己がどれほどの力を持っているのか。
宝の持ち腐れを好まないのであれば―――
探せ、試せ。
道は開かれん。
―――すがすがしい朝だ。
強化外骨格は修理中で現在は軽装。精神はナノマシンのおかげで人格が安定しており、闘いも期待以上の物を味わい、まだまだ己を高める可能性があると知った。あれほど死に向かっていた筈が、今はこうして未来に思いをはせているのが何とも滑稽だと、狐につままれた気分を味わう。
己自身が「狐」を授かった身だというのに。
「≪どこへ?≫」
「外へ」
彼がおもむろに立ち上がれば、固い地面で寝ていたせいか身体がギシギシと嫌な音を立てていた。肉体的疲労がたまっているという訳ではないのだが、やはり身体を動かしていなければ、性に合わない。体をほぐすためにも「ある程度」の運動をしなければ一日も始まらないだろう。
「≪そう言えば≫」
グレイ・フォックスは出入り口の扉を開き、外への一歩を踏み出した。
瞬間に何かと衝突する。向こうは倒れてしまったらしい。
「な、なななな………」
「お前は……」
その人物は中学生ほどの背丈を持ち、左目に奇怪な補助装置を装着していた。
「≪千雨が来てるわね≫」
ぶつかったフォックスは軽装……ズボンだけを履いた半裸姿。
「変態だああああああああ!?」
彼の鼓膜は、起きて早々に酷く掻き鳴らされるのだった。
それから少しの時間が経って、千雨はフォックスと遭遇した衝撃から立ち直っていた。空気の入れ替えと称して開け放たれたRAY搬出用シャッターの向こう。雪の積もったアスファルトの上で高周波ブレードを振り回しているフォックスを見ながら、RAYは千雨にフォックスについての説明を行っていた。曰く、元居た世界で死んだ筈の兵士であり、今は協力者になっている。曰く、その戦闘に関しての学習能力、及びに習得能力は一線を凌駕しており、既にこの世界のトンでも技術である「気」の習得を志しているとか。
確かに、フォックスの周りによく目を凝らして見れば熱気ではない「何か」がフォックスの周囲に浮かんでおり、淡く発光して彼の身体能力を引き上げているようにも見えた。…しかし、其れから十秒もするとフォックスは剣を収めて格納庫に戻ってきた。
彼が格納庫内に入ると同時にシャッターが閉ざされ、再び明かりは天窓の太陽光だけとなる。その中照らされている彼は、玉のような汗を浮かべていた。
「≪心拍数が疲労困憊の域。呼吸も乱れている。……あなたほどの者がペース配分を考えなかったという訳でもないでしょう?≫」
ナノマシンから送られてくる身体のデータを基に、RAYは疑惑の眼差し(といってもメインカメラの光だが)を向ける。その言葉の通り、酷く披露しているフォックスは千雨の近くにある椅子に体を預けると、息を整えてから先の質問に答えた。
「……動きそのものに“も”無駄がありすぎる。持ちえない力に振り回され、それが体力を奪ったのかこの有様だ…」
よほど披露しているのだろう。口早にこたえると、彼は沈黙した。
そんな彼に、呆れながらも千雨がタオルを放り投げ、スポーツドリンクを近くに置いてやる。それに気づいたフォックスが視線を上へと移動させると、そこには機械的な装飾を左目に装着した、しかめっ面の少女が立っていた。だが、すぐに視線を外すと、小さく礼だけを告げ、渡された物を使用して身体を休息させる。そんな不器用な男の一部始終を見届けた千雨は、溜息をつくと同時にRAYへ視線を投げやった。
「昨日大暴れさせたって言うけど、早速力使いこなせてねえだろ。これ」
「≪自分の中にあったとはいえ、私も計測したことのない未知の力。それも仕方がないと思うわ≫」
「そうは言うがな……」
無駄に疲れただけだろ。と、エヴァンジェリンから多少の手ほどきを受けている千雨は、先ほどのフォックスの訓練風景の印象を素直に告げた。その実、千雨の言葉は的を射ており、彼はウォーミングアップはおろか、準備運動代わりの動きさえ己の「気」に弄ばれて満足に出来ては居なかった。ただ疲れるだけの無意味な運動。長かった……
「≪フォックス、急ピッチで進めているのだけれど、強化外骨格の修理と改良は少し時間がかかるわ。私の装甲板の補修作業も終わったから力を注ぐことは出来るけど、そうそう早く作業が終わると考えない方がいいわね≫」
「…百も承知だ。……世界が都合良く進まないことなど、昔から知っている」
「世界、か」
フォックスの言うとおりだった。
千雨もフォックスも、それぞれの世界に厳しく叩かれたという過去が存在している。それは周囲との隔絶であったり、実験材料としてであったりと、それぞれが全く違う者でありながら、心か身体のどちらかに酷く傷を負っていたのは確かだ。
