いきなりですが、更識簪に転生しました。 作:こよみ
はいここで閑話です。おいこら続きはって? まあ一日待っておくんなまし。
時は遡り、簪が一年四組の教室から去ったあとのことだ。突然乱音のISにプライベート・チャネルが入った。相手はどうやら本音のようである。ダリルを睨み付けながら乱音はそれに耳を傾けた。
『スズネを受け入れたから、その交換条件を今から達成してもらうね? らんらん』
そこにいつもの間延びした印象はなかった。称するならば狐。喰えない印象の、逆らおうが逆らうまいが気紛れに何かをしそうな、そんなちょっぴり危険な印象である。
故に乱音は本能的に本音を避けるかのような発言をした。
『いきなり何よ、本音。今ちょっと忙し――』
『劉楽音が中国当局に捕縛されたから。凰美鈴も時間の問題だし、らんらんのおかーさんたちも危ないんだけど?』
(何ですって!?)
その情報は乱音の判断を切り替えさせた。乱音にとって両親は何にも変えがたいほどの大切な人達だ。尊敬していた鈴音の両親もである。見捨てるという選択肢は、当然のことながらなかった。
心を引き締め、乱音はプライベート・チャネルで返答する。
『すぐ行くわ。アタシだけで良いのね?』
『当然。りんりんは連れていけないに決まってるじゃん。かんちゃんから目の前の不審者、見張るように言われてる?』
『ううん、ただ、逃げないための理由に使われちゃってるからアタシが居なくなったらこの人逃げるかなって』
乱音の迂闊な返答に本音の声のトーンが落ちた。
『……ふーん。良いよらんらん、逃がしちゃえ。かんちゃんが仕込みしてないわけないからね。だから行くよ』
『分かった』
(早く行かなくちゃ。鈴おねえちゃんの代わりに……!)
乱音はそう返答すると、すぐに動き始めた。スズネは居心地の悪そうな表情でそれを見ているが、乱音にそれに気づく余裕はない。忘れ物がないかだけを確かめた乱音は、教室の扉から出ようとする。
すると、ダリルが声をかけてきた。
「おい、見張ってなくて良いのかよ?」
「
そう言い捨て、不自然なほどに何も言わないスズネを放置して乱音は本音のもとへと向かった。なお、このときのスズネは護身用として預けられている『打鉄カスタム』に楯無からのプライベート・チャネルを受け取っており、いてもたってもいられなくなっている状況である。一夏に危機が迫っているのに、動いてはいけない状況が歯がゆくて仕方なかったのだ。
故に乱音が姿を消した後スズネは重大な選択をするのだが、それは乱音の預かり知らぬことであった。もっとも、その行動で乱音のすることは全て無駄となるのだが、それはスズネの預かり知るところではない。仲の良いはずの従姉妹は、決裂の一歩手前まで来ていた。
それはさておき、乱音は本音とともに雲の上を瞬時加速で進んでいた。目的地は中国のとある場所。そこに楽音は囚われており、つい先程元妻凰美鈴も捕縛された。何故今頃彼らが捕縛されるのかというと――
「それで、鈴音は……娘は生きているのですか」
「それを知るためのことだ。協力に感謝する」
(もっとも、最終的には死んでもらうがな)
楽音の問いに中国の女将校はそう答えた。きっかけはふとしたことだ。中国代表候補生となったティナ・ハミルトンの些細な言い間違い。『鈴は普通に使ってるのになぁ』。その、鈴音のことが過去形で語られなかったことからが始まりだ。細々と中国当局は凰鈴音の死についての疑惑を確証へと繋げるために動いてきた。
その結果、見えたものは案の定『凰鈴音の死の偽装の可能性』だった。それを突き詰めていけば最早鈴音の生存はほぼ確証へと変わる。だからこそ中国当局は凰鈴音の身内を捕らえ、あえて情報を流すことで彼女を誘きだそうとしたのである。
もっとも、その結果釣れたのは鈴音ではなく乱音なのだが、些細な違いにすぎない。中国当局としては乱音が釣れたのならばそれはそれで使い道があるのだから。優秀なIS操縦者を手に入れることは、各国の急務となっている。
そして。
「報告です、二機のISが接近中!」
「ふむ……ここまで通してやれ、無傷でな」
そう言って笑う女将校は、まるで獲物を狙う蛇のようだった。
(さあ来い、裏切り者。お前の目の前でコイツを殺してやる……!)
だからだろうか。彼女が思いもよらない行動をとったISに不意を打たれたのは。
女将校は鈴音の性格的に正面突破してくると思っていたのだ。だからまさか、頭上から楽音を巻き込む形で天井を崩壊させてくるとは思いもしなかった。それに、来た人物が鈴音でなかったことも彼女の想定を越えていた。そこにいたのは、全く知らないISだ。ベースは黒く、濃い青紫色のラインが彩っている。それを視認できたのはほんの一瞬のことだ。
突然の粉塵に視界を遮られ、女将校は瞠目した。
「なっ……!」
(何だと!?)
