いきなりですが、更識簪に転生しました。   作:こよみ

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 その概念は一体誰にとっての概念だったのか。


本物と偽者。それは誰にとっての。

 『更識簪』は――否、簪は意外とすんなり受け入れられた。以前から誰もが思っていたからだ。あの女はここにいるべき人間ではないと。理由を説明することはできないが、とにかくここにいないほうが自然な人間だったのだと思っていた。

 それは簪がそこにすんなりと馴染んだことも関係している。まるで前からそこにいたように、普通に馴染んでいたのだ。それもまた当然のことである。何故なら彼女は本当に『更識簪』なのだから。

 故にこの光景もまた当然のことで。

「あ、あの……この状況って、一体……」

「うーん、何て言おっかなぁ……うん、聞いておきたかったんだ。何で一夏のこと、名前で呼んでるのかなぁって」

(良い機会だしね……確認しておかなくちゃ)

 シャルロットが簪を問い詰める。その様子はいかにも公開尋問であり、いつかどこかで見られたかもしれない光景と酷似していた。勿論そこにいた『更識簪』と彼女は似て非なるものであるがゆえに返答は変わるのだが。

 簪はこう答えた。

「い、一夏は……恩人だから……」

 それに箒が首をかしげる。これまで面識がなかったはずの簪が、何故一夏を恩人だと認識できるのかと。またぞろあの顔と行動で女をたらしこんだのかと。

 しかし箒の想定と簪の返答は微妙に違ったようだ。それを引き出したのはスズネ――否、鈴の言葉だ。

「恩人? アンタ、一夏と会ったことないんじゃないの?」

「直接じゃない……でも、一夏がいたから……私は解放されたの」

 その顔はまさに恋する乙女だ。勿論彼女は嘘をついているわけではなく、実際に『織斑一夏』にその身を救われたのだ。そしてその後『亡国機業』に保護され、内側から半ば乗っ取ったのである。全ては愛しき男性のために。

 それを簪が詳しく説明することはない。する必要も勿論ない。そこまで踏み込んだ質問が簪に向けられることもないのだ。それは簪にとって実に都合が良かった。

 その顔だけでそこにいた一同には分かってしまった。彼女もまたライバルなのだと。それでも、好意的な反発しか抱かない。排除しなければと思うほどの悪感情を抱けないのだ。つい先日までここにいたはずの、偽者とは違って。

 だからこそこう言える。

「これからよろしくね、簪」

「あ……うん!」

 そのはにかんだ顔はどこか小動物を思わせるような庇護欲をそそる愛らしさで。愛想の欠片もなかった偽者の価値は暴落していくばかりだった。

 

 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 簪は――否、今では名無しの誰かは、グレイの本能に従って宇宙空間を漂っていた。生体融合型ISとなった彼女は、無理をしない限り食事をする必要がないのだ。故に宇宙空間を遊泳し続けることも不可能ではないのである。

 ただし、何も考えていなかったわけではない。

「で、グレイ。名無しの権兵衛じゃやっぱりダメ? アノニマスとか、ジェーン・ドゥとかでも?」

『それ全部同じ意味じゃんやだー。ダメ!』

 これから呼ばれるための名前を考えていたのだ。今更『更識簪』を名乗ることもできなければ、名乗るつもりもない。ましてや前世の名前を名乗るのも反吐が出るほど嫌だ。ならば新しく名前をつけ直せば良いのだが、彼女のネーミングセンスは著しくよろしくなかった。

 それで考えが煮詰まったからこうして宇宙空間を漂い、良い案はないかと考えているのである。

「やっぱりグレイがグレイならわたしはアーキタイプで……」

『女の子の名前じゃないからねそれ。嫌だよ? あんたのこと、そう呼ぶの』

「えー……じゃあどうしたら良いの?」

 それはグレイが聞きたかったが、グッと我慢する。どうせ名無しの誰かとグレイは同一なのだ。考えていることも同じで、結論も最早同じなのだから考えるだけ無駄とも言えよう。

 その状況を打開したのは、地球から発信されたSOSのシグナルだった。

「グレイ、今の」

『SOSだけど……行くの? 指名手配されてるんだよ?』

「……それでも、誰も駆けつけないし。何よりあの信号の向きは明らかにわたしに向けられてるから……うん」

(もし誰も助けにいかなくて死んだら、流石に寝覚めが悪いしね)

 自分に言い訳をして、その場所へと向かう。そこは地表ではなく天空に浮かぶ衛星だった。

(……いや、『エクスカリバー』じゃないよね?)

 地表と衛星の位置を確認し、それがイギリス上空でないことを確認した彼女はその衛星内部に侵入した。中はそこまで複雑ではないが、衛星にしては人間が生きるに耐えうる環境になっている。

 その先にいるだろう誰かの正体を考え、彼女は複雑な顔をした。

(原作には出てきてないような変な事態が起きるんじゃないよね……?)

