~東方鎮守府~
鳥海「提督、艦隊が帰投しました!」
鳥海からの報告を受け埠頭で艦隊の帰りを待っていると、水平線にそれらしき姿が見えてきた。
6人全員、かなり消耗しているように見える。
金剛「テートクー、艦隊が帰投したヨー」
優「被害状況は」
金剛「響が大破、天龍が中破、ワタシが小破ってところデース」
優「修復にはどれくらいかかる?」
金剛「ンー、響が一番重症デスし、補給もプラスで三時間ぐらいですかネー」
優「そうか。では、三時間後に偵察部隊には再出撃を命じる」
艦娘たちは戸惑いの声を漏らした。
榛名「提督……!?」
鳥海「提督、それは……! 損傷の修復が完了しても、すぐに出撃させては負担が大きすぎます!」
優「言ったはずだぞ鳥海。人類には一時の猶予も残されていない。一刻も早く深海棲艦共を根絶やしにしなければならないんだ」
鳥海「でも! 響ちゃんの負担も考えてあげてください!」
優「なぜだ?」
鳥海「なぜ、って……そんなの!」
天龍「いい加減にしろよテメェ!!」
我慢の限界に達した天龍が、激しい剣幕で優の胸ぐらを掴んだ
優「なんだこの手は。はなせ天龍。上官反逆罪だぞ」
天龍「知るかよそんなモン! テメェ、俺たちを何だと思ってやがんだ! 着任早々出撃させて、傷ついて帰って来たこいつらに労いの言葉の一つも掛けないで、ろくに休息もとらせねぇでまた出撃しろだぁ? 俺たちはテメェの使い捨ての駒なんかじゃねぇ!!」
優「駒だなどと最初から思っていない。俺は最も効率のいい手段を選択しているだけだ」
天龍「そこに俺たちの意思は汲まれねぇのかよ!!」
響「天龍さん……私は、大丈夫。修復さえ、できれば……また出撃できるさ……」
天龍「ンなわけねぇだろ! 疲れたまんまじゃかえって危険だって!」
加賀「……提督。一つ聞きたいのだけれど」
優「なんだ、加賀」
加賀「あなたは私たちが出撃している間、指令室に居なかったそうね。出撃中に提督が指令室を離れるなんて、一体どういう了見かしら」
優「効率のいい手段を選択していると言っただろう。俺は俺でやることがあった。それだけだ」
加賀「それは艦隊指揮よりも重要なことなのかしら?」
優「大本営から派遣された、歴戦の君たちを信用してのことだ」
加賀「……そう」
少しの間、沈黙が訪れる。
金剛「……とりあえず、みんなドッグに行かなきゃダメデス。テートク、悪いけど再出撃はナシにしてほしいネ」
鳥海「私も行きます」
7人はドッグへ向かう。
榛名「提督……」
優「……」
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~金剛型の部屋~
金剛「フー、いい湯だったネー」
榛名「お姉さま。お怪我は大丈夫なんですか?」
金剛「No problem。問題ないネ。私より響の方がよっぽど重症デスしネー。響ももうすっかり元気デース」
榛名「ならいいのですが……」
金剛「それにしても、テートクの考えてることがわからないネ。どうしてすぐに再出撃させようとしたんデショウ?」
榛名「さあ……。榛名にもわかりません……」
金剛「ワタシたち、テートク運には恵まれてないのかもしれマセンネー」
榛名「……」
金剛「……変なこと言ったデース。もう寝マショウ。榛名、おやすみナサイ」
榛名「……はい。おやすみなさいませ、お姉さま」
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優「……」
加賀「……」
執務室へ向かう途中、優は廊下で加賀とすれ違った。
お互い何も言わずに去ろうとした時。
加賀「……提督」
優「どうした」
加賀「一つ、わかったことがあるわ」
優「何がだ?」
加賀「あなたのことが気に入らない理由が」
加賀の落ち着いた声が空気を張り詰めさせる。
加賀「あなたには、私たちが見えていないのね」
優「見えてるぞ。現にそこに加賀、お前がいるだろう」
加賀「そうね、訂正するわ。あなたは私たちを見ようとしていないのね」
吐こうとした言葉が、のどの奥で詰まるのを感じた。
優「何……?」
加賀「あなたの目は真っすぐね。真っすぐに、何かを見据え続けている。まるでそれ以外のことは眼中にないように」
優「知ったような口を効くな。お前に何がわかる」
加賀「何かはわからないわ。私にわかるのは、あなたが私たちと向き合おうとしていないことぐらいだもの」
優「……それは」
加賀「あなたは艦娘を道具だとでも思っているのかしら」
優「……」
加賀「……」
加賀は、それ以上何も言わずに去って行った。
優「……」
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真っ暗な部屋で目が覚める。
外はまだ暗い。寝ぼけ眼を擦りながら、目覚めたばかりの自分の胸に、なんだかモヤモヤしたものがあるのを榛名は感じた。
———なんだろう。提督のことが気になる。
鎮守府に元々常設されてある二段ベッドの上段では、金剛が気持ちよさそうに眠っている。
金剛を起こさないように部屋を出て、月明かりに照らされて少し幻想的になった廊下をゆっくり歩きながら考える。
———榛名はどこへ行こうとしているの? 提督のところ? もう提督も寝ていらっしゃるかもしれないのに?
