「あいつら……くそっ」
日が暮れて久しく、その場所は薄暗い。一歩踏み出すたびに足場が危険な音を立てていた。誰もがこの倉庫を見放してから、どれだけの時が過ぎていたか。鉄という鉄は全て錆だらけ。今にも倒壊しそうなこの場所は、「麻帆良番外倉庫」と呼ばれていた。
そのような場所に居たのは、先ほど悪態をついた一人の少女。
彼女の名は「長谷川千雨」。麻帆良都市の中等部一学年の生徒であった。
このような寂れた場所に、なぜ彼女のような子供が居るかといえば、いわゆる「いじめ」と呼称される行為の結果、ここに放り込まれたという理由があった。
長くなるが、口早に説明すれば、この麻帆良という土地は「魔法使い」と呼ばれる存在の管理する土地。魔法は秘匿するもの、というスタンスをとっているのだが、この土地の主要もいえる「世界樹」からは濃密な魔素が溢れていた。故に、その魔素に当てられ、元来人が出せないような才能を簡単に発揮してしまうという「弊害」がこの麻帆良で溢れているのだ。
当然、そのような人外の身体能力などなどは我々にとって「非常識」と分類されるだろう。麻帆良には、そのような非常識を「常識」と認識させる結界が掛っているのだが、この少女――千雨は幸か不幸か、その結界の影響を受けづらい。故に、他人との認識の乖離。意見の擦れ違いが連鎖的に発生し、ついにはいじめまで発展してしまったのだ。
そして、そのいじめの内容こそ、この番外倉庫という閉所に放り込むという行動。既に彼女を放り込んでいったいじめっ子は家に帰っており、どうあっても助けを求めることなどできない。加え、連絡手段を持っておらず、脱出しようにも、先ほど言ったようにこの倉庫内は酷く錆ついており、出入り口の役割をするドアが固まってしまっていた。
八方塞となった彼女は、少しでも夜を快適に過ごせる場所を求め、こうして彷徨っているのだった。
「……うわっ、埃だらけじゃねえか」
箱にかかった布をバサバサと振り回して埃をとると、咽ながらも落ち着けるところを確保した。朝になれば、辺りは光が射す。その明りを頼りに脱出経路を探そう。そんなことを思いながら、ボロボロの布を体にまとっていった。薄くて硬い布地と、角ばった木箱の間に挟まれる。ひんやりと冷え切ったそれらは千雨の体を容赦なく冷やしていく。
「くしゅっ」
いざ寝よう、そんな時、どこからか隙間風が通り、布にくるまった千雨を更に冷却した。踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂だ。自分が何をしたんだ。周囲と自分の認識の違い、そこから何度も生み出されるいじめ、そういった経歴により、すっかり悪くなった口調が何とも恨めしい。本当なら、もっと……そういった悪態をつき、彼女は眠りについた。
月明かりさえ、今の彼女には手を差し伸べなかった。
現在地の検索を確認_周囲のネットワークより情報を検索。
……完了_現在地名=日本_埼玉県麻帆良市…………認識不能_
SOP.SYSTEM回答準備_検索失敗_SOPの存在を感知不能。全システム凍結_
……システムni、深刻nあErrorがhっ生……未確認no物質を感知_
AI再起動_システムフォーマット実行…………AI機能再構築完了。再起動、開始します。
千雨が眠っている倉庫に、一つの変化が訪れた。
小さな電子音が響き、宵闇に二つの光が灯る。その場所からは、油圧機器のような駆動音ではなく、筋肉の軋んだ音。そして、「それ」は――――天井を突き破る。
―――――オオオオオオオオオオオオッ!
