いきなりですが、更識簪に転生しました。 作:こよみ
学年別タッグトーナメントから数日後。簪は乱音と何故かロランツィーネと共に大型総合施設『レゾナンス』に来ていた。それは勿論水着を選ぶためだ。しかし、簪は水着を着ようなどとは一切思っていなかった。体型を晒すリスクを犯してまで泳ぎたくないというのが一つ。そして、そもそも簪はカナヅチだというのが最大の理由である。
そんなこととは露知らず、乱音とロランツィーネは張り合っていた。
「簪にはこれが似合う!」
「はぁー? そんな派手なの似合わないって! 幻想を押し付けるのは大概にしなさいよ!」
「……済みませんどっちも着れません……」
ロランツィーネが持っていたのは黒いセパレートタイプの水着だ。箒達のようにふくよかでない胸元をボリューム増し増しで飾る黒いフリルに、腰元に大きく付けられた蝶のようなリボン。取り外し可能なパレオにもフリルがふんだんにあしらわれていて、言ってしまえば泳げる派手なへそ出しドレスである。
対する乱音が持っていたのは白いワンピースタイプの水着だ。首の後ろで布を結び、谷間の布は銀色のリングで連結されている。胸の下から広がるギャザー状になった白い布が膝上まで広がっている。勿論ノーパンではなく、シンプルな白いショーツが付いていた。
それら二つを簪が着るかと言われると、否だ。恥ずかしすぎて着られるわけがない。かといって、他のものを選ぶかと言われるとまた別の話である。出来ることなら着たくないのだ、水着などというものは。特に知り合いの前では。
と、そこで簪の携帯が鳴った。
「ごめんなさい、出てきます」
「行ってらっしゃい」
二人から離れ、電話を受けるとその後ろに聞こえるBGMがここ『レゾナンス』のものであると気付いた。どうやら相手はこの中からわざわざ簪に電話を掛けてきたらしい。そこまでを判断するのに0.5秒。無駄な技術を使っている。
簪はいつものように受け答えした。
「はい、こちら更識の携帯です」
『お前の携帯にかけているからそれは分かっている。業務連絡だ』
「伺います、織斑先生」
何故千冬が『レゾナンス』にいるのか分からないが、どうやら重要な話らしい。それも漏れても問題ないようなものだ。そうでなければ盗聴を気にかけられる場所で対面して会話するだろう。それこそ、IS学園内の職員室や生徒指導室など。
そんなことを簪が考えているとは露知らず、千冬は簪に命ずる。
『お前を含む数名の専用機持ち代表候補生は臨海学校の警護に当たることになった。当然だが、海で遊ぶなどということは出来ないと思え』
「……それはまた。代表候補生の詳細は教えていただけないので?」
『この端末ではな。……とにかく、遅くなって済まないがそういうことだ』
そう言って千冬は一方的に通話を終えた。拒否権は無論なかった。
(え、これって原作とは違いますよね……? まあ『更識簪』は臨海学校に参加してませんけど……うーん)
千冬のせいで思いがけなく悶々とする羽目になった簪は、思い悩みつつ乱音達の元へと戻ろうとした。しかし、あまり距離がないはずなのに何故か時間がかかる、と思って見回してみれば人だかりができてしまっている。その理由を簪が知るのはすぐである。もっとも、知りたくなさすぎる理由だったが。
そして二人のところに戻ると、簪は思いがけないものを見る羽目になった。何と乱音とロランツィーネが意気投合して一人の女性を嗜めているのである。
「ね、オバサン。悪いことは言わないからやめときなさいよ」
「だ、誰がオバサンよ!?」
「済まない、レディ。だが、口は悪いけれどほとんどは乱の言う通りだ。やめておいた方が良いと私は思うよ? レディのためにもね。何せ、すぐそこにお姉様がいらっしゃるから」
そう言ってロランツィーネが指した先には修羅と化した千冬がいた。状況を見るに、どうやら一夏に絡んでいた女性がいたらしい。しかも世界最強の目の前で。とんだ勇者である。ただ、その勇者はそれに気づいていなかっただけのようで、千冬を見てガタガタと震え始めたが。
この中に入るのは嫌だったが、中に友人がいるとなるとまた別だ。目立っているのは分かっていたが、乱音のそばまで行ってみると事態が理解できる。要するに女尊男卑の思想に取りつかれ、断れなさそうな顔の男性に絡んでいたのである。
しかも簪は非常に残念なことに、その女性に見覚えがあったのだ。
「何やってるんです?」
「あんた……いえ、お疲れ様です、お嬢様!」
いかにも女尊男卑の一派です、と言わんばかりの雰囲気を醸し出していた女性は一気に雰囲気を変えたのである。びしり、と敬礼したその女性は、非常に残念なことに更識の使用人の一人だ。どうやら陰ながら護衛されていたらしい。それも簪ではなく、一夏が。だというのに一夏に絡むという体たらくである。そもそも一夏に対して何かの工作を仕掛けたかったのだと言われても納得できる。納得できるのだが、暗部として女性は失格だ。
