いきなりですが、更識簪に転生しました。   作:こよみ

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 最終章まで後少し


第九章 表裏一体のわたし達って本当にそうですか?
表と裏。ここはあなたの場所じゃない。


 そして『更識簪』は語り始めた。自身が本物であるという、その証明のために。誰から投げつけられる問いにも答えられる。何故なら彼女は『更識簪』だから。

 まず問うたのは、一夏だった。

「何なんだ……お前、何なんだよっ!?」

(何でそんなに簪に、いや、楯無さんに似てるんだ!?)

「更識簪……本物の、ね。そこの紛い物なんかじゃないよ」

 その答えに、何も知らない観客達がざわめき出す。彼女らがよく知る『更識簪』は、長い銀髪を朱塗りの髪挿しで纏め、眼鏡をかけた目の死んだ少女だ。決して目の前の髪を下ろした憎しみに呑まれかけている少女ではない。

 それを塗り替えるように『更識簪』は告げる。

「すり替えられたの……そこの女に。だから、本当は皆とははじめまして、なんだよ」

(まあ、ダリル達とははじめまして、じゃないけど)

 そう内心で嘯く彼女の言葉に反応できる者はいない。勿論こんなときのために用意してある人員がいるのだ。事態が硬直するなどということはあり得ない。

 チラリと目線を送れば、そこでシャルロットが言葉を吐き捨てる。

「へえ、だったらそこの女って何なの? 僕を騙して、こんなことをしなくちゃいけないように仕向けた女って」

(……で、良いんだよね?)

「クローンだよ。私の、ね。……我が物顔で、私の居場所を奪い取って、のうのうと過ごしてる……」

 それが事実かどうかはこの際関係ない。『更識簪』にとって、目の前の簪が邪魔なのは確かなのだ。目的のために彼女は必要ない。だからこそ、自分という駒を動かして排除しようとしているのだ。

 だからこそ、簪の居場所を完膚なきまでに叩き潰すつもりなのだ。それは、数少ない理解者をもぎ取っていくことを意味する。そうすれば、そこに簪はいられない。自分から去っていくだろうと『更識簪』には分かっていた。だから悪意を植え付ける。

 そう、震える声で問うランネにも。

「じゃあ、今までの阿簪は……何、だったの?」

(どういう、何で、何が……っ)

「全部嘘だったってこと、だよ。誰にどんな態度を取っていても、それは全部嘘だったの。内心では嘲笑ってた」

(そんな……っ)

 全てが嘘だった。友人になったことも。彼女のために何かしたいと思ったことも。それら全てを嘲笑し、見下されていた。そう思った瞬間、ランネは簪に対する感情に嫌悪しか感じなくなっていた。

 ハッキリと嫌悪を顔に浮かばせたランネを見たロランツィーネが、感情を押し殺して問う。

「そんな器用なことをあの中途半端に不器用な簪が出来るとでも?」

(出来るはずが――)

「出来るよ。だって……そういう風に作られているもの」

 そこに込められているのは底なしの悪意だ。勿論ロランツィーネはそれを心の底から信じたわけではないが、今この状況で『更識簪』に逆らうのは自殺行為だと分かっていた。彼女もまた本国から打診されていたのだ。簪を暗殺するか懐柔できないかと。彼女にしてみれば懐柔する方が楽であり、目の前の『更識簪』もそれに該当するのならば不用意な行動をとるわけにはいかなかった。

 作られたクローンである、という認識を周囲に広め、『更識簪』は自身が本物であることをそれとなく植え付けていく。そうしなければ彼女はそこにいることすら許されないのだ。

 その悪意は比較的関わりの薄いセシリアにも伝播していく。

「そんなことをして、そこの女に何の得があるんですの?」

「あるよ。だってそこの女、お姉ちゃんを殺そうとしてるもの」

(それだけは許すつもりはないよ)

 セシリアの言葉にそう返答した『更識簪』は、そこで憎々しげに簪を睨むのを忘れなかった。そして簪はそれを否定することが出来ない。当然だ。『簪が日本代表候補生なのは、楯無を監視していざとなれば手を下すため』なのだから。肯定することは容易だが、否定することは立場上許されない。

 その違和感に、とうとう万十夏が声をあげた。

(あり得るわけがない……っ)

「そんなはずないだろう! 簪は、人を傷付けることを躊躇う優しい――」

「鮫のサイコロステーキ。貴女も、見たでしょう? ……あれが、そこの女の本性なの」

 淡々とそう返答する『更識簪』。確かに万十夏はそこが一番引っ掛かっていた。本当に簪にそれが出来るのかと。生きるためにやったのだと言われていれば納得したかもしれないが、問い詰めたこともなければ本人から断言されたわけでもなかった。

 そこで疑ってしまったから。

(まさか……本当に?)

 

「本当……なのか、簪……お前は、偽者なのか?」

 

 盛大に簪はため息をついた。ここには誰も味方などいない。死にたいと願って、引き留めてくれた優しい友人達は――こんなにも、一瞬で奪われてしまうものだったのだと。

 未だ発言していない者もいる。それでも自身に向けられている目に宿る感情が何であるのかを知ることは容易だった。そこには嫌悪しかあり得ないのだから。

 その目を直視できないままに、簪は告げた。

 

「わたしが『更識簪』かどうかと聞かれて、それに対する答えなんて一つしかないんだけどなぁ。……勿論違うよ、知ってたでしょ?」

 

 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 誰も、何も言えなかった。信じたくなかったのだ。今までの彼女が本当に『更識簪』でないというのは。何を信頼させたわけでもないのに、簪に対する憎悪が膨れ上がる。

 特に顕著なのは一夏だ。

「お前、恥ずかしくないのかよ……皆に散々迷惑かけて、あそこまでやってもらって、全部嘘だなんて……っ」

(そもそもシャルにあれだけ偉そうに説教しておきながら、実は自分は偽者でしただなんて……許されることじゃないだろ!)

