いきなりですが、更識簪に転生しました。   作:こよみ

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 IS界の鉄則。

 イベントは無事には行われない。


学年別タッグトーナメント。どうせイベントは。

 学年別タッグトーナメント当日。簪は死んだ目でタッグのパートナーの発表を見ていた。

(これはちょっと……いや、イベントは中止になるのが定石でしたよね? つまりこうなってても別に良いんですよね?)

 そもそも学年別タッグトーナメントに出る人物というのは思いの外少ない。当然、偶数になるなどという偶然もないのである。出場者は奇数だったのだ。そして、あぶれたのは簪だった。そういうことだ。

 第一試合は無論のこと、一夏とシャルロット対ラウラと箒だ。その後の試合が行われるかどうかは別であるが、第二試合はセシリアと一組の如月キサラ対鈴音と二組のティナ・ハミルトン。昼休憩を挟んで第三試合はロランツィーネと三組のエルシェ・メイエル対オニールとファニール、第四試合は乱音と四組の林玉玲(Línyùlíng)対本音と一組の夜竹さゆか。夕方にも休憩を挟んだ上で第五試合にヴィシュヌと三組のエリカ・デュアー(なお愛称かつ通称であり本名ではない)対簪、そして第六試合にクーリェと三組のダリヤ・ヴァイルシュタイン対第一試合の勝者である。なお、オニールとファニールが代表候補生かつ専用機持ち同士で組んでいるのは機体上の都合であり、例外である。

 なお、今回のタッグトーナメントでは、専用機持ちを含まないチームが弾かれている。特別扱いされた箒以外、一般生徒の出場は見送られたのだ。故に抽選待ちをしたラウラと簪のどちらかがあぶれることになり、箒を勝たせるためにラウラと組ませたのである。それは二年、三年も同様であり、出場数の多い一年生と比較的少ない二年、三年生とで会場が分けられていた。

 そんな中、簪は千冬の指示を受けて貴賓席の警備に当たっていた。その他の専用機持ちは警備には駆り出されていないが、最低限ここだけは必ず守れと言われたのだ。最悪の場合はその他すべてを見捨てても良いと言わんばかりにそう言い放った千冬に対し、不信感が湧くのは仕方のないことなのだろう。

 もともとひねくれた思考回路をしている簪にはこう言っているように思えた。

(要人以外の有象無象なんて、何人死んでも良いってことなんですかね? もしそうなら軽蔑しますけど……)

 簪はそんな思考を巡らせながら試合の様子を観察する。一夏とシャルロットはどこかぎこちなくも連係は取れているようだ。対するラウラは箒に合わせているだけだ。箒が一夏に突っ込んでいくのを背後から援護するだけ。原作よりもある意味二人で戦っているとはいえ、足手まといを抱えたラウラに勝ち目はないのだ。たとえ箒が剣道の有段者であったのだとしても、剣道とISを使った剣道とでは動きが全く違うのだから。

 確かに相対する一夏はクラス代表戦よりも動きは良い。ただし燃費が悪すぎて話にならないのはまだ変わりないようで、どこかぎこちないままなのだ。それをシャルロットがカバーしているから形にはなっている。もしもシャルロットがただの代表候補生ならばラウラに軍配が上がっただろう。シャルロットもまた、戦い慣れしているからこそこの微妙なバランスが取れているのだ。

 その様子を見ていた要人が、解説を求めるためなのか簪に声をかけた。

「Mademoiselle 更識。あの珍獣の動きは誰に鍛えられたのだと思う?」

 その問いかけに、簪は大いに驚いた。いきなり声をかけられたからではない。その内容自体に驚いたのである。まさかいきなり『お嬢ちゃん』扱いされるとはついぞ考えていなかった。

(この人、確かフランスの要人でしたね)

 簪は相手の立場を思い出すと、淡々と返答する。

「無論、亡きMonsieur デュノア及びその後を引き継いだMadame デュノアでしょう。ついでに申し上げておきますが、10年ほど前に公文書でmademoiselleという単語を使わないことを決定したはずのフランス政府の方が何故使われるので?」

