その名は、榛か遠く   作:Falke

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お待たせしました。お待たせしすぎたかもしれません。
お待たせしていた人はきっともういません。二年間も失踪してたら当然です。

ところがなんと、二年ぶりに続きが投稿されたSSがあるらしいですよ!

というわけで、ふら~っと帰ってきました。

もしずっと待ってくださっていた方がいらっしゃるなら本当に申し訳ありません。そして、本当にありがとうございます。

小説の書き方も表現力も一新して生まれ変わりました。

またふっといなくなるかもしれませんが、気軽に、気ままに、完結を目指していこうと思います。

よろしければぜひ、彼女たちの旅路にお供してくださると幸いです。


#10 絆という名の鎖

「ん……」

 

 

気がつけば、辺りは薄く明るんでいた。

あの後、部屋に戻ったところまでは覚えている。

知らぬ間に眠ってしまっていたらしい。

そのおかげで、見たくもないものを見てしまった。

 

 

「ちっ……」

 

 

本当、最悪の気分だ。

あいつも。響も。私も。

あの日のせいで。あの男のせいで。私のせいで。

何もかもが、最悪だ。

 

なんで私なんだろう。

なんで私じゃなかったんだろう。

 

煉獄のような激情が、ずっと燃え続けている。

いっそのこと、このまま私を燃やし尽くしてくれればいいのに。

 

 

 

 

 

《※※※》

 

 

 

 

 

「みんな、おはよう。これより本日の作戦、《破砕》調査任務のミーティングを始める」

 

 

0800。朝礼代わりに全員を執務室に招集し、俺は今回の作戦内容を皆に伝える。

大本営からの指令は、東方海域に移動してきた異形の深海棲艦《破砕》の調査。

未だ謎な部分が多く、本格的な迎撃作戦を立てるためにも、その戦闘能力の詳しいデータが欲しいのだろう。

 

 

「が、今回の作戦には、できれば鹵獲も視野に入れている」

 

「調査って話じゃなかったのか?」

 

「あくまで目的は調査だ。だが、前回の出撃の消耗を考慮すると、悠長にヤツを野放しにしておきたくないのが本音だ。《破砕》のような未曽有の戦力が他にいないとも限らないしな。無論、最優先事項は艦隊の全員生還だ。それを忘れないでくれ」

 

 

天龍が「ほぉ……」と小さく息を漏らすのが聞こえる。ほんの少しだけ見直されたような感覚を受け、俺は説明を続けた。

 

《破砕》の出現座標についての予測はできない。

ヤツの動きには計画性や縄張りといったものがなく、各地の海域を転々としている。

随伴艦は確認されているものの、こちらの艦隊を見つけると、艦隊行動を無視して単身で突っ込んでくるらしい。

つまりヤツと遭遇するには、なるべく広範囲を航行し、艦隊自らを囮にしてヤツのレーダーに引っかかるしかない。

 

 

「さて、今回の出撃メンバーだが。前回《破砕》との交戦経験があることから、旗艦を金剛に任せたい」

 

「任せるネー!」

 

「また、索敵範囲を広げ《破砕》の襲撃に備えるために、赤城、加賀」

 

「了解しました」

 

「……」

 

「機動力の確保、および雷撃戦に備えて、響、龍田」

 

「了解した」

 

「あらあら~、私でいいの~?」

 

「そして、鳥海。刀が破砕されて戦力が不十分な天龍に代わって、単純なパワーの差を少しでも埋める」

 

「……わかりました」

 

「チッ、まぁしゃあねぇか」

 

「間宮は艦隊帰投後の補給・修復準備。榛名は提督補佐として俺の隣についてくれ」

 

「わかりました」

 

「榛名にお任せください!」

 

 

よし、これで今回の作戦は全部——————。

 

 

「提督さーん! 夕立! 夕立は何すればいいっぽいー?」

 

 

一息つこうとしたタイミングで、夕立がぴょんぴょん飛び跳ねる。

 

 

「夕立、曙、天龍は今回は留守番だ」

 

「えー、夕立つまんないっぽいー」

 

「我慢してくれ。以上、今回のそれぞれの役割だ。何か質問はあるか?」

 

 

ふくれっ面の夕立の頭をなでながら、俺は全員の顔を見渡す。

彼女らの口は開かれない。

夕立はまだ不満気だが、俺への評価は別にして、作戦自体に異論はなさそうだ。

少し緊張が和らぎ、今度こそ聞こえない程度に一息つく。

 

