いきなりですが、更識簪に転生しました。 作:こよみ
(本当に来るとは言ってない)
再び巡り会う。その時が来れば。
ルクーゼンブルク上の軍事衛星IS『デイジー』に、三人の女がいた。『デイジー』から離れられない専属搭乗者ヴァイオレット・コンスタンス・ルクーゼンブルクと、実は自身の『メイルシュトローム』が二次移行していたことに気づいたサラ・ウェルキン。そしてどこかにいく目的すら今のところ定まっていないセレストだった。
つい先程まではイギリス人女性が二人ほど滞在していたのだが、それも既に地上に戻っている。これからも会うことはないだろう。彼女らは既に欲しいものを手にいれた。後は幸せに暮らすだけなのだから、闇に関わる可能性のあるセレスト達と関わる理由がない。
そしてその三人が何をしているかというと――
「んー、何でここでコーヒーなの?」
「手に入ったのがそれだけなんだから仕方ないでしょ。それにレティもずっとここにいるってことはこういう刺激には飢えてるだろうし……」
「コーヒー……初めて飲みましたが、とても苦いのですね」
コーヒーブレイクだった。ブランケット姉妹を地上に送り届けた後、サラが気を効かせて買ってきてくれたのである。サラはその二人と共にコーヒーを飲みながらこれからのことについて思考した。
(にしても……流石に手配書が回ってるなんて思わなかったわ。見通しが甘かったわね)
地上に降りたサラがふと目にしたテレビ番組に、思いっきり指名手配犯として名があがっていたときは思わず買ったものを握りつぶしてしまった。おかげで買いたかった紅茶は台無し、スコーンも粉砕と非常にもったいないことになっていた。
それで仕方なくコーヒーを買ってきたわけだが、ここでふと気になったことがあった。
「ねえ、貴女達ってエネルギー源どうしてんの? ここ、そもそも食料ないし……セレストが何か食べてるのも見たことないんだけど」
(まさかもう食べなくても生きていけるって言うんじゃ……)
そう、エネルギー源についてだ。サラは普通の人間なので食料は必要なのだが、ここについてからはや二日。その間にこの二人が食事をしていた様子がなかったのである。
それに対して先に答えたのはセレストだった。
「わたしはもうISみたいなものだから、待ってれば自然回復するんだよね。まあどうしてもエネルギーが足りないと思えば何か食べるけど……」
「想像以上に人間辞めてるわねあんた」
「それが選んだ道だからね。後悔はしてないよ」
(どうしても必要なときのためにチョコレートは格納領域に詰め込んであるし)
そう言うセレストの顔は、サラが知っていた頃の『更識簪』とはまた違った晴れやかな顔をしていた。後悔がないという言葉には嘘などなく、むしろ喜んでいるようにも見える。
(こんな顔出来たのね、この子。一体何があってここまで変わったのかしら?)
少しはセレストを見直したサラの内心の呟きは、セレストの言葉に粉砕される。
「それに食費も浮くしね」
その言葉でサラは一気に脱力した。
「……あんた、実はそれが一番の理由でしょ」
「えっ、そそそ、そんなことはナイヨー」
(そんな食費が浮く程度であばばばばば)
挙動不審になるセレスト。しかしその行為事態でサラの言葉を裏付けてしまっている。サラからしてみれば、国から全力で警戒しろと言われていた相手がこんなポンコツだと、自分の国のレベルが気になってくるのだ。
もっとも、セレストにしてみれば対外評価と身内の評価、それに自己評価の落差が激しいのはいつものことなのだが。外からの評価は『何でも顔色一つ変えずにやりとげる超人』。そして身内からは『面倒臭がりのくせに手抜きが下手で頼まれたことは断れないヘタレ』。そして基本的に自身は『無能』だと思っている。その落差が激しすぎて生じるギャップがセレストの存在自体を歪めているのだ。
セレストの能力的には中の下程度だ。可もなく不可もないが性格に難あり、が妥当な評価だろう。過大すぎる評価が一人歩きした結果、彼女はここにいるといっても過言ではなかった。
それはさておき、今度はレティが微妙な沈黙を破った。
「……わたくしは、大公家に伝わるとある方法で擬似的に不老不死になっているのです。当然、栄養も何も必要とはしません」
「そっちのがヤバいよぉ……とある方法ってどうせ
「恐らくは。ただ、不老不死というのは皆が目の色を変えて求めるほどのものではありませんわね」
(何よりもここにいるということは、衣食住全ての選択権を取り上げられたに等しいのですもの)
その評価にもサラはため息を吐くしかなかった。古来より不老不死というのは権力者達が欲してやまないものだ。全てを手にいれたその後は、自身の繁栄が末長く続いてほしいと願うのは人間として当然のことだろう。それをレティは切って捨てたのだ。
それより、とレティは言葉を続ける。
「それよりもセレスト、貴女はこれからどうなさるおつもり?」
「どうって……生きるけど」
(何を聞きたいの?)
