いきなりですが、更識簪に転生しました。 作:こよみ
コアって一体何なんでしょうねぇ?
凍りついた場を溶かしたのはその場にいた誰でもなかった。
『エクス、寝たふりをしていないで起きなさい。そこの方々はあなたを救うためにいらしたのです』
この場にいないはずの人間の声。それが誰の声であるのかを知っているのはエクシアと、セレストしかいない。そして意識のないはずのエクシアがゆっくりとまぶたを開き、焦点を合わせる。
その動きだけでチェルシーは悲鳴のような声をあげた。
「エクシア!」
「おねぇちゃん……」
久しぶりに聞いたその声にチェルシーは我慢できなくなって抱き付いた。エクシアも大人しくそれに身を任せ、最期の時を堪能している。
そう、エクシアにも既に分かっていたのだ。もう手の施しようがないことを。
同じ生体融合型でも、クロエ・クロニクルのように瞳と融合しているのならばまだ救いはあったのだ。だが、エクシアに植え付けられたコアは心臓と融合している。当然のことながら、その融合が解ければ死ぬ。
エクシアは元々が重い心臓病で、ISコアは心臓の動きを補助するために植え付けたのだ。分離するのは不可能に近い。そして『エクスカリバー』からエクシアが降りるためには、コアを分離するしかないのだ。
それが分かっていて、レティはエクシアを救ってほしいと言ったのだ。その意味は当然『安らかに死なせてやってほしい』である。ここにセレスト以外の人間がいたのは誤算だったが、それでもやることは変わらない。
そしてエクシアもそれは理解していた。
「ごめんね、おねぇちゃん……ずっと足手まといで、迷惑かけてばっかりで……」
故に出てくる言葉は謝罪の言葉だ。今までずっとエクシアのために頑張ってきてくれたチェルシーのために。自分に伝えられる言葉を、全て伝えなくてはならない。心残りなど残せないのだ。それはチェルシーの傷になってしまうから。
(おねぇちゃんと、一緒に生きたい……でも、無理なんだよ、おねぇちゃん)
「ずっとずっと、守っていてくれてありがとう、おねぇちゃん。大好きだよ」
その言葉に、チェルシーは沸き上がる感情を抑えきれなかった。いつも冷静沈着でどこかミステリアスな『チェルシー・ブランケット』などそこにはいない。そこにいるのは『エクス』のたった一人の姉『チェル』だったのだ。
(嫌です……そんなの、認めない!)
「そんな、これで最期みたいな言葉は聞きたくないわ!」
「最期だもん……わがままぐらい聞いて、おねぇちゃん」
エクシアの瞳には涙が浮かんでいて、チェルシーは言葉を呑み込んでしまった。聞けばそれが最後になると分かっているのに。聞かなければならないことに心が張り裂けそうだった。
(嫌……エクス、ダメ……)
心の中で弱々しくエクシアを制止するチェルシーは、それが聞こえるはずがないことすら認識できていない。認められないのだ。たった一人の妹を、妹として生きられるようにするためには死なせるしかないという事実を。
それを裏付けるような言葉をエクシアが告げる。
「ここに居続ければ確かに生きられるかもしれない。でも、私は人間として死にたいんだ。おねぇちゃんの妹として、死にたいんだよ……」
「エクシア……っ」
心が砕けてしまいそうな声に、エクシアも涙をこらえる。ここで泣いてはいけない。泣けばチェルシーを苦しめてしまうから。それでも抑えきれない涙が一筋、エクシアの瞳からこぼれ落ちて。
その空気に声を挟めないサラからセレストはプライベート・チャネルを受け取った。
『どうにかする手段はないの?』
それに対してセレストは自身の意見を告げた。
『ないとは思わないけど、実現できるとも思わない』
『……説明して頂戴。このままあの二人が心中なんかしたら寝覚めが悪すぎるわよ』
そこでグレイが口を挟もうとしたが、セレストは制止した。グレイは彼女の考えに感付いていて、確かに不可能ではないかもしれないが限りなく希望が薄いことを誰よりも理解していた。何故ならその手段は、ある意味宝くじに当たる可能性よりも低い。しかしながらそれが切実な願いであるのならば、これ以上ない手段だからだ。
それを、セレストはチェルシー達に告げた。
「手段はあるよ」
その短い言葉だけで、チェルシーは瞠目して反転する。そしてセレストの肩を掴んで揺さぶった。
「言いなさいっ……! その手段を! どんな手段でも構いません!」
それは蜘蛛の糸のごとき僅かな希望。しかしチェルシーにはそれにすがる以外の選択肢は残されていなかった。その手段は本当に簡単なものなのだ。成功するかどうかは別として。とはいえその条件をクリアしているかどうかがまず鍵になる。
それを確認するためにセレストは問う。
「まず確認するけど、チェルシー。『ダイヴ・トゥ・ブルー』は二次移行してる?」
「しています、けれどそれが――」
チェルシーが言葉を告げ終わる前にセレストはエクシアに向き直る。
「エクス、『エクスカリバー』は?」
「してる……けど、何が言いたいの?」
チェルシー、エクシア二人の疑問に答えたのは、先程彼女たちが聞いた声だ。『分が悪い』などという言葉を使わせないように忠告してから、セレストはグレイに説明を任せる。
勿論その場にいる人間には半ばホラー現象にしか思えないが、それでもそれは救世主の声だ。
『それであたしの声が聞こえてるんなら確かに可能性はあるね』
「誰です? いえ、誰でも構いません。エクシアを救える手段があるのなら……!」
(何だって構いません、エクシアが生きられるのなら!)
