その名は、榛か遠く   作:Falke

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#5 孤独からの出発

榛名「提督、お怪我はありませんか!?」

 

優「……榛名……」

 

幻影棲姫「……まさか、本当に来るとは思っていなかったわ。しかもその艤装……私と同じ、戦艦クラスね」

 

榛名「……なぜここに深海棲艦がいるのかはわかりませんが、退いてください。提督が無事なら、今ここであなたと争う理由はありません」

 

幻影棲姫「フフッ、おかしなことを言うのね。艦娘と深海棲艦が出会ってしまえば、戦いが起きるのは当然でしょう? 私たちはそのために存在しているのだから……」

 

榛名「……そうですか。提督は安全な場所へ避難してください。ここにいては巻き込まれてしまいます」

 

優「しかし……」

 

榛名「大丈夫です。榛名が必ず提督をお守り致しますから」

 

 

優は振り返り微笑んだ榛名に言葉を返せず、見送ることしかできなかった。

向き直ると、榛名は幻影棲姫の方へ数歩歩いて行った。

 

 

———大丈夫。近接戦闘はお姉さまほど得意ではないけど……榛名だって。

 

 

幻影棲姫「吹き飛びなさい!!」

 

榛名「ッ!」

 

 

幻影棲姫の砲撃で戦闘が始まる。

 

通常、艦娘は艤装を展開して戦うが、すべての艤装をフル展開すると、艤装が重すぎて陸上ではろくに動けなくなる。

故に、彼女たちは艤装を自由に展開・収納でき、艤装を一部だけ展開することで陸上での戦闘を可能にしている。

艦娘へのダメージは艤装が肩代わりしてくれるのだが、陸戦時のように一部だけ展開している程度では艤装による加護がほとんどなく、ダメージは艦娘の肉体へと直接侵食してしまう。重傷を負えば命に関わることもあるだろう。

スピードを保つために片手にだけ主砲を展開している榛名は、まさにそんな状況に立たされているのだ。

 

 

幻影棲姫「あらあら、艦娘が陸上でこんなにも戦えるなんて知らなかったわ。陸では私たちに地の利があると思っていたのだけど……」

 

榛名「榛名を甘く見ないでください。伊達に戦火はくぐっていません!」

 

 

まだ余裕だと言わんばかりの幻影棲姫の肩を、榛名の砲撃が掠める。

爆発はするものの、致命傷にはほど遠い。

 

 

幻影棲姫「チッ」

 

榛名「あまり余計なことを考えていると、足元を救われますよ」

 

幻影棲姫「……その通りね。でも、集中しすぎも良くないと思うわよ?」

 

榛名「……?」

 

幻影棲姫「平和ボケしたあなたたちに教えてあげるわ。この世は結果がすべて。弱者は喰われ、強者が吠える。この世は弱肉強食という体制に基づいた単純な世界。だから今の海には、深海棲艦が我が物顔で横行しているのよ」

 

榛名「私たち艦娘が、深海棲艦より劣ると言いたいんですか」

 

幻影棲姫「いいえ。基本的な性能は大差ないわ。むしろ技術的な発展ではあなたたちの方が進んでいると思う。でも、多すぎるのよ。あなたたちは、多くのものを背負いすぎている」

 

榛名「……何が言いたいんですか」

 

幻影棲姫「背負うものが多くなるほど、それは弱さに繋がるのよ。誇り、仲間……そして何より、心がね」

 

 

そう言いながら幻影棲姫は、榛名とは別の方向に砲身を向ける。

砲身が示す先は、避難することを忘れ、激しい戦闘に見入って動けなくなっていた優。

 

 

榛名「ッ!! 提督ッ!!」

 

 

何かを叫ぶ声と、目の前の砲口が光ったのは同時だった。

砲弾が優めがけて一直線に飛んでくる。いくら動こうとしても、身体は言うことをきかない。

 

 

———ああ、死ぬのか。

 

 

そう悟った優は静かに瞼を閉じ、その時が来るのを待った。

 

 

 

 

 

 

激しい爆発音が響く。耳が痛くなるほどの激しい轟音が。

爆風が熱い。まともに浴びれば、生身の人間ならひとたまりもないだろう。

そう言っている間にも、意識は遠のいて———

 

 

———意識。

 

意識がある。感覚も残っている。ましてや痛みを感じない。

何故だ? 俺はあいつの砲撃を受けたはずじゃ———

 

 

榛名「……ッ……ぅあっ……」

 

優「え……」

 

 

ゆっくりと瞼を上げたその先には、艤装を全展開して俺をかばうように立ちはだかる、ボロボロの榛名の姿があった。

 

 

榛名「て……とく……」

 

優「……は、はる……」

 

榛名「……よかった……無事で………………」

 

 