きょとんとしてそう返答するセレストに、サラは頭痛が止まらなかった。先程から常識に喧嘩を売る会話しかしていないのでもういっぱいいっぱいなのだ。これ以上のブッ飛んだ返答は求めていないのである。
なのでサラは突っ込んだ。
「そのブッ飛んだ回答、本当に勘弁してくれない? 理由もくそもないじゃないの」
「理由くらいあるよ……まずは生きるって決めただけ褒めてほしいけどね」
苦笑したセレストは、その理由を告げた。
「わたしはグレイと生きるよ。どっちが死んでもどっちにしろ死ぬわけだしね。……グレイを犠牲にしてまで生きたくはないし」
「それはそうなんだろうけど……多分そういう話をしたいんじゃないと思うわよ?」
サラは呆れながらも話に付き合った。こういう人間なのはもうわかったのだ。ならば答えを聞けるまで付き合ってやらなくてはならないだろう。勿論サラがそれを聞かなければならない義理はないのだが、それでも今ならば時間はあり余っている。これからどうしたいのかは、サラの方が決められていないのだから。
それにセレストは更に言葉を付け加えた。
「分かってるって。取り敢えず生きるって決めて、そこからどうするかってのも決めてある」
「どうするのよ?」
「ここから多分最終決戦が始まるから、それに参加しないとね。そんな義理はないけど、残ったISは訓練機と生体同期型のIS、亡国機業のIS、それにかなり減った学園のIS。あとは束博士の周辺……取り敢えずはそのISに会いに行かないと」
それが一体何を指すのか理解できなくて、サラは首をかしげることしかできなかった。ISにあってどうするというのか。確かにISに意思があるのは分かっている。だからこそその表現が間違っていないことはわかるが、会ってどうするのかが理解できないのだ。
その答えを、ようやくセレストは吐き出した。
「いらないでしょ? 兵器としてのISなんて。夢を叶えるためのISで人殺しなんて、どんな悪夢なの?」
またぶっとびやがって。サラはそう毒づくことしかできなかった。その言葉が本当に意味することは、やはりまだセレストに微かに自殺願望が残っている証左であることにも気付かずに。
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「ねぇ、もっと情報を集めてから探した方が良いんじゃないの?」
フランス上空で、ランネはそう問うた。問われた本音はしかし、既に意地になっていて頬を膨らませたまま飛行を再開する。当て所ない人探しにランネは辟易としていたが、彼女とて本音の探し人に会いたいのだ。
(どこにいるのよ、全く……)
胸中で呟いたランネは、本音の後を追って飛行を開始する。向かう方向は定まってはいない。それは良いのだが、ランネには本音が憔悴しきっているように見えて仕方がない。だからこそ本音を一度休ませたいのだが、彼女にはその気はないようだった。
しかしそんな彼女に限界が訪れるのも当然のことで。
『ちょっとちょっとランネ! 本音ちゃん、落ちちゃってるわよ!?』
「えっ、誰……ってうわっ、本音!?」
ランネには正体の分からない人物からの警告で、彼女は本音が意識を失って墜落していることを認識した。あわてて瞬時加速で本音をキャッチし、地上に降りたってバイタルを確認する。
「あー……こりゃだめね。どこかで休めれば良いんだけど……不法入国してるしどうしよっかなぁ……」
深くため息を吐いたランネは、本音を抱えたまま日本へと向かおうとしたが、そこで視線を感じた。まさか通報されるのでは、と思って見回してみれば、そこには赤毛の少女がいる。
そしてその少女はランネに声をかけてきた。
「あの、その人、具合悪いんだったら……その、うちに来ますか?」
「うーん、それは正直ありがたいんだけど……面倒事、背負いこんじゃうかもしれないからやめといた方が良いんじゃない?」
そういって飛び立とうとしたランネだったが、しかしそれはもう一人いた女性に止められた。
「休んでいってください、凰乱音様」
その言葉が衝撃的すぎて、ランネは動きを止めざるを得なかった。
「……誰よアンタ」
辛うじて絞り出せた言葉は女性の言葉を否定できるものではなく。しかしその女性はランネに対して止まってほしいからそう呼び掛けただけで、他意はないのだ。脅す気もない。ただ、彼女と彼女に抱えられた少女が何をしているのかを考えたとき、せめて情報は渡しておくべきだと思ったのだ。女性――チェルシーは、恐らく彼女らの求める情報を提供できるから。
故にチェルシーはあっさりと素性を明かした。
「申し遅れました。チェルシーと申します。こちらに敵意はありません。ただ、伝言を預かっているので留まっていただきたいだけなのです」
「……胡散臭いわね」
「その伝言が『更識簪』様のものである、と言っても?」
勿論チェルシーは『更識簪』――セレストから伝言を預かっている訳ではない。ただ、放置できなかっただけだ。それでもランネには衝撃だったようで、チェルシーに逆らわず彼女らの住み処へと移動していったのだった。