前線日記   作:へか帝

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我慢できなかった


十四冊目

 

Ю月*日

 

 引っ越しの申請をしようと朝早くに起きた。しかし寝る前に書いたはずの書類がどこにも見当たらないというトラブルが発生。当然のように同室で惰眠を貪っていたM249を起こして聞いてみるも知らないと一蹴して二度寝しやがった。おかしいなあ、机の上に置きっぱなしだったからなくなるはずないのに。

 まあないものは仕方がないので大人しく出勤。今日もまた窓拭きだ。

 先日の反省を生かし、事前に室内を確認してから作業を始めることにした。45の時のような恐ろしい体験はもうしたくないからな。脳裏に浮かべるだけで息が詰まる。あまり思い出したくないので日記にも詳細は記さないことにした。

 キーワードは満開と笑顔とラフレシア。

 

 

Ю月%日

 

 また書類がどこかに消えた。俺は幻覚でもみているのだろうか。何か謎の力で俺の引っ越しが阻止されている気がしてきた。まあ、正直ここの居心地はかなりいい。もう少しここに住んでいてもいいか。引っ越しはまた今度で。

 そういえば遂に404小隊が入居してしまった。とりあえず鍵はできるだけ良い奴を用意してある。たぶん大丈夫。

 そう思って仕事から帰宅するとクローゼットからナインがでてきたので、冷静に奥に押し戻して取っ手にかんぬきを刺し内側から開かないようにした。つい先ほどのことだ。

 今もベットの横でM249とG11が殴り合い宇宙をしているが知らん。後回しだ。

 今日はもう寝る。

 

 

Ю月〆日

 

 起きたら俺とM249と404小隊で知恵の輪みたいになっていた。骨が折れなかったのが奇跡。なお仕事には遅刻した模様。他の連中が起きる前に脱出できたのは不幸中の幸いだったな。もっと大惨事になるところだった。

 今日は食堂で会計のおっちゃんをした。SPP-1とウェルロッドが挨拶に来てくれたのが嬉しかった。二人は俺が泥臭い戦場ではなく、上品な屋敷に無断で遊びに行って大事そうなディスクをちょろまかしたりしていた頃の馴染みだな。

 特にウェルロッドとは再会の挨拶そこそこに昼飯の注文の中に暗号を混ぜながらの会話になった。正直他愛もない会話なんだから普通に話せばいいじゃんと思った。あれ頭も神経も使うから嫌い。

 ちなみに内容は専属の逃がし屋としての熱烈なスカウトが9割だった。逃がし屋稼業はとっくに引退したつもりなので丁重かつ迂遠な言い回しでしかしハッキリとお断りした。あの喧しい人形が来なかったらずっと居座っていたと思う。

 たぶん毎日通い詰めてくるんだろうなぁ。

 

 

 

 

「お湯の水割りください」

 

 カウンターの向こうで、金髪の少女が無表情のまま言い放った。

 

「……各テーブルに備え付けのピッチャーをご利用ください」

「冗談です。ここを利用するのは初めてでして。緊張のあまりつい」

 

 へたくそな嘘だった。そんな不動の姿勢でキリっと立ちながら何を言い出すんだ。だいたい開口一番の冗談にしてはタチが悪すぎる。相手が命乞いをしていても躊躇いなく引き金を引くのが似合いそうな冷徹な表情でしていい発言ではない。いくら俺と相手──ウェルロッドが初対面ではないとしてももっと加減を覚えてほしい。

 だが、応対する俺もまた冷静だった。こう見えて俺は職務に忠実なことに定評があるんだ。だから今日もこうして似合わない敬語を真面目に使ってる。

 

「落ち着いて。注文は?」

「今日はパンの気分です。あなたをオススメです」

 

 フルスロットルだった。どこをどうみても見ても分からないが、ウェルロッドは確実に気分が高揚していた。言葉の中に別の意味を持たせる会話をしているはずが、ダイレクトな直球デッドボール炸裂させてきたぞこいつ。

 

「消費期限ぎれですね。またの機会に」

 

 だが、俺はこれを難なくいなす。こういう手合いには慣れている。特に話の通じない相手。大丈夫、悲しくない。

 

「あまり揮発性が高すぎるのも考え物ですね。流行りのテラスに不在通知ありですよ」

「泡立ちの良さが売りでもありますから。廉価版で勘弁してください」

 

 猛烈なアプローチをさらりと流されたことに立腹したのか、ウェルロッドは眉をひそめて非難の声を上げた。だが俺はめげずのらりくらりと流す。

 

「水かさの足りないこのご時勢ですよ。水平線を照らす水先案内人が必要なのです」

「箱舟ならもう座礁して長いでしょう。さ、きなこパンです。本日のおすすめですよ」

 

 話を締めに掛かる。店員と客という関係を活かす。長話はできないからな。

 

「む、話はまだ――」

「たい焼きを所望するにゃぁぁぁぁぁ!」

 

 後ろから別の客が突入してきた。素晴らしいタイミングだ。その強引さもグッド。

 

「はい、たい焼きですね。では後にお客様がつかえていますのでこの辺りで」

「……ええ」

 

 いかにも不満そうな声を上げ、ウェルロッドはカウンターから離れて手ごろな席に向かっていった。いやあウェルロッドは強敵でしたね。

 

 なおウェルロッドは営業時間が終わって俺がシャッターを閉めるまでパンをほおばりながらずっとこっちを見ていた。

 目を合わせないように気を付けないとな。

 






ウェルロッドは分かりにくい全力デレ。(わかりにくいとは言ってない)
暗号の意味をルビ振るか迷ったんですけど、やめておきました。予想してみたら面白いかもしれない

実をいうとSPP-1がいちばんすき。天使枠
あまりにも天使なので登場させるのが怖い
登場させるのが怖いという意味では45が一番です(震え声)

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