傷だらけの彼女はそう言って優に微笑み、艤装が砕け、力なく倒れた。

 

 

幻影棲姫「アハハハハ! 良かったわねぇ、身を挺してあなたを庇ってくれる子がまだいて。こんなニンゲンを助けて何になるのかしら!」

 

 

———なんで。

なんで俺なんか。なんのために。

なんでこんな目に遭わなくてはならないんだ。

なんで……榛名が傷つかなくてはならないんだ。

 

 

幻影棲姫「……フン。つまらないわね」

 

 

幻影棲姫が再び砲塔を構える。

 

 

幻影棲姫「消えなさい。愚かなニンゲン」

 

 

その時、突如幻影棲姫が爆発に飲み込まれた。

光と熱風が収まると、そこには既に幻影棲姫の姿はなく、煙の奥から人影が見えてきた。

 

 

金剛「……」

 

優「金剛……」

 

金剛「……榛名。立派に戦ったみたいデスネ」

 

 

金剛が榛名を抱きかかえて去ろうとする。

 

 

優「金剛!」

 

金剛「?」

 

優「俺に……何か俺にできることはないか? 榛名のために、何か……!」

 

金剛「……」

 

優「……助けたいんだ。榛名を……」

 

金剛「……知りマセン。そういうことは自分で考えてクダサイ」

 

優「……」

 

金剛「……テートク。ワタシは、別にテートクを嫌っていたりはしてマセン」

 

優「え……」

 

金剛「でももし、榛名を傷つけるようなことがあれば……ワタシは、例えテートクであっても容赦しマセン」

 

 

全身が凍り付くほど怒りに満ちた眼差しを向け、金剛は去って行った。

 

 

優「……」

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

幻影棲姫「あらあら。不意打ちなんてご挨拶ね」

 

???「どうした」

 

幻影棲姫「あら、いらしてたの? 少し挨拶をしてきただけよ」

 

???「挨拶?」

 

幻影棲姫「ええ。東方のニンゲンに」

 

???「……ああ、幻影か」

 

幻影棲姫「そういうこと」

 

???「あまり過ぎたことはするなよ」

 

幻影棲姫「わかっているわ。私はいつでも、アナタのために……」

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

榛名「……んぅ……」

 

 

小鳥のさえずりが聞こえる。真っ白な天井が見える。

まだ少し痛む身体を起こし、榛名は辺りを見回した。

清潔に保たれた医務室。花瓶に刺された花。ベッドに伏せて眠っている提督。

 

 

榛名「……提督?」

 

優「ん……榛名……?」

 

榛名「はい、榛名です」

 

優「……榛名!? 目が覚めたのか!? 身体は大丈夫か!?」

 

榛名「少し痛みますけど、問題ありませんよ」

 

優「そ、そうか。あ、何か欲しいものとかないか? 果物とか雑誌とか……食べたいものでもいいぞ! こう見えても料理は得意だからな! それとも何か———」

 

榛名「ふふっ」

 

優「……榛名……?」

 

榛名「……優しいんですね、提督は」

 

優「え……?」

 

榛名「心配だったんです。みなさん、あまり提督のことをよく思っていないみたいで……。でも、本当の提督は優しい人みたいで、榛名は安心しました」

 

優「———!」

 

 

 

 

 

『もう、兄さんったらまた怪我して』

 

『テテッ……ありがとうな』

 

『もう慣れたわ。いつも勝てないくせに喧嘩なんかして』

 

『それは……』

 

『どうせまた、見ず知らずの誰かを庇ったりしたんでしょ』

 

『……仕方ないだろ。見過ごせなかったんだから』

 

『ふふっ』

 

『なんだよ、悪いかよ!』

 

『ううん。本当に優しいのね、兄さんは』

 

 

 

 

 

榛名「———提督……?どうして泣いているんですか……?」

 

優「え……。あれ……なんで……。おかしいな……涙が……止まらない……」

 

榛名「提督……」

 

 

涙を必死にこらえる優の頭を、榛名はそっと撫でた。

 

 

優「……!」

 

榛名「……大丈夫。榛名は、大丈夫ですから……」

 

優「……くっ……うぅっ、うっ……!」

 

 

優しく囁く榛名に、俺はこらえることを止め、思うままに泣いた。

 

 

誰にでも優しくあれる人になりますように。いつしか忘れてしまっていた、俺の名の由来。

俺が彼女たちにしたことは、とても許されることではない。俺の私怨に彼女たちを利用してしまったのだから。

今更許してもらおうとは思わない。代わりに、どれだけ時間がかかろうと、彼女たちに償おう。

これからは復讐のためじゃない。海を、彼女たちを、手の届くものすべてを守るために戦う。

 

 

誰かに笑顔を向けられるのは、久しぶりのことだった。

 

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