いきなりですが、更識簪に転生しました。   作:こよみ

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 つ づ い た。


姉とわたしは別人。だから別の道を歩む。

 突然だが、更識家には二人の次期当主候補がいる。一人は言わずと知れた更識刀奈。そして、もう一人は更識簪である。無論、妹の方がこういうのは不利なものだ。体格や知識に劣り、姉を完全に超えなければ評価の対象にすらならないのだから。

 故に周囲からの評価はこういうものになるのが当然である。

「……言っちゃ悪いけど、簪様はねぇ……」

「刀奈様の劣化コピーでしかないわよねー。あの程度で更識だなんて恥ずかしくないのかしら」

 それを聞こえるところで言うあたり、やはり女は陰険だ。そう思いながら簪は心の中で毒づいた。

(うるさい人達ですね。どんなことをやったってわたしが姉のスペックに届かないのなんて当然でしょう。皆が、わたしの知らないことをわたしが知ってるっていう前提でわたしに教えてくるんですから。理解が追い付くのに時間がかかるのは当然ですし、出来るようになった時点では既に次のこととの比較以外目に入れないだけでしょうが)

 更識に仕えるメイド達ですらそういう評価。既に簪は悟っていた。たとえ前世があろうが、知識の方向性が違いすぎて使いようがないのなら、知識などないに等しいのだと。それは歪んだ劣等感。超えよう、と思う前に諦めなくては簪は生きていけなかった。

 そもそも、前世でも簪は姉にコンプレックスがあった。姉がいたから進路を、人生を、在り方を一つに定められた。無論良い意味などではなく、それも簪が社会不適合者になった一因でもある。今世でも姉が人生の先を歩んでいることは苦痛でしかない。

 それに加えて。

「簪ちゃぁぁん!」

(また来たんですかこのクソ……いえ、ウザ姉)

 簪はうんざりした顔で刀奈を出迎えた。刀奈は簪に抱き付き、がくがくと簪の全身をシェイクしながらスキンシップを楽しんでいる。簪にとっては全力で暑苦しい上に鬱陶しい。出来れば硯の中の墨汁ごと顔面に叩きつけてやりたいほど鬱陶しいのである。

 簪は棒読みで刀奈に囁いた。

「うるさいです姉。今は日本舞踊の時間じゃなかったんですか?」

「あんなの、簡単すぎてすぐ終わらせたわよ! そんなことより簪ちゃん簪ちゃん簪ちゃぁぁん!」

(……うぜぇ)

 これである。鬱陶しいことこの上ない。日本舞踊をすぐに終わらせられるとかどういう意味だと考えてはならないのだろう。間違いなくアレはゆったりとした動きが特徴のはずなのに、開始10分で終了とか意味が分からない。

(頬擦りをやめてください。磨り減るんですよ、精神が)

 姉に好かれているというのは実に複雑だ。刀奈がいるから簪は自由に生きられず、高いハードルを設定され続けて精神的に死にかけている。だというのに当の刀奈に好かれているというのは苦痛でしかない。いっそ疎んじてくれたら良いものを、と簪は思っている。

 思う存分簪成分(謎)を摂取したらしい刀奈は、次の習い事に向けて旅立っていった。そこに取り残される簪と、実は目の前にいた家庭教師。

 実に複雑そうな顔で、家庭教師は簪に声をかけた。

「……簪様、その……」

「あと40秒で終わらせるので待ってください」

 簪は習字の時間だったのだが、刀奈の襲撃で7割ほどが無駄になっていた。刀奈も習字が会心の出来のものを提出するだけの授業であると知っているので、簪の邪魔をしても問題ないだろうと判断したのだろう。

(普通に40秒で四文字書くとか鬼畜すぎますけどね)

 簪は皮肉のようにお題である『四面楚歌』を書き上げると、更識家専属の家庭教師に提出してその場を後にした。次は武術の時間だ。

 更識家にとって武術とは、更識流薙刀術もしくはカティア流槍術、更識流暗殺術を学ぶ時間である。簪の専攻は薙刀術と暗殺術だ。因みに刀奈は槍術と暗殺術である。薙刀術と槍術は、単に得物の形による扱いやすさの違いはあるが、どちらも難易度は似たようなものだ。簪が刀奈と違うものを選んだのは意地でしかない。

 簪が選んだ薙刀術は言わずもがな更識家内で代々受け継がれてきたもの。刀奈が選んだ槍術は二人の祖母カティアがロシアから持ち込んだものだ。余談ではあるが、二人の髪の色もカティアから受け継いだ隔世遺伝である。

 ただ、話を戻すが、たとえ簪が薙刀術を学んだとしても、やはり誰かを超えられないのは確かな事実だ。それがたとえ付き人の少女であったのだとしても、簪はそれを超えられない。

 戸惑うように声を漏らす少女。

「か、かんちゃん……」

「誰がかんちゃん呼びを赦したんです? 布仏本音。それともあまりに無様だから笑ってやろうとでも?」

 付き人たる本音にすら当たってしまいたくなるほど、簪の能力は劣っていた。本音にすら負けてしまうのだ。これでは『楯無』にはなれない。それは超えたいと願うことを諦めているようで、心底ではまだ諦めきれていない証左だ。

 簪が敢えて冷たく突き放し、本音は奥歯を噛み締めて呟いた。

「そうじゃなくて……私は……私は、かんちゃんの付き人だから……」

「わたしの付き人なんてそのうち廃止されます。だから今のうちにきちんと姉の、次期当主の役に立てるだけの力をつけておけば良いんですよ。わたしなんて踏み台にして上に行きなさい」

