獣のように飢えきった闘争本能を抑えるには、渇きを癒す他は無い。
現在の麻帆良学園は春休みに入っていた。新学期に向けての勉学や、羽目をはずして朝から晩まで遊びつくす学生が街に溢れかえって毎日が祭りの様な様相になるのは、この地の名物とも言えるだろう。この学園内の居住区に居る親族と、寮に詰め込まれた子供たちとで距離があるせいか、余り「自重」という言葉を知らない者ばかりになるのはいただけないのではあるが。
そんな中、親も親族も居ない天涯孤独の身である学生も少なからず存在している。そして、千雨もそれに当てはまってしまう身の上を抱えていて、最近は寮ではなく、パソコンなどの機器を持ち込んでRAYの格納庫で数日を過ごしていた。
日の光が差し込む格納庫で休むことなく何事かを打ち込み続けている彼女だったが、ようやく作業が終わったのだろうか、Enterキーを打ち込むと両手を伸ばして疲れをアピールする。その左目にはプライベートな空間であるからか、黒い光沢を帯びた仰々しい機械が取り付けられていた。
「終わったぁ~!」
『≪はい、お疲れ様でした≫』
すぐさま言葉に合いの手を入れて、仔月光が湯気を立ち上らせた茶を置く。彼女は感謝を述べてからそれをひっつかむと、喉の奥に流し込んだ。
「熱ぃっ、つつ……はぁ~美味い!」
『≪またナノマシンの無駄な活用を……≫』
「うるせー。特別な能力は日常にとりいれてこそ真価を発揮するんだよ。戦いとかでしか使えなかったら、それこそ勿体ないって」
『≪それじゃあ……闘るつもり?≫』
「ああ、これが終わったらっていう約束だったからな」
千雨がパソコンに目を通すと、そこに記されていたのはRAYの機体図面と追加の設計図の様なもの。その図面の中の3Dグラフィックに映っている丸っこい武装は、大きさ15センチという、RAYと比較しては随分と小さなものだった。
だが、千雨はそれを見てはいい出来だ、と感嘆の息を漏らす。彼女をして何度も恍惚とさせる仕上がりということは、何かしら重要な意味を持っている、ということに他ならない。それが実現されていない現段階に至っては、私たちに知る由などないのだが。
千雨はその場でジャージを脱ぎ捨てると、下着姿のまま更衣室へと向かった。重く閉ざされた鉄製の扉を抜けると、ズラリと立ち並ぶド派手な衣装の数々。猫耳からメイド服、果てには「某壮大過ぎる衣装の歌手」が着るような数メートルはある者も混在している始末。だが、彼女はその中から更にクローゼットの奥にしまわれていた地味な黒と灰色の野戦服を選ぶ。
普通の野戦服に見えるが、服の内側には防弾ジャケット、そして手首のあたりに仕込みナイフを内蔵されていることで、結構な重さがあった。それを着込んだ彼女は、いつも身につけているポーチを腰に隙間なく固定。中からサブマシンガンP-90を取り出すと、それをポーチがある反対側の腰のホルダーに突っ込んだ。
顔に当たる部分にはソリッドアイを保護するためのバイザーが掛り、いつもの彼女の顔はほとんど隠れてしまう。だが、そんなことを気にする様子もなく手を閉じ、開きを繰り返して調子を確認し、来た時と同じように扉の外へ向かう。次にRAYが目撃した千雨の姿は、少年兵ならぬ「少女兵」となった長谷川千雨だった。
「やっぱ重いな。もう少し鍛えりゃ何とかなるか」
『≪腹筋は?≫』
「割りたいけど、そうすると衣装着るときになぁ…」
だから、ギリギリのところで妥協する。そう言った彼女であったが、続くエヴァンジェリン宅でのハードなトレーニングを積み重ねた体は、ナノマシンの補助もあって一般の女子中学生の身体能力をはるかに凌駕している。流石に一階から二階に飛び移るようなことはできないが、全力で走り続ける位は可能になっていた。今の彼女を戦争経済時のPMCに例えるとすると、カエル兵ではないがBB部隊並みの実力を持った兵士、という表現が適切であろう。
千雨が装備の確認を終えた時、RAYは二人が来たぞと彼女に教える。ロックの解除音が響いた出入り口から姿を現したのは、強化外骨格を着込んだフォックスと、愉悦たっぷりにほくそ笑んでいるエヴァンジェリンの組み合わせだった。
「さぁ来たぞ。長谷川も見違えたな」
「ようやく準備が出来たか。……まずは表に来い」
『≪
RAYの特徴的な声が響き渡ると、格納庫のシャッターが解放されて新鮮な空気が入り込んできた。まだまだ肌寒さが残っている風がその場にいた人物を撫であげるが、誰一人としてその寒さに不満を漏らすことは無い。なぜなら、エヴァンジェリンは持ち前の身体、フォックスと千雨はナノマシンの体温制御、RAYに至っては鉄の身体であるが故だからである。
そして、言葉を交わすことなく千雨とフォックスは格納庫の前に広がる滑走路へと進んで行った。
「では、フォックスと長谷川の模擬戦を始めよう」
エヴァンジェリンの号令に答え、フォックスはバイザーを閉じて単眼を赤く光らせる。対する千雨はだらりと垂れた右手にサブマシンガンを持ち、ソリッドアイのモーター音を響かせた。
「では……始めッッッ!!!」
「ッ――!」
「――ッ!」
先手はフォックス。後手は千雨。
普段ならば実力差があり過ぎる両者は、ここで激突した。
