ならば……
―――その「誰か」に、己がなればいい。
『8時になりました。これより学園内は停電となります。学園生徒の皆さんは――』
「フン、そう言えば今日だったか」
「おいおい、忘れてたのかよ……」
「魔法球の中は流れる時間が違う。時差ボケ位は見逃せ、長谷川千雨」
彼女らが魔法球の中に入ってから7時間。その実、魔法球の中では一週間もの時間が流れていた。千雨はいつも通りの左目にソリッドアイを装着し、エヴァンジェリンは闇の中で異様に光る両目で空の向こうを見据える。
瞬く星光を見つめていると、エヴァンジェリンはハッとある事に気づく。
「そう言えば、家の辺りが担当だったな」
「……え?」
七日間の共同生活は、千雨に如何なる直感を与えもうたか。その一言だけで厄介事の匂いをかぎ取った彼女は片手をあげると、じゃ。の一言と共に走り出した。しかし、ああ無情。背後から伸びてきたエヴァンジェリンの糸に捕まえられてしまう。姿はさながらマリオネットのようだった。
「放せ! 私は家に戻るんだ!!」
「今から戻っても、術者か妖怪に襲われるのが関の山だろうな。麻帆良大停電の時は全システムが一時的にダウンするため、情報や人材や実験台の確保に乗り出そうと企む阿呆が数覆う押し寄せるチャンスでもある」
「………って、事は」
「良かったな。悪ければそこで死亡、良くても実験体行きの運命から逃れられたぞ? この私のおかげでな」
ハーッハッハ、と上機嫌な声が夜空に響く。
「おいおい…私はどんだけ巻き込まれやすいんだっての」
「私もそばにいるんだ。貴様は逃げていればよいではないか」
「それが! 面倒だって言ってるんだよ!」
ありえねー! という千雨の心の叫びを無視して、エヴァンジェリンは周囲の森上空まで浮かび上がった。糸に絡め取られていた千雨はその際に解放されたが、エヴァンジェリンが一人離れて行く様子を見て焦りだす。守ってくれるんじゃないのか、と。
「あくまで担当地区は“この辺り”、といっただろう。貴様は家で大人しくしていて構わん。元よりそれほど鬼畜でもないのは分かっているだろう?」
「そうだけど……ああ、まあいいや。じゃ、お前の家に邪魔してるぞ」
「ゆっくりくつろいでいるがいい。帰った時には武勇伝でも聞かせてやろう」
「はいはい」
軽く返事を返すと、ぶつくさと小言を言いながら千雨はエヴァンジェリン宅へその身を隠した。扉が閉まることを確認すると、エヴァンジェリンは小さく息を吐く。巻き込まれようが関係ない、という信条も持ち合わせていたが、今の千雨は彼女にとって教導途中の未熟な果実。その志半ばで死なせるようなことがあればRAYも黙ってはいないし、エヴァンジェリン自身も納得しない。
何より、あの家自体が安全だということはこの「真祖の吸血鬼」の名に掛けて保証できる。いくらかの魔法薬分はチャチャゼロに魔力を与えておいた事もあり、いざとなればチャチャゼロがなんとかするだろう。
そして、何よりも今宵は―――
「満月か。長く、熱い夜になりそうだ」
この際季節は関係ない。ただそこにあるのは、一匹の餓えた人外のみ。
「予定時刻まで半刻か。あからさまな敵方の動きも見えないところを見るに、奴の予想通りとはな……」
その声を発する者がいるのは、麻帆良中学校の校舎屋上。バレー競技などで使うコートの横にある更に上。青地の全身スーツに関節部位の金の装甲。闇夜に無気味に光るモノアイを携えたサイボーグ忍者。
普通ならばすぐにでも見つかって大騒ぎになるであろう彼は、自前の…いや、「内蔵された」ステルス迷彩を使用してその姿を周囲と同化させていた。どの方向から見ようともステルス迷彩の性能は凄まじく、頭部のカメラ光点だけが移動する透明な恐怖を演出することは約束されるだろう。実際それも関わっていたかは知らないが、戦場の空気に恐怖して漏らしていたオタクも存在する。
彼の性能、元の世界の話はここまでにしておこう。
今回、グレイ・フォックスに与えられた任務をおさらいしておく。