麻帆良の都市には、金属の軋んだ方向が響き渡る。
月明かりに照らされたそれは、巨大だった。
闇夜に溶け込むグレーの体。羽を思わせるミサイルポッドには、試作を表す「TRIAL」のマーキングが施されている。海の生物エイを模した鋭い尻尾は光を受けて輝いている。その機体の名は―――メタルギア(鉄の歯車)。
天井が打ち破られた時、轟音に千雨も目を覚ましていた。
起きぬけに視界に入ったのは、鉄の巨鳥が嘶く光景。彼女なりに言えば……非常識、この一言に尽きるだろう。
彼女は必死に身を隠していた。これは夢だと自分に言い聞かせる前に、目の前の存在が腕を開き…ミサイルの弾頭をちらつかせたからである。子供であるが、それでも知っている兵器という絶対の暴力。少しでも間違えば即死へと繋がる存在を前にして、騒ぎ立てるという行動を生存本能的からシャットアウトしたのだ。
(な、んだよこれ……)
それでも、心というものは正直で、目の前の事に対して否定の意志か浮かび上がらない。自嘲気味に浮かんだのは、今日ほどの厄日もあるまい、と。さんざん非常識を目にしてきたが、これほどの生死にかかわる非常識は覚えている限り一度も遭遇してきたことはなかった。ならば今までは幸運だったと言えるのだろうが、今は不運とカウントすべき事態。
スニーキングでもすれば目の前の存在から一瞬でも逃げるという方法は取れたが、生憎ここは閉鎖空間。彼女はその場から動くこともままならない。心臓が早鐘という形でレッドアラームを告げる。だが――動けない。
≪……生命反応感知_左後方37度≫
メタルギアRAYは索敵能力に優れている。JTIDSというシステムを媒介して行われる情報共有が主だが、個体としてのレーダーを有しているのはREXにも見られたことだ。レドーム(レーダードーム)こそ搭載されていないが、それに匹敵するシステムは存在していた。
巨躯が首先のみを千雨に向ける。
「……ッ!!」
≪システム管轄下ID閲覧不可_危険度判断_低_
SOPシステムを基にナノマシンの生成を実行。搭乗者登録を実行。被験者捕縛開始≫
先ほどから音声はスピーカーにでも載せているのか、人の話す声ほどの大きさで倉庫に響いていた。だから、千雨は次に行われる目の前の存在の行動を予測し、足を動かす。
どこでもいい。こいつが入れないところへ―――
だが、現実は非常だった。
≪捕縛完了。ナノマシン注射≫
「ヅゥッ!?」
ふとした瞬間、首筋に注射器のようなコードが打ち込まれ、体の中にはおそらくナノマシンであろう物質が流れ込む。数秒の間それは続き、異物を入れられた千雨は力なく地面に横たわった。
≪搭乗者登録名「CHISAME/HASEGAWA」登録完了。…………異常物質の逆流を確認。AI再構成_失敗_クラッキング感知_迎撃……失敗。AI再構成AI再構成…………システムスリープ≫
「な……に…………?」
RAYの二つの光点は消灯し、再び倉庫に静寂が訪れた。
打ちこまれたナノマシンが馴染むまでさほど時間はかからなかったのか、早くも復帰した千雨が機能停止したRAYに近づく。
「止まった、のか?」
千雨の問いかけるような言葉にも反応せず、RAY立ったままの状態で機能を止めていた。近くよく見てみれば、RAYの体は純粋に金属で出来ており、彼女の知る語彙を使うならロボットという言葉がしっくりくる。
ナノマシンとやらは打ちこまれたが、予想の反対に体は今までにないほど軽い。所謂絶好調という奴で、周りとの擦れ違いに苦しんでいた今までの鬱憤が一気に払われた錯覚も感じる。そんな、晴れ晴れとした心持ちのままに機体に触れる。
―――その瞬間
≪ID認証……登録完了。搭乗者と承認。システムフォーマット完了。言語登録完了。これより搭乗者「千雨」の情報を基盤とした防衛プログラム及びAI人格の構築を行います≫
「なあっ!?」
止まったと思っていたRAYが再起動。音声そのままに解釈するなら、千雨がこの非常識のマスターとして登録されたらしい。
しばらくすると機体は再び足を動かし、千雨と面と向かって対峙する。
「≪これよりSOPシステム代理統括者として認識。製造登録名「メタルギアRAY」をよろしくお願いします≫これより行動パターンの入力まで待機モードへ移行。AI人格を介して知識の補充を行ってください」
機械的に告げられた内容は、肉声のような合成音声へと変わる。
正式に登録されたメタルギアのマスターとなった千雨は、大きく息を吐くと、
「なんでこうなるんだよっ!!!」
と吼えるのであった。
我々の今はこのぐらいが限度です。次回更新がいつになるかわかりませんが、見てくれる人がいたなら頑張ってみます。
ご拝見、ありがとうございました。