いきなりですが、更識簪に転生しました。   作:こよみ

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 というわけで壮大なフラグの回収へ向かいます。


救いをその手に。未来はそこにある。

 盗聴も、他者からの介入もないはずのその部屋に、突如ノイズ音が聞こえた。それを聞いた瞬間、弾かれたように上を見上げた簪はホロキーボードを呼び出し、凄まじい勢いで叩き始める。その動きは千冬でさえ追いきれない。

 それを見て一夏が声をあげた。

「おい簪、お前何を――」

「ダメですね、止められません。……どちら様です? こんなところにクラッキングだなんて」

(今ここにクラッキングして何の得があるんです?)

 その声に返答する者など、いるはずがなかった。この場所はIS学園でも随一のセキュリティレベルを誇るはずなのだから。誰も侵入など出来るはずがない場所。ただ、それをものともしない者もいるのだ。例えば――ISの生みの親だとか。

 その者の名は。

『はろはろー、ちーちゃん、ごきげんよう?』

「……束か」

 篠ノ之束。天災と呼ばれ、ISことインフィニット・ストラトスの生みの親。彼女がこの場にクラッキングを仕掛けてきたのだ。彼女ならば確かにセキュリティなどあってないようなものだろう。電子工学は得意分野なのだろうから。

 浮かれたような声で束は続ける。

『せーかーい。正解者にはゴーレムをあげよう!』

 ゴーレム。その名を聞いても誰も何者であるか分からなかった。だが、その時だった。いつもマイペースで、全てが彼女の思い通りに動いていたというのに。それを覆す出来事が起きたのは。

 それは微かな違和感から始まった。

『……あれ? 何か動きが鈍い……ような?』

 その声にノイズが入り始めた。次第に耳障りな音が大きくなり、最終的には動揺する束の声が聞こえなくなる。

 そして代わりに聞こえたのは、意味不明な文言だった。

 

『許可を頂戴、更識楯無。愚かな私に、大切なものを守るための許可を』

 

 それは全く同質の声だった。声質が変わらない。さながら一人二役をしているかのような状況についていけるのは、許可を求められた楯無しかいない。そもそも何故こういう状況になっているのか、彼女には分かっていたからだ。

 その理由を。

「許可するわ、布兎菜先生。いえ――『篠ノ之束』、さん」

「何だとっ!?」

 楯無から発されたまさかの言葉に千冬は机を叩いて立ち上がった。品延布兎菜という名の教師は、一年三組の担任だ。いつも職員の間では微妙に距離をおいていた彼女が、よりによって『篠ノ之束』だと楯無は言うのだ。先程まで語っていた束ではなく。そんなことが信じられるわけもなかった。

 もし仮にそうなのだとすれば、千冬は何も見えていなかったことになる。親友に気づかず、妹にも気づかない。それはただ一夏を守るためにしか生きてこなかった証明でもあるだろう。そんなことを認められるわけがなかった。

 しかしそんな千冬を放置して事態は進む。ノイズが徐々に弱まり、消えたところで不機嫌な束の声が聞こえた。

『は? 何だよお前。お前に束さんだなんて呼ばれる価値はないね』

『そうかもしれない。誰かに許可を求めるなんて私らしくないのかもね。だけど、箒ちゃんもいっくんも、ちーちゃんも守るためにはそうするしかないんだ。その名前はあげたって良い。でも、『篠ノ之束』を名乗るからには! 誰かを傷付けるなんてもう許さない!』

 二人の束がその技術を駆使して争った。その結果どちらが勝ったのかはまだ分からない。仮にすぐに決着がついたとしても、どちらが勝ったのかなどというのは分からなかっただろう。なぜなら声だけでどちらがどちらなのかを知ることはできないからだ。

 その代わり、楯無から布兎菜に関する情報がもたらされる。

「……信じがたいかもしれないけど、布兎菜先生の方が本物よ。簪ちゃんが誘拐された時に一緒に解放したの」

「それは……どういう、意味だ。あの束が誰かに拘束されるだなんてあり得るはずがない」

(だから更識は嘘を言っているか、騙されているに違いないんだ)

 千冬は自身を正当化するように内心でそう呟く。しかし、千冬はまだ知らない。確かに千冬の知る『篠ノ之束』はそうだったのかもしれない。だが、その『篠ノ之束』が本当にオリジナルだったのかどうかを確かめる術がないことを。束が囚われたのは、千冬という完成体に比肩し得る特異な人物だったからだということも。

 故に、『プロジェクト・モザイカ2』ではなく『プロジェクト・レニユリオン』なのだ。千冬の代わりに束を捕らえ、代替品としてクローン束を元の居場所に送り込んだからこそ事が露見しなかっただけのこと。最初からオリジナル束と千冬は出会ってすらいなかったのである。

 オリジナル束が千冬達のことを知っているのは、偏にオリジナルとクローンとの間で思考の同調が行われていたからだ。クローンから送られてくる記憶は、『プロジェクト・レニユリオン』に関わった研究員達にとって大いに役立った。主に資金の調達にだが。

