いきなりですが、更識簪に転生しました。 作:こよみ
追記→更新頻度&更新日が変わります。10,20,末日です。お気に入りがいっぱい増えたから更新頻度あげなきゃなって……(遅筆というよりは備えあれば憂いなし的なところがあるので書き溜めはあるのです)
「そういえば
旅館に向かうバスの中で乱音が問うた。簪は当日まで教える気はなかったので今までははぐらかしてきたが、これ以上は無理だろう。そう判断して、当たり障りのなさそうな言葉を探した。
(えっと、周辺警備じゃないですし……うーん)
しかし、言葉が見つからなかったので端的に答える。
「全日、花月荘です」
それは生徒全員が泊まる旅館の名だった。ふうん、と乱音は聞き流そうとしたが、ふと引っ掛かりを覚える。
(あれ、そう明言するってことは……まさか、そこから離れられないんじゃ……いやいやそんなことはないわよね?)
その考えを振りほどくべく乱音は問う。
「……ん? じゃあもしかしてもしかしなくても自由時間は……」
「全てが警備ですね」
しれっと言う簪に、乱音は顔をひきつらせて問いを重ねた。
「ほ、報酬は!?」
「そんな話はされてませんねぇ」
ははっ、と笑いながら水筒のカップに中身の黒豆茶を注ぎ、のほほんと一口含む様子はまさに老人である。達観しているというよりは諦めているようにも見えた。
そんな簪に乱音は立ち上がって怒鳴る。
「アンタねぇ、そうやってほいほいほいほい受けるから良いように使われるのよ!?」
(いつもいつもそうやって……実はパシられてることなんて気付いてないんじゃないかって思ってたけど……! やっぱりそうなんじゃないこのお人好し!)
そのまま乱音はエキサイトしかけたが、ゆっくりと振り返った担任に止められた。
「座れ凰……運転の邪魔だぞぉ」
「うっ……済みません」
気だるげな声に、乱音は毒気を抜かれて座った。声をかけたのは四組担任だ。もっとも、運転手はそのくらいのことは織り込み済みなので運転が荒れることはなかったが。
乱音は声を抑えて簪を叱りつけた。
「もうちょっと自分の意見を言いなさい。というか無報酬で何かを受けるの止めなさいよ」
「やっても無駄なことはやらないですし、必要のないものは受け取らない主義なんです」
「知ってるわよ。でも、それは……やっぱり、損してるだけだって思うから、この先何回でも言うわ。もっと自分を認めなさいってね」
乱音の真剣な声に、簪は無言を貫いた。それだけは出来ないからだ。そもそも簪の自主性と積極性を削いだのは前世の姉であり、そうなってしまった精神構造は魂にまで刻まれてしまっていたのか今世でも治らなかったのだから。それに加えて、ずっと周囲と比べられ続けたからでもある。誰と比べられても劣っているのなら、自身は畜生にも劣ると認識してしまっているのだから。
(それができるのなら、わたしはこんなところになんかいませんよ
普通の人のように望みを言い、意見を告げることが出来ればどれ程幸せに生きられただろうか。保守的な考えにがんじがらめに縛られず、リスクがあったのだとしても何かに挑戦できれば、どれ程の幸せを得られただろうか。それが不幸にも繋がるとは分かっていても、簪はそう夢見てしまう。簪には出来ないことだから。
(リスクのあることなんて、わたしには向いてないんですよ)
微妙な沈黙のまま、簪達は花月荘へとたどり着いた。乱音達が部屋へと向かうのを確認し、花月荘の監視カメラのモニタールームへと向かう簪。簪の泊まる部屋はこの場所であり、そこにはほぼ自由時間などありはしない。それは簪が望んだことでもある。
(異常なし。クラッキングの気配もありませんね)
画像にもどの人物にも異常がないことを確認して、ハイパー・センサーを限定起動した。モニターを見続けながら荷物をほどくのは不可能と言っても過言ではないからだ。荷物を下ろし、モニタールームに設置された椅子に座って全体を俯瞰する。
(目視で確認。異常なしですね)
そして簪はプライベート・チャネルでヴィシュヌとラウラに報告した。
『
『こちら
『
『全情報了解です。今日一日、気を抜かずに警戒しましょう。オーバー』
通信を終え、簪は軽くため息を吐きながら首の骨を鳴らした。何が悲しくてこのようにイニシャルでコードネームっぽく語り合わなければならないのかとも思うが、ノリノリで決めたのは千冬である。文句は言えなかった。ちなみに教師陣は千冬はCOで真耶はMY、二組担任はGH、三組担任はNS、四組担任はKKである。
簪はそのまま昼過ぎまで監視を続けたが、ふと気づいた。交代要員がいなければトイレにも行けない上に昼食も夕食も取れないことになるのでは、と。食事は何とかなるが、流石に下は無理である。まさか拡張領域に入れるわけにもいかないし入れたくもない。
(……流石に一応乙女として粗相をするのは……駄目ですね。ちょっ、先生、そこ考えてませんよね……? どっ、どどどどうしましょう!?)
