いきなりですが、更識簪に転生しました。 作:こよみ
ほんっと役目なかったなベルベット。
ギリシャを始めとするIS委員会の命を受け、ベルベットはIS学園に蔓延ったテロリストを殺すために機会を窺っていた。そして一番チャンスだと思った瞬間にハルバードを突き出していた。そう――一番無防備に見えた、セレストへと。
しかし、それは『黒い水』によって止められる。
その理由は至極簡単だ。『黒龍』は確かに『シルバリオ・ゴスペル』を撃退するために二次移行し、ランネの願いを聞いた。しかし、その時ランネと『黒龍』が『更識簪を守れた』わけではないのだ。今回こそは間に合った。それこそがセレスト最大の危機だったのだから。ランネの『簪を守りたい』という願いは、今このときに叶えられたのである。
ランネがついに名前すらつけられなかった彼女と、『黒龍』が消えていく。そして彼女も無防備となり、あとそこに残されているISは二機だけだ。しかし数的に不利なのはベルベットの方であり、それは彼女にも分かっている。だが、ここで彼女らを殺さなければ、得られないものがあるのだ。
裂帛の気合いを込め、ベルベットが吠える。
「私の邪魔をするのなら、容赦はしないわ……!」
(フォルテ……っ!)
彼女の目的とは、祖国と自分を裏切ったフォルテを殺すこと。それを果たすためにIS委員会は条件付きでフォルテの情報をベルベットに渡すことを約束したのだ。故に彼女はその条件である『IS学園内のテロリストを排除する』ことを満たすためにこうして襲撃してきている。全てはフォルテを取り返し、この手で罰するために。
元々、ベルベットとフォルテはライバル同士だった。それが変わったのはいつのことだっただろうか。小さく庇護欲をそそるフォルテの姿に憧れを抱いた。それ以上の感情もだ。しかしそれは祖国の裏切りという最悪の形で壊されることとなる。
ベルベットは女の勘で気づいていたのだ。誰か他の女に寝とられたと。故にフォルテが許せない。もう一度会って、その泥棒猫から奪い返すのだ。そして永遠に自分のものにする。
そしてそんな彼女に取れる手段は、いくら卑怯であろうがセレスト達の背後にいる生身の人間たちを狙うことのみだ。そうやって防戦一方になるように仕向ける。それしか手段はないのだ。
(にしても、この状況をひっくり返すには戦術しかないわね……!)
とはいえ、ベルベットがジリ貧なのは間違いのない事実だと彼女は思っていた。実際は生身の人間たちを庇うために襲いくる氷や炎を防ぐのにサラが奮闘している。その上、セレストも彼女の演算能力だけでは防ぎきれていないモノを防御しながらベルベットに攻撃めいたものをぶつけているだけで決定打には全くもって足りていないのである。
どちらもじり貧の、千日手。どちらかが決定的な一打を浴びせさえすればすぐに決着はつくというのに、それさえもままならないこの状況はどちらの神経もすり減らす。それにどちらが痺れを切らすかが勝負の分かれ目といっていいだろう。
もっとも、綻びが出たのはまさかの人間ではないものからの声だったのだが。
『セレスト、ISが二機接近中だよ!』
「はぁ!? っと、やばっ!」
(色々間違った……!)
グレイからの声により、セレストが集中を乱した。その一瞬の隙を突いてベルベットが脚部からミサイルを全弾撃ち尽くす勢いで発射したのである。勿論セレストにはそれを異空間へと叩き込む方法もあった。しかし、それだけの演算を組む前に防御に入らざるを得なかった彼女に出来たのは、辛うじて空間を歪めて逸らすことだけだった。
歪める方向を思い切り間違えたセレストが、絶対防御のうえからひたすらミサイルに叩かれる。
(取り敢えず後ろにはやってないけどこれは酷いよわたしのばかたれぇ!)
「あびゃばばばばばば冗談じゃないって何でこんなときにそこの演算間違うのばっかじゃないのばーか!」
(――好機!)
その意味不明な光景に、ベルベットは狼狽えたりはしなかった。これ幸いとセレスト一人に攻撃を集中し、押しきろうとしたのである。その選択は一切間違ってはいないのだろう。
しかし、その選択はセレストを殺す選択肢だ。何せ彼女は今、『グレイ・アーキタイプ』と同化している。生身の身体に絶対防御をまとっているわけだ。つまりシールドエネルギーがなくなれば身を守るものは何もない。生身の部分をミサイルにやられて死ぬのだ。
(ヤバい……自業自得だけどヤバいよ……っ! けど、でも、死ぬわけには……っ!)
歯を食い縛りながらその攻撃を耐えるセレスト。今この身には、一人の命がかかっているといっても過言ではないのだ。全てのISがなくなれば、『デイジー』は停止する。そして今残っているISも、ふとした拍子に願いを叶えて消え去るだろう。それはレティの生命維持の方法がなくなることを意味していた。
しかし、セレストが耐え続けるだけでは事態は打開できない。サラはセレストに向けられてなお逸れるミサイルの処理で手一杯だ。こちらに向かっているという二機のISは敵か味方かすらわからない。万事休すだった。
それでも。
「死ぬわけ、には、いかない……っ!」
(レティの、ためにも……レティを救うためにも!)