 その不安の入り交じった顔を引き締め、先に進む。中枢に入り込むまでには、そこまで時間はかからなかった。そこにいる人物を視認するにも。

 そこにいた女の顔立ちは、一目で高貴な人物だと分かるほど手がかかっていた。そうでありながらも緩くウェーブしている薄い金髪はそれに似つかわしく短く切り揃えられている。目は伏せられていて、瞳の色をうかがうことはできない。ただ、ドレスのような派手なISスーツを着せられている割りには乱雑にコードが生えていた。それがひどくアンバランスで、妖艶さを醸し出している。

 それが誰なのか分からなかった彼女は、名乗れる名もないのに目の前の女に問うた。

「あなたは……?」

「……来てくれたのですね。わたくしはかつてヴァイオレット・コンスタンス・ルクーゼンブルクと呼ばれた者ですわ。あなたは何とおっしゃるの? 空の向こうからいらした方」

 その問いに名前のない女はしばし逡巡した。今更『更識簪』だなどと名乗れるわけがないからだ。

「わたしは……誰でもない、かな。名乗るべき名前も、名乗っても良い名前も、名乗ることを許されている名前もない」

 名前のない女は、そう言うしかなかった。彼女は本当に最初から『更識簪』ですらなかったのだから。『更識簪』になろうとしている時点で、彼女は本物ではないのだ。とはいえ前世のヒロノという名で名乗るのも嫌だった。故に名乗れる名前など一つもなかったのだ。

 しかし、ヴァイオレットはそれを気にすることなどなかった。

「ならばわたくしは、あなたを『(セレスト)』と呼びましょう。空の向こうからいらした方」

 そう言って、彼女に名を付けた。彼女は与えられた名前に瞠目したが、確かに何も間違った名付けではないことに納得した。『更識簪』でもなく、ヒロノでもない。そして何より、『グレイ・アーキタイプ』の武装のモデルを使っていた少女の名は『セレスティ』なのだ。

 だからこそ、彼女はセレストという名を受け入れた。

「……えーと、うーん……ま、いっか。確かにわたしは空の向こうから来たからね」

 その瞬間、確かにセレストとなった女は満たされたのだ。今までその身にそぐわぬ名前を押し付けられていて、それから解放されたのだから。それは、恐らく彼女にとっては初めて自身を肯定できる瞬間だったのだ。

 だから、繰り返し自身に言い聞かせる。

「うん、セレスト……セレスト。そう、わたしは、セレスト。空の向こうから来た……何もないところに祈るような馬鹿げたことはしなくて良い。ただ、『空』の向こうから来たっていう、今のわたしを表してるのが、わたしの名前」

 周囲から見れば、間違いなく気が触れたと思われるだろうその光景。しかし、それが何よりもセレストにとっては重要なことだったから、何度でも繰り返すのだ。気が済むまでそれを繰り返したセレストを待ち続けたヴァイオレットは、間違いなく辛抱強いと言えるだろう。

 そもそもセレストは忘れているが、彼女はSOSを出していたのだ。その目的を果たしていない以上、ヴァイオレットはセレストの反応を待つしかなかった。

 そしてそれを察したセレストは気まずそうにヴァイオレットに向き直る。

「……ごめんなさい、はしゃぎすぎた。で、何でSOS出したんですか? ヴァイオレット公女殿下」

「……レティとお呼びください、セレスト。わたくしは既に廃嫡されておりますから、下手にかしこまる必要もありません」

 廃嫡というある意味時代錯誤な言葉にかすかに眉をひそめたセレストは、ヴァイオレット――レティの言葉を待った。セレストには『誰かが助けを求めていて、自身にどんな手段であれそれを解決する手段があるのならば、自分を犠牲にしたのだとしても助けない理由がない』のだ。ある意味では狂ったその思考を否定するものも肯定するものもここにはいない。

 そしてレティはセレストに告げた。

 

「助けてください、セレスト。わたくしの友を。長きにわたり空の向こうの兵器に監禁されている、わたくしの唯一の友を」

 

 それが誰を指すのかなど、セレストには分かりきっていた。空に浮かぶ兵器に監禁されている人物など、今のセレストにはたった一人しか思いつかない。

 それでもセレストは問うた。

(レティじゃなく、エクシアを?)

「……あなたをここから解放するんじゃなく?」

「違います。わたくしはここから離れてはいけない。だけど、彼女は違いますから……だから、エクスを」

「……分かった。じゃ、行ってくるよ」

 そう言って飛び出そうとするセレスト。しかし、それを見てレティは至極焦った。何の事情も聞かず飛び出そうとするセレストに、ある種の危機感を覚えたのだ。

 故にレティはセレストを呼び止める。

(さ、流石に尚早に過ぎます――!)

「待って、理由は――」

「聞いたら動けなくなっちゃうから聞かない。外交問題とかになるかもだけど、わたしは何人でもないからね。指名手配されてるらしいから、罪状が増えるだけだもん。気にしない」

(というか、気にしたら負けだしね)

 そして今度こそ振り返ることなくセレストは飛び立っていった。それを生命維持のための衛星で捉えながら、レティは何とも言えない気持ちでそれを見送ったのだった。

 レティは知らない。セレストに、勝手に『廃嫡』という言葉に仲間意識を持たれてしまっていることなど。




 ルクーゼンブルク公国大公位継承者一覧
 現大公エドワード・ハリー(長男)
 第一公女ロリーナ・シャーロット(長女、次期大公)
 第二公女イーディス・メアリー(次女、IS委員会の役員)
 第三公女ローダ・キャロライン(三女、IS学園の副理事)
 第四公女ヴァイオレット・コンスタンス(四女、虚弱体質のため廃嫡)
 第五公子フレデリック・フランシス(次男、宰相)
 第六公子ライオネル・チャールズ(三男)
 第七公女アイリス・トワイライト(五女、代表候補生)

 そも、公国と言っているのに王女であるというのは変。なので王女ではなく公女、公子と呼称。第一から第六までは『不思議の国のアリス』のアリス・リデルの家族より夭折していないきょうだいを上から順に。その場合、アイリスは実際には『第二』になるが、そこはそこ。名前引っ張ってきただけだから。
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