いきなりですが、更識簪に転生しました。 作:こよみ
簪改めセレストサイド。
レティの依頼を受け、セレストは全速で『エクスカリバー』の元へと向かっていた。
(……友達、か)
その胸中は複雑だ。彼女の友は、彼女が本当のことしか言っていないのに裏切ったと思っているだろう。何も知らない人物から見れば明白な裏切り。だが、あの場にいた友たちならば分かったはずなのだ。
『更識簪』と名乗っていた『ヒロノ』こそが彼女であったのだと。
故にセレストは一切嘘をついていない。あの場にいた彼女が『更識簪』かと問われて、その答えが否であることは当然のことだったのだ。そういう名を持っているというだけ。本質は『更識簪』ではなく『ヒロノ』だった。それを自身のために抗弁しなかっただけの話だ。
微妙に鬱になりそうなセレストに、グレイが声をかける。
『そこまで思い悩まなくても良いんじゃない?』
「それはそうかもしれないけど……やっぱり、わたしって強欲なんだなぁって」
(言わなくても分かって欲しかったっていうのはやっぱり傲慢だし、甘えだよね)
鬱状態になってほしくないグレイの言葉は届かず、セレストの斜め上の答えにグレイは無い顔を歪ませた。何故そこでその返答になるのか全くもって理解できない。
それをグレイはそのまま言葉にした。
『ごめん、答えがぶっ飛びすぎてて意味わかんない』
(というかセレストが何を言いたいのか全く分かんない)
「……知ってた……うんごめん、こう、考えてるとさ……結論がよくぶっ飛ぶんだよね」
はあ、と最早意図的にやらなければ漏れもしない溜め息を吐く。正直にいって、セレストの思考回路はおかしい。唐突に変なことを言い出すのもよくあることだ。ただ、彼女の中ではそれで正しい返答なのである。
いつもなら解説などしないのだが、グレイとは文字通り一蓮托生である。セレストはできるだけ分かりやすくなるように説明を始めた。
「万十夏とかさ、ランネとかさ、あの子達はまあ友達だった訳じゃない?」
『そうだね、確かに友達だったね』
(一瞬でそうじゃなくなったみたいだけどね)
今や彼女らはセレストを友達だとも認識していないだろう。グレイは暗にそう告げていた。あの簪が一体何者なのかはグレイには分からないが、セレストが裏切ったと思った以上それを払拭するのは難しい。そして、自身を裏切った人間を友だと言えるような人間はそういない。
高速で飛翔しながら、セレストは言葉を続けた。
「友達ってさ、お互いの性格ぐらいは分かってるもんだと思ってて……こうなっても条件なしで信じてくれるって思ってたわけ」
『それは流石に重すぎだと思うよ……だってセレスト、普通に誤解させる言葉しか言ってないじゃん』
「えっ」
グレイのもっともな突っ込みにセレストが瞠目した。
(うわぁ……ヒロノだったとき、どうやって生きてきてたのセレスト? いや、だからむしろ追い詰められたんじゃ……)
その反応に内心で呆れるグレイ。まさか敢えて誤解させるような言葉を選んでいたわけではないとは思わなかったのだ。あれはどう見ても誤解させにかかっているようにしか見えなかったのだ。ちなみにセレストは素でああ言っていた。誤解させようなどとはつゆほども思っていなかったのだ。
顔をひきつらせるセレストのもとに、今まで一度も通信したことのないプライベート・チャネルが届けられた。
『今、よろしいでしょうか?』
「あー、レティ。どうぞ」
(むしろ助かった……)
相手はレティだ。グレイとの会話が中断されたことを良いことに、セレストはそのプライベート・チャネルに聞き入る。
『一つ伝え忘れていたことがありまして……その、わたくし……エクスに本名を伝えていませんの』
「は?」
その死ぬほどどうでも良い情報に、セレストの目が点になった。それがそれほど重要なことだとは思わなかったのだ。しかしレティはそれに対して後ろめたさを感じているらしい。
躊躇うように息を呑んだ後、彼女はこう告げた。
『ですから、エクスには『デイジーに頼まれた』と伝えていただきたいのです』
そのある意味では後ろ向きな言葉に、セレストはしれっと爆弾を投下する。
「それは一向に構わないけど……どうせ助けたら他に行く場所ないからそこに連れてくよ?」
(というかイギリスにとか連れていけないよ?)
