いきなりですが、更識簪に転生しました。 作:こよみ
何って本当にもう乱音使いやすい……いや、鈴音でも同じ結果には……ならんな。
臨海学校の警備。生け贄羊達の戦い。
第三アリーナは借りきられていた。簪がたどり着いたとき、そこにいたのは二人だけ。しかも千冬はいなかった。
簪がわずかに眉をひそめると、そこにいた一人が声をかけてくる。
「よく来たな、更識簪。それではブリーフィングを始める」
むしろ一方的とも言えるその発言は、ラウラから発された言葉だった。何故千冬ではなくラウラからなのか、それはすぐにラウラから語られた。
「まずは自己紹介をしておこう。教か……いや、織斑先生から説明を任せられたラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーと申します」
「更識簪です」
(むしろ三人だけで先生含め120人ちょっとを警備するとか色々終わってますけど……)
簪が微妙な顔で名前だけを告げると、二人も微妙な顔になった。その理由は簪には分からなかったが、事実として『更識簪』と簪の見た目のイメージはかけ離れてしまっている。主に目が死んでいるという時点で『日本代表候補生の隠し玉』と言えるだけの『超絶技巧の戦闘かつ整備が出来る』ようには見えないのである。
故にラウラは問うた。
「本当にお前が『あの』更識簪か?」
「……『あの』とか言われてもわたしが更識簪であることは事実ですし、それ以外の答えを求められても困るんですが……学生証を見せればよろしいですか? それとも国家資格の一級IS整備士の資格証明書を出した方がよろしいですか?」
取り敢えずそう言いながら簪は学生証をラウラとヴィシュヌに見えるよう差し出した。勿論そこには簪の顔写真と名前が載っており、ラウラもヴィシュヌもそれを認識する。
気まずそうな顔になったラウラは、咳払いをして話を元に戻した。
「と、取り敢えずだな。来る臨海学校の警備について決定事項を伝えるぞ」
そう言ってラウラが伝えたのは、ある意味理不尽な言葉だった。要するに、旅館を守る要員と生徒達を守る要員、そして一夏を守る要員に分かれるのだ。そしてこの中では一番一夏に近いラウラが一夏の守護役につく。そういうことだ。
それを聞いた簪は、ヴィシュヌに問うた。
「中か外、どっちが良いです?
「……タイの文化も調べていらっしゃったのですね……ヴィシュヌと、呼び捨てていただけると幸いです」
「ではヴィシュヌさんと。わたしもどうぞ呼びやすいように呼んでください」
ヴィシュヌは簪の答えに微妙な顔になったが、恐らくは拘りなのだろう。そう割りきって思案した。
(私の『ドゥルガー・シン』は公開されている情報上近接型ISですから、これを期に『打鉄灰式』がどういうタイプのISであるかだけでも情報を得られると思ったのですが……思ったよりもガードが固いですね。こちらに選択権を与えてくるとは……)
思案しながらヴィシュヌは駄目元でもと簪に問う。
「では私も簪さん、と。簪さんはどちらがお得意でしょうか?」
「相手によりますね。ただ、どこかの誰かさんみたいに近接特化のブレードオンリーなんてことはありません。……決め手に欠けるなら、ボーデヴィッヒさんとの相性を見た方が良いですかね?」
「それもそうですね。ボーデヴィッヒさん、連携のためにもここを借りきったのでしょう? 少し、模擬戦をしましょう」
ヴィシュヌの提案にラウラは是非もなく頷いた。ドイツでも簪の情報はほぼなかったため、出来るだけデータが欲しかったからだ。
そこでまずは簪とラウラが組むことになった。
「よろしく頼む」
「足を引っ張らないようには頑張りますね」
挨拶し合って位置につき、そして模擬戦を始めた。先制攻撃はヴィシュヌからだ。遠隔型洋弓『クラスター・ボウ』からエネルギー弾を放射状に発射し、瞬時加速で一気に間を詰めて来ようとする。しかしラウラはそれに対し、大型レールカノンでヴィシュヌ本人を狙い撃った。迫り来るエネルギー弾には簪が対処し、物理シールドで当たる分だけを防ぐ。
それを見てラウラが簪に告げた。
『中々器用なことをするな?』
『むしろ素早いヴィシュヌさんを狙い撃てるボーデヴィッヒさんの方が器用ですよ』
『……誉めても何も出ないぞ』
その会話の途中にもヴィシュヌは蹴りを入れてくるが、簪はそれらすべてを避けていた。当たってやる義理はないのだ。足の可動範囲は限られているため、足の届かない位置に動きさえすれば避けられる。
もっとも、避け続けるだけではどうにもならない。故に簪は双剣『森羅』を使って蹴りを避けながら、ヴィシュヌに斬撃を浴びせていく。ラウラもレールカノンやAICで援護をしているため、数分もかからずヴィシュヌは墜ちた。
「……中々やるな? 更識簪」
「ボーデヴィッヒさんも呼びやすいように呼んでください。大したことはしていませんよ」
「なら簪と呼ばせてもらう。私のこともラウラで構わん。……あれが大したことでないなら、相当な実力者なのだな」
(どんな勘違いしてくれちゃってるんですかラウラ・ボーデヴィッヒぃ!)
ひきつった顔でラウラの言葉を聞き流した簪は、休憩を挟んでからラウラとヴィシュヌの相手をすることになっている。どちらも相当な実力者だと分かっている簪には絶望しかない。
しかし現実は無情である。休憩の十分はすぐに過ぎ去り、そして。
『お手並み、拝見させていただきますね』
『本気で来い。相手をしてやる』
『ぜっ、ぜぜぜ善処しますぅ……』
二人の本気に簪はもう震えるしかなかった。これは殺し合いではないと分かってはいるのだが、いかんせん相手が相手である。勝てる気もしなければ、逃げ切れる気もしなかった。
開始の合図が鳴ったが、簪は特攻しなかった。連携を見るためならば突っ込まなければならないのだろうが、今はまず牽制からだ。ライフル《焔備・改》を構え、適当にばらまく。無論当てることが重要なのではない。実弾ライフルだと認識させておくことが大事なのだ。
今回の最低ラインは特殊武装《D3》を一切見せないことと双剣型ブレード《森羅》の奥の手を使わないことだ。それ以外ならば何でも出来るともいう。ヴィシュヌが実弾をシールドで弾きながら瞬時加速で迫ってくるので、簪は横向きに瞬時加速でずれる。
『流石です……でも!』
ヴィシュヌが何故か繋ぎっぱなしになってしまっているプライベート・チャネルから声を発したおかげで簪は気付いた。この位置ではラウラにレールカノンを撃たせかねないと。
(仕方ないですね)
静かに毒づいた簪は、蹴りを放つために足を振りかぶるヴィシュヌに向けて特攻。放たれた蹴りの勢いを利用してラウラへ向けて投げつけた。
『きゃっ……!?』
『戦いの最中に敵とプライベート・チャネルで会話するのはナンセンスですよ』
ヴィシュヌにそう返しながら間を詰め、体勢を立て直せていない彼女に《森羅》で追撃を行う。無論ラウラから攻撃しにくいようにヴィシュヌの身体を盾にしているため、ラウラからの攻撃はない。
そう思っていたが、ヴィシュヌを取り巻くようにワイヤーブレードが現れる。死角を利用したのは簪だけではなかったのだ。だが、むしろそれは悪手だ。
『
ラウラの勝利の咆哮は、しかし簪の滅多に見せない微妙な笑みに打ち砕かれる。
『済みませんね』
それを目の前で見ていたヴィシュヌは、ハイパー・センサーを呪った。仔細まで見えてしまうので、簪の口角が僅かであれ歪んだことに気づけてしまったのだ。簪の手の動きさえも。それに気づいて瞬時加速しようとしてももう遅い。
蜘蛛の糸に絡め取られたような格好になったヴィシュヌが歯噛みする。
『しまっ……』
『な、何だ!?』
ラウラも困惑したように自由の効かないワイヤーブレードを動かそうと試みた。格納領域に仕舞いこめば、少なくともヴィシュヌからはほどけることくらいは冷静になれば分かることだ。しかし、無意味な行動を今取るほどの賭けに出ねばならない状況だったとは思えない。
だが、実際には簪の策は嵌まった。
『済みませんが、そのワイヤーブレード……結ばせていただきました』
うっそりと笑った簪はラウラとヴィシュヌの両方を見てとれる位置に移動し、射撃を始めた。動けない獲物を撃つだけの簡単なお仕事だ。ラウラが混乱から立ち直ってワイヤーブレードを格納した時には、既にヴィシュヌは堕ちていた。
それを気に掛けることなくラウラは移動し、簪へと迫る。そして、それに対応すべく簪が振りかぶった双剣型ブレード《森羅》の動きを止めた。しかし簪は冷静なままで、ブレードを手放して動こうとする。
『無駄だ』
『なるほど、これがドイツのAICですか』
腕ごと止められているのを確認し、今晒せる手札ではこれ以上の戦闘は不可能だと理解した簪は軽く息を吐いた。
そしてもう片方の手からも《森羅》を手放して告げた。
『リザインです』
『……そうか』
納得はしていない、とラウラの瞳は語っている。だが簪にはこれ以上の戦闘を行うつもりはなかった。故に降下し、ラウラも降りてくるよう促す。
そしてラウラは全ての事柄を考慮した上で配置を決めた。いくらただの臨海学校だとはいえ、千冬直々に依頼された警護任務である。ラウラが手を抜くなどということはあり得なかった。
まず、ラウラとヴィシュヌとの連携は悪くはない。相手が悪かっただけだ。簪のような搦め手を警戒していれば、ほとんどの相手には勝てるだろう。
また、ラウラと簪との連携もまあ悪くはなかった。しかし、何か奥の手を隠し続けたままなのがまるわかりであり、信頼関係が築けそうになかったのである。内情の分からない味方ほど不確定要素となり、勝利の道筋から外れてしまう。故にラウラはヴィシュヌを選んだのだ。
よって、一夏の守護はラウラが。そして生徒達の守護はヴィシュヌが。旅館の守護は簪が行うこととなったのであった。
え、原作では際どいビキニで一夏を誘惑してたんだって? いやいや、あれは演技で実は一夏を守ってたんだよ! (タオルぐるぐるから目をそらしつつ)