いきなりですが、更識簪に転生しました。 作:こよみ
皆一夏が大好きだからね、仕方ないね。
(つくづく思いますよ。接客ロボットを作って良かったって)
閑古鳥の鳴く教室の中で、簪はそう思った。客はほぼ皆無。がらんとした教室の中で外のざわめきを聞くだけという悲しい状況に、簪達は呼び込みをする気にもなれずただひたすら用意したあの日々は何だったのかと虚無感に包まれていた。
沈黙に耐えきれず、スズネが言う。
「食べる?」
「飽きましたけど?」
「そうよね……」
乱音に関しては最早暇すぎてバックヤードで折角作った
それとは対照的に、部活動の出し物についてはそこそこ賑わっていた。女子同士のネットワークで、自身の所属している部活動とは別の部活動の出し物に投票し、代わりに自身の所属している部活動に投票させる。そういう行為が横行しているためか、部活動の出し物は比較的賑わっていた。
ただし織斑一夏の関わらないクラスの出し物はといわれると、お察しの通りである。誰も来ない。閑散とした状況を支えているのは少数の『帰宅部』であり、他の部活動に所属している面々は自身の所属している部活動の出し物に専念しているのだ。設営場所の近い部活動同士で牽制し合ったりと中々に忙しそうだが、クラスに目が行く様子はないのである。
簪はぽつりと漏らした。
「これは、明日は地獄を覚悟しないといけませんねぇ……」
「な、何でなの?」
「一切商品が売れてないからですよ、ハハッ」
その乾いた笑いに、スズネ達も似た表情を浮かべた。違いないのだ。学園祭は一日のみ。そして、残念なことに今現在誰も来ていない以上、赤字になるのは間違いなかった。明日クラスメイトから吊し上げられるのが目に見えている。自分達は協力しないくせにそういう権利だけは主張するのだ。
と、そこに一人の女子生徒が現れた。
「ここ? ルーちゃん」
『ええ、そうね』
簪にとって聞こえた声は二人ぶんだが、そこに現れたのは確かに一人だった。何故ここにいるのか、一人で行動してどうしたいのかは分からない。しかしそこにいたのはクーリェ・ルククシェフカに変わりなかった。
勿論本日最初の客に挨拶をしないなどと言うことはあり得ない。
「いらっしゃいませ」
「あ……ほんとに、いた」
『言ったでしょう、クー。私がクーに嘘をつくなんてあり得ないわ』
簪は顔をひきつらせた。要するにこの声は、コアの声だと言うことだ。
(ルーちゃんってイマジナリーフレンドじゃなかったんですか、思いっきりコア人格さんじゃないですかやだーっ!)
内心で絶叫する簪。しかし、二次移行は果たしたもののクーリェとは物理的に距離の離れている乱音には聞こえていない。故に今彼女の気に障らないように会話するのは、簪にしか出来ないと言うことだ。
とりあえず、簪はクーリェに問う。
「ご注文はお決まりですか?」
「貴女とお話したい」
「大変申し訳ございませんが当店にそのようなメニューは存在いたしません」
『流れるように断るわね!?』
自分から問うたにも関わらず、簪は流れるように断っていた。こちらは注文を聞いたのだ。そこで答えるべきはメニューの中身であり、決して個人的な話をする旨を伝えることではない。なお『ルーちゃん』とやらの突っ込みは聞かないことにした。
しかし、クーリェはそれを意に介することはなかった。
「ルーちゃんが、このタイミングなら、楯無の妹もお話してくれるって。ね、ルーちゃん」
『そうよ、クー。今なら多分まだ話を聞いてくれるわ』
「ではルーちゃんさんにお伝えください。せめて人の名前ぐらい覚えてくださいって」
面倒そうに簪がそう返せば、クーリェは目を見開いていた。その理由がわからなくて簪は困惑する。
当然のことながらクーリェの言葉の前半だけならばそういう名前のリアルの友人がいるのだろうと察せる。しかし、最後に呼び掛けている時点でそこに『ルーちゃん』とやらがいると思われて大体が気味悪がられるのである。
しかし、簪は別に違和感などなかった。正直に言って声は聞こえているし、もし『ルーちゃん』の存在も知らず声も聞こえていなくとも同じ対応をとっただろう。別にそういう人がいても簪には何ら関係がないからだ。
