いきなりですが、更識簪に転生しました。 作:こよみ
痴女が本格始動です。
二学期になりました。学園祭とか死ねば良いです。
夏休みが明け、平穏な日が続くと思われたのだがそうはいかないのがIS学園である。二学期開始から一ヶ月程度で学園祭があるため、その準備があるのだ。無論簪もその例外ではない。新しく四組に所属することになった布仏スズネのこともあり、簪は夏休みで力尽きた身体に鞭打って働かざるを得ないのだ。
勿論クラス代表は乱音なので、彼女もまた忙しい。
「
「もう終わらせますから、そちらは製菓材料の手配を!」
もっとも、この三人以外の生徒が死ぬほど忙しいかと問われると、ある意味ではそうではない。他の生徒たちはやることが他にあるため、クラスの活動はほぼ参加していないのだ。それでも端からみてクラスでも気合いが入りすぎているきらいがあるのは簪の姉のせいだ。
先日の全校集会で、楯無はこう宣言したのである。
『織斑一夏を催し物で一位になった部活動に強制所属させましょう!』
実際にクラスに所属させられるわけではないというのはこの文面でわかるだろうが、逆に考えられはしないだろうか。つまり、部活動以外の催し物には意味がない、と。故に四組では離脱者が多数出たのだ。それこそ、クラスに誰も残らない勢いで。
とはいえクラスの催し物も行われなければならないため、部活動に積極的でない簪、乱音、そして編入したばかりのスズネに任されたのである。それも、気合いの入った内容のものを。当然用意どころの話ではなくなったのは言うまでもない。
企画だけぶちあげたクラスメイト達は、『じゃ、あとよろしく!』と言ってそれぞれの部活動の出し物の準備に向かっていった。簪達を一顧だにすることなく。
あまりの無茶苦茶なスケジュールに、金切り声で悲鳴をあげながらスズネが頭をかきむしる。
「あーっ、もーっ! こんなの終わんないって!」
思わず叫んでしまったスズネに、簪は冷淡に告げた。
「はい指導。せめて、このような事態になってしまってどうして良いかわからないわ、と言ってください」
「……くっ、アンタ……いえ、あなた、実は腹黒いわよね……」
唇を噛んでそう言うスズネに簪は内心でため息をついた。
(やればできるんですからやってくださいよ、全く……)
まずはスズネの言葉遣いからおかしなことになっているが、これもまた必要なことである。顔面が似ていてなおかつ口調もイントネーションも同じなら基本的に同一人物として認識されかねないのだ。『凰鈴音』は死んだ人間で、『布仏スズネ』が生きるためには彼女との相似を不自然ではない程度に消し去らねばならないのだから。
『凰鈴音』は完膚なきまでに死ななければならないのだ。
そうしなければ中国政府が『凰鈴音』に関わった全ての中国人を処分するだろう。両親、親戚、仲の良かった友人。それらすべてを殺戮し、見せしめとするだろう。それが分かっていたが故にスズネは自らの持つものを捨て、皆を救うために『死んだ』のだ。自分と恋心を犠牲にし、日本人となることで。
書類は簪にでっちあげてもらい、皆を救った上で自身を救うために日本人として暮らせるようにしたのだから、スズネは口調くらいは何とかしようとしているのである。
(荒い言葉遣いはナシ。普通の女の子みたいな口調で……あーもうっ、面倒だとか言ってる場合じゃないでしょうが! 人の命がかかってんのよアタシ!)
心の中で自身を叱咤したスズネは、作業を再開した。なお、IS学園は部活に強制所属させられるので他に人員はいない。ならば簪達はどうなるのかと問われるかもしれないが、そこはそれ。IS学園には『帰宅部』という部活が暗黙の了解で成り立っているのだ。
IS学園には、主に誰とも関わりたくない生徒たちで構成され、表向きには『日本伝統研究部』と呼ばれる部活がある。そこに属する全ての生徒が織斑一夏には興味がないため、出し物も勿論単純な展示だけなのである。
故にクラスに力を入れられるのはその『帰宅部』所属の人間だけなのだ。皆が様々な思惑で『ブリュンヒルデ織斑千冬の弟たる世界唯一の男性操縦者織斑一夏』に近付きたがっているのだから、部活動の出し物がそれなりに気合いの入ったものになるのは当然である。
そのいそがしいところにやって来るのが生徒会長である。
「か・ん・ざ・しちゃあーん!」
ガラッ、と教室の扉を開け(なお本来ならば自動ドアなのだが、楯無は雰囲気を出すために敢えて効果音を出した)、楯無が簪に飛びかかる。
しかし、それは簪に避けられた上で罵声を浴びせられた。
「「「帰れこのくそ忙しいときに来やがって!!!」」」
三人の綺麗にハモった声は楯無にクリーンヒットした。しかし楯無はめげない。しれっと準備を手伝いつつ簪に抱き付き、高速ほおずりを繰り返す。楯無いわく『簪ちゃん成分摂取中』とのことだが、当の簪からしてみればただの変態行為でしかない。
楯無の高速ほおずりに簪はたまらず悲鳴をあげた。
「やめろやめやがれやめろください摩擦でえぐれまふから!」