「……かんちゃん……」

 簪は途方に暮れたような本音を冷たく一瞥し、時計を確認して薙刀をしまった。もう武術の時間は終わりだ。早くシャワーを浴びて、現実逃避しなければ。そうしないと簪は普通に生きることすら困難だった。

 シャワーを浴び、自室に戻った簪はぬいぐるみを抱き締めながらごろごろと布団の上を転がる。何もしていないように見えて、実は脳内妄想中という残念な状態だ。前世で読んだライトノベルやゲームなどに自分の身代わりを放り込み、ひたすら痛い目に遭わせながら未来を変えるという残念仕様。それでも簪はそれをやめられなかった。そうすれば、自分は不幸ではないと思えた。身代わりよりは幸せだと。

 そうやって過ごすうちに、その日はやって来る。ある意味では運命の日。その記念すべき一回目の運命は、やはり刀奈に微笑んだ。女性にしか乗れない兵器。たった一機でミサイルを二千発以上無力化したもの。

「これがIS……」

「……インフィニット・ストラトス、ですか……」

 更識家に優先的に試乗の権利が与えられ、無論二人の当主候補が真っ先に搭乗する。刀奈と簪、どちらも高い適性を叩き出した。それでも勿論刀奈の方が高い。そのまま軽く模擬戦をしても、刀奈が勝つ。簪が乗らずに本音や本音の姉虚が乗っても簪より適性は高かった。何をしても勝てない。

 遥か遠くに臨むもの。自分よりも遥かに優れた人達。簪にとって、それは羨むものですらない。絶対に届かないことなど既に分かっているのだから、見る価値もないものだ。もっとも、見る価値がなくとも憎悪は膨らむのだが。

 ISが世間に広まり、女尊男卑の思想が広まるにつれて簪はさらに追い詰められた。IS適性が新たに人品を測る指標として広まったからだ。そうなれば当然、簪の道は全てが限られる。

 決定的だったのが、簪本人の誘拐だ。一人で何も解決できず、逃げ出すことすらままならない。抵抗も何も出来たものではなかった。簪は普通ではなかったかも知れなかったが、元々一般人だったのだから。

 刀奈に救われ、当主楯無が二度と戦線復帰出来なくなったのを期に更識家次期当主が決定された。言わずもがな刀奈だ。刀奈は更識楯無の名を継ぎ、人前でも家の中でもそう名乗るようになって。

 

「簪ちゃん、いえ、簪。貴女は何もしなくて良いの。私が全部全部してあげる。だから貴女は、無能のままでいなさいな」

 

 刀奈は、楯無は簪に呪いの言葉を吐いた。前世の記憶があるから分かる。これは簪を暗部に関わらせないようにする言葉だと。だが、暗部の家に産まれた娘にそれ以外の生き方が出来るわけがない。前世の記憶がある自分には経験のある別の生き方は出来るかも知れないが、周囲がそれを許すわけがない。

 簪に赦された道はやはり一つしかない。『更識』に望まれた対暗部用暗部としての生き方と、『刀奈』に望まれた無能な生き方。それら全てを総合して考えた結果、簪に出来ることは。

 打診する先は日本の暗部。その全てをまとめる当主だ。簪の提案に、その当主は眉をひそめた。

「本当に、それで良いのかね?」

「はい。当主がロシア代表の座をもぎ取った以上、日本の機密を当主にやすやすと渡すわけにもいかなくなったでしょうから。間に入って情報を取捨選択する者が必要かと」

 淡々とそう言う簪に、暗部の当主は考えなしの小娘でないことは理解した。利点もある。楯無がロシアに懐柔された場合、流して良い情報を見極める人物は楯無に近ければ近いほど良い。もっとも、まさか当主の実妹が釣れるとは思わなかったが。

 しかし暗部の当主はそれをおくびにも出さず険しい顔で簪に忠告する。

「それは建前に過ぎん。更識君、君が日本代表候補生となるということは、ロシアに近付きすぎた更識家に対する人質となる」

 その言葉も勿論簪は理解していた。むしろ募りすぎた姉への憎悪を、実際にはやらないことで解消したいだけだ。いつでも出来ると思っていればまだ救われる気がして。

 故に暗部の当主の言葉にも簪は揺るがなかった。

「それも勿論理解しています。いざというときには捨て駒、人質にしてくださって結構。実力的には残念ながら当主には敵いませんが、その専用機となった『ミステリアス・レイディ』の整備の場に怪しまれず潜り込めるというのは利点かと」

 そのあまりの当主に対する冷たさに暗部の当主は戦慄した。職業柄、他人の嘘は分かる。落ちこぼれの更識の小娘程度ならば、彼の目を誤魔化せるほどの嘘がつけるわけがない。故に彼女の言葉は本気で。否が応でも彼女の異質さが浮き彫りになる。

 姉を捨て、自分を捨て、家を捨てたがっている。それが叶うかどうかは別の話であるし、それを暗部の当主が叶えてやるわけにもいかない。それでもいつかはやり遂げるだろう。自分と周囲を犠牲にして。そう思えた。

 

 そして、更識簪は日本代表候補生となった。




 姉を筆頭に全方向に容赦のない簪。それでも刀奈は簪を溺愛している。
 暗部の当主の名を出さないのは仕様。今後も出てくる予定が出来れば名前がつく可能性あり。
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