 一夏の怒りは相当なものだ。特にシャルロットの件では激しく自己投影してしまっていたが故に、騙し討ちのような形で教師に報告した簪への怒りは収まってはいない。それ以外にも、彼を慕う女子達からの悪意的な証言が、彼の簪への偏見に拍車をかけている。

 だからこそ何でもないことのようにこう言う簪のことを許せない。

「ああ、電脳ダイブのこと? 頼んでないけど……」

 勿論、その言いぐさは一夏を怒らせた。

「そんな言い方……!」

「そうだね、電脳ダイブなんてしなきゃ良かったんだよ。そうしたらわたしは自滅。こんなことにはなってないもんね」

(むしろその方がややこしくなかったんじゃないかなぁ?)

 その言い方は全てを踏みにじるようで、全員の怒りの炎にガソリンを叩きつけている。このままでは恐らく五体満足ではいられないだろう。滅多斬りにされて、滅多撃ちされて、踏みにじられて、それで惨めなまま死ぬ。

 だが簪にとってはそれで良かった――はずだった。

「ほら、害虫駆除と一緒でしょ? 殺せば良いの。そうすればぜーんぶ解決するんだから」

 だから、簪は全てを諦めようとして笑って。頬を伝う冷たい液体に気づいた。そんなものがあり得るはずがないと思っていたのだ。その理由を思い返し、そして驚くほど自身が生きたくなっていることに愕然とした。ことここに至って初めて彼女は気づいたのだ。

 

 自身が、本当は生きたいと渇望していることに。

 

 それでも言葉を止められなかった。止められるはずがなかった。これまでの全てを否定されたままでいられるわけがなかった。そうなってしまえば、前と同じだ。どれだけ痛みを伴おうと、簪は進まなければならなかった。何故なら、死にたくないから。死なないために、彼女は棄てなければならなかった。

 だからこそ。

「まあでも、簡単に殺せるとは思わないで欲しいかな。わたしはもう『更識簪』じゃない。まあ、最初から違ったわけだけど……誰でもないからこそ、出来ることって結構あると思うんだよね」

(悪いけどグレイ、最期まで付き合ってもらうからね)

『簪……っ、あたし以外の誰が付き合うっていうの!』

 短く自身と融合してしまったグレイと会話し、そしてその場から浮かび上がる。生体融合型IS『グレイ・アーキタイプ』は、かつて簪と呼ばれた女の顔をフルフェイスのアーマーで覆い尽くした。それだけで、彼女らには躊躇がなくなったようだ。それぞれが武装を取り出し、簪だった女に向ける。

 だが、その状態からでも彼女は脱出できる。忘れられているかもしれないが、ISは空間を操れるのだ。そして今や簪だった女はISそのものであるといっていい。ならば彼女がとる手段は――

「じゃあね。ばいばい、皆……」

 鬼気迫る表情を、その目に焼き付けて。彼女の全てだったものを敵に回して。その場からまるで溶けるように消え去った。そこに残されたのは、殺気立っていた専用機持ち達と眼鏡のみ。

 

 この日、世界に一人のテロリストが送り出された。

 

 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

「お姉ちゃん、会いたかった……」

 そう言って抱き付く簪。それに楯無は僅かな困惑を覚えた。しかし、それでも愛しい妹が甘えてきていると思えばその困惑も吹き飛んでしまった。確かにおかしいとは思っていたのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だからこそ、つかえつつも声をかけられる。

「簪ちゃん、なの? 本当に……? いつから?私……全然気付いてなかったのに……」

「誘拐されたときから、だよ……迎えに来てくれたって、思ってたのに……」

「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい簪ちゃん……!」

 確かに入れ替わるのならばそのタイミングしか有り得なかった。その他はずっと簪だと思っていた女には監視がついていたのだから。だから、実は簪の偽者が楯無を殺そうとしていたことも知っていたのだ。

 そして、偽者だと分かった以上楯無はもう躊躇わなかった。目の前の簪を本物だと断定し、これまでのことを消し去る勢いで溺愛しようと誓ったのだ。

 勿論楯無が受け入れた以上は皆も受け入れ、今までいた女を偽者だと認識していった。そうして簪は入れ替わりを果たしたのだ。これまでとは打ってかわって、皆と良好な関係を築く。そうやって味方を増やしていく。その中で、確かに簪は笑っていた。

 

 それこそが、『更識簪』の目的であったから。




 楯無が何かゲスい。

 ※入れると空気がぶち壊されるので入れなかったネタ。閲覧注意



 簪だった女が消えた後に残された眼鏡。それが何を意味するのか分からなかった面々は、その眼鏡を取り囲んで警戒を続けていた。

第九十八代皇帝(偽名)「ね、ねえ……まさかこの眼鏡が待機形態なんじゃ……」
五号のミラーではないぞ!「退け、今スキャンする。……普通の眼鏡だな。何故か盗聴機がついているようだが」
モッピーと呼ぶんじゃない「ど、どうするのだ?」
対暗部用暗部マジカル楯無「大人しく破壊で良いわよ。その盗聴機仕掛けた人も、目的もわかってるから」

 そして何の罪もない眼鏡は踏み潰され、尊いその眼鏡生を終えるのだった。なお、髪挿しはISのブレードと同じ素材で出来ているので武装と誤認されていたが、流石に眼鏡は普通の近眼用眼鏡だったためISに収納されなかったというのが真相である。
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