「えーっ、簪ちゃんのいぢわるぅ」
「意地が悪いのは生まれつきですから離れろください」
楯無を振り払い、クラスで決まった出し物の準備を進める簪。おかしなことであるが、出し物はクラス全員で決めたのである。その結果決まったのが喫茶店だ。
残念ながら一組も喫茶店なのだが、二組は何故か原作とは違い簡易カジノになってしまったために四組も喫茶店でも構わない、となってしまったのだ。あちらのコンセプトはメイド喫茶だと本音が言うのでこちらは別のコンセプトを取り入れたカフェになった。
それが、台湾風近未来カフェだ。意味が分からないような気もするが、それはそれ。二胡のメロディーを聞きながらロボットに接客をされるという謎体験を売りにしているのだ。
出されるお菓子も勿論台湾風。比較的日持ちのするパイナップルケーキとマンゴーかき氷、そして
その発注を後ろから覗き込み、楯無は数字を指差した。
「ダメよ簪ちゃん、織斑くんがいるからこんなにお客さんは来ないわ」
その言葉はいちいち真実で、イラつきながらも簪は簡単に試算を済ませた。楯無から囁かれる数字を想定して利益を鑑みれば、いくつか商品を無くさなければ採算がとれない。実はロボットのシステムの構築と予算の試算をマルチタスクでこなしていた簪は今だけシステムの構築を一旦停止して思案した。
そして即座に判断を下した簪は、乱音に告げた。
「チッ……
「ええっ!? もう……良いけど、炭酸もなしね!」
「了解です!」
発注の欄からその二つを消し、ギリギリ利益の出るところで最終的な注文を終える。もしお菓子等が余れば生徒達が買い取らされるのだが、簪はどれだけ余っても文句は言わせないつもりでいるのだ。準備を全て丸投げした以上、文句など言わせるつもりはないのである。任せた方が悪いのだ。
いっこうに終わる気配のない作業に、簪は内心で何回目かすらも分からない愚痴を吐いた。
(というか三人でやってね☆っつったやつ吊し上げたいですね!)
やれとはいいつつ試食はしたいらしいので、実に面倒である。しばらく楯無から指摘を受けつつシステムの構築を再開した簪だったが、下校のチャイムでそれを中断せざるを得なくなった。簪としては残っていても構わないのだが、真後ろにいるのは生徒会長なのである。彼女の目の前で堂々とそのルールを無視するわけにはいかなかった。
故に簪は乱音とスズネに声をかけた。
「部屋に帰りますよ、阿乱、スズネさん」
その言葉に乱音とスズネが脱力した。
「きょ、今日も終わらなかったね……」
「同感よ……誰? 三人でもできるよねって言ってしまった人。今無性に埋めてあげたいわ」
ぐったりしながら寮の部屋に帰り、力尽きる。朝起きて授業時間以外を準備に当てる。口だけの労いで場を濁すクラスメイト達を適当にいなし、作業の遅延を最低限に抑える。そしてまたぐったりしながら寮の部屋に帰る。それを何度か繰り返し、クラスメイト達の甘味欲も満たしつつ過ごす日々。ある意味では充実した日々に、簪はすっかり振り回されていた。
それでもふとした瞬間、簪は遠い目をして窓の外を眺めている。
(……忙しいって、良いですね。余計なことを考えないで済みますから……)
それは現実逃避であり、簪にとっては救いでもある。考えなくてはならない大切なことから逃げ続けるのは前世からの癖であり、死んでも治らなかった癖なのだ。そのせいで何度追い詰められたか分からないのに、今なお簪は逃げ続けている。考えれば何か取り返しのつかないことを選ばなければならないのだ。その選択が怖くて仕方がない簪にとって、現実逃避は日常茶飯事であった。
『グレイ・アーキタイプ』のこと。原作のこと。あの子こと、万十夏のこと。これからの自身の進退。様々な問題への対処。いくらでも考えなくてはならないことはあるのに、簪はそれから逃げ続けているのだ。そうすれば楽だから。
人間は楽な方に流される傾向があるとは言うが、簪はそれが顕著である。それが自身を追い詰めると分かっていても、楽な方を選んでしまうのだ。その刹那において自身が楽だから。
その後も、三人以外に学園祭の準備に関わる人間はほぼおらず。前日には三人での製菓作業となった。他の人員は多少手伝いには来るが味見だけして去っていくという手伝いに来ているのか邪魔をしに来ているのか分からない状態だが、それでも規定の時間内には何とか終わった。もとい、終わらせたのだ。その代償は勿論当日催し物を運営する簪達が払うのだが、それは覚悟の上だ。
そして、前夜祭をやりたい、とクラスメイトの誰かが言ったものの、簪達は力尽きて参加することすらできなかったのだった。
実際、こんなクラスばっかりだったのではと。
布仏スズネ→いわずもがな、『凰鈴音』だった少女。全てを捨て去ることで皆を守ったと悦に入っている。なお、専用機は更識が手を回して『打鉄カスタム』を持つ。そのうち、一夏と結ばれる可能性が皆無だということに気づく。近付いたら『凰鈴音』ってバレるからね、仕方ないね。