いきなりですが、更識簪に転生しました。 作:こよみ
夏休み。狂気極まる惨状。
簪は拘束されてからずっと千冬の手による尋問を受けていた。ISのスキャンも行われはしたが、簪以外のメンテナンスも受け付けなければメンテナンスの画面すら簪にしか視認させないあたり『グレイ・アーキタイプ』は徹底しているとも言えるだろう。簪によるシュールな説得も意味をなさず、グレイは沈黙したままだった。
ただ、収穫はあった。DNA鑑定やその他IS学園に残されていたパーソナルデータから、簪が本人であることが証明されたのだ。故に他人との接触が完全に禁止されるということはなくなったのである。無論監視付きだが。
何故本人確認が取れたのにも関わらず監視付きなのかというと、専用機持ちへ対する熱い風評被害のあおりを受けてしまったからだ。要するに無断展開されればたまったものではないと思われているのである。これまでに専用機持ちの無断展開は多数あったのだ。
たとえば、凰鈴音。本人は把握されているとは思ってはいないが一夏の部屋で箒からの竹刀を防ぐために展開したのが一度あった。一組の壁を破壊したこともあれば、『シルバリオ・ゴスペル』の件で無断出撃すらしている。この件に関しては千冬の根回しが効いたようだが、根回しがなければ無断出撃した面々はアラスカ条約に反したとしてIS委員会に拘留されていてもおかしくなかったのだ。
それ以外にも一夏に関連して、自分達に不義理を働いたと感じたときに皆ISを反射的に展開してしまっていることから、簪にもそのレッテルが張られてしまっているのだ。それを払拭するのは容易なことではなかった。故に、監視員は簪とは馴れ合わないだろう他国の人間――いざというときには簪を止められる人材が選ばれた。
その人物達とは。
「いや、一年の専用機持ちが色々やらかしてるのは理解してますけどね? ミス・ウェルキン、セニョリータ・レッドラム」
「分かってるんなら止めてよ、簪。あの子達……特にロード……あーもう、オルコットで良いわね! 貴族とも思えないオルコット! 本当に、迷惑するのはこっちなんだから……」
「まあ、別に私は困らないけど……こういうのは気分悪いよね。ところで簪、やっぱりグリ姉って呼んでくれない?」
二年生のイギリス代表候補生サラ・ウェルキンと三年生のブラジル代表候補生グリフィン・レッドラムだった。サラは専用機持ちではないのだが、卓越したイギリス製量産機IS『メイルシュトローム』の操縦技術を持っている。そのため、簪の監視のために学園側から『メイルシュトローム』を貸与されて現在は半専用機持ちとでも呼ぶべき状態になっているのだ。
グリフィンについては専用機持ちであり、『テンカラット・ダイヤモンド』を乗りこなすだけの技量がある。それぞれがかなりの実力者であり、残念なことにそれぞれがかなりのくせ者であった。
(何でわたしがこの二人の愚痴を聞かないといけないんですか……)
簪はため息をついて二人に返答する。
「その場に居合わせる方が珍しいのにどうやって止めろというんです? ミス・ウェルキン。……セニョリータ・レッドラムもそういう面倒なことになりそうな提案は止めていただけません?」
「……私だって止めたいのよ? 国から『ロードを指導した経験があるのに何故止められないのか』ってせっつかれてるし! 何故ですって? オルコットに聞きなさいよ、オルコットに!」
エキサイトするサラに、グリフィンは苦笑しながら返す。
「大変だよねぇ、サラも」
そう言ってから、グリフィンはポケットから紙切れを三枚取り出した。それを眼前にかざし、ニヤリと笑ってサラに突き付ける。
それに書かれた文字を見た簪は内心で絶叫した。
(何でここでフラグたてちゃうんですかグリフィン・レッドラムぅうう!)
グリフィンはそこに書かれた内容をサラに告げた。
「ウォーターワールドの無料招待券三枚。外出許可はとってあるよ。簪の分までね。憂さ晴らし……する?」
それを聞いたサラの反応は早かった。
「する! 流石グリ姉先輩!」
無論のことながら、監視されている身である簪に拒否権はないのである。監視ばかりで疲れているだろうことは分かっていたため、あえて簪は何も言わなかった。言えるはずがなかった。ただの懸念事項だというだけで、サラのストレス発散を邪魔するなどというのは簪に許されているとも思えない。
(何事も起きませんように……!)