とはいえその反応にクーリェが驚くのも無理はない。いつもの反応とは違うのだから。故にクーリェは簪に問う。
「……嘘だって言わないの?」
「言って欲しいならいくらでも言って差し上げますけど、ルーちゃんさんを否定されたいですか?」
簪の言葉を遮るようにクーリェは叫んだ。
「そんなこと、ない! だって、ルーちゃんはいるもん!」
「じゃあそれで良いじゃないですか。『ルーちゃんさんは存在する』、それはあなたにとって事実なんですから、誰にも否定する権利なんてありませんよ」
あっさりとそう返答した簪に、クーリェは安堵の表情を浮かべて去っていった。
「……何だったんですか、今の」
「さあ……?」
教室の端と端でそんな会話を繰り広げていると、また別の気配がした。今度はクーリェよりも警戒すべきだろう。中途半端に気配を殺しながらやって来る彼女に警戒しすぎることはない。簪は慌てて仕込みを終わらせた。
そして彼女は扉を開ける。
「……誰も、いない? いや、気配は確かに……あん?」
「いらっしゃいま……ん?」
『簪』がその生徒と目が合うこと数秒。その金髪の生徒は獰猛な笑みを浮かべて席に座った。どうやら居座るつもりらしい。その人物が誰であるのかを簪が悟ったとき、彼女は無意識に動いていた。
能面に張り付けたような笑みを浮かべ、『簪』はその生徒に声をかける。
「いらっしゃいませ」
「あー、フルーツウーロン茶と愛玉子、あとパイナップルケーキを頼む」
「はい、フルーツウーロン茶、愛玉子、パイナップルケーキですね? すぐに準備いたします、少々お待ちください」
普通のロボットに接客をさせるのが売りだが、残念ながら彼女に迂闊なことはさせたくない。故に簪がとる手段は簡単である。客として現れたのならば盛大に歓迎してやるのだ。それも、彼女が思ってもみない方法で。彼女の望みは恐らくここに簪達を引き留めておくことだ。原作のあの顔面壊れ女のやることに関わらせないために。
だからこそ、簪はばれない程度の量の筋弛緩剤と睡眠薬を全てに仕込んだのだ。そう、その女生徒ことダリル・ケイシーの食物に。そして『簪』はそれをダリルに出した。
先程と全く同じ表情で『簪』がダリルに告げる。
「お待たせいたしました。フルーツウーロン茶、愛玉子、パイナップルケーキでございます」
「うひょう、旨そうだぜ。……フォルテの奴も連れてきてやるべきだったかな」
最後はぼそりと呟いたつもりなのだろうが、『簪』には聞こえていた。
(もちろん、連れてこなくて正解ですよダリル・ケイシー。いたら人質にしちゃいますからね)
そう内心で嘯きながら簪はダリルの様子を注視する。果たしてダリルは何の疑いもなく筋弛緩剤と睡眠薬の入ったお菓子を頬張り、飲み物を口にした。これで仮に戦闘になってもことを有利に進められるだろう。原作知識があるからこその先手だ。
ひとしきり食べ終わったダリルが『簪』に問う。
「旨かったぜ……なあ、お前が更識簪か?」
「他の誰に見えるんです? 三年のダリル・ケイシー先輩」
『簪』がそう答えると、ダリルは拍子抜けしたといわんばかりの顔になった。どうやら知られているとは思っていなかったらしい。一瞬探るような色が浮かんだのも無理はないだろう。もっとも、今ダリルの目の前にいる『簪』からは何の情報も得られはしないだろうが。
わずかに笑みを浮かべたダリルは『簪』の目を見ながら嘯く。
「何だ、知ってたのか。いやー、アイツから聞いてる限りじゃあ聖母のような奴だって話だったんだが……中々やるじゃないか」
(気付かれましたか……いや、まあ、あれだけ食べれば当然ですがね?)
ダリルの額には微かに冷や汗が浮かんでいる。しかし、ダリルが何を我慢しているのか簪には分からなかった。そして簪の内心の呟きすらも間違っていた。何故ならダリルの目はお会計用のバインダーに向けられていたからだ。
ひきつった笑みを貼り付けながら、ダリルは鞄からカードを取り出した。
「じ、十括で」
「……済みませんが当店は現金のみのご利用となります」
(そこなんですか!? ねえ、ダリル・ケイシー、そこなんですか!?)