その内容は、麻帆良にRAY側からの戦力提供。要はフォックスを戦力として加えてやって欲しいと言うだけの内容だ。その真意には、此方からの危害を加えることが無いが、いざという時には彼ほどの実力者が敵に回ることになる、と「抑止」の役割を持たせたと同義である。フォックス自身も気心の知れた(?)同じ世界の物に属することを決定しており、そこに魔法使いたちがフォックスに取り入る隙もない。ほぼRAYだけが得をする内容だが、彼公認の両人一致の意見である。
麻帆良とRAY側の「緩衝材」であり、「抑止力」。グレイ・フォックスという駒に与えられた役割はこの二つだった。
「……ふん」
ふと、フォックスが予定地に異常を感じた。作戦開始まで残り10分を切ったところである。レーダーをその方向に向ければ、生命体としてはあり得ない「アンノウン」の反応がちらほらと。そこから漂う空気も、まさしく初々しい戦場の匂い。
―――懐かしい。
彼が最後に味わった多人数戦は一方的な虐殺による戦場。フォックスの一人勝ちであるというもの。己自身「
人間では得られない、容赦のなさがあるのだろう。人間には居ない、死を恐れず向かってくる相手なのだろう。己がサイボーグとなってなお、それでも人間だからこそ、記憶が戦が闘いが己が。――生の充足を忘れることなどない。
「3」
カウントに入る。ステルス迷彩はそのままに、高熱で相手を「溶断」する高周波ブレードを手に。
「2」
バイザーが閉まっていることを確認し、アンノウンの集団にロックオン。反応をレーダーへと反映し、光点は背後の敵をも映し出すように。
「1」
闘いはすぐそこだ。
「はぁっ!」
一匹の狐が、歓喜する。
「龍宮、見えるか?」
「視界は良好。されど術者は中々……見つからないね」
「そう、かっ!」
日本刀にしてはあまりに大きい刃「夕凪」という刀を持つ少女が振り向きざま、掛け声とともに一体の異形を薙ぎ払った。発光する刃に纏いつく不思議な力は、余波で周囲の敵にも衝撃波を加える。全体が一斉に足を止めたところで、龍宮と呼ばれた女がハンドガンを発砲。タン、タン、タン、とリズミカルな音階を奏でた弾丸はすくんでいる異形の頭部へ命中。黄泉へとその身を還すこととなった。
されど、その数はまだまだ……彼女らを取り囲むほど、大勢存在している。
「毎度ながら、停電の時は厳しいね。刹那」
「だが、命に変えてもお嬢様をお守りするのが私の役割だ。この麻帆良も傷つけさせはしない」
「ふっ、それだけ大口叩けるなら安心だね」
言いながらも、少女たちは口調に違わぬ最小限の動きで異形共を仕留めて行く。その化け物たちの中には毎度毎度呼ばれている輩もいるのか、あの時の再手合わせだ。などと言って突っ込んでくるものも存在していた。
そもそも、ここに呼ばれている異形たちは己自身がここを襲おうと思っているわけではない。彼らを召喚した術者「陰陽師」たちが使役するために呼びだした簡単な黄泉の戦力なのだ。故に、倒されても黄泉に還るだけであって死を恐れる者は一体として存在しない。倒されても安心、という考えを持っていない異形が居ないとは言わないが、それでも全ての異形はそれぞれが本気で二人の少女に切りかかっていた。
―――しかし、強い。
異形には日本古来に伝わるポピュラーな妖怪「鬼」「天狗」「狐狸」。ある者は棍棒を振りかざし、ある者は風や炎を操り、またある者は空からの奇襲を仕掛けるのだが、それらは一切この二人に通用していなかった。麻帆良が狙われるなど日常茶飯事。闘いに次ぐ闘いの末に、彼女たちの戦闘能力は否応なしに高められる。加えて似たような妖怪ばかりが攻めてくるのだ。対処法など、熟知していて当然と言えよう。
「龍宮」
「はいはい」
「斬空閃!」
掛け声一つ。龍宮は遠くの術型の眉間を打ち抜き、刹那は己の技を叫ぶ。密集していた敵の群に曲線の斬撃が飛び、胴から上を切り落とす。だが血は出ない。消された異形は
「なるほどなぁ……嬢ちゃんらも流石や。もうこんだけしかおらん」
声の先には、先ほど相手していた鬼よりも巨大な5体。強さに対する呆れと、其れに挑む己の楽しみと、そんな感情をおり混ぜてかけた声だった。残り五体、呆気ないほど少ないな。と二人は湧いた疑問を放って臨戦態勢をとる。一触即発の空気が流れる。