簪は半ば祈るようにそう念じ、すでに準備万端だったグリフィンに監視されながらウォーターワールドへ向かうための準備を終えた。なお、その際に乱音とロランツィーネが邪魔しに来たのも最早お約束である。彼女らは普通の料金を払って行くことにしようとしていたが、グリフィンが全ての料金をしれっとネット決済で支払ってしまったので普通に同行することになった。
そして何事もなくウォーターワールドにたどり着き、水着に着替える一同。しかし簪だけは水着には着替えなかった。その理由を誰もが知っていたために咎められることはない。流石に胸元のISコアを晒しながら歩くなどということが出来るはずもなかった。
(いや、もう、改造制服の首元を詰めてて本当に良かったと思いましたよ……)
故に、簪はそれを見せないための水着を手に入れることはしない。有り得ないことはないだろうが、無駄な出費は避けるに限るからだ。この先どこまで更識の支援を受けられるか分からないのだ。当主になれなかった簪が、いつまで『更識』を名乗れるかどうかすら分からないのだから。
服を脱ぎ、いつものものとは違うISスーツに着替えた簪は乱音達と連れ立ってプールに繰り出す。誰から見ても分かりはしないが、珍しいことに簪のテンションは上がっていた。本当に久々なのだ、外出出来るのは。
(いや、ちょっと楽しいですよね。……あれさえなければ)
テンションが急降下する原因は併設の喫茶店だ。その中に金色の髪と乱音と同じ髪色の女子が見えたからだ。
(完全にフラグですね、本当にありがとうございました)
内心で軽くため息を吐き、サラ達が充分に楽しんだ頃に帰ろうと思った矢先に事件は起きるのだ。
『では皆様、お待たせしましたーっ! これから水上障害物レースのエントリーを受け付けまーす! 優勝商品はなななんと! 沖縄ペア旅行五泊六日の旅! これは狙っちゃう? いや狙わずにいられるか! 皆様挙ってご参加をー!』
そして喫茶店から弾丸のように飛び出していく金髪と焦げ茶色の髪の少女達。簪はそれを遠い目をして見送ることしかできなかった。
(ああ、せっかくの外出が……)
そう内心でぼやく簪を尻目に、それを偶然目視してしまったロランツィーネが眉をひそめる。
「おや、あれは……もしや」
「どうしたの? ロラン」
「いや、ミス・ウェルキン……少々厄介事が起きそうな気がしてね」
飄々とした態度だが、それでも警戒は解かずにロランツィーネはレースが始まらんとする方向を見た。そして自分の見たものが間違っていないことを確認すると目を細める。
(やはり見間違いではないようだね)
これから起こるだろう状況に気を引き締めたロランツィーネは、グリフィンに告げた。
「セニョリータ・レッドラム。頼みがあるのだが」
「何?」
「今すぐにIS学園に向けて連絡を入れてほしい。非常事態の際にはISの利用を許可していただきたい、と」
その言葉にグリフィンはロランツィーネの視線の方向を見た。そこにいるのはセシリアと鈴音だ。そう、一夏に銃口を向けて《スターライトmk-Ⅲ》を展開した前科のあるセシリアと、一組の教室の壁をぶち抜いた鈴音なのである。彼女らはレースの始まりと共に他の挑戦者達を抜き去っていく。
(……確かにこれは嫌な予感しかしないね……まさかやらないとは思いたいけど……)
セシリア達の前科を知っていたグリフィンはまさかと思いつつもIS学園の教員用ISにプライベート・チャネルを送った。
『緊急です、応答願います』
『どうした、レッドラム。今は外出中だと聞いているが』
応答したのは千冬だった。グリフィンは冷静にセシリア達から目を離さないようにして会話を続ける。
『その外出中なので……って! ただいま民間施設内で『甲龍』および『ブルー・ティアーズ』が交戦を開始しました!』
『何だと!? 敵は!?』
『お互いに攻撃しあってるんですって!』
『……至急鎮圧しろ……そこにいるメンバーならば誰でも良い! 絶対に誰も傷つけさせるな!』
千冬の怒りが伝わってきそうなプライベート・チャネルだったが、それどころではなくなったのでグリフィンは通信を終える。その時にはすでにサラとロランツィーネは観客達を避難させ終えていた。
それを見たグリフィンは、同行者すべてに見えるよう派手にISに搭乗した。それを見た一同は続けてISを纏う。そして。
「いい加減にしてよ、オルコット! あんたがやらかすから私がどれだけ不利益を被ってると思うの!」
