いきなりですが、更識簪に転生しました。 作:こよみ
IS学園サイド。
叶えられた願いのうち、ほぼ九割が『織斑一夏に会いたい』だったというのは本気で笑えない話。因みにそれ以外の一割は『死ね私にISを埋め込みやがった屑どもが!』である。
IS学園では、いきなり消えた専用機持ち達を捜索しなければならなくなっていて混乱が起きていた。それも無理はないだろう。アメリカ、ギリシャ、フランス、ドイツの代表候補生が離反。それを追った『ブリュンヒルデ』と『銃央矛塵』、篠ノ之束の妹に暗部の二人、イギリスと日本の代表候補生、ロシア代表が揃って行方不明なのだ。混乱も致し方ないことだろう。
しかも、いきなり訓練機が暴走を始めたのだ。授業中に訓練機が暴走し、搭乗した生徒とともに消滅する。酷いときにはISのあった研究所ごと消滅してみたり、一つ国が滅びるレベルで爆発があったこともあった。しかもその後コアを探しても見つからず、各国は恐慌に陥り生徒達を帰国させるよう命じる始末だ。教員の中にもISを拒否する人物が出たおかげで、学園内にはほぼ人がいない。
今現在IS学園内にいるのはほんの僅かな人間だけだ。その中でも専用機持ちの生徒は、本国から様子を見るよう命じられたヴィシュヌだけである。コメット姉妹はいつの間にかISとともに消滅していた。
ロランツィーネに至っては、混乱を抑えて貰おうと生徒達が詰めかけたせいで激昂し、『私はISに乗るために生きているんじゃない! 愛を歌うために生きているんだ!』と叫んだ瞬間光り輝いて消滅した。なお彼女の無事はオランダ政府より伝えられているが、二度とISには乗れなくなっていたらしい。それが更に生徒達の不安に拍車をかけた。
そういう理由で残った専用機持ちはヴィシュヌのみ。そしてそれ以外の生徒では虚と鎬空音だけが残っている。楯無の帰還を待つ必要があるため、『更識』に従う二人が残っているのは当然のことだった。
そして教師で残っているのはノトナと布仏真実、そして鎬音無だけだ。用務員として轡木が残っているが、彼こそが学園長であるので残るのはむしろ当然のことである。
その他に誰もいない学園は、酷く閑散としていた。
「本当に、皆さん帰ってしまわれたのですね」
「ミス・ギャラクシーは残されたそうですが……良いのですよ? 本国にお帰りになっても。ここまで来てしまえば、もうIS学園は終わりでしょうから」
ぽつりと呟いたヴィシュヌに、虚はそう返答した。実際問題として、ISを忌避する風潮が出来上がりつつあるこの現状でISのための学園を維持することは困難だろう。誰からの資金も打ち切られ、近々必要な機関を除いた機器全てが止められることが決まっている。
虚達にとて、沈み行くIS学園から撤退命令が出ているのだ。今は当主不在で突っぱね、楯無達の帰還を待ってはいるがそれもいつまで保つか分かったものではない。
(お嬢様……)
ぎゅ、と胸の前で拳を握る虚に、空音が声をかけた。
「そこまで気負わなくても。私も確かに楯無様は心配だけど、それより心配なのは簪様だから」
「空音、それは――どちらの?」
「決まってるじゃない、そんなの。私は血筋で人を見たりしないよ。簪様のファインプレーがなかったら、楯無様なんてすぐに『楯無』様でなくなってたんだから」
そんな彼女の手には、紺色のISが装着されていた。学園に残された数少ないISの一つ。彼女とは絶望的に能力の相性が合わない『メイルシュトローム』である。それの武装を組み替えて自分仕様にしたカスタム機だ。『打鉄』の防御仕様でも、『ラファール・リヴァイヴ』の汎用性重視でもない。彼女が『メイルシュトローム』を選んだのは、単純に人気が無さすぎてそれ三機ともう一機しか残らなかったからだ。
そしてもう一機残ったのが『ラファール・リヴァイヴ』だ。しかも完全分解されたあとの、である。それをなんとか組み直して虚が身に付けているのだ。彼女らがISに願いを叶えられていないのは、一重にその願いが一途ではないからだ。複雑な願いのどれを叶えるべきか、ISが判断しきれていないのである。だからこそ、望みを叶えた結果消滅するという結果には至っていない。
そして、彼女らは特に叶えて欲しい願いもないのだ。
「空音」
「分かってるよ。私が生きてるのは楯無様の慈悲。私が自由に歩けてるのも、何もかもが楯無様の慈悲だよ。だけど虚も分かってるんじゃないの? 何のためにこんな、人をバカにした名前を与えられたのか、なんて」
空虚な笑みを浮かべた空音は、布仏家当主から聞かされた本来の役目を思い返した。
(布仏の役目は、その人物の全てをみはるかすこと。そしてその人物が本当に使える価値がある人物なのか、判断すること)
そして、その前者を担う者達が『真実』や『本当』を意味する名を与えられる。虚や空音は後者を担う。その与えられた名は『虚偽』や『戯言』を意味する。虚は勿論『虚偽』から名を与えられ、空音は『嘘』から名を与えられていた。空音とは、嘘を意味する言葉なのだ。彼女はその生まれ持った直感力から、人を判断する方に回されたのである。