雪が踏みしめられ、吹雪く風が新たな降雪を地球へ課す。刹那と龍宮、視線の交差は一瞬にして―――
「この程度か」
第三者の声に遮られる。
全員が振り向いた先に居たのは、「透明な何か」が顔の辺りで赤い光点を放ち、陰陽師風の男を肩に突き刺した何かで持っている姿。雪がその場所にだけ積もり、その途端に消えて行くという有り得ない現象。そこに何かが居るという証明。
少女は問う。
「貴様は――――ッ、敵か!?」
その透明な何かに研ぎ澄ました殺気を向ける。それは、殺気に反応するように気絶した男を足元に放り捨てた。放られた男が新雪にぶつかり、舞った雪が透明の人型を描き出す。そして、その何もない場所には青と金の「人形《ヒトカタ》」が姿を現し、言った。
「なに……君たちのファンの一人だよ。サムライガール」
「何をふざけたことを!」
「落ち着け、刹那」
がっつく様な刹那を龍宮が制す。男の声をした人形は、いい
「ほう、ウチの召喚主がやられたんか。どーりでこんだけしかおらん筈や」
「やはりそうか。他愛もない」
「はっ、後ろでちまちまやっとる奴なんてそんなもんや」
「同感だ。……ああ、二人はそこで見ているがいい!」
未だ男へと構える刹那を無視し、男―――グレイ・フォックスは刀を構える。その切っ先は五体の異形へ向けられていた。最早、この先に言葉は不要。闘いに縛られた修羅がフォックスの中で目覚めようとしていた。
先手はフォックス。一度の跳躍で近くの木へ飛び移り、異形に間合いを整えさせることなく肉薄する。そして、一閃。微振動と高熱を放った刃は進路上に浮く雪を溶かしながら鬼の腹部へ到達する。ジュッ、と焼けた音が響く瞬間、一体目の胴体は既に下半身と泣き別たれていた。
続く二体目。いつの間にか挟まれた形になっていたフォックスは挟撃をその場で受けることとなるが、一瞬の間を突いて狡猾な狐の如く
「まるで忍者やなぁっ!!」
フォックスが跳躍し、空中に居る間に残った一方が振り払った棍棒を直角に上方向へ振り上げ、追撃を行う。フォックスのメットの光点が鬼の方をぐるりと向き、空中で彼は刀を一度地面に叩きつける。瞬間的に微振動の波長に合わせたことで、衝撃がフォックスに帰ってくる。それで空中の移動方向の変更に成功。再び空ぶった鬼へその勢いのまま高周波ブレードを振りかぶった。残るは二体のみであり、それらも中々に強力なものと見える。が、しかし。
「なんて無茶苦茶な動き……本当に忍者でもないだろうに」
「こっちはもう終わったよ」
闘っている間、実に4秒。それだけの間に二人も残りの鬼にとどめを刺していたらしく、残りの鬼も消滅していた。フォックスはガンと刀を仕舞うと、落下そのままに着地。二人の声がした方にその単眼を向けた。
当然ながらその先の二人は、刀を構え、銃を構えて待っている。助力をしたには違いないが、彼女らにとって未知の存在であることは間違いない。ましてや乱戦中の現在の麻帆良には、フォックスのように漁夫の利で抜け駆けを行う外部の物も訪れているのだから。
「貴様は何者だ?」
「お前たちに助力する者。
「…レイ? そこの陰陽師も気絶しているだけのようだし、そのレイって奴がお前を通して麻帆良と接点を持ちたい、って言いたいのかい?」
「理解が早くて助かる」
「そのような戯言ッ――――!?」
刹那が叫ぶと、フォックスはメットに収められた素顔を外気に晒していた。刹那が声を詰まらせた原因はその茶色の瞳。秘められていたのは、どこか荒みきった瞳の色の中に確実に存在していた闘う者としての光。何より、彼女らに対する心づもりなど無い、と視線で物語っていたことだろう。
たじろいだ刹那は、数秒ほどその目を見つめてゆっくりと刀を下ろした。刃を鞘に納めると、今度は武器を持たずにフォックスと向かい合う。
「本当か」
「偽りなどない」
迫真に問う刹那に、言葉少なく正面から答えを返す。また沈黙の時が続いていたが、やがて龍宮がその場へ一筋の光明を落とした。彼女は刹那を下がらせるようにジェスチャーし、フォックスの前に歩み出る。
「刹那、後は任せてくれ。……そっちの言い分は分かった。それで? 助力して何をするんだ?」