驚愕の声を漏らす女将校には、最早何も見えなかった。天井を崩壊させて楽音を拐ったのは誰なのか。そこにもう一人別の人物を抱えていたことすらも。それほどの早業であり、それほどの粉塵が部屋を満たしていた。
それをなしたISこそが乱音の二次移行したIS『
猛然と去っていく二機のISに、中国当局はなすすべもなかった。あくまでも中国当局は、だが。ここで動けるのはただ一人。中国次期代表とも名高い女性だ。名を羅麗香という。彼女はその知らせを聞いた瞬間に専用機『
それを見て乱音は顔をひきつらせ、本音にプライベート・チャネルを送りつけた。
『ちょっ、本音! 追ってきてるって!』
(しかも『朱雀』ってことは次期中国代表じゃない! ヤバイヤバイヤバイヤバイ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ……!)
『見れば分かるよらんらんってば~。じゃ、頑張ってね~』
本音は呑気にそう返答した。本音としてはどちらでも良いのだ。戦力として乱音を取り込もうが、鈴音への牽制のために凰元夫妻が死のうがどちらでも構わない。
その本音が乱音に伝わることはなかった。ただ、一瞬の停滞を招いただけだ。
『……え?』
『私は~、見届けてねって言われただけだからね~。戦っちゃいけないのだよ~』
嫌に間延びした声でそう返されて、乱音は苛立った。しかし戦わないという選択肢はあり得ない。既に麗香は戦闘体制に入っているのだから。乱音がもたもたしているうちに、『朱雀』に二門備え付けられた砲台の砲口が瞬いた。
(やばっ!)
乱音はそれを見て、本能で触れてはいけないものだと理解した。瞬時に特殊武装《黒の水》を展開し、防御膜を作って瞬時加速する。それに続いて、衝撃砲ではあり得ない爆発が起きた。乱音が そのまま留まっていれば無事では済まなかっただろう。主に抱えている二人が。
『黒龍』の解析によると、爆発したのはC3H5(ONO2)3。要するにニトログリセリンである。それを衝撃砲の進路に展開して爆発させたのだ。明らかに抱えている二人を殺す気の麗香に乱音は戦慄する。だが、麗香もまた戦慄していた。本気の一撃を無傷のまま耐えた正体不明のISを、どうあっても放置はできなくなったからだ。
このまま戦わなくてはならない。麗香はそう判断していた。相手も当然そう判断するだろうと思っていた。しかし、乱音は戦闘を選ばなかったのだ。
それを見た瞬間、麗香は驚愕した。
「なっ……何よそのISはっ!? 頭おかしいんじゃないの!?」
ぐねぐねと動いて凰元夫妻を包み込む《黒の水》。そしてそれは麗香自身をも包み込んできた。勿論凰元夫妻を包んだのは守るためだが、麗香を包んだのには別の理由があった。視界を奪い、あわよくば『朱雀』をショートさせようとしたのだ。いかなISとはいえ、機械であることに代わりはない。よって多少特殊な成分でこそあれ、水である《黒の水》を浸透させれば故障もやむ無しだろう。勿論麗香が溺死しないよう工夫はしてあるが、逃げることは叶わないはずだ。
『朱雀』はその名が示す通り火を操るISだ。その実態はニトログリセリンを利用した空中機雷を自在に作り出すというものであり、《黒の水》によって計器類が狂った現在、彼女には成す術がない。流石に誤爆して死にたくはないのである。骨を切らせて肉を断つなどというサムライじみたことなど、彼女にはできやしないのだ。絶対防御は『絶対』ではない。ニトログリセリンの爆発による熱は防げても、衝撃を完全に逃がすことはできないのだ。
故に打つ手がない。乱音が『朱雀』の機能をある程度知っていたが故の結果だ。逆に言えば、麗香が乱音の『黒龍』を知らなかったからこそ完封できたともいう。
乱音は適当な場所で《黒の水》に指示を出し、麗香を宇宙空間に放り出させてから日本へと戻った。本音に追い付く必要があったのだ。そうでなければ侵略者とみなされ、先日の『銀の福音』よろしく駆逐されてしまうのだから。
そして乱音は本音と共に凰元夫妻を連れて布仏家へと向かった。そこで二人を匿うためだ。二人をそこで下ろし、乱音の家族も確保しに行って戻る間。たった数時間で彼女の行動を全て台無しにする事態が起きていようとは、乱音はつゆほども思っていなかった。
鈴音は明かしてしまったのだ。自身の生存を。
それを知ったとき。乱音は選択しなければならなかった。鈴音のために。自身のために。一体何を犠牲にして大切なものを守るのか。その答えは、乱音には一つしか残されていなかった。
だからこそ――『凰乱音』も死んだ。そして、『布仏
そうなることで守ったのだ。鈴音の両親も。自身の家族も。全てを『更識』もとい『布仏』の監視下に置くことで。そうしなければ、誰も救うことができなかったから。
『黒龍』→凰乱音の二次移行したIS。能力は著しく偏っている、ように見えて実は万能。一歩間違えば暴走する。武装は一つしかない。
特殊武装《黒の水》→何にでも形を変えられる黒い水。ただし一定の基準を越えると暴走する。
おめでとう! 乱音 は ランネ に しんかした(なおとばっちり)!