呆気なく立場を明かしてしまったその使用人に簪は冷たい一瞥をくれてやった。
「帰れ」
出た言葉は遠慮のない命令。暗部とは一体何だったのかとでも言わんばかりに正体を明かしてくれる彼女には減棒三ヶ月が妥当だろうか。いや、否だ。そもそも一夏に絡むなどという面倒なことをやらかしてくれた彼女にはもう未来などないだろう。
簪は内心でため息をつきながら呟く。
(暗部失格というか、向いてませんよこの人……)
女性は残念ながら簪の視線の意味に気づいてはいないようだった。
「はい喜んで!」
喜色満面で踵を返そうとする女性。しかし、簪は彼女の腕をむんずと掴んで握り締めた。しかも悲鳴が出せないよう悶絶する場所を選んでの所業である。女性は顔面をひきつらせて声にならない声をあげた。
しかしそれに構うことなく簪は追い討ちをかける。
「違う、土に還れ」
「……っ?」
女性は困惑したように見てくるが、生憎簪は本気である。護衛というのは、相手に悟らせる手もあるが敵の多い人物の護衛をする場合は規模を悟らせないことが肝要だ。見えない戦力ほど恐ろしいものはないのだから。そもそも個人的な事情で護衛対象に手を出すなど言語道断である。
簪は更に畳み掛ける。
「どうした? 『はい喜んで』だろう? とっとと喜んで土に還れよ」
いつもと違う口調にロランツィーネが動揺したように口を挟む。
「か、簪?」
「ああ、黙っててくださいね? ローランディフィルネィさん。これはわたしの実家の問題ですから」
他の誰にも口を出すな、とそれらしい理由をとってつけた簪に、誰も口を挟まない。挟めない。あまりの迫力に、誰も。
空気の読めない一夏以外は。
「あ、えーと、更識さん……?」
「何ですか? 身内が変にご迷惑をおかけして済みません」
そう若干ずれたような気もしなくはない謝罪をした簪に、一夏は目線を泳がせた。その視線の先には千冬がいる。どうやら千冬から言われたようだ。
そう思ってぼーっと千冬の姿を見て簪は違和感を覚えた。
(何だ、弟とお楽しみ中でしたか……いや待ってください? あの女水着持ってるような……)
まさかの千冬の持つものを凝視しそうになりつつ、簪は一夏の言葉を待つ。まさか生徒に警備を任せておいて水着では遊ばないだろうと思いつつ言葉を待つと、想定外に一夏は挙動不審になった。
「いやそれは良いんだけどな? 千冬姉がその……どっかに連絡してるみたいだからさ、そのくらいに……」
「そうそう、そのくらいにして頂戴? 簪ちゃん」
どもる一夏の陰からひょっこりと現れたのは楯無だ。簪は思わず虫を見るような目で見てしまった。
「どこから湧いてきたんです?」
「いやん、分かってるくせに」
そう言ってくねくねと体をくねらせるのは最早変態にしか見えなかった。故に簪はそれに相応しいだろうと思われる対応をとる。
「……やっぱり熱湯消毒すべきですかね? ちょうど近くに紅茶の自動販売機がありますし」
「やめて!? 本気で買おうとしないで簪ちゃん!?」
「嫌ならとっととアレをどうにかしてください」
「すぐやるわ!」
楯無は使用人を回収すると、そのまま風のように颯爽と立ち去っていった。どうやら用事はそれだけだったらしい。
もっとも、去り際に楯無は簪に対してプライベート・チャネルを送りつけてきたが。
『頑張ったから誉めて、簪ちゃん!』
『その使用人、姉の付き人候補でしたよね。やめておいた方が良いです。向いてません』
『分かってるわよ。しかるべき対処はするわ。……それはそうと、誉めて!』
(犬ですかこの人……)
ため息を吐きながら簪はおざなりに楯無へとプライベート・チャネルを送った。
『はいはい偉いえらーい』
『わーい! って適当すぎない!?』
『この度のご活躍、まことに喜ばしく……』
『そ、そうじゃなくて!?』
『チッ、面倒だな』
『か、簪ちゃんがグレた!?』
コントのようなやりとりを続けながら楯無との通話を終えたときには、簪は疲弊しきっていた。もう何も考えたくなかったのである。
とにかく乱音とロランツィーネに水着は必要ないことを伝え、買い物を(主に乱音達が)楽しんで帰路についた。その様子を見ていると、どうやら彼女らは警護の件について聞いていないようだ。
(何だか激しく貧乏くじを引いた気がしますね)
微妙な顔をしながら自室へと帰りつくと、それを狙ったかのように再び携帯が鳴った。
「はいこちら」
『更識簪の携帯なのは分かったと言っただろうが。すぐに第三アリーナへ来い。話は通してある』
「承知しました」
相手はやはり千冬であり、恐らく警備の話をするのだろうと簪は判断する。場所が場所であるので、簪はいつも着用しているISスーツを確認してから第三アリーナへと向かうのだった。
まだ会話したことがない原作代表候補生がいる罠。