いきなりですが、更識簪に転生しました。 作:こよみ
簪が医務室で眠っていた頃。設備の破壊されていない第二アリーナにて、三人の少女が向かい合っていた。一人目はオランダ代表候補生にしてIS『オーランディ・ブルーム』を駆るロランツィーネ・ローランディフィルネィ。二人目は台湾代表候補生にしてIS『甲龍・紫煙』を駆る凰乱音。そして、三人目は。
「……一応言っておきますが、私は中立ですから」
「分かっているよ、Mevrouw Galaxy」
三組代表に選ばれなかったタイ代表候補生にしてIS『ドゥルガー・シン』を駆る、ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーだった。彼女は公平な審判のためにそこにいるのだが、そもそもこの決闘もどきに疑問を覚えている。というよりも、決闘にわざわざISを持ち出す時点でおかしい。
(そもそも話し合いで解決して欲しいんですけど……)
眉をハの時に下げ、困った顔で引き受けたのはひとえに台湾とオランダの技術力を測るためだ。特に台湾と中国を同一視してはいけないだろう、というのは管理官から指示されていることだ。そもそもが互いに仮想敵国である。
ただしヴィシュヌの認識としてはISは兵器であり、恋だの愛だのと下らないもののために持ち出されるためのものではない。いっそ蹴りでも入れて止めたいところではあるが、彼女に暴力を振るいたい願望があるわけではない。ただ突っ込みを入れたいと思ったときに出てくる手段がいわゆるタイキックなだけだ。その時点で人間としての思考としてどうかとは判断せざるを得ないが。
それはさておき、ロランツィーネと乱音が向かい合ったためにヴィシュヌは慌てて観戦を始めた。
『何か不本意だけど、後悔させてあげるわ!』
『それはこちらの台詞だ。Mevrouw 更識との仲……認めてもらうよ!』
そう言って近接武器同士を打ち合わせた二人。その光景はどう見ても少年漫画のそれである。マチェット《角弐》とレイピアが打ち合わされるさまはどう見ても魅せるためのそれだ。だというのに賭けられているものは今現在医務室にいる女生徒だというのだから割りと意味がわからない。
「これ、何て痴話喧嘩なんです?」
ヴィシュヌは思わずそう呟いてしまった。勝ち負けの判断すらしなくても良い気になってきてしまっている。要は、彼女らに必要なのは納得だ。そのついでに兵器をぶつけ合っているだけに過ぎない。ついでに兵器を扱える、といってしまえるだけ、ここIS学園がどれ程狂った場所なのかが分かるだろう。
渋い顔で見つめるヴィシュヌには、それが気違いの所業にしか見えなかった。
(ここに来たのはやはり間違いだったのでしょうか……主にこういう面で。本国の代表候補生達が羨ましいです)
ヴィシュヌは心のなかでそう後悔しているが、見るところはきちんと見ている。特に脅威的なのは衝撃砲だ。その他は代表候補生の技量によるだろう。見たことのないものは基本的に警戒してしかるべきだと理解しているヴィシュヌにとって、彼女らの戦闘は児戯でしかない。
とにかく、ヴィシュヌにとっては衝撃砲だけが脅威だ。中国代表や台湾代表が使うようになろうがヴィシュヌには関係のないことだが、戦争に使われるようになればまた別だ。間違いなくヴィシュヌは徴兵され、戦うことになるだろう。その相手がこのレベルなら、勝てる。
周囲とヴィシュヌとは、基礎体力からして違うのだ。ムエタイチャンピオンの娘が、そもそもムエタイを仕込まれないわけがない。ヴィシュヌは同年代女子と比べても遥かに頑健だ。だからこそ力を持つことについては慎重になり、冷静な思考を身に付けたのだが。お遊びで他人を蹴ればどうなるかなど、ヴィシュヌは嫌というほど思い知っていた。
だからこそタイ政府はヴィシュヌに目をつけ、基礎能力の高い彼女を代表候補生として囲い込んだ。間違っても他国に取られないように。そして、確実に一般人よりも訓練のコストがかからないことを見込んで。それは正解だった。彼女がいるだけで軍のムエタイのレベルが向上したほどである。
そして順当にヴィシュヌには専用機が与えられた。代表候補生5名に対し専用機は1機のみ。代表のISの予備要員が二人、ヴィシュヌの『ドゥルガー・シン』の予備要員が二人だ。最早ヴィシュヌはタイにとってなくてはならない人材であり、必要不可欠だった。
そんな彼女がIS学園に入学する羽目になったのにはいくつか理由がある。まずは、タイ代表候補生の中では抜群に容姿が良いこと。次いで生身で一夏を誘拐できる可能性のある実力だ。それをヴィシュヌが納得したかと問われると否だが、国の命令には逆らえない。
こういう、データ取りや学習目的以外の目的でIS学園に送り込まれる生徒というのは実は少なくない。例えば面倒見の良いという情報から庇護欲をそそるためにロシアから送り込まれる予定の予備代表候補生クーリェ・ルククシェフカや、逆にISのことを教えられかつお姉さん的な動きの出来るグリフィン・レッドラム、放っておけないだろう幼いアイドルのコメット姉妹など、様々な人員が様々な理由でIS学園に送り込まれて来る予定だ。