 簪の返答に驚いたのか、その女性はわずかに目を見開いた。確かにフランスでは、2012年に公文書でmademoiselleという単語を使わないことを決定している。彼女がその単語を使っているのはただ単に見分けるためだけなのだ。まさか簪が引っ掛かるとはつゆほども思っていなかったが。mademoiselleとは、父親に管理されている女性を指す単語なのである。これに過剰反応するのは女尊男卑の思想を持つものだけだった。

 簪も女尊男卑の思想に染まった人間なのかと考えつつ、フランスの要人は言葉を選んで返答した。

「よく知ってるわね。……単純に癖で言ってしまっただけよ」

「気を付けた方が良いですよ。男女平等を謳う邪教徒として天罰(笑)を食らわされたくないのでしたらね」

 その瞳は澱んでいたが、真剣だった。本心からそう言っているようだ。ただ、どういう魂胆なのか彼女には分からない。

 訝しげな顔を向けていると、簪はそれに気づいたようにポツリと漏らした。

「……たとえ自分がどんな思想に染まってようが、他人とは相容れない可能性ってあるじゃないですか。特に政府の方なんですし、そんなところでトラブルを呼び寄せなくても良いんじゃないかなって……」

 最後にごにょごにょと言った言葉は聞こえていなかったようだが、その言葉だけで彼女には簪がどういう人間なのかわかった。面倒くさがりの出不精である。あとは口下手と言ったところか。これは確かに扱いに困る人材だろう。何せ自発的には滅多に動かないのだろうから。

 だからこそ、フランスの要人はこの究極の面倒くさがり屋を動かせたシャルロット・デュノアに価値を見いだしていた。そもそも更識簪の情報はかなり少ない。制限されているといって良い。もし仮に日本と戦争になった場合、必ず出てくるだろう彼女の情報は貴賓席にいる人物たちならば喉から手が出るほど欲しいものなのだ。無論、貴賓席にいない人物たちにとっても。

 

 だからこそ、ここで暴挙に出る人間がいてもおかしくないのである。

 

 最初にそれに気づいたのは、やはり警戒を怠らなかった簪だった。

「ご来場の皆様、緊急事態のようです。身を伏せて扉と窓から離れてください」

 まるで羽根のようにふわりと浮いた簪が、扉の前に立つ。瞬間、扉が破壊されて『打鉄』を纏った闖入者が現れた。それを認識した簪はシールドを部分展開して要人の身の安全を確保する。ついでに窓側にもシールドを展開しておく。ちらりと見えた限りでは、黒いISが暴走を始めていたからだ。流れ弾が飛んでこないとも限らない。

 簪を見た闖入者は何故かわずかに硬直し、次いで斬りかかってきた。

「いやああああああっ!」

「済みませんね。この髪挿しは、特別製なんですよ」

 そう言って簪は不器用ながらに口角を僅かに上げた。無論、『打鉄灰式』を完全展開しなければ身の危険はある。ただしそれ以上に狭い貴賓室では展開しても邪魔になるだけなのだ。部屋の中の備品に引っ掛かって誰も助けられませんでした、ではお話にもならない。故に、ISを纏わず髪挿しで応戦したのだ。ただし髪挿しといってもただの髪挿しではなく、ISのブレードと同じ構造のものなのだが。

 闖入者から目を離さず、プライベート・チャネルで楯無に連絡を入れる。

『姉、貴賓室に侵入者です。数は一、ただし周囲からの応援は無理そうです』

『そのようね。状況は確認してるわ。……10分よ。それだけで良いから持ちこたえて頂戴』

『承知』

 会話が終わると同時に闖入者はブレードを振るい、簪を害そうとする。しかし簪はそれを髪挿しで受け、決して背後に攻撃がいかないように守りの体勢に入った。今簪に出来ることは、背後の要人達を守ること。それはあのときのようで、自然と荒くなりそうになった息を整えて闖入者を睨み付ける。そして、そのブレードが振るわれた。

「……っく」

 無論簪とて余裕であるわけではない。

(これは……ちょっと、キツいです……!)