不意に、格納庫の中には昼を知らせる時計の電子音が鳴った。一日の折り返し地点である正午。千雨は立ちあがると、持って来た鞄の中をガサガサと漁り始める。すると、中に入っていたパン屋の袋を開けて、中にあった物をテーブルの上に広げた。こちらに来る途中に買ってきた、焼いたばかりのものなのだろう。香ばしい焼けた小麦粉の香りが充満し、嗅ぐ人の食欲を掻き立てる。
「ほらっ」
「む」
うちの幾つかをフォックスの前に置き、いつの間にか淹れていたコーヒーを差し出す。それはどちらかと言えば朝食の光景だったが、このようにして朝昼のご飯を済ませる人も多いのではないだろうか。
ここまでくれば、両者のやることは決まっている。フォックスは椅子に預けていた体を起こし、テーブルの位置まで移動して座り直す。同じくジュースを横に置いた千雨は手を合わせると、フォックスもそれに倣って手を合わせた。口の動きは「い」から始まり、文化をそれとなく知っていたフォックスの声も合わさる。
―――頂きます。
腹が減っては戦も出来ぬ。少々多めに買ってしまったパンだったが、フォックスが居ることによって丁度いい量となる。二人は、焼きたての温かさを感じながら、それぞれの食料にかじりついたのであった。
満足に腹を満たしたフォックスは、ランニングシャツを着ると世界樹前広場に向かって軽く走り出す。強化外骨格が無くとも、その速さは常人のアスリートをも凌ぐ速度であったがここは麻帆良。その速さでも振り返る通行人の感想は見かけない人だ、という程度のもの。その視線に込められた感情の意味を知ると、フォックスもこの地の認識レベルの差に少なからず思うところがあった。
そんなことを考えていると、昨晩相対し、己を完膚なきまでに打ち負かした相手が待っている。時間にルーズ、ということも無い辺りは立派な大人であるが、昨日の今日で笑顔で待っているというのはどうなのだろうか。いや、それも気にするまいと彼は立ち止まる。
「こんにちは。まずはこっちに座ってほしい。“気”の扱いに集中力は不可欠だからね」
「ああ」
軽く会釈をすると、彼の言われた辺り、世界樹の木陰に入って座禅を組む。
この寒い時期にこの地を訪れる者もおらず、当たり前だが世界樹前広場は閑散としていた。「気」というものも公表すべき力ではないのだが、彼のやり方では中々にずさんな秘匿であることは間違いない。
とはいえ、フォックスにそれは関係も無いこと。いざとなればこの教師がなんとかするのだろうし、今は己の力を高めることこそが目的である。そうしてフォックスが目を閉じた事を確認したタカミチは、指導を始めるのだった。
「精神統一は基本。心を落ち着けて、自分の中にある“気”を認識するんだ。そして―――」
今はただ、言われるがままの人形のように。
狐の修行は自分の木の葉を見つけることから始めるのである。
「何だ、例のフォックスとやらはいないのか」
一方その頃、RAYの居る場所にとどまっていた千雨の前に、エヴァンジェリンが訪れていた。RAYと言えば、学園側に所属(?)している者のうち、彼女だけが直接の面識がある「関係者」であることは明白な事実。とはいえ、学園側でも知っているのは一握りだが。
それはさておき、フォックスが目的で訪れた彼女に、RAYが気の修行をしに出かけていると伝えると、エヴァンジェリンは鼻を鳴らして千雨の隣に座った。目当てが居ないなら居ないで、彼女にもすることがあったようだ。
「ところで、射撃訓練はあれ以来したことはあるか?」
「……どこであんなものぶっ放せって?」
彼女が聞いたのは、千雨の「別荘」以外での修行の進行状況。エヴァンジェリンが改造した「オペレーター」は弾数こそ無限に近いのであるが、使い捨てタイプの専用
よって、たった一夜であるとはいえ、見事に千雨の防衛訓練は出来ず終いになっていたのである。事のあらましを話せば、今気づいたかのように手を打ったエヴァンジェリンが恨めしく思えてきた千雨。恩があるとはいえ、体力作りのために走らされた私怨を晴らすために彼女を的にしてやろうか、などという想像が頭をよぎった。
しかし…
「まあいい。そう言えば貴様の事なんだが、近代兵器の扱いに関しては茶々丸に一任することになった。今度から私がそばに居る時は体力づくりの修行になると思え」
その言葉で一気に現実に引き戻された。