と、そこに学園内最後の戦力達が現れた。
「ここにいたのね、虚」
「お母様。……何があったのですか?」
そこに現れたのは布仏真実だ。その腕にはやはり『メイルシュトローム』が装着されている。そしていつも柔和な表情を浮かべているはずの顔にはいつになく強ばっていた。それを見ただけで虚は何かあったのだと分かったのだ。
それに対して真実はその場にいた三人に向けて返答する。
「日本政府からの命令により、この場から出ることを禁じられました。全てのISが放棄――つまり消滅しない限り、ここから出られません」
「何ですって!?」
その返答に虚はぎょっとした。要するにここで朽ち果てろといわれているに等しいのだ。彼らは自分達を切り捨てた。それがよくわかった。
自身が対処するには大きすぎる流れに胃が痛くなってきた虚を見て、真実は胸が痛むが仕方のないことだ。今から世界中の
それを一度頭の隅に追いやり、真実はヴィシュヌにも告げる。
「済みませんがミス・ギャラクシー、『ドゥルガー・シン』を放棄しない限りはこのままここで軟禁されることになります。タイ政府もそれには同意しておりますので、ご理解いただければと」
「……皆さん、ISに振り回されっぱなしですね。承知しました」
(お別れの時、でしょうかね……)
そう思ってヴィシュヌが『ドゥルガー・シン』に手を触れた。今は皆に恐怖を植え付けたISだが、ヴィシュヌにとっては相棒だったのだ。別れるのは忍びない。それでも、このまま家族と会えなくなるくらいならば手放せる。
そうして、ヴィシュヌは自らの相棒を残して帰国していった。後に残されたのは真実にとってはほぼ身内のみ。そこに続々と投入されてくる生体同期型のISの素体にされた子供達。
その様子は、いっそ不気味ですらあった。そこに並ぶ顔は大きく分けて『千冬顔』『ラウラ顔』『それ以外の顔』だ。いかにクローンが蔓延っていたかが分かるだろう。ちなみに『一夏顔の女子』はいない。いればそれは最早千冬だからだ。
そしてそれに対して取る対策は一つしかない。
「待ってて、ちゃんと普通に生きられるようにするから。もう、大丈夫だから……!」
ノトナによる強制分離である。彼女であれば、ISと人間とを分離できるのだ。よほどおかしな融合の仕方でない限り、ノトナならば何とかできる。もっとも、分離した時点でコアは自壊するようプログラムされていたようだが。恐らくは盗難防止の最終策なのだろうが、コアが失われるという意味では消滅と変わらない。
そうやって次々と分離作業が進み、やがてその場に残ったのはたった一人だけとなった。その少女だけは、実に微細な作業が要求されることがわかったために後回しにされたのである。その少女に融合されたコアの位置は、心臓。摘出できないわけではないが、位置的に慎重にならざるを得ない箇所だ。
念のため、一度休息を挟んでからノトナはその少女に取りかかった。失敗はできない。慎重に、慎重にとことを進め――そして。
「ノトナさん!」
「――っ、いきなり声かけちゃダメって言ったでしょ真実さん!」
真実がノトナを呼びに来た瞬間と、彼女の手術が終わったのとはほぼ同時だった。幸いなことに少女の手術は成功した。これで世界に残るISの総数は、公式上は百にも満たない数となったはずだ。
そうやってISを所持しているという理由で軟禁された彼女らは、ただ楯無達が帰ってくるのを待っていただけなのだ。しかし現実は無情であり、世間はそんな理由があるとも思うわけがない。いまだに武装解除しないテロリスト予備軍として、IS学園に残った面々に向けて降伏勧告がなされた。
それに対して真実が取った対策は、『ここで軟禁されるべき人を待っている、そしてその人達が逆らうようなら実力行使で叩き込む』という声明を出すことだった。そうすればいくら楯無でも帰ってきてくれるだろうと。
しかし、それに対して返ってきたのは――
『あっ、ああっ……! 良い、良いわ一夏くぅん!』
という何ともコメントに困る艶めいた音声が、複数あった。それも楯無のものだけではなく、他の専用機持ち達のものもだ。それによって楯無はおろか他のどの専用機持ちも帰ってこないことを察した面々は、IS学園から脱出しようと決めた。
もっとも――決めただけで、実際に撤退することは出来なかったのだが。
脱出寸前に発射された、IS学園を含めた周囲十キロへのミサイルと荷電粒子砲。それが、まるで『白騎士事件』を焼きなおすかのように放たれたのだ。その周囲への被害を押さえるためにその場にいた面々はISで抵抗するしかなかった。
無論それは命を守るための行動だと言えば美談なのだが、残念ながら諸外国はその行動を悪意的に解釈するのである。すなわち世界に逆らうテロリストとして認定し、制圧するために挙って部隊を差し向けたのだ。
それこそが篠ノ之束の思惑のうちだと、誰も気づかぬままに。