一応飽きたわけじゃないというアピール。……虚しいですね。
深淵にこそ新たな可能性は訪れる。
源流から流れ出で、寿命を迎えて堕ちるところはそこしかないのだから。
運よくそれを拾えた者こそ、真の祖と成り得るのかもしれない。
フォックスがよく修行に使う森の中、少し前に大量の月光が襲来したその表向きは閉鎖された場所で、銃を片手に逃げ回る少女とそれを追い回す襲撃者がいた。何度も轟音を立てて身体の近くを掠る刃を身を捻ってよけながら、少女はただただ走り続けていた。
走れ、そうしなければ命は無い。そう、自分の身体に言い聞かせる。
膝関節にガタが来始めるが、それでもなんとか目の前の相手を撒かなければ形勢の逆転どころか命の危険さえ伴うだろう。一心不乱に足を動かし続けるが、その機動力は初期に比べて格段に落ちている。こうなれば、とポーチを漁って取り出したのは鉄のパイナップル。一口ヘタを加えて千切ってしまえば、後は果汁が果肉を突き破って弾け飛ぶ。
「ッォオ!?」
強すぎる刺激が酸味と共に弾け、追跡者の姿を隠した。その間に近くの茂みに空のマガジンとスモークを幾つか投げ込み、爆発と共に自分も茂みの一つに入る。瞬時に手持ちのライフルのマガジンを換装すると、セーフティの確認を行ってレーダーの光点を頼りに引き金を引いた。銃口にとりつけたサプレッサーによって音も無く弾丸は吐きだされ、目標である煙に映った影に幾つかは命中する。自らの視界が膝をついたそれを収めると同時にもう一つの
「ケケケケケケケッ!!!」
「うげ」
どう言う理屈か、投げた手榴弾は優しく弾き飛ばされて見当違いの方向で爆発。其れを成した暗殺者の如く襲いかかる人形は、煙に大穴をあけて突っ込んで来ていた。振り下ろされる巨大な刃を寸でのところで回避すれば、自分の真横にあった樹木が幹を両断されていた。
こりゃやばい、と後方の障害物をレーダーで確認しながら引き打ち。相手は身の丈を超える巨剣を盾にしてそれらを弾き、引き打ちは無駄だという事を彼女に悟らせた。ならばと取り出したのは微振動する高周波ナイフで、それを逆手に構えながらライフルをハンドガンへ持ち替える。下がりながら正確に木の枝を狙って打てば、舞い落ちる木の葉と小さな枝が相手へ降り注いで小さな妨害へ。小さな体ゆえに相手は足場に一瞬気を取られ、彼女はその間に一本の蔓を切って手にする。その行動の間に体勢を立て直していたのか、蔓に集中している間に相手は此方へ飛びかかっていたらしく、その刃は身体に届く直前だが、反射神経はしっかりと働いてくれたようだ。
「ぬ」
「オ?」
仰け反った身体の上を刃が通り抜けて行く光景が、やけにスローに映る。相手の手元は柄を握り直しており、つまりはこのまま振りおろそうという魂胆なのだろう。だが、このために蔓を手にしたのだ。スナップを利かせて思い切り引いた蔓は空中でしなって、音速の壁を超える。パァン、と音が響いたその箇所には、丁度よく相手の手が存在しており、その衝撃で剣を取り落してくれた。
勢いそのままに剣はあらぬ方向へとすっ飛んで行き、丸腰の相手は体勢を整えることも出来ない空中。好機とみた彼女は同じく此方に飛んでくる相手をすり抜けざまにナイフを振るう。狙いは見事に成功し、右腕・両足とそのパーツを削いだことで相手は力なくその場に倒れこんだ。俗に言う、達磨状態のようにも見えなくもない。
「……ふぅ。っあー! 終わったぁ!」
「アーア、オレサマモ鈍ッチマッタモンダナァ。ヤルジャネーカ、小娘」
「よく言う……手加減してたろ…?」
「……サーテ、ドウダカ」
笑って返すと、首だけを地面に向けて口笛を吹き始める人形。それに分かりやすい奴だと、先ほどまで戦っていた少女、千雨は疲労と呆れの意味を込めた息を大きく吐いた。
本来なら巨大な剣以外にも多数の刃物、そして翼の様な衣服の一部を利用したもので飛行も出来る筈であり、魔力が十全な現状ならば機動力も千雨の“肉眼では”捉えられない速度が出せるのだが…主人に命を受けていたのか、手加減は確かにしていたようである。
≪単騎でやるか。随分腕を上げたが……長谷川、最初期の“逃げ”の文字はどこへ行った?≫