そも、千雨がフォックスとの模擬戦を始めることになったのは、春休みになってしまったことが挙げられる。春休みが始まる前は学園から遠くの森林地か、世界樹広場前で桜咲刹那と修行を行っていたのだが、休みの日になったからと学生は観光気分で世界樹周辺で遊び始め、丁度良かった森林地の一角は先の大戦による
だから、状況戦も、奇襲による対策も出来ない格納庫前の滑走路。他に人が来る筈の無い場所を知らなかったという理由もあるが、最終的には此処しか残っていなかったという当然の結論であった。
そんないきさつがあった現在、千雨とフォックスは
そして、やはりというか、裏の世界の人間からの視点であれば、千雨はフォックスの素早い動きと比べるてしまうと、まるで亀の如く鈍重に見える。だが、それはあくまで速度だけを見た話。
「む」
「ふっ、背ぇぃっ!」
近接を行ったフォックスに対し、完全に動きを見切った上で武器を上に放り投げた千雨は、通り過ぎようとした腕をひっつかみ、一本背負いで地面にたたきつける。フォックスが地面にキスを施されたその一瞬、既に彼女の手にはサブマシンガンが戻ってきており、何のためらいもなく引かれたトリガーを合図として弾丸がばらまかれた。彼はその7割をまともに受けてしまうが、強化外骨格は生半可なことでは傷一つ付かず、そのほとんどを弾き飛ばす。
……しかし、確かに関節部に入り込んだ弾丸は、外骨格の機能を抑制していた。
「いいぞ、やはり戦いは格闘か」
「こっちは必死だ……っての!」
マガジンに弾が残っていることも気にせず、サブマシンガンを手放した彼女はポーチから取り出した手榴弾のピンを抜き放っていた。5つ程ばら撒かれたそれは爆発を起こし、スモークと破片を撒き散らす。ほんの一瞬でもいい、相手の視界と自由を奪うための布石だったのだが、フォックスは得物を確認した時点で離脱しており、結果はスモークが千雨を覆い隠す終わっていた。
舌打ちをするが、相手は手を休めてはくれない。煙の中から突っ込んできたフォックスの手には高周波ブレードが握られており、その刃先は千雨の胴体を狙っている。手首をスナップさせた彼女は同じく高周波で振動を起こすナイフを手に滑らせると、逆手に構えて刃を受け流した。応酬が続く中、どうしても身体能力が劣る彼女の身体に小さな裂傷が刻まれていくが、十何度目かの刃同士の接触の際、突然走った電撃にフォックスはブレードを取り落す。一瞬のすきをついて放たれた蹴りが彼の頭部を掠めると、銃撃音が響き、ブレードは遥か後方へと弾き飛ばされてしまった。
「力だけでは足りない、か」
「こっちは小手先だけで、地力不足なんだよっ!」
繰り出されたハイキックを腕で受け止めると、フォックスはその足を左手で掴んで千雨を地面にたたきつける。それは先ほどのお返しだったのだが、彼がやるとなると、外骨格と気が合わさって十倍はくだらない威力のお礼参りになっていた。つまり、ひき肉になる未来が見えた千雨は全力で受け身を施す。それでも体の芯まで響いた衝撃が予想以上であちこちが軋み始めるが、もう一度振り上げられた際に足を腕に絡みつけ、関節をキメる技を繰り出した。
ゴキン、という生々しい音は確かな手ごたえを意味し、力が緩んだ隙を突いて彼女は脱出に成功する。だが、たった一度のクリーンヒットは戦闘持続のために必要な体力を大きく削っており、一時的に腕を失ったフォックスであれど、苦戦は必須であろうもの。
再度彼を睨みつけると、無機質な単眼の光が彼女を捉えた。その意味を理解した彼女がその場から離脱した瞬間に激しいマズルフラッシュがフォックスの方から放たれ、彼女がいた地面を大きく陥没させる。フォックスの強化外骨格が有する最大級の威力を持つ遠距離攻撃、レールガンが地を穿った。
「こ、殺す気か!?」
「お前なら避けるだろう。現にそうだったじゃないか」
「くそ……絶対倒す」
「来い」
売り言葉に買い言葉。武器を全て仕舞った千雨は、手ぐすね引いて待つフォックスの元に徒手で走って行った。意図を理解した彼は武装を解除。CQCの構えで彼女を迎え撃つ。
カウンターを狙っていたのだろうが、その動きさえも見切った彼女は猫を連想させる招き手が繰り出し、フォックスの頭部を殴打した。正に鉄を殴った感覚が拳を襲うが、構わずに水月、脇腹のあたりに二撃目三撃目を加えていくと、確かに彼からはうめき声が聞こえてきた。勢いに乗ったままに足払いをかけたのだが、彼がそれを予期して小さく跳ねたことで連撃は3コンボで終了を告げ、無防備に硬直している千雨が残される。
そして、次はフォックスの番。足を折る勢いで払いを掛けたままの彼女の脛を踏みつけると、サマーソルトで顎を打ち上げ、非現実的なまでに美しい流れを披露する。そして遠心力そのままにアッパー、フック、最後に千雨の腹にストレートを叩きこむと、彼女は2メートルほどを滑って地に倒れ伏した。
一向に置きあがる気配がしないので、顔に視線を移すと、目を閉じて完全に気を失っていることがフォックスのバイザーにナノマシンの共有情報として流れてくる。どちらも一進一退の接戦の末、この勝負―――
「勝者、フォックス! ……で、長谷川は無事か? 明らかにやり過ぎだろう」
「誘いに乗ってくれたことが随分嬉しくてな。久しく張り切りすぎたようだ」
「それで相手が目を廻し、吐血していれば言い訳にもならんわ。戯け」
審判を務めていたエヴァンジェリンが呆れたように視線を向けると、バイザーの内側でフォックスはそれもそうかと