簪の内心のパニックにも気付かず、ダリルは頭を抱えた。どうやらお金が足りないらしい。とはいえ十括は酷い。簪がそのお会計用のバインダーを確認すると、そこには2,000と書かれている。だがしかし、よく見れば2,000の前には一文字付け加えられていた。『$』だ。
それに簪は困惑した。
(え、一応円って伝えたはずなんですけど……)
その困惑に気づいたのか、スズネが簪の顔を見て親指を上向きに立てた。どうやら彼女の仕業らしい。何を思ってのことなのかは分からないが、簪は取り敢えずスズネに親指を上向きに立てて返答した。無論のことながらその意味するところは『グッジョブ』である。
だらだらと冷や汗まで流し始めたダリルに、『簪』は敢えて似合わない挑発をかます。
「あれ? まさか払えないなんてことはないですよね? アメリカ代表候補生ともあろう方が、食い逃げなんてまさか、ねぇ?」
「とっ、ととと当然そそそそそそんなことしししないに決まってるじゃねぇか、な、なぁ?」
そういいつつもダリルは密かにISを起動させている。その目的は暴れ始めることか、と思いきや何もしない。どうやらプライベート・チャネルで誰かに助けを求めているらしい。
それを、待機状態の『グレイ・アーキタイプ』が簪に伝えてきた。
『というか簪、このダリルって女、何かオータムって人に金貸してって言ってるけど断られてるよ。何か可哀想じゃない?』
(久々に喋ったと思えば何ですかグレイ。別に可哀想でもなんでもないです。注意力散漫なんですよダリルが)
簪がそう冷静に返したときだった。簪にもプライベート・チャネルが送られてきたのは。
『簪ちゃん、IS学園生徒会長の権限でISの起動を許可するわ。今すぐ講堂の近くまで来て頂戴』
『……何があったんですか?』
『亡国機業のオータムって女が一夏君を襲撃してるのよ。急いで!』
これ以上は問答無用、といわんばかりにプライベート・チャネルを切断した簪は、冷ややかに内心で呟く。
(一夏君を襲撃してるの、ですか、姉。もう既に織斑一夏に惚れているとでも? だとしたらお粗末極まりないですね。あなたに恋をする権利が与えられていると思っていたのならおめでたいですよ全く)
その毒舌が楯無に届いていればまた話は違ってくるのだろうが、残念ながら簪はそれを内心だけで留めていた。簪にとっては、楯無がどうなろうがどうでも良いのだ。どうせ簪は『楯無』にはなれない。その上、不適格者としてそのうち『更識』を名乗ることすら禁じられる可能性が高い。『楯無』になるには能力的に劣り、当主に逆らったことのある不穏分子を放置するはずがないのだ。
故に、『簪』は冷や汗をかくダリルに問うた。
「ところでミス・ケイシー。とてもシンプルな二択の問題です。生きたいですか? 死にたいですか?」
「……お前、何言って」
「あなたが亡国機業の一員であることは既に分かっています。ここにいるのは足止めが目的なのだとも。だから聞いて差し上げているんです。生きたいですか、死にたいですかと」
『簪』の流れるような言葉にダリルは思わず立ち上がり、IS『ヘル・ハウンドVer.2.5』を起動させて武装を振り抜いた。それだけで『簪』は吹き飛んでいく。断面からは金属が覗いており、それだけで『簪』が本人ではないことが分かる。
それを一瞥すらせず、ダリルは舌打ちする。
「
ダリルには手応えでわかったのだ。今仕留めたのはロボットだったと。簪は暇潰しに接客ロボットを自分の容姿で作っていたのである。最早ナルシストにしか見えない所業だが、他人の容貌を勝手に使うよりは自身の方が面倒ではないと判断したがゆえである。簪がナルシストなわけではなかった。
壊れた『簪』のスピーカーから、簪はダリルを煽る。
「ほらほらどうします? 早くわたしを仕留めないとあなたがスパイだって姉にバレちゃいますよ?」
「マジかよ……テメェ、そんな性格なのか?」
「突っ込むところはそこじゃないですねぇ。あ、姉? そろそろ着きますんで準備お願いします」
簪が敢えて声に出した連絡にダリルは慌てた。盛大に簪におちょくられているのだが、それをダリルが悟ることはない。まだ教室から一歩も出ていない簪を追ってダリルは教室から飛び出そうとする。
無論、簪の目的はダリルをここに足止めすることだ。姉の加勢をすることではない。何故なら簪がそこにたどり着いても話がややこしくなるだけなのだから。
故に。
「どこに行くんですか、ダリル・ケイシー。あなたの相手はここにいますよ?」
今度こそ本体でダリルに向き合った簪は、その行く手を塞ぐようにして立っていた。
楯無が一夏を好きになるまで
鍛えてあげるわ、ついでに簪ちゃんにしたことの落とし前はつけてもらうわよ!
→あら? 何でこんなに諦めないのかしら……?
→ちょっ、どこを触っているのよ!
→うぅ、意識しちゃう……
→オータムから庇ってくれるなんて……見直しちゃった、かも。
そして雌落ちしたのである。チョロい。なおこの間、夏休み明けから学園祭が始まるまでである。マジチョロい。
あ、ルーちゃんの設定は独自です。この先引っ張ります。