いきなりですが、更識簪に転生しました。 作:こよみ
このまま終わった方が何かスッキリする気がする。キャノンボール・ファストにも至ってないのに……
それにフラグ立てたまま放置されてる人がいるのに!
千冬の一声は、その場にいる面々を愕然とさせた。それはある意味で簪の言葉を肯定する言葉だったからだ。そのまま逃げるつもりだった万十夏もその叫びで目を覚まし、千冬と話をするために事実上投降することになる。
彼女の待ち望んだ時は、すぐそこまで迫っていた。
セシリアやシャルロット、ラウラ、スズネは強硬に話を聞きたがったが、千冬がそれら全てを一蹴した。彼女らには全く関係のない話だからだ。たとえ一夏に好意を抱いていたのだとしても、それは関係がない。楯無は生徒会長権限で、というよりも簪の姉であるという立場からその場にいることを許された。
なお、駆けつけなかった他の専用機持ち達はというと、様々だ。
それはさておき、周囲からの盗聴の出来ない場所へと簪達を連行した千冬は、いつになく緊張しているようだった。それも当然だろう。とっくに捨て去ったはずの過去が追いかけてきて、最愛の弟にすら牙を剥かんとしたのだから。
それでもまだ現実を直視できず、まずは簪に問うた。
「更識簪。何故私のことを知っている?」
「そりゃあ知ってるでしょう。わたしが誘拐されたのは『プロジェクト・モザイカ』の後継計画『プロジェクト・レニユリオン』に使う遺伝子を採取するためですよ? ま、そのついでに色々されましたけどね」
肩を竦めて言う簪。簪もただ囚われていただけではなかったのだ。少しずつ情報を集めた。もっとも、解放されたあとに先代楯無から全ての真実を知らされて笑うしかなかったのだが。『プロジェクト・モザイカ』が最強の人類を作り出すことを目的としていたのなら。『プロジェクト・レニユリオン』は最強の化物を量産することを目的としていたのである。
簪の反応に、楯無は過剰に反応した。
「何で簪ちゃんがそれを!?」
「万十夏を認めてくれない理由を全て開示して、彼女を諦めろと言ったのは先代ですから。勿論わたしは諦めませんでしたから、先代を『楯無』として殺しましたけどね」
(まあ、それでも願いは叶いませんでしたが、ね)
そう。簪が『殺した』人間は三人いる。一人は前世の自分である『宙祈』。もう一人は今生での寄生先である『更識簪』。そして最後の一人は先代楯無こと『更識鎧』だ。宙祈と更識簪に関しては直接手を下し、更識鎧に関しては『対暗部用暗部の当主としての更識楯無』を殺した。二度と暗部として働けないようにすることで、万十夏を認めさせようとしたのである。
もっとも、それは無駄に終わったのだが。更識鎧の利き腕を執拗に狙い、二度と使い物にならなくする頃には簪も力尽きてしまったのだ。万十夏を救えぬままにそのまま連れ帰られ、簪が力尽きている間に刀奈が当主を継ぐために彼を物理的に殺した。
楯無は苦虫を噛み潰したような顔をしているが、何も言い返すことはできなかった。元はといえば楯無が原因でもあるのだ。常に簪よりも優れた姉でいようと努力し続け、結果的に更識から見放されつつあった簪を守れなかったのだから。簪が誘拐された当時、彼女の護衛は本音しかいなかったのである。その本音も簪に守られて本家へと逃げ帰ったのだから護衛の意味もなかった。
それとは対照的に、千冬は愕然とした表情で呟いた。
(嘘だ……そんな、馬鹿な……)
「『プロジェクト・レニユリオン』、だと? ……馬鹿な、
「開発っていうのはいくら隠滅しようがそれを発見する前には戻れないんですよ。そもそも『プロジェクト・モザイカ』が全てその場所で行われていたと本当に信じていたんですか? 情報は外に漏らされないとでも?」
(甘過ぎますよ、ブリュンヒルデ)
口の端を歪めてそう言った簪に、千冬は黙り込むしかなかった。当時の自分はやはり甘過ぎたのだ。一夏を連れてそこにあったその他一切合切を破滅させるだけでは足りなかったのだ。
たとえそれで追い縋る失敗作の姉妹達や弟達を殺戮することになろうとも。その日処分される予定だった一夏を守るためには仕方がなかったことだった。それが、全て裏目に出るだなんて思ってもみなかった。
一夏だけは守りたかった。そう条件付けられていたのだと知っていても、どうしても一夏だけは死なせたくなかったのだ。だから他の姉妹や弟たちは殺した。情け容赦なく、血の涙を流して。一切の例外なく殺し尽くした。そのはずだったのに、目の前にいる『万十夏』は何故生きているのか。
千冬は真実を知る勇気を持つために、そして自身を落ち着かせるために深呼吸した。そして問う。
「お前は……私の、いもうと、なのか?」
(そうでないはずがない……だが、それを認められてしまえば私は……!)