 

「ちょっと」

 

 

それを、目を吊り上げた藤髪の少女が引き戻した。

 

 

「なんであたしを外したのよ。そんなにあたしが嫌い?」

 

「君への個人的感情と作戦に関係はない。今回の標的は正体不明の《破砕》だ。リスクが高すぎる分、なるべくヤツと交戦経験がある者を中心に編成しただけだ」

 

「交戦経験ならあたしにもあるけど? このメンバーで出撃しても、全員あいつのエサになるだけよ」

 

「あら~、随分言ってくれるわね~」

 

 

曙の物言いが癪に障ったのか、龍田が展開した薙刀を曙の喉元に突きつけた。

 

 

「駆逐艦風情が一隻加わっただけで何ができるのかしら~?」

 

「あんたたちよりはマシに戦えるけど? 役不足だって言われてるのがわからないの?」

 

「あらあら~、そんなに殺してほしいならそう言ってくれればいいのに~♪」

 

「やめろ!」

 

 

笑顔で薙刀を振りかぶった龍田を慌てて呼び止める。

龍田は少しだけ目を見開いた後、意外にも素直に獲物を下ろしてくれた。

 

 

「……龍田の言う通りだ、曙。今回の出撃メンバーは既に決定済みだ。索敵範囲と火力を両立させた編成にしている。駆逐艦の君を新たに編成しなおす余地はない」

 

「……なにそれ。あんた、あたしをナメてんの?」

 

 

曙の目の温度が一層下がるのを感じた。だが、彼女のためにも、こんなことで一々怯んではいられない。

 

 

「断じてそんなつもりはない」

 

「だったら! いいからあたしを出せって言ってんのよ!!」

 

 

机に手を叩きつけ、俺の胸倉をつかみ上げる曙に、俺は冷静に、あるいは冷徹に告げた。

 

 

「駆逐艦 曙は鎮守府内にて待機。これは命令だ」

 

「ッ……!」

 

 

烈火のような剣幕で迫る曙をそう制すと、彼女は納得いかない様子でそのまま執務室を出て行ってしまった。

 

 

「……他になければ、このまま決行しようと思う。作戦開始は12:00から。各自、出撃準備にあたってくれ」

 

 

最後に開始時刻だけ伝えて、作戦会議を締める。

榛名、響以外の全員が去ったのを確認してから、椅子に深々と腰を落とし、深めの息を吐く。

 

 

「すまない、司令官。私のわがままを聞いてくれたばっかりに」

 

 

響がしゅんとした顔で謝る。

思ったより食い下がってきたが、嫌われ役にはもう慣れた。短く「気にするな」とだけ声をかける。

 

 

「……曙の気持ちは、誰よりもわかる。私だって、みんなの仇である《破砕》が憎いさ。けど……今の曙をヤツと会わせたくはない。きっと刺し違えてでもヤツを沈める気だろうから」

 

 

響は憂い気な瞳をより曇らせながら呟く。

《破砕》が憎くて仕方ないのは曙だけじゃない。それでも響は、なんとか平静を保とうとしている。

ただの駆逐艦では歯が立たないことを理解しているからか。

それとも、もう二度と仲間を失いたくないからか。

 

 

「復讐、か……」

 

 

刺し違えてでも仇を討とうとする怒りも。

もう二度と繰り返したくないという願いも。

 

どちらの気持ちも、俺にはよくわかる。

 

 

 

 

 

《※※※》

 

 

 

 

 

12;00。作戦開始時刻。

今頃、出撃ドックには偵察艦隊の面々が揃っているはずだ。

 

 

「チッ、本当なら俺が出撃して、この前の刀のお礼をしてやりたいところなのによ」

 

「仕方ないわよ~、刀のない天龍ちゃんなんて、前歯をもがれたウサギみたいなものなんだから~」

 

「そこは牙をもがれた獅子じゃねぇのかよ」

 

「獅子にするには可愛すぎるかしら~?」

 

「龍田ぁ!!」

 

「きゃ~、こわ~い♡」

 

「ったく……気ぃつけろよ。認めたくねぇけど、白兵戦じゃ俺よりヤツの方が上手だった」

 

