえ、こちらこそ送って頂いてありがとうございました」

 

 塀まで来ると門の手前に停まる黒いセダンが見えた。その車を避けつつ速度を落とした軽ワゴンが門前で停車し、みちほはシートベルトを外した。降りる時にも再度礼を言い、運転席で小さく手を横に振る歩美にペコリと頭を下げて高原煎餅店の車を見送った。

 みちほは夏也の好意を知って気分も良く、狭い空間から解放された爽快感と相まって意気揚々と門をくぐった。ガミガミとうるさく言う母が帰っていないのか、玄関や居間は煌々と明かりが点っていた。夕食まで時間が空くと思った彼女は未開封の学園モノを開けようと決め、腹具合を確かめながら夏也の制服姿を思い浮かべた――特典は煎餅食べ放題か。恋愛ゲームなら先輩のとこに毎日通ってもいいなぁ。

 

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