セレストを支えているのは最早意地だった。それは純然たる願いで。しかしベルベットの覚悟はそれをはるかに凌駕する。
セレストを打ち倒すために、ベルベットは絶叫した。
「死になさい! 貴女に勝って、私はフォルテに会いに行くんだから!」
その決意は。その願いは。『ヘル・アンド・ヘヴン』に届いた。届いてしまった。故にベルベットはセレストに止めを刺し、その場から光の粒子と共に消えていく。ベルベットの願いもまた叶えられたのだ。真っ赤な血にまみれたセレストと同じように。
ベルベットはフォルテのところに飛ばされた。そして、セレストもその願いを叶えた。そこにたどり着くのは、遅すぎる救援だ。クロエと万十夏。その二人が、顔を蒼白にして舞い降りる。最早何をするにも手遅れに見えるセレストに、誰もが言葉を失って。
万十夏が愕然と声を漏らす。
「――嘘だ。そんな、間に合わないだなんて……嘘、だ」
(何故だ……私は、いつも、いつも遅すぎる……っ!)
クロエはカチカチと歯を鳴らしてその光景を見ることしか出来ない。クロエにとっての母は。かつて『更識簪』と呼ばれていたセレストは。誰がどう見ても死んでいた。
(何故ですか、お母様……私は、喪うことしか、出来ないというのですか……)
本音も、ランネもそれを愕然と見ていることしか出来ない。
「セレスト……っこんな、こんなのって……」
「やだ……折角、また会えたのに……こんなのやだ……」
泣き崩れ、その場に悲しみが満ちる。もしもセレストに意識があったなら、この光景を至極複雑な表情で見ていたことだろう。しかし今の彼女は血にまみれて倒れ伏し、ぴくりとも動けない。
それでも。ここに、諦めない者がいる。
「――願いなさい」
それはまるで託宣のようで。その言葉を発したサラですら、その考えを鼻で笑うようなものだった。それでも最後にすがれるのは、その奇跡しか残されてはいなかった。エクシアを救えたのに、セレストが救えないわけがない。
故に唯一、その方法を理解しているサラがそれを伝えるしかないのだ。一刻も無駄にしてはならない。呼吸も既に止まっているのだ。ISと融合した時点でどうなっていたかはサラは知らないが、早いに越したことはないのだから。
まず、サラは万十夏に告げる。
「願いなさい、万十夏。間に合わせるって、その子が死ぬ前に会うって願いなさい!」
「それは……でも」
口ごもって無理だ、と彼女が呟く前にサラは叫んだ。
「つべこべ言わないの! やらなきゃ、可能性はなくなるの!」
その叱咤に、万十夏は息を呑んだ。
(そうだ……諦めたくなんか、ないんだ……私は、簪にまだ何も返せていないっ! なら、私が返すのは当然だろう!)
その心は『トワイライト・イリュージョン』に確かに届く。舞い始める光の粒子を認めてサラはなお保険をかけることにする。サラとて、こんな風にセレストを喪いたいわけではないのだ。そして、あの天空の牢獄にレティを置き続けたいわけでもない。
故に彼女は更に告げる。
「そっちの、セレストと同じ色の子もよ。願いなさい、何のためにここまで来たのっ!」
「あ――まさか、でも……いいえ、そうですね。ここでお母様に会えなければ、いつ会うというのですか!」
(むしろ今生きていて下さらなかったら、もう二度と面と向かって話せません……そんなのは、認められません!)
そしてクロエの『黒鍵』からも光の粒子が舞い始める。彼女は確かに知っていた。故に具体的に願えるのだ。ISが願いを叶えてくれると知っていて、今まで目が見えるようになったことをその効果だと誤認していた。しかし、そうではなかったのだと今ならばわかる。
決意に満ちるクロエの顔を見て、サラも願った。
(これで全てのISが消えるのなら――どうか、犠牲者など出さないで! 誰も、死なせたりなんかしないでっ!)
『ヴァーミリオン・ナイト』からも光の粒子が舞い始める。そしてその場に舞う粒子は次第に黄金色を帯び、辺りを包んでいく。見ているだけで荘厳な雰囲気を感じるそれは、紛うことなく『復活の儀式』だった。死者を呼び戻し、生者としてもう一度活動させるための。
「――あ」
それは、いったい誰の声だったか。それを問うような無粋な真似は、誰もしなかった。その代わり、目の前で起きる奇跡をただ喜んだ。セレストの傷が治り、頬に赤みが差して胸が微かに上下動する。そしてゆっくりと目が開き、思い切り閉じられてまた開いた。
その顔がひきつるのに時間はかからなかった。それでも、セレストは確かに笑った。生きているという喜びに。
そうして、世界からIS――『インフィニット・ストラトス』は消滅した。
なおフォルテのもとへ飛ばされたベルベットは一夏からフォルテを奪い返すべく生身で挑み、あっさりと千冬に押さえ付けられてフォルテと一緒に一夏に抱かれて快楽に堕とされた模様。