その声は震えていて、嫌が応にもそれが真実であることを示していた。一夏はそれを聞いて思わず素顔を晒している万十夏を見たが、その千冬によく似た顔には表情が浮かんでいなかった。万十夏が待ち望んでいたはずのその言葉は、驚愕にしか彩られていなかった。再会の喜びなど、そこにはなかったのだ。
故に万十夏から吐かれるのは冷たい声だ。
「そんな今さら分かりきったことを聞いてどうする? ねえさん」
(やはり、ねえさんは……私達を棄てたのだな)
感慨は湧かなかった。やはりそうなのだ、という納得だけが万十夏を支配する。千人を優に越える姉妹達を見捨て、殺戮した。そういうことなのだ。死ななかったのは万十夏の運が良かっただけにすぎない。もっとも、生きていてもなお暗い地獄へと堕ちただけだが。
そんなこととも知らず、千冬は万十夏に声をかけた。
「……そうか、そうなのか……よく、生き延びてくれ」
「なあ、それはないだろう、ねえさん。『よく生き延びてくれた』? 他でもないねえさんが全てを殺して行ったくせに、よく言う。その神経が分からんよ」
それは激高するでもなく、淡々と語られた。万十夏が怒りに支配されかけているのは分かる。表情が凪いでいっているからだ。だが、それ以上に万十夏の瞳に浮かぶのは悲哀の感情だ。それを受け止めきれなくて、千冬は万十夏から目をそらした。
そこで一夏が純粋な疑問を万十夏にぶつける。
「待ってくれ。全部殺したって言うけど、お前は生きてるじゃないか」
(なのに千冬姉を責めるのはどうなんだ?)
しかし、一夏は分かっていない。今まで説明されたこともないからだが、万十夏が一体何をいっているのかを理解できないのだ。彼の常識では、同じ人間は複数人存在し得ないのだから。彼もまたクローンであり、彼が逃げたせいで何人もの『おとうと』が死んだことなど知るよしもないのだ。
空虚に笑った万十夏は、一夏に返答する。
「私は一際臆病な『マドカ』だったからな。物陰に隠れ、機能を停止した潜水艦からほうほうの体で脱出したよ。だから生きている」
「それ、あんたが何人もいるように聞こえるんだけど……」
困惑する一夏に、万十夏は何でもないように答えた。
「いたさ。ねえさんが殺した『マドカ』も、ねえさんから逃げた『マドカ』も、私のように逃げ延びてまた実験に使われた『マドカ』も。まあ、他の『マドカ』は更識に殲滅されたんだろうがな」
乾いた笑いを浮かべたまま万十夏はそう告げる。彼女は分かっていたのだ。簪と出会えた『マドカ』が自分でなくとも彼女は『万十夏』という名を与えてくれたのだと。それは最早彼女だけの名前ではなかった。『万十夏』とは、死した幾千の『マドカ』に捧げられた祝福であり呪詛なのだ。
万十夏のその言葉に楯無が反論した。
「生きてるわよ、更識に忠誠を誓った子はね」
「だがそれ以外は殺したんだろう?」
「……私達だって善人の集団じゃないのよ、万十夏ちゃん。私達にだって出来ることと出来ないことがあるの」
(全てを救える正義の味方なんてモノはこの世に存在しないんだから、ね)
それが答えだった。簪が要求したことは確かに叶えられた。歪な形で。敢えてそれを歪めたのは先代楯無だ。更識に忠誠を誓えない『織斑千冬のクローン』など、何をしでかすか怖くて仲間に引き入れられないのだ。だからこそ、先代楯無は目の前にいる万十夏を救うことを拒否した。
それを、救われなかった万十夏が鼻で笑った。
「それくらい言われなくたって分かっているさ。お前達を責めたい訳じゃない。これはあくまでねえさんと私の、遺伝子でしか繋がれない家族の問題なんだ。黙ってろ」
(口を挟むな、簪の敵が)
その視線だけで射殺されそうな威圧感に、楯無が負けるなどということはあり得なかった。腐っても対暗部用暗部なのだ。殺気を向けられるのも、それをいなすのも出来なければ生きてこられなかった。暗部よりもなお暗い地獄を渡り歩くために楯無が棄てたものは多い。
だからこそこの言葉は、万十夏を篭絡するための言葉でしかなかった。
「黙っていられないわよ。簪ちゃんに知られずに保護した子が貴女に会いたがっていたわ。あの子も家族じゃないの?」
「会ってどうするんだ。妹に会ったって、私が『マドカ』に何かをしてあげられる訳じゃない。『マドカ』は私を見捨て、私も『マドカ』を見捨てたんだ。今更顔を会わせて何になる? 傷の舐め合いはごめんだ」
そう吐き捨てるように言う万十夏。彼女はそう言うのだが、それに黙っていられなくなる人物がいる。無論のことながら『いもうと』が他にも生きていると知った千冬だ。
千冬は声を震わせながら楯無に問うた。
「更識、それは……」
「一年三組の鎬空音です。ご存知ありませんでしたか?」
それに千冬は愕然としたように崩れ落ちた。最早何をして良いのか分からなくなったのだ。それを強制的に決める出来事は、すぐそこまで迫っていた。
というわけでやっと万十夏と簪の関係性が明らかに。