RAYの格納庫に赴くことが多いとはいえ、半引きこもりだった彼女にとっては絶望的な宣告がなされた。それぞれの長所を活かした訓練が出来るようになる、と言えば聞こえはいいのだが、それはつまりどちらもハードになる可能性があるということ。…というか、エヴァンジェリンの性格上、彼女の修行は絶対にハードになる。
魂が口から抜けかかっている風な千雨を見つめたRAYはというと、外部スピーカーの電源そのものを切っていた。それはなぜか? その理由は―――爆笑しているからだ。
「≪そう言えば、あなたは吸血鬼と知った。チサメの血を吸うことはないのか?≫」
話題転換。あらかじめ「録音」されていたザ・ボスと同じ声色の音声を流し、RAYはデータに基づいた質問を繰り出した。未だ心ここに在らずな千雨で悦に浸った笑みを浮かべていたエヴァンジェリンは、その質問に顔をしかめる。あまり、触れられたくない話題だったのだろうか。かと思いきや、彼女はその問いに答えを返す。
「コイツの血には魔力が全く足りていない。元々吸血行為自体が魔力回復の補助のようなものだ。私自身も血の味で良し悪しは考えているが、それを含めて率先して吸おうとは思わんよ。膨大な魔力を有しているのならともかく、な」
RAYは内心の爆笑も治まり、その言葉にそうなの。とだけ返した。残念そうな声色、視線を逸らすように頭部が上を向く。そして、エヴァンジェリンの背後には小さな針が近付き―――
「
突如出現した氷の盾に、針を持っていた仔月光丸ごと注射器が凍らされた。とっさの判断で使った発動媒体の魔法薬が入っていたフラスコが割れ、地面に落ちた破片が衝撃で飛び散っていく。魔法が発動する直前で我に返った千雨は、ソリッドアイの魔力情報を基に被害予測地域外に避難していたおかげで怪我はなかった。
失敗したか、と言わんばかりに気まずげなRAYに、当然ながら彼女の怒りが向かう。
「き、貴様は何をする!!?」
「≪チッ≫」
「舌打ちだけで返された!?」
せっかく面白いサンプルを入手できると思ったのに。RAYはそんなことをのたまえば、更にエヴァンジェリンの怒りも増大する。一応師匠の情けない姿を見るのも気が引ける千雨は、必死にエヴァンジェリンをなだめようと…子供をあやすように接していた。
そうなれば、格納庫は喧騒に包まれることになる。良くも悪くも、RAYの格納庫は通常運転であることは間違いないだろう。
「いいね、そのまま刀身も自分の身体の一部だと思って気を宿すんだ!」
「――――!」
元より、この刀も己の手の延長に過ぎぬ。そうして精神を集中させていくと、高熱だから発せられるものとは違う蒸気が刀身から発せられる。気の扱いを学び始めてたったの三時間。それだけの時間で、フォックスは己の気を全身に通わせ、扱い方を(初心者レベル)とはいえ習得していたのである。天武の才とはこのことか。それに羨ましげな感情が混ざるも、教え子にそんな事を思ってはいけないとタカミチは邪念を振り払った。
フォックスが完全に刀身をも気で覆ったことを確認して、一か八か、次のステップレベルの指示をだす。
「それじゃ、そのまま気を散らさないように構えて斬撃を“飛ばして”みて。最初はイメージでしっかりとその様子を思い描く。そして、次に放つ時はイメージ無しで自然と出せるようにするのがコツさ」
「……分かった」
鞘におさめた刀を抜き放つ。「居合い」の構えと、忌々しくも己の左手を切ったREXのレーザーのようなものを放てるのだと、二つのイメージを融合させる。
息を深く吸って、再び息を吐いて心身をリラックス。腕の筋肉へ指示を出し、振り切る形で刃を奔らせる―――
「ハッ!!」
一閃。
…………そして、刃からは何も出ず、代わりに気まずい雰囲気が流れ始めた。
振りぬいた刀は、最初と比べれば多めの気を纏った強化が施されているが、それは放とうとした分がそのまま刃に残ったにすぎない。とにもかくにも、いつまでも振り切った体勢で居るわけにもいかずにフォックスは鞘へと刀を収めることにした。
すると、どうにも、といった表情のタカミチが頭を掻きながら彼に近づき、先ほどのフォックスの様子について尋ねた。先ほどのイメージはどうだったか、その時気の流れはどのように動いていたか、というものが質問の大まかな内容であろうか。
「飛ばす。…そう考えたはいいが、何か壁のようなものが邪魔するように“放出”が遮られた。どこを探しても継ぎ目のない箱の中、が近いかもしれない」
それを聞いたタカミチは、少し唸って結論をはじき出す。
「そうか。……多分、だけど。君は“気が放出できないタイプ”なのかもしれない。万人が気を扱える訳じゃないと言ったように、気を扱う人の中にも力の放出が出来なかったり、逆に内側にとどめることのできない“体質”の人が居るんだ。