「俺をそちらの戦力として使ってもかまわない。これが“機械”から提供する誠意だ。
以上、学園長とやらにこのメッセージを届けて貰いたい」
「お前はその要求を受け入れられたとして、そちら側には何の得があるんだい?」
「俺自身は知らん。だが、RAYはある少女に平穏を。とのことだ」
「少女の名は?」
「そこまで聞くのか?」
「口止めされているなら、無理にとは言わないよ」
ここはRAYからの許可があったか、とフォックスは思い出すと、相手方――学園長――により分かりやすく伝わるよう、その少女の名を告げた。
「“長谷川千雨”」
「なっ!」
「…なるほど」
一人は驚愕、一人は納得。この二人は千雨のクラスメートというだけはあり、その名前が出てきた途端に彼女が取り組んでいた工作物を思い出していた。ソリッドアイは、はたから見るだけでも内部構造が難解で複雑。更には“機械”というワードと見るからにメカニックな見た目のグレイ・フォックス。候補として他の開発狂いの面々も思い浮かんだが、腑に落ちる、という点では二人にとって千雨の名前がしっくりきている。
「って、待て!」
それだけ伝えると、フォックスは未だ激戦区となっている場所を目指し、闘いの場所を目指してその場を去ろうとしていた。慌てて刹那がそれを引きとめる。ゆっくりと振り返ったフォックスの顔は、既にバイザーに隠れていた。
「名前は…!」
「そうだな……グレイ・フォックス。とでも覚えて貰おう」
さらばだ。その言葉を置き去りにしてフォックスは跳躍。舞い踊る雪景色の中にその姿を消していった。後には残された二人がなんとも不完全燃焼な形で取り残される。
謎の多い“味方”と名乗った男、グレイ・フォックス。あのような男が前から麻帆良に居るようなものなら学園長が気づくだろうし、此方に入ってきたのなら、同じく麻帆良の大結界に認知される筈だ。
「刹那、とりあえず学園長に伝えておこう」
「……ああ、そうだな」
とにかく、今の彼女らに出来ることは謎の協力者と学園長に持っていく伝言のみ。一度片付いたこの地区も敵が打ち止めのようであるし、二人は気絶した術者の男を担ぐと、校舎に向けて報告のために歩みを進めるのであった。
ひゅんひゅんと風を切りながら、木の頭伝いに移動するフォックスは、次なる戦場を目指していた。次に目をつけていたのは、RAYから渡されたマップデータの「高畑」と呼ばれる最高戦力が闘っている場所である。
その場所に着くと、早速地面を巻き込む爆発音がフォックスの鼓膜を揺らした。その地へ赴けば、敵の姿は気絶したまた別の陰陽師しか転がっていない。外敵としてか、フォックスを見つけた高畑がこちらに歩いてくるのを、彼は認識していた。
「…やあ、君は敵かな?」
「RAYの使いだ。そう言えば、あんたなら分かるだろう」
「……成程、千雨君のバックから直接触れてきたか。…ここにはどうして?」
「助力を。その分では必要なかったようだがな」
「う~ん、まあ僕のところはこれで終わりって感じだしね」
君みたいな人が千雨君のところから来るなんて、困ったな。など温厚な台詞を吐いているが、フォックスを見つめる瞳は殺気そのもの。高畑の異常なまでの「気」の高まりは、フォックス自身から匂うものに起因していた。
「何人殺してきたのかな?」
「さあな……」
「そうかい」
それだけ聞けば満足だったのか、高畑は拳を握ってフォックスと対峙する。
「まあいいさ。酌み交わせば何でも分かる。ある人で言うなら……“殴れば判る”、かな?」
「いいだろう。―――闘いの基本は格闘だ。武器や道具に頼ってはいけない」
フォックスはそう告げると、地を蹴り、同時に動いていた高畑もまた空に躍り出る。双方の拳は一瞬で眼前へ迫っていた。
人工的に強化された外骨格の怪力と、命の流動を利用したヒト本来の潜在能力。まったくの異質であり、されど同じように限界を超えた拳が両者の顔面を補足する。まっすぐに引き放たれた拳は、矢が弓から抜け出すように各々の頭部を通過し――――
―――激突した。
続きます。書き上げたそばから投稿しているので、焦らすことになりますが。