そもそも、基本的にIS学園に代表候補生を送り込める国というのは、配布されているコアが比較的多い国である。訓練機がどれだけあるかにもよるが、基本的に専用機を持てる人材というのは限られる。
例えば日本は、専用機に使えるコアが現在四つある。一つ目は日本代表の『
そして、その中で戦争に駆り出される可能性があるのは『打鉄灰式』と『ラファール・リヴァイヴ・スペシャル=幕は上げられた』だけだ。あとは訓練機が駆り出されるだろう。何故なら、他の専用機は使い物にならないからだ。『誘波』は完全に見世物用かつ情報が割れているし、『白式』は一夏を守るためのもので戦わせるためのものではない。
ヴィシュヌも諸外国もそれが分かっているからこそ、更識簪の情報を集めたがっているのだ。多少は機能が分かっており、元々の戦法から色々と推測できる『ラファール・リヴァイヴ・スペシャル=幕は上げられた』よりも、外見からして『打鉄』とはかけ離れており、情報の少ない『打鉄灰式』は警戒すべきなのだ。だからこそこの茶番で更識簪が釣れることをヴィシュヌは期待していた。ロランツィーネや乱音の戦闘など、各国の傾向を見る以外に見る価値はないのである。
(そもそも、ロランツィーネ・ローランディフィルネィだって凰乱音だって、戦争には駆り出されないでしょう。どちらもアイドル枠ですし)
ヴィシュヌや簪が異色なのだ。そもそも、軍事機密を持ったままここに来る生徒などほぼいない。状況や環境が異常だったからこそ、ヴィシュヌはここにおらざるを得ないのだから。
ふう、とため息を吐いたヴィシュヌはふと隣に立つ人間がいることに気付いた。
「……一応、貸し切りなのですが」
「そうみたいね。でも、あっちの二人に用があるのよ」
そう言った人物はよく見なくとも乱音に似ており、血縁があることを感じさせた。言うまでもなくヴィシュヌは顔を知っていたので彼女が鈴音だと分かっていた。
鈴音は模擬戦が続いているのに構うことなくオープン・チャネルで声を響かせた。
「三組代表、四組代表。よく聞きなさい。クラス対抗戦は中止になったわ。景品もなしよ」
しかし、鈴音の言葉は彼女らにはどうでも良いことだった。
『今良いところなんだ、二組代表。邪魔しないで欲しいな』
『同感。鈴おねえちゃん、ちょっと黙ってて? 今ちょっとこのムカつく
『おやおや、叩き潰されるのは君の方だとは気付いていないようだね?
『はあ? 寝言は寝て言った方が良いんじゃない?』
無言、後に衝突。それを見た鈴音は顔をひきつらせた。
「いったい何があってこんなことになってんのよ……」
それにヴィシュヌは律儀に答えた。
「ロランツィーネ・ローランディフィルネィさんが更識簪さんに交際を申し出たところ、凰乱音さんがそれを邪魔したそうですが」
「んっ? ローランディフィルネィって、女子よね? それが更識って子と交際……えっ?」
ヴィシュヌの答えに混乱する鈴音だったが、事実は変えられないのである。ヴィシュヌの言葉は一切間違ってはいなかった。ただ、世間一般的な思想を持つ鈴音にはそれが理解できなかっただけだ。
なおも混乱する鈴音に、ヴィシュヌはロランツィーネの情報を与えた。
「彼女、オランダ本国に恋人が99人いらっしゃるそうです。女の子の」
「……そ、そう……ん? 待って、乱にはそんな趣味はなかったはずなんだけど?」
「凰乱音さんは更識簪さんのお友達だそうです」
鈴音は微妙な顔をして黙りこんだ。たかが友達で決闘を行っているのである、あの二人は。呆れた鈴音は、ちらりと隣にいるヴィシュヌを見た。無論ヴィシュヌも呆れた顔をしている。
因みに、この決闘は最終的に二人同時にシールド・エネルギーが切れるという因縁じみた決着となった。その結果、ロランツィーネはまずお友達から始めることになったそうだ。鈴音はそれを「ふーん」と興味なさそうな顔で聞き流したのだった。
ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー→丁寧口調(憑依簪のエセ丁寧口調よりも丁寧)。割りと女子の感性を持っている。ただし突っ込みをいれるときはタイキック。なんだこの女子。詳細は本話を見直すとよい。
なお、山田真耶専用機の名前についてのみ原作準拠ではない。今後表記は『
ただ、これを採用するとなると、いくつかのISの表記が変わってしまうのだが、その場合例えば『カスタムⅡ』になって意味がわからなくなってしまう。識別が可能かつ文字数が少ないものに関してはそのままで。ギリギリの許容範囲は『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』までということ。