「っあぁ? あんなの逃げ切れるかっつうの。なら、倒した方が速いだろ? 今はちょっと休ませてくれ…」
≪む、まあゆっくり休め。そうだ、まさか初の実戦でいなすとは思わなかったぞ。チャチャゼロ、戻ったらしっかり直してやる≫
「ハイヨー」
どこか満足気に、通信の相手――エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは通信を切った。千雨も体力の限界が訪れ、木へ寄りかかっていた体勢からその根元へと座り込む。額から流れる汗は今になって汗腺を開けたようで、大粒となって顔の表面を伝い落ちて行った。彼女とて、ナノマシン制御があろうと人は人。疲れはするし脚も痛む。ただ、その感覚を我慢できるだけなのだ。
深く深呼吸して息を整えると、己が切り裂いた人形「チャチャゼロが」目に留まり、何気なく自分の方に寄せてみる。左腕だけが残っている姿は何とも痛々しいが、そんなチャチャゼロの方が逆に安心感を覚える辺り、随分非情な性格が形成されているのかもしれない。
「ナニスンダ」
「いや、何となくだよ」
動くための魔力も切れたのか、ぐったりとした表情のチャチャゼロに、笑わなければ可愛いのに。と、ネットアイドルの部分が微妙に反応してチャチャゼロの衣装や布地を触りだす。いや、ヘタしたら本当に死んでいた「現実世界での修行」で、本当に初めての実戦でもあったのだが、やはりこう、安心すると自分の素の部分が疼きだす。主にかぁいいセンサーが。
チャチャゼロのヤメロという声を無視しながら、そう悶々とした想いを募っている彼女にかかる人影が一つ。
「この森も随分と破壊されるものだな」
「あれ? フォックス…」
「俺が迎えに寄こされた。しっかりつかまっていろ」
そう言って彼女とチャチャゼロを持ち上げると、所謂お姫様だっこで地をかける。強化外骨格を纏っていなくともそれなりの速度が出ているということは、彼も気を使って自分の肉体を強化しているのだろう。でなければ、風を切るほどの速度は出まい。
「おぉ、随分使えるみたいだな」
「己を高めることは怠りはしない」
「ソレ、最近鈍ッチマッタ御主人ニキカセテヤリテーナ」
「……喋るのか」
「口ガ減ラナイ程度ニハナ」
ウケケ、と気味悪く笑う愛らしい人形は随分と歪。フォックスはよくこんなのを相手に半一般人が局地戦を出来るものだと、腕の中の千雨の機転や行動力に一目置いた評価を与える。森を抜ければ一角にエヴァンジェリンの別荘が見え、彼女たちはそこに降ろされた。
そのまま立ち去ろうとするフォックスに、千雨がおい、と声をかける。
「何だ、もう行くのか」
「ガンドルフィーニから少し。高畑も来るが、奴は教員の仕事をしているのか?」
「そういや、高畑はうちのクラスの新担任と入れ替わりだったな。ガンドルフィーニは妥当に時間開けたんだろ」
「……そうか」
まあ、奴らしいなと納得したフォックスはそれっきり、口をつぐんで何処かへと姿を消した。そんな彼と入れ替わる様にエヴァンジェリンが扉を開け、グロッキーな千雨と三肢を切断された長年の相棒を見つける。
「現実での実戦はどうだ?」
「疲れたよ」
「そうか、とにかく中に来い」
すると自分の意思と関係なく関節部位から立ち上がる。おそらくは彼女の得意とする糸で立たされているのだろうか、と推測を立てている間に、千雨の体はチャチャゼロを抱いて一回のソファーに座らされていた。目の前には淹れたての湯気を立ち上らせる茶が置いてあり、その横には礼をする茶々丸の姿。
「サンキュ」
「ゆっくり寛いでください。大健闘、でしたね」
そう言って愛想笑いか、はたまたと思わせる笑みを浮かべる彼女。ここ最近は、彼女のそういった感情豊かな面が目立ってきており、そろそろ本当にロボらしい点は外見だけになりそうだな、と耳の代わりのアンテナを見ながら茶を口に含む。少々熱いが、それだけに美味い。水分は体を癒し、味は心を癒しているような気もする。所詮は主観であるが、とカップの半分ほどを残して再びテーブルへと置いた。
「さて、今回についての話をしようか。―――長谷川千雨」
「そうだなエヴァンジェリン、ご指摘頼む」