「あらあら~、心配してくれるの~? 天龍ちゃんったら優しい~♡ 今日は機銃の雨でも降るのかしら~?」

 

「龍田」

 

「っ……」

 

「……」

 

「……大丈夫よ、一人でも。危なくなったらちゃんと逃げるから」

 

「……頼むぜ」

 

 

『みんな、揃ってるみたいだな』

 

 

「ハーイテートクゥ! 準備OK、いつでもいけマース!」

 

 

司令室からマイクに向かって呼びかけると、金剛から元気よく返事が返って来た。

彼女たちは通信用の装備も常設しているので、こうして離れた場所でも連絡を取ることができる。

そして、偵察艦隊のレーダーである赤城と加賀。彼女らが操る艦載機の一部に、大本営から支給された《眼》の役割を果たす妖精を装備させた。これで《破砕》の動向などの海上での様子が、この司令室に中継される仕組みらしい。

 

 

「よし。それではこれより、《破砕》偵察作戦を——————」

 

 

準備は整った。

俺が作戦決行の号令を出そうとしたその時。

 

 

「提督! 大変です!」

 

 

司令室の扉が、血相を変えた間宮によって勢いよく開かれた。

 

 

「間宮? どうした、慌てて」

 

「曙ちゃんの姿が……鎮守府内のどこを探しても見当たらないんです!」

 

「——————!」

 

 

嫌な予感がした。いや、確信に近かった。

曙はたった一人で仇を討ちに行ったのだ。

単艦出撃の無謀さは、彼女も艦娘ならよく知っているはずだ。

今の深海棲艦との勢力差を考えれば尚のこと。

その行為がどんな結果を生むのかは、火を見るより明らかだ。

 

曙は、もうここに帰ってこないつもりでいる。

 

 

 

 

 

《※※※》

 

 

 

 

 

天気は快晴。雲一つない、腹が立つほど澄みきった綺麗な青空。

その下で、あたしは砲弾の嵐にさらされていた。

 

 

「ちっ……!」

 

 

間髪入れず襲い掛かる砲撃が、こちらに反撃の隙を与えてくれない。

敵艦隊六隻にこちらはたった一隻。しかもたかだか駆逐艦では、まず助からないだろう。

 

だからどうした。助かるつもりなんて毛頭ない。

必ずあたしの手で、ヤツを地獄に送ってやる。

そのあとで、あたしも地獄へ落ちて、それでようやくすべてが終わる。

 

だから、それまでは——————。

 

 

「あたしを沈められると思うなぁ!!」

 

 

猛りと共に主砲が唸り、敵駆逐艦の横腹を捉える。まず一隻。

動きを止めずにもう一撃。夾叉。あたしの周囲にもいくつもの水柱が上がる中、いたって冷静に狙いを修正。放った砲弾が敵軽巡の顔を抉る。二隻目。

崩れた陣形の隙をつき、酸素魚雷を投下。爆炎に包まれる敵重巡に主砲で追い撃ち。三隻目。

 

このまま押し切れる——————なんてのは甘い考えだった。

回避運動の軌道を読まれた偏差射撃。避けきれないと悟り、逆に突っ切ってやろうと速度を上げるが、砲弾をかすめてしまう。大丈夫、損害は小破程度。これくらいならなんとも——————。

 

更に速度を上げようとしたその時、身体に大きな振動が伝わった。脚に装備された駆動系がギギギッと嫌な音を立て、黒煙を噴き上げる。さっきのダメージと、ずっと限界速度で航行し続け、駆動系に無理をさせすぎたツケがここで返ってきた。

 

 

「しまっ——————」

 

 

深海棲艦共の眼が妖しく光り、好機とばかりに口角を吊り上げながら砲身を向ける。

致命的なミスだ。ここでもろに攻撃を受ければ、間違いなくあたしは沈む。

 

突破する方法はある。でもあの力は諸刃の剣、最後の手段だ。

こんなところで使ってしまっては、ヤツと交戦するまであたしの身体が保たない。

 

つまり、どのみちあたしは助からない。

 

……いや、むしろこれでいいのか。あたしだけが生きていることがそもそもの間違いだったんだ。

 

あたしよりも、人を導ける朧が生きるべきだった。

あたしよりも、人を和ませられる漣が生きるべきだった。

あたしよりも、人を癒せる潮が生きるべきだった。

 