『それはそれで嬉しいのですが……その、覚悟をする時間がほしいと言いますか……』
何とも煮え切らないレティの気持ちが、しかしセレストには分かる気がした。むしろセレストの方が酷かっただろう。レティの場合は面と向かって言うだけの度胸がある。しかし、セレストは昏睡という形で引きこもったあげく映像を送りつけるという形でしか自分のことを伝えられなかったヘタレだ。何も責めることはできなかった。
故にセレストはこう答える。
「ま、ゆっくり考えたら良いよ。どうせ時間はあるんだし」
『すみません……エクスを、お願いします』
「全力を尽くすよ」
そしてプライベート・チャネルを終えて。セレストはようやく『エクスカリバー』が視認できる位置までやってきた。コア・ネットワークから自身を分断したとはいえ、そこにISがあるのならば何となく察せるようになってしまったセレストだ。そこに二機のISが侵入していることぐらいは分かる。
その二機は、セレストはてっきり原作と同じくレインとフォルテだと思っていた。しかし――
「誰?」
「……私の目に間違いがなければ、彼女は更識の縁者だと思いますわ、サラ」
そこにいたのはサラ・ウェルキンとチェルシー・ブランケット。まさかの組み合わせである。以前『キャノンボール・ファスト』の裏側で交わされた約束のことなど知るよしもないセレストには、サラとチェルシーが一緒にいる意味が分からなかった。
そしてセレストはそれを問うべく二人に話しかける。
「何故にミス・ウェルキンとオルコットのメイドが一緒に行動してるの?」
(むしろ面識あったの?)
その問いに二人は顔を見合わせた。目の前の女が自分達を知っている理由が分からなかったからだ。サラはひと夏一緒に過ごしているはずなのだが、どうやら顔面の判断基準はほぼ顔立ちではなかったようである。
今のセレストは『自身が簪であること』を示すための願掛け『髪挿し』を差していない。ついでに眼鏡もどこかにいってしまった。要するに二人の『更識簪』の認識は髪挿しと眼鏡によって成り立っていたのである。
それに何となく気づいたセレストは、懐を漁った。
「眼鏡眼鏡……あれ? 眼鏡? MEGANE!?」
(あれ、どこいった?)
ただし焦るあまりおかしな反応になってしまってサラとチェルシーに更に不審な印象を与えてしまう。
「……と、取り敢えずこの間抜け面の女、捕まえる?」
「……そうですね……邪魔になりそうですし」
ひそひそと話し合う二人。それに対してセレストは自身が『更識簪』だったことを証明することを放棄した。説明したところで今は何の意味もないことだ。それよりも今やるべきことに尽力すべきだろう。
その判断のもとにセレストは二人に告げた。
「ま、取り敢えずわたしのことはセレストと呼んでくれればそれで良いかな」
それにサラが突っ込む。
「いや良くないわよ。何でここに?」
「デイジーという女性に頼まれてね。ここにいるエクスって子を助けに来た」
その言葉に再び二人は顔を見合わせた。これでは敵か味方か分からない。分からないが――
「……開いたわね」
「開きましたね……少なくとも、セレストというよりはデイジー様は信頼できるということでしょう」
二人の道行きを塞いでいた扉が開いたため、半信半疑ながらも二人はセレストを連れていくことに決めたようだ。もっとも、そこから先はさして長くはなかったのだが。
そこにたどり着くと、一人の少女がコードに拘束されているように見えた。セレストはそれに既視感を覚える。当然だ、レティも同じように繋がれていたのだから。
それを見て、衝動的にコードを引っこ抜こうとするチェルシー。
「エクシア!」
「はいストップー。いや、下手に抜いて死んだらどうすんの?」
「くっ……そう、ですね……」
歯噛みして下がるチェルシー。その代わり、サラが前に出てコンソールに手を触れた。それくらいならば問題ないだろうと判断したセレストは、グレイを通じてこの場をスキャンする。その結果は、セレストが思うよりも酷いものだった。
サラがコンソールを叩き始めると同時に蠢き始めるそれを、セレストはワンオフ・アビリティ『灰色願望』で無効化する。ナノマシンを無力化することに特化したそのワンオフ・アビリティは、即座にその効果を発揮した。
それにサラが弾かれたように顔をあげる。
「今……いや、貴女は」
「はいはい、今それ関係ないから。操作続けてミス・ウェルキン」
(そんなどうでも良いことよりエクシアの方を助けないといけないじゃない)
あしらうようにそう返答すれば、サラは溜め息を吐いて告げた。
「サラで良いわ。貴女もそのISからハッキングして手伝って頂戴。……チェルシーはエクシアに声をかけ続けて」
「いえ、私は……」
「やりなさい、チェルシー。あんまり分の良い賭けじゃないわ……エクシアにも協力してもらわないとここで全員お陀仏よ」
その張り詰めた声にチェルシーとセレストは眉を寄せた。そしてチェルシーはエクシアに声をかけ始める。それを尻目にセレストは『エクスカリバー』にハッキングする。
すると、グレイから話し掛けられた。
『これ、不味いよ……エクシアをここから連れ出したら、コアが強制摘出されちゃう……!』
「つまりはそのプロテクトをどうにかしないといけないってことだね……ん?」
口頭で返事してから、セレストは気付いた。サラとチェルシーが訝しげな顔でこちらを見ていることに。セレストの返事に訝しげな顔をしているわけではないようだ。その証拠に目線は周囲を忙しなく動き回っている。
つまり、これは――
『えっ、もしかしてあたしの声……聞こえてるんじゃんやだーっ!』
グレイの叫びが響き、その場は凍りついた。