残り半分はこの話をもたさるため。流石に人の家で図々しくお代りを頼む神経は持ち合わせていない彼女は、新しいおもちゃを見つけたような顔をしている家主に面と向かって対峙した。
新任教師の事は、互いに頭から抜けているらしい。
「っし、じゃあ龍宮か長瀬辺りにでもアドバイスもらっとく。また学校でな」
「ああ、どうにも嫌な予感がする。気休めだが、このお守りぐらいはもっていけ」
「ん? 吸血鬼のカンって奴か?」
「いや、ただの占いさ」
とりあえずは、と千雨が「お守り」を懐に仕舞って家から離れた事を見届けると、エヴァンジェリンは襤褸布のようなおどろおどろしいマントを羽織った。顔はフードで隠れ、自分の身長を優に超える大きさで肌の露出もほとんどない。正体隠蔽にはもってこいだろうだと自負を持つ逸品だ。
ふと窓の外を見上げれば、月が出ている夜。今日も出没するには良い夜だと息を巻く。
「茶々丸、また出てくる。お前は今日は家にいろ」
「はい。お気を付けください、マスター」
ぺこりと丁寧にお辞儀する茶々丸を背に、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは家の玄関口から勢いよく離脱した。すぐに高度を上げ、空に浮かぶのは己の体。ひんやりと夜に冷えた空気が肌を打ち、吸血鬼の冷酷さを滾らせる火種という、矛盾を生じさせてくれる。
彼女がこうして夜に出かけるのは満月の出る夜に限定しており、これから行うことで流されるであろう噂を「吸血鬼らしい」という内容に設定するためだ。現代人の無駄に豊かな想像力と好奇心、襲われた直接の被害者が少しでも妄言に聞こえるほど誇大評価してくれれば、立派な「吸血鬼の噂」をでっちあげることが出来るということだ。一応、公園などの子供と遊んでいる茶々丸も吸血鬼の噂を広める位はしてくれている。エヴァンジェリンが命じたという訳ではないのだが。
「ふむ、この辺りだな」
闇の中を見通した先の看板に書かれていたのは「桜通り」の文字。彼女はそこに降り立つと、この中ただ一人だけで歩いてくるだろうターゲットを待って気配を消した。
待っているのも暇なので、何か面白いことは無いかと考えを巡らせる。まだ季節は冬で時期尚早とはいえ、数ヵ月後には桜が舞い散る地で赤い色が弾ける。それは1月もすれば薄くなって桃色の花を咲かす、というのは実に上手い冗談だろうか、といったことを自己批評するが、中々良いのではないかと笑みが漏れた。
そんな時、彼女の「獲物」は闇の向こうで足音を鳴らす。最も力を発揮しやすい満月のこの日は、「か弱い十歳児」とは程遠い吸血鬼の身体能力が遺憾なく発揮される日。音も無く忍び寄り、まずは宣告を与えよう。
「麻帆良高校3-B、“有沢奏”だな? 悪いけど、少しだけその血を分けてもらうよ」
「え……」
さあ、隙は与えた。だけど振り向く暇など与えない。
瞬時に飛びかかって艶めかしいうなじをかぷりと一口。同時に響くのは、ほんの少しの痛みと、恐怖の絶叫。桜通りの赤の一つは、こうしてまた染められる。はてさて、…本命をおびき寄せるため、次の犠牲者は一体誰? もしかしたら、あなたかもしれませんね。
吸血鬼は、とある
「
対象者を眠らせると、犬歯についた血をぺろりとなめる。味の批評は下の上程度だったらしい。
「ネギ・スプリングフィールド。そこまで期待はしていなかったが……潜在魔力だけは流石奴の息子、だが――青すぎる、か」
青リンゴにも程遠い。そんな評価を下す彼女は絶対者の如く。
闇に姿を消した後、哀れな被害者だけがその場に取り残された。あとはただ、深い闇に落ちて行くだけ……。
今回短めの五千ちょっとでした。
プロット考えると、行数じゃなくて話的に区切った方がよかったので。
それでは次回予告、ドッヂボールの隅っこの人達……
「それで、どう見る?」
「見てるこっちがハラハラ。さっき誘われた時も焦ったよ」
「ふーん……ところで長谷川さん、ここ数カ月で随分硝煙臭いじゃないか」
「……っく」
「マスター、笑みが漏れています」
……え、と。お疲れさまでした。
なんか、申し訳ありません。(キャラ的に)