かく言う僕も、魔法に関しては詠唱が出来ない体質を持っているんだけどね」
「ならいい。慣れない手数を増やしたところで、戦闘の際にそれが足を引っ張ってしまえば意味がない」
「あはは…普通の人は、こういった新しい力とかに憧れるものだと思ってたんだけど」
「普通か。それほど当てはまらない言葉も無いだろうな」
それもそうだね。タカミチが返せば、フォックスはこれと言った表情も顔に出さずに次の指示を待った。気の放出が出来ないなら、内側で扱う気の効率を高めればいい。どう足掻いても出来ない場所は早めに切り捨て、己の出来ることを率先して取り組もうとするのがフォックスの方針だった。
その心意気にこたえようと、タカミチもまた気持ちを切り替えて教導に励む。教員としての書類仕事に関しては、学園長や副担任が代理を務めると、フォックスの修行に専念させるよう手筈が整えられていたため、今この場には二人を止める者などどこにもなかった。
そして、それから数時間。
レベルで表すなら、中の下辺りまでの気の扱い方に慣れたフォックスは、どちらの体調管理も大事だということで一日目を終えようとしていた。今回習得したのは、身体能力の上昇、気を纏わせる箇所を一つの場所に集中させる、と言った身体強化系のあらかたの発展・応用を彼は習得していた。とはいっても、「やり方を覚えただけ」であり、それぞれが十全に発揮できるという訳ではない。その辺りは、自己鍛錬の時に抑えて行くといい、とタカミチが締めくくった。
「世話になった。次も頼もう」
「お安いご用さ。僕もまだまだ学ぶことはあるからね」
焦る必要はない。あの時と違い、時間は十分にあるのだから。フォックスは休む暇もなかった過去を思い返し、ある意味で平穏な最近の生活にある種の感情を抱いていた。それが何なのか、まだ知ったところではなかったが。
夕暮れ時の赤い空が鉛色の雲の隙間から顔をのぞかせる。世界樹が紅く照らされたその時、そこに居る人影は一人として残っては居なかったのだった。
RAYが首を曲げると、その方向には帰還したフォックスがドアを潜り抜けているところだった。はた目からでは分からないが、少なからず彼の表情には嬉しさがにじみ出ている。ナノマシンでもその様子をしっかりと記録しているRAYは、微笑みながら彼へと声をかける。
「≪お帰りなさい。収穫はあったの?≫」
「ある程度は」
「≪それは良かった≫」
RAYの言葉を聞き終わると同時に椅子に腰かけると、フォックスに会いたい人物が居たが、千雨と一緒に入れ違いで出て行った、と伝えておく。その正体は当然エヴァンジェリンであるが、彼にそれを知る由は無い。とはいえ、己に興味がある相手に一体だれが、と彼は一考した。
「≪会ってみてのお楽しみ。そう言うことよ≫」
「貴様も随分回りくどいな」
「≪ようやく“私”が定着してきたもの。この位は言わせてもらってもいいでしょう?≫」
そう言って笑みの声を漏らしたRAYは、どこかはしゃいでいる女のような印象を受けた。
RAYの言葉には、最近になってやっと自分自身の人格がザ・ボスに影響されずに解放されてきたという意味が込められている。少し硬い口調が残っているが、その口調のままに軽い言葉を口にする辺り、彼女自身の特徴という物が突出し始めている事がうかがい知れるだろう。そして、ある程度の言葉づかいのぶれも彼女自身の個性として表れている。知識と経験と、そして千雨やフォックスのような出会いを通じて、彼女のAIも成長してきているのだ。
しかし、フォックスはそんなことは知った事ではない。巨体でギシギシと鉄の擦れあう音を響かせるRAYを無視して熟睡するために目をつむって己に集中。外部の雑音を完全にシャットアウトする。フォックスが持つ、深い深い心の闇の中。されどその中には、ほのかに感じる温かい物があったのは、この世界に来てから初めて感じたもの。
結局、彼もそれを悪くは思っていない。その瞼の奥にある温かさに触れながら、彼は意識を手放すのであった。
タイトルのネタが尽きてきたこのごろ。
遅れました。3日ぶりとなります。
大々的な戦闘とかは頻繁におこるものではなく、時に起こってすぐに片がつくというのが我々の考え(本音:書ける限界)です。
いやはや、フォックスのキャラが崩れているようで申し訳ありません。
RAYちゃんもしっかりちゃっかり成長してます。
千雨がメインだと思ったか? この陣営そのものがメインなのだよ!
何を言ってるんでしょうかね。私達は。
とにかく、お疲れさまでした。