いきなりですが、更識簪に転生しました。   作:こよみ

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 学園祭のとき、ダリルって何してたんでしょうね。バレないように潜伏?


いざ願え。自らの望みを果たすために。

「……退けよ」

 ダリルは目をギラつかせ、簪に向けて凄んだ。早く行かなければならない。叔母のパートナーの命が危険に晒されているのだ。ここでオータムを死なせるわけにはいかないのである。主に自身の身の安全のために。オータムと何かあると叔母のスコールはダリルに八つ当たりしてくるのだから。

 しかし、簪はダリルを通す気配すら見せなかった。

「お断りします。それに、今から行ってももう間に合いませんよ」

(だってもう姉がオータムを倒してますからね)

 簪の言葉にダリルは過剰反応した。

「オータムに何しやがった、更識ィ……!」

(オータムに傷付けてたらぶっ殺すぞ)

 その殺気はその場に残っている乱音ですら感じ取れるほどのもので。どんな琴線に触れてしまったのかと乱音は僅かに身震いした。

 しかし簪はその殺気を受け流す。

「姉が水蒸気爆発をかましました。なんと織斑一夏さんを巻き込むと言うおまけ付きです」

 ダリルはその簪の言葉を聞いて唖然として目を剥いた。

(それ、自爆なんじゃ……)

 呆れたように内心で突っ込むダリルの耳に、簪の声が聞こえてきた。話しかけられているというよりは聞かされているという方が近いだろう。

「はいはい、姉、わたしだって忙しいんですよ。何てったって足止めされてるんですから」

 相手がいるという時点でダリルは察した。プライベート・チャネルだ。敢えてプライベート・チャネルを口に出して返答している簪に、ダリルは疑問を覚えることはない。声に出さなくても会話はできるが、声に出す方が明確にやり取りが出来るという利点があるためだ。それを敵の目の前でやる辺りは大したことがない、とダリルは多少簪を侮る。

 無論、簪の目的はそれではない。

「ひっぺがしたら耐性が付きますよ。むしろ過剰反応で手元に戻るかもしれませんね」

 攻撃体勢を作り、声と共に襲いかかる勢いでダリルは叫んだ。

「何の話だ更識! オレを見ろ!」

 しかし簪はそれをかわし、会話を続けた。

「わたしだってそうでしたから、織斑一夏さんでそれが起きないはずがないですよ。もっとも、彼とコアが融合するなんてことはないでしょうけど」

 その言葉でようやくダリルは悟った。なぜ簪が、実はほぼ意味のないけれども実のあるように聞こえる話をしているのかを。

 

 簪の目的はここにダリルを貼り付けること。そして、ダリルというスパイを炙り出すことだったのだ。

 

 ダリルはぼろを出すべきではなかったのである。簪の垂れ流す情報は聞き流せないようで既知のものだ。故に足止めだとダリルは判断できたのである。

(やっちまった……!)

 歯噛みして簪を睨み付けたダリルは、故に次の簪の言葉が信じられなかった。

「だからこちらも足止めされてるんですって。顔? 見えるわけないじゃないですか、フルスキンなんですから」

(まあ嘘ですけど)

 敢えて楯無に自身の正体を明かさなかった簪に、ダリルは唖然としながら声を漏らす。

「お前、何を」

 しかしその言葉は簪に遮られる。

「姉はわたしをいいように使いたいだけでしょう。わたしには更識で生きていくしか道はないのに、それ以外の道を強制するからすれ違うんですよ。こっちもそろそろキツいので通信終わります」

 うっすらと笑みを浮かべ、簪はダリルに向き合った。

(マジかよ……本気か、更識簪?)

 ダリルの冷や汗を含んだ内心を知ってか知らずか、簪はダリルに選択肢を突き付ける。

「さて、ここからは楽しい楽しい悪巧みの時間ですよダリル・ケイシー。さっきも言ったと思いますけどもう一度。生きたいですか、死にたいですか」

「……お前程度に取られる命じゃねぇ、よっ!」

 ブラフを混ぜながらダリルは簪に攻撃しようとする。しかし、簪は飛んできた火の玉を避けることなく切り払った。

「なっ……」

「いや、普通に考えましょうよ。火の玉を撃ち出せるってことは可燃性の核があるわけでですね、それを消し飛ばせば燃えなくなるでしょうに」

「それを双剣でやってのけるか、普通……」

(大概変態機動しやがるなこの姉妹!)

 呆れながらもダリルは簪に攻撃を繰り返す。しかし簪はそれら全てを切り払った。ただ、何か無理をしているのかあまりその表情には余裕がない。ダリルがそれに気づかないのは簪以上に余裕がないからだ。ここを切り抜けなければ五体満足では帰れないだろう。恋人のフォルテとも会えなくなる可能性が高い。それは嫌だった。

 その余裕のなさが、簪に付け入る隙を与えてしまうのである。

「さて、ダリル・ケイシー。あなたではわたしには勝てません。だからこそ交渉をしましょう」

「……勝てないから何だってんだ。まだオレは倒れてねぇぞ」

(何とか、どっかに隙を……!)