「こんなの鈴おねえちゃんじゃないよ! 冷静になって回りをよく見て!」
セシリアはサラからの不意打ちで沈み、鈴音は乱音に斬りかかられて説教された。比較的怒りに満ちてはいなかった鈴音は大人しく乱音の言葉で止まったのだが、奇襲される形で地面に叩きつけられたセシリアはそうはいかなかった。
セシリアは怒りを顔に浮かべながらサラへと罵声を浴びせる。
「お退きなさいミス・ウェルキン、いえ、サラ! わたくしの高貴な顔を踏みつけた鈴さんには思い知っていただかねば!」
「学園内のアリーナでやりなさいよ! ここで展開するの、アラスカ条約違反なんだからね?」
「些細なことですわ! それに、そのような第二世代機でわたくしを止められるとは思わない方がよろしくってよ!」
その場にいた誰もが思った。
(うわぁ……)
それは呆れた方向の感嘆だった。セシリアは恐らく知らない。IS学園に来る前にしか指導されていないのならば当然だろう。
セシリアは知らない。
サラ・ウェルキンは、第二世代機を操る操縦者の中ではIS学園最強なのだということを。
『打鉄』、『ラファール・リヴァイヴ』、『メイルシュトローム』、『テンペスタ』の中で一番評価のよくない『メイルシュトローム』での快挙を成し遂げた人物なのだと。当然、第三世代機を試験運用していようが最近操縦データの質と量が低下してきているセシリアでは、サラには勝てないのだと。
そして、セシリアと鈴音はそのまま拘束されることとなった。
※長いので面倒ならお飛ばしください。
サラ・ウェルキン→原作に三行ほどしか記述のない可哀想な人。あえて本作では黒髪にヘーゼル色の瞳。『イギリス代表候補生でセシリアの操縦指南をした』という情報のみであとはほぼオリキャラ。主にイギリス製IS『メイルシュトローム』(こちらも残念なことにほぼ情報がない)を使いこなす人という設定。セシリアに操縦指南をしてしまったのが不幸の始まりである。が、どこかのSSのように『サイレント・ゼフィルス』を手に入れたり『ダイヴ・トゥ・ブルー』を手に入れたりはしない。
グリフィン・レッドラム→ブラジル代表候補生。アーキタイプ・ブレイカーのキャラで、姉御肌かつ一夏に『グリ姉』呼ばわりを強要するヒト。いや、あんたの母国語はポルトガル語でしょうがよ、と思ったのは言ってはいけない。本作においては独自設定が生えてくるヒト。だって『レッドラム』とかもう……ねぇ? どうしても知りたいヒトは『レッドラム 意味』でググるがよい。
『メイルシュトローム』→イギリス製IS。テレビゲーム『IS/VS』で一夏が動かすイメージでは使いづらいらしい。技が弱くてコンボが微妙らしい。本来の意味はモスケン島周辺海域に存在する極めて強い潮流、および、それが生み出す大渦潮を指す語(wikiより)。本作では装備されたマントが激しく翻るからその名前がついたことになっている。残念ながら第二世代機である『メイルシュトローム』が楯無の『ミステリアス・レイディ』のように水のナノマシンを使うだとか唐突に高圧水流による水カッターを繰り出すわけではない。
メイン武器はレイピア(うまく使わないと折れる)、持ち替え武器としてアサルトライフル《リー・エンフィールド=ISカスタム》、ダガー。シールドはダガーと入れ換えでしか使えない。表が青で内側が白のマント(という名の簡易シールド)がついている。マントは戦争時には迷彩カラーにペイントされる。
サラはこれをカスタムし、アサルトライフルを元の《エンフィールド》から《スターリングSAR-AH-87》に変えている。地味に自分の名前が入っているのはそもそものアサルトライフル『スターリングSAR-87』という実在の銃を自分の使いやすいように改造したから。
セシリアがサラにロードと呼ばれているのは貴族の名門たるオルコット家が伯爵家であると勝手に設定したため。この場合、セシリアに対し敬意を払って呼ぶときは『ロード・(領地の名前)』となる。本来であればセシリアが当主を継いだときにしかそうは呼ばれないのだが、他に後継者もいなければセシリアが当主になることが確定しているため(非公式ではあるが)ロードと呼ばれる。
ただし、本SSにおいては、原作にセシリアの自宅(もとい城)がどこにあるのか描写がなかったため、敬意を払って呼ぶときはロードとしか呼ばない。簪はそもそもセシリアに対してはそこまでの敬意を払う気はない。