寝ぼけ半分で榛名はゆっくりと廊下を進む。
———提督はどうしてあんなに出撃を急いだのだろう。一刻も早く戦況を把握したかったから? 一隻でも多くの深海棲艦を減らしたかったから? それとも別の何かが———
そこまで考えた榛名は、ふと窓の外を見た。先刻、偵察艦隊が帰投した埠頭。そこに佇む人影が一つ。
榛名「提督……?」
『提督のこと、よく見ておいてあげてね』
榛名「……」
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皆が寝静まった夜、月明かりに照らされて輝く海を一人で眺める。
公共の場以外では肌身離さず携行している刀を隣に置き、優はその場に座り込んだ。
『あなたは艦娘を道具だとでも思っているのかしら』
優「道具、か……」
優は胸のペンダントに手を当て、半分は自部に言い聞かせるように呟く。
優「……深海棲艦はこの世にいてはならない存在。一刻も早く殲滅しなければならない。そのためなら、多少の無理も仕方がない。どれだけ俺のやり方が非難されても、必ずやり遂げてみせる。どんな犠牲を払ってでも……!」
いつしか縋るように強く握りしめていた手を緩め、ペンダントを見つめる。
優「……これでいいんだよな、瑠奈……」
???「いいんじゃない? 立派な野望を持っていて」
優「ッ!?」
優が全く気付かないうちに隣に立っていた女はそう言った。
反射的に距離をとった優は、刀を抜いて切っ先を謎の女に向ける。
???「あらあら、こわいこわい。そんな物騒なものをいつも持ち歩いているの?」
優「……誰だ、お前は」
???「フフッ、いいわ。教えてあげる。私は親切だから」
女はそう言いながら優に微笑む。
髪は黒く長く、不気味なほど鮮やかな黄色の瞳を持ち、身体はすこしやせ気味。実に美しい女であった。
同時に、女が人間でないことは、見れば誰もが察するだろう。
???「はじめまして、東方の提督さん。私の名は幻影棲姫」
優「幻影棲姫……。聞いたことがないな」
幻影棲姫「今後のために知っておいてちょうだい。あなたたちはいずれ私たちに飲み込まれる運命ですもの」
優の返事は、言葉ではなく刀だった。
女の意識外からの完璧な不意打ち。しかし、必殺であったはずのその一刀を、女は余裕の表情で、片手の指二本で受け止めてみせた。
優「ッ……!?」
幻影棲姫「あらあら、血気盛んすぎるのも良くないわよ? ただでさえニンゲンは脆いのだから……ね!」
優「ぅぐっ!!」
幻影棲姫の人間離れした力に突き飛ばされ、大きく吹き飛ばされる。
勢いのまま後ろの石壁に背中を叩きつけられ、全身に激しい痛みが奔る。
優「ぅあっ……!」
幻影棲姫「深海棲艦に生身のニンゲンが歯向かうだなんて、ずいぶん無謀なことをするのね。ニンゲンはみんなこうも死に急ぎたがっているものなの?」
優「くっ……!」
幻影棲姫「まぁ、怖い目。私は宣戦布告だけのつもりだったけど……」
幻影棲姫が右手を開くと、何もなかった空間から艤装が展開される。
右手に展開された砲塔を掴み、動けない優に砲身を向ける。
幻影棲姫「あなたがその気なら、その気持ちを無下にするのはいけないわよねぇ。私は親切だから」
そう言う女の顔は、弱者を弄ぶ優越感に満ちた凶悪な笑みを浮かべていた。
優「……いい気に……なるなよ……」
幻影棲姫「?」
優「このままで……済むとは思っていないだろうな……? お前は敵本拠地の中にいるんだぞ……。今にあいつらが駆けつけて……」
幻影棲姫「———ふぅん、誰が来るっていうのかしら?」
優「何……?」
幻影棲姫「艦娘たちを自分の私怨に利用して、彼女たちの気持ちなんて考えもせず道具のようにこき使ったくせに、自分の都合が悪くなったら助けを求めるの? そんな勝手な上官を助けに来るほど、艦娘は都合のいい存在なのかしら?」
優「ッ———」
『あなたは私たちを見ようとしていないのね』
『私は……大丈夫』
『なぜって……!? そんなの!』
『ふ~ん、そう……』
『俺たちはテメェの使い捨ての駒なんかじゃねぇ!!』
————そうだ。俺があいつらにしたことは、とても褒められたものじゃない。
天龍。龍田。響。鳥海。加賀。あいつらにとって俺は憎しみの対象でしかないだろう。そんなの、深海棲艦と立場は変わらない。
なら、俺もここで消えるべきなのだろうか。
誰にも理解されず、誰からも信頼されず、守るべきものも、もうない。無力で孤独な俺を、ここは必要としていなかったのか。
幻影棲姫「さようなら。出会ったばかりだけど……あなた、嫌いじゃなかったわよ?」
———ああ、これで。
すべてが終わる。何もできずに終わる。
———こんなところで。
???「伏せてください!!」
幻影棲姫「!!」
何かを叫ぶ声が聞こえた直後、幻影棲姫が大きく後ろに飛びのき、視界が爆風で染まる。
凛としていて、透き通り、優しさも感じるその声に、優は聞き覚えがあった。
榛名「提督、お怪我はありませんか!?」
優「……榛名……」
彼女の華奢な背中が、とても大きく見えた。