チェルシーの言葉に、グレイは僅かな沈黙を挟んで呼び掛けた。この場に存在しないと思われているものに。自らの同胞とも呼べる、『ダイヴ・トゥ・ブルー』のコアと『エクスカリバー』のコアに。
『起きなよ『ダイヴ・トゥ・ブルー』。『エクスカリバー』。仮にもあたしより長生きしてるんでしょ? 起きてないなんて言わせないわよ?』
その声は確かに誰かに届いた。そこにいた人間たちはそれを確信したのだ。何者かにその声は届き、確かに応えた。そしてその後届けられた意思をチェルシーとエクシアは受けとる。
そして二人は告げた。
「お願いします、イヴ……私はエクシアを救いたいのです!」
「お願い、コール……私、おねぇちゃんと生きたいの!」
(だから助けて!)
その宣言が終わるや否や地面が光り始めた。そして『ダイヴ・トゥ・ブルー』も同じく光り始める。その光はほぼ同質のもので。そこには奇跡のような事実が隠されていた。融け合うようにその光は混ざり合い、エクシアを包んでいく。
エクシアの胸からISコアが吐き出され、それを補うように光の奔流が流れ込んだ。それをただ呆然と見ていることしかできないサラはふと気付く。装甲がほどけているということは、この光の奔流が止まった瞬間結局二人は死ぬのでは、と。
サラは慌ててセレストに向けて叫んだ。
「ちょっ、このままだと真空に放り出されるわよ、簪!」
「わたしはセレストだけど? ミス・ウェルキン。それに方法はあるから安心して」
「方法って……うえっ!?」
セレストはサラの反応を待たずに武装を展開し、空間を制御して光の奔流ごとチェルシーとエクシアを包み込んだ。かなりのエネルギーが渦巻いているのでシールドエネルギーがガリガリ削れていくのがわかり、顔をひきつらせた。
このままでは勿論全滅するため、セレストはサラに移動することを伝える。
「ミス・ウェルキン、ルクーゼンブルク上の衛星へ向かうからついてきて!」
「はあ!? 何でそんな――あーもうっ、分かったわよ!」
(どいつもこいつも人の話くらい聞きなさいよ!)
言い終わる前から瞬時加速を始めていたセレストに追い付くべく、サラは『メイルシュトローム』を瞬時加速させた。本当は関わらなくても良い事柄なのだが、ここまで来てしまった以上イギリスにも帰れないことは分かっている。サラに残された選択肢はこのまま付いていくという消極的なものしかなかった。
そして程なくしてたどり着いたのは、『エクスカリバー』に良く似た衛星だ。先程とは違って人間が生きられる環境であることを確認したサラはセレストに続いてその先へと進んだ。
そして、一人の女性の前でセレストはエクシアとチェルシーを解放した。
「ひゃっ!?」
「きゃっ!?」
「えっ?」
突然転がり出てきたエクシアとチェルシーに、その女性――レティは困惑を隠せない。更に自身のIS『デイジー』から伝えられた情報に瞠目するしかなかった。そこにあるべき反応がなかったのだ。
そう――IS二機分の反応が。
それを視認したセレストは二人のバイタルを確認した。ISが人の願いを叶えることは分かっていたが、どのように叶えられたかが分からなかったからだ。その結果、かなりの綱渡りをしていたことに気づいて背筋が冷える。
(なるほど、『ダイヴ・トゥ・ブルー』がチェルシーの肉体情報の提供しつつ『エクスカリバー』に同調して? ……それを『エクスカリバー』が完璧にエクシアに適合させて二人の心臓の脆さを均一にしたってドウイウコトナノー)
なぜ成功したのか、セレストには全く理解できなかった。成功したのは『ダイヴ・トゥ・ブルー』と『エクスカリバー』のコアナンバーが連番であり、かつ同じ石のすぐ隣から削り出されたからである。これは、ほとんど同質のコアだったからこそ出来た所業なのだ。
これが『エクスカリバー』と『グレイ・アーキタイプ』であれば間違いなく失敗していた。搭乗者の望みも、コアのタイプも全く違うのだから当然だろう。その二つがほぼ同質だったからこその奇跡。
起き上がったエクシアは、自身の胸のうちからコアが消えていることに気付いた。そして全く息苦しくもなく、締め付けられるような苦しさがないことにも気付いた。
対するチェルシーは、起き上がっただけで気付いた。いつもよりも動きが冴えなくなっていることに。それでもエクシアの元気そうな顔を見ていると言い出さなくても良い気がした。
そうして――エクシアは、救われたのだ。レティの望む通りに。