 そんなこととは知らない千冬は重ねて呟いた。

「そうだ。あり得るはずがないんだ。そもそも束は――」

 その呟きを遮るように扉が開いた。そこに立っていたのは見慣れた三組の担任だ。今にも泣き出しそうになっている。見慣れた紫色の髪ではなく、漆黒の髪。それが本来の束であると、千冬は信じることができない。彼女の知る『篠ノ之束』はいつも奇抜な格好で奇抜な髪色をしている女性なのだから。ただ、よく見れば確かに彼女には束の面影があり、箒の面影があった。

 奇抜な方の束しか知らないが故に、千冬は布兎菜()の言葉にすがった。

()()()()()、ちーちゃん」

「……やはりな。束とは藍越市に逃げ延びてからすぐに出会った! 私と初対面なはずがないんだ!」

「すぐ? 来てから一ヶ月は経ってたでしょ。何言ってるの?」

 布兎菜は遠くを見るような目で窓の外を見た。布兎菜が消え、『束』が出現してから更識に監禁されるまで実に様々なことがあったのだ。拷問、人体実験、果てには倫理を無視した行為まで。彼女が汚されていないところなどどこにもなかった。

 そこから解放してくれたのは更識だが、その後しばらくは疑われ続けていた。自身こそがクローン束なのではないかと。アイデンティティーを叩き潰されそうな尋問が続いた。篠ノ之神社に別の『束』がいた痕跡があるなどと聞いてしまった時には発狂しそうになったくらいだ。

 そして調査した結果分かったのは。

「奴らが私のことを知ったのは確かに偶然だった。だけどね、ちーちゃん。その時からクローンの私を作るのに然程時間はかからないんだ。私を見つけてからちーちゃんがいっくんを連れて逃げるまでの間があれば、奴らには十分だったんだから」

 その言葉を聞いて千冬は妙な納得を覚えた。確かに奴ら、と束が呼ぶ奴らは一ヶ月も経たずに新たな『織斑計画試作体』を用意することすら容易だった。いつもそうやって姉が用意されていたのだと聞いていたし、実際に自身も同じように生まれてきたのだから。

 もっとも、だからと言って今の状況を把握しきれるわけもない。オリジナル束がどう生きてきたかなど、最早取り沙汰している場合ではなくなった。今やるべきは『篠ノ之束』を名乗るクローン束を止めることだ。

 故に千冬は今出来ることにすがり付いた。

「……とにかくだ。今はあちらの束の目的を知らねばならん」

「IS学園への襲撃だよ。初動だけは遅らせたけど、それ以上は私には出来なかった。だから迎え撃つなら迎え撃たないとね」

 そう言ってモニターに現在の状況を映し出させた。するとそこには――

「あれは、クラス代表対抗戦の時の奴か!?」

「そのようですね。取り敢えずわたしは行きます。今更ですが、誰か一人でも救わなくては」

 簪はそう言いながら扉から出、窓を開けて身を投じた。すぐさま『グレイ・アーキタイプ』が起動し、更にあるシステムを起動させようとする。それをグレイが咄嗟に止めた。

 簪はその事に対してグレイに怒声を浴びせる。

『グレイ!』

『今の簪じゃ無理だよ! 死にたいの!?』

『自分の寿命が縮む程度で誰かを助けられるならそうします! 起動しなさいグレイ!』

 その異常な発言にグレイはただ黙ってそのシステムを起動させることしか出来なかった。そもそもグレイも簪をここまで追い詰めた一員だ。彼女の考え方に異論を挟むことは出来ない。そんなことをすれば、恐らく簪は壊れてしまうだろう。もう取り返しのつかないほどに。

 だからこそ見逃した。誰かを救うために、などと吹聴しながら自身のことは全く省みない馬鹿のために。グレイはもう簪の目的に気づいていた。それを否定することもまた、出来ないのだと。グレイは自身の願いを叶えてもらったからだ。ならば今度は簪の願いを叶えなくてはならない。

 

『――双剣《森羅・狂神式》、殲滅曲線描画機構発動。強制終了まで5分』

 

 そのシステムメッセージが、簪の視界から消える前に。彼女はゴーレムを殲滅するための行動を起こしていた。狙うは一番効率的な方法。必要のないものは『簪』という自我。代償は攻撃を受けて壊れていく簪自身の身体。それさえ全て許容出来るのならば、これほどに有用な兵器はない。

 敵だけを見分け、効率的に行動不能に――つまりは殺すということ。そのための補助をするのが今のグレイの役目だ。そのために代償を支払うのが簪の役目。簪の今現在のもっとも強い願いに引き摺られ、グレイに取れる行動が一つに絞られてしまった。

 

 簪の今現在のもっとも強い願いとは――誰かのために戦って、死ぬことだ。

 

 それは遠回しに死にたいと言っているのと同義であり、緩慢な自殺だった。簪に遅れて迎撃に出る専用機持ち達は、簪のあまりの様相に声を掛けようとする。しかし、返答はない。当然だろう。この程度の敵の殲滅に連携など必要ないのだから。ISである以上、コアを破壊しさえすれば止まるのだから、これ程簡単なことはない。

 

 そして、一人の修羅が生まれた。




 たくさんのクローン束が湧いてくる状況とか絶望的すぎますよね。まあここでは一人ですけど。
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