 ギリ、と歯を食いしばって攻撃を何とか捌く。ただし攻撃はしない。否、出来ない。防ぐことはギリギリできても、あれだけの暗部としての訓練を受けても、誰かを傷つけることは簪には出来ないからだ。むしろ、攻撃できる隙など見えなければ良いと簪は思った。うっかり殺してしまうことになれば、恐らくもう簪は立ち直れないのだから。

 一度、二度、三度。簪が攻撃を防ぐ度にその剣閃は鈍っていく。その理由を簪が知るのはもう少し先の話だ。今はそれを知ることが出来ない。鈍る剣閃の理由を知ることができないからこそ、実力的には闖入者が遥か高みにいるにも関わらず拮抗できているのだ。闖入者が無意識のうちに手加減しているから。そうでなければ生身で闖入者と戦い続けるなどという芸当が出来るわけがないのである。

 簪には、その時間が数日にも思えた。実際には20分ほどのことである。そこに現れた水の色のISに、闖入者は舌打ちをした。

「……潮時か」

 それに、楯無はふふんと自信ありげに笑ってこう返した。

「あら、大人しく投降してくれても構わないのよ?」

 しかし、闖入者はその言葉に激昂した。

 

「何故この私が貴様なんぞに投降せねばならんのだ……全てを彼女から奪っていく貴様に!」

 

 反転、次いで全力での瞬時加速及び剣閃。そもそも世代が違うというのに、闖入者は一瞬であっても楯無を圧倒してみせた。そしてそのまま逃走したのである。

 そんな彼女は、簪にだけ置き土産を残していった。

 

『どうか、私の分まで幸せになってくれ』

 

 遺言のようなその言葉に、簪は放心して座り込んでしまった。先ほどまで相手をしていたのが誰なのか理解してしまったからだ。嫌というほどに。

 体を震わせ、簪はそのまましばらく動くことすらままならなかった。故にちょうど良かったのだろう。対外的な交渉等に追われ、学年別タッグトーナメントが中止となったのは。

 その後数日、簪の姿をみたものはいなかった。




 三組のエリカ氏について。彼女はタイ出身である。これがまず前提条件。
 タイでは愛称もとい通称で呼ばれることが多く、会社などでも使われている。また、本名を変えてしまうこともあり、親と子で姓が違うことすらあるらしい。
 それらを踏まえ、ヴィシュヌすら巻き込んでの独自設定が炸裂してしまった。要するに、ヴィシュヌも国際的に通用する呼びやすい名前を通名として付けられたということになる。普通は姓まではないが、形式として姓もあった方が国際的に一般的であるから姓まで英語っぽい名前となったという設定。
 エリカに関しては、女尊男卑とISの普及に伴って広がった日本っぽくも英語っぽくも取れる名前にしただけ。10秒で決まった。この先出てくる予定があるかと問われると疑問。

 両者に関して、本名を開示することはない。(タイの人の名前が難しすぎて付けられないともいう)

 なお、代表候補生のパートナーはセシリアと鈴音以外、同じ国(林玉玲については一応地方となるのか?)の出身である。

 ついでに必要ないだろうが二年、三年のトーナメント表。(なお楯無はロシア代表なので本戦には出場しない)

 第一試合
  フォルテとギリシャの生徒対サラ・ウェルキンとイギリスの生徒

 第二試合
  ダリルとアメリカの生徒対グリフィンとブラジルの生徒

 第三試合
  第一試合勝者対第二試合勝者

 第四試合
  第一試合敗者対第二試合敗者

 第五試合
  楯無と虚対優勝者(エキジビションマッチ)

 第六試合
  専用機持ちのみのバトルロワイヤル

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