 ダリルは強がってはいるが、実際ギリギリだ。援軍は来ない上に、下手をすれば見捨てられるのである。そのストレスを抱えたまま正常な判断を行うのは無理があると、本人だけが気づいていない。

 僅かに前傾姿勢になり、その場から飛び出そうとした瞬間。

 

「今、わたしの手の者がフォルテ・サファイアに張り付いています。彼女の身の安全を図りたいのなら従いなさい」

 

 その言葉にダリルは止まらざるを得なかった。口角を僅かに上げる簪に、ダリルは不快感を抑えることが出来ない。相手に不快感しか与えないその笑みは決して醜悪なものではない。ただ空虚だというだけだ。それなのに、周囲がその笑みに抱く感情は『気持ち悪い』というその一点に尽きるのである。

 故にダリルは悪態をつく。

「誰がお前なんかと」

(どうする、この状況をどうやって脱する!?)

「良いんですね? オータムとやらとフォルテ・サファイアを殺しても」

 口角がさらに上がった。その簪の笑みは無理矢理に張り付けているもののようで、気持ち悪さがさらに増す。その狂気を感じる笑みが簪の言葉に信憑性を与えているように見えたダリルには、選択肢は一つしか有り得なかった。たとえ偽りの自分で付き合っていたのだとしても、フォルテを喪いたくない。そして、叔母のパートナーを喪うのもまたごめんだった。

Damn(畜生が)……!)

 内心で悪態をつき、絞り出すようにダリルはその言葉を口にする。

「……………………………………ょ」

「はい?」

「分かったよ、従ってやる! だから……ッ!」

 だから、フォルテとオータムには手を出さないでくれ。その切なるダリルの想いを簪は尊重した。人質が効くタイプの人間は中々に扱いやすいのである。外道なことをしている自覚はあるが、簪としてはいずれ裏切られるぐらいならば先に足場は固めておきたい。もっとも、先に裏切るのは簪の方だろうが。

(流石仲間を敵に回しても愛を貫きたいカップルの片割れです)

 故にダリルの言葉にあっさりと簪は頷くのだ。

「では交渉成立ですね。ISを待機状態に戻し、この教室から一歩も出ないで下さい。オータムとやらから援軍の要請があってもです。もしあれば、凰乱音に手間取っていると言いなさい」

「わ、かった……」

「大丈夫ですよ。間違ってもわたしは姉やその他の人間にあなたのことを密告することはありませんから」

 そう言って簪は教室から立ち去った。残されるダリルのことなど既に簪の頭の中にはない。今切り抜けられるのならばそれで構わないからだ。簪には、ダリルを守る気などないのだから。簪は嘘つきなのだ。

(今ここにあの子が来ているはず。なら、わたしに出来ることは……!)

 焦る心を落ち着かせ、楯無のところに辿り着いたときには、全てが終わっていた。一夏の手には『白式』が戻り、オータムはMによって解放されている。心なしか楯無から何か言いたいような雰囲気の目を向けられている気もするが、簪はそれを無視した。

 今、この場所において一番大切なのはオータムを助けたMだ。かつて簪が『織斑万十夏』と名付けた少女がそこにいる。イギリスのISであり、BT2号機『サイレント・ゼフィルス』を纏って。それこそが簪の望み通りで、かつグレイの望み通りだった。

 それを確認して、簪はグレイに話しかけた。

『言ったでしょう、グレイ。わたしが何をしなくてもふさわしい主が出来るのだと』

『……そう、みたいだね。良かった……!』

 明るいグレイの声に簪は目を細め、この場でやるべきことに取りかかる。それは誰も予想していないこと。一見すれば楯無にとっても、一夏にとっても最悪の可能性だろう。だが、簪はそれを覆す気はなかった。この時をどれだけ待ち望んだだろうか。

(大丈夫です、もう……これで)

 ゆっくりと『サイレント・ゼフィルス』に近づき、簪は仕込みを終わらせる。

「なっ……」

「簪ちゃん!? 貴女、自分が何をやっているのか分かっているの!?」

 その方法は機体ごとMを抱き締めることで。一夏と楯無はその簪の裏切りともとれる行動に愕然とするしかない。だが、今の簪の目的は、Mを守ることであって楯無たちと敵対することではない。膨大な量の演算と『グレイ・アーキタイプ』に望んだものを駆使して簪は目的を成し遂げた。

 愕然とする二人など完全に無視した簪はMに告げる。

「もう大丈夫ですよ、万十夏。ナノマシンは完全に除去しました」

「何で……知って」

 呆然とするM、否、万十夏に簪は滅多に見せない笑みを向けた。

「誇り高いあなたが亡国機業に身を落とす理由なんて、それ以外に見つかりませんよ。それともあなたは好きで亡国機業にいるんですか?」

 その言葉を言い終わらないうちに万十夏は叫ぶように抗議する。

「そんなはずないだろう! ……でも、良いのか? そこにいるのはお前の姉で、私はさっきまでそいつらに銃を向けていたんだぞ」

 その万十夏の言葉に楯無と一夏は警戒を強めるが、簪にとってはどうでもいいことだ。何故なら、簪は今から昔出来なかったことを為すための行動に出るのだから。それはつまり、楯無と敵対することを意味していた。

(それでも、わたしは望みを果たしますよ。だって、そうでないと――あまりにも万十夏が救われないですから)

 そして、簪はその引き金を引いた。

 

「さて、更識『楯無』。彼女をわたしの懐に入れる許可を下さい」

 

 その言葉に、楯無以外の人間は絶句することしか出来なかった。

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