何もできなかったあたしへの罰というのなら、地獄の業火に焼かれる最期にも、文句はない。

 

すべてを手放そうと、瞼を下ろす直前。

 

眼前を、機銃の雨が覆いつくした。

 

一瞬思考が固まる。敵艦隊に空母はいない。ましてや、機銃の雨は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「どうやら、間に合ったみたいだ」

 

 

その耳触りのいいクリアボイスには覚えがあった。

振り返ると、先刻のミーティングで編成された偵察艦隊の姿が奥に、そして目の前に、あの地獄を共に生き残った銀髪の無表情少女が立っていた。

 

 

「……なんで助けたのよ」

 

「友を救うのは当然だろう。駆動系はまだ生きているか? 撤退するよ」

 

「なんでよ。あんたらの目的は《破砕》でしょ。あたしを助けたこととはなんの関係も——————」

 

「私たちの目的は曙の救出だ。もちろん、司令官の指示でもある」

 

 

耳を疑った。あたしの単艦出撃に気づいたあいつが、本来の作戦を放棄してまであたしを助ける?

だとしたらあいつは上官失格だ。作戦に私情は持ち込まないだとか啖呵を切っておきながらこの始末。和を乱すだけのあたしなんて、さっさと切り捨てるべきだろうに。

 

 

「あら~、大丈夫~? 調子が悪かったのよね~、私よりもマシな動きができる曙ちゃん~?」

 

 

いつの間にか残りの敵を沈めていた偵察艦隊たちから、龍田がこちらへ駆け寄ってくる。

いつもの間延びした話し方とニマニマとした笑みが、一層あたしを屈辱的な気分にさせた。やっぱり沈んだ方がマシだったか。

 

 

「敵艦隊捕捉。2時、8時の方向に六隻ずつ。挟撃されるわ」

 

 

加賀の簡潔な索敵報告が、静かな海上に響く。

まずい。今のあたしは完全に足手まといだ。艦隊があたしのペースに合わせて航行すれば、挟撃は避けられない。

歴戦の艦娘であるこいつらなら、一人や二人くらいは生き残れるだろうか。どちらにせよ。挟まれてしまえばあたしたちは確実に海の藻屑になる。

 

別に、自分の命に未練はない。

けど、使命を果たさずに力尽きることは、やはり許されない。

 

 

「——————! 敵影補足! 3時の方向、猛烈な速度で単身こちらに向かってきます!」

 

 

——————来た。

 

 

「あら~? どこに行くつもりなのかしら~? あなたを連れて帰るのが今回の任務なんだから~、あんまりおイタしちゃうと、うっかり首を跳ね飛ばしちゃうわよ~?」

 

 

ヤツの元へ向かおうとしたところを、龍田が薙刀をあたしの喉元に突きつけて静止する。脅しているつもりだろうか。

だとしたら笑い話だ。この命の価値など、とうの昔に捨てている。

 

 

「早まるな、曙。今無理して仇を討つ必要なんてない。こんな捨て身の特攻で刺し違えても、あの三人は浮かばれない」

 

 

うるさい。邪魔をするな。話し合う時間すら惜しい。

 

喉元でギラリと光る薙刀の刃先を左手で掴み、力づくで押しのける。血がしたたり落ち、鋭く細い痛みが奔る。それがどうした。

 

龍田の眼が見開かれ、驚愕と恐れの色に塗り変わる。薙刀の柄を握る手が震えた気がした。

本気で傷つけるつもりがなかったから、刃を引くことも押すこともできない。

それがこいつの限界で、あたしとおまえの覚悟の差だ。

 

 

「曙!!」

 

 

響がここまで声を荒げるのは、後にも先にもあたしにだけだろう。

響はずっと見てきた。あの地獄も、あの煉獄も。自分を忘れた姉のことも、自分の代わりにすべてを背負った生き残りのことも。

 

いつだって、響は取り残され続けてきた。

 

そんな彼女だからこその、絶対に譲れないもの。

 

だけど生憎、譲れないものならあたしにもある。

そのためだけに、あの地獄から生き延びたんだ。

 

駆動系を最低限労わりつつ、出せる最大の速度でヤツを迎え撃ちに行く。

 

龍田はもう止めようとしなかった。

 

それでもあたしを呼び止める声が響いた。

 

その声からかすれるほどの大きな音を、あたしは聞いたことがなかった。

 

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