「いやまさかマラソン中のアナウンサーよろしくオムツを履くわけには……」
「あ、更識さん、交代です」
「ひぃあ!?」
唐突にかけられた声に、簪は跳ねあがった。誰の声なのかは瞬時に理解したが、中途半端に気配を消して立った彼女を察知できていなかったからだ。どうやら精神的に磨耗しているらしい。真耶程度の気配を感じられなかったのは明らかに失態だ。
簪は赤面しながら背後にいた真耶に返答した。
「何分間でしょうか、山田先生」
「自由時間はないって織斑先生は仰っていたとは思いますけど、流石にそれはどうかと思いましたから。済みませんけど一時間以内に、旅館からは出ないで下さい」
「ということは、山田先生の独断ということでしょうか? もしそうなら、休憩なんてご不浄の最中とご飯の調達時間以外は別に構いませんよ。三徹までなら普通ですし」
衝動的に口走ったその言葉は、真耶にとっては衝撃的な言葉だったのだろう。ぱくぱくと口を開け閉めし、物凄く微妙な顔をしてから真っ直ぐに簪を見つめた。どうやら考えをまとめたようだ。
真耶は簪にこう告げた。
「いえ、少しで良いんです。楽しんできてください。そうでないと、折角私がここまで来た意味がなくなっちゃうじゃないですか」
「……山田先生は気遣いが上手い方なのですね。では、済みませんが少しだけお言葉に甘えさせていただきます」
そう言って簪は気配を消し、誰にも見つからないように外に出た。そして花月荘限定温泉まんじゅうとおつまみ野菜チップス、温泉水99.9999と書かれた水を大量に購入する。無論お土産ではない。簪の食糧である。更に真耶を労うために日本酒まんじゅうを買い、フロントにお願いしてポットで緑茶を淹れさせてもらえば完璧だ。
簪が一体何をしたかと言うと、真耶の言葉を呑んだふりをしてモニタールームに立てこもる準備を終えたのである。人の好意をまともに受ける気のない残念さを無意識に炸裂させながら、ある程度時間を潰してモニタールームへと戻った。
すると、そこには。
「織斑先生……」
仁王立ちした千冬が立ち塞がっていた。どうやらこの程度の休憩も許されないものらしい。
剣呑な色を浮かばせて千冬が問う。
「更識……これは、どういうことだ?」
「たまたま山田先生が通りがかったので、多少臨海学校を満喫すべく食糧調達の間という名目のもと監視の交代をお願いしました。流石に栄養の友だけでは味気ありませんでしたので」
真耶は簪の説明に慌てて弁明しようとしたが、当の本人からの強い視線で黙り込むしかなかった。何を言いたいのかは全く察することはできなかったものの、黙っていろと言われているに等しい視線を受けて口を開くほど真耶は愚かではなかった。
それを一瞥し、事態を察した千冬はため息を吐いた。といっても、間違った方向に解釈したのだが。
「……真耶、更識を甘やかすな。自分から引き受けたものを放棄するような女に情けは必要ない」
「先輩にお願いされたら引き受けるしかないと思うんですけど……というか、育ち盛りの女の子に栄養の友を三食強要するのもどうかと思います」
「知らん。そもそも栄養の友などというものを選んだのは更識の責任だろう」
あまりの言いぐさに真耶は反論しようとしたが、簪が声を被せたので叶わなかった。
「ええ、勿論わたしの責任ですよ? ですがそもそも警備に選ぶ専用機持ちにあなたの弟君一党がほとんど加わっていない理由からまず教えていただきたいものです」
(本当に、お飾りアイドル代表候補生が警備に当たらない理由を聞いてみたいですね)
「……お前たち三人を選んだ理由すら分からんのか? 更識ともあろうものが」
「買い被りすぎです。ボーデヴィッヒさんやギャラクシーさんならまあ分かります。半分軍人のようなものですしね。ただ、わたしについては全く分かりませんね。確かに周囲から過分な評価はいただいていますが、彼女らのように軍人に足を突っ込んでいるわけでも何でもないわたしが選ばれる理由が全くもって理解できません」
(むしろ選ぶのにシャルロット・デュノアが入っていないことすら納得できないんですけどねぇ。あの人も元々は戦争にしか行けない代表候補生なんですし)
しばし、視線が交錯する。しかし結局、千冬は簪を選んだ理由を明かすことはしなかった。何故なら理解してしまったからだ。簪に何を言ったところで自分を認めることなどしないのだということを。そもそも、一夏を守るためだけのシフトしか組んでいないことにすら千冬は気付いていなかった。
結局簪は、千冬に対する真耶の決死の交渉の結果、多少の休憩時間を手にいれたのだった。
憑依簪はワーカホリックというわけではありません。ただ単に自分を必要としてくれるのならそれで良いのです。たとえその結果ぶっ倒れるまでこき使われたのだとしても。うーん、残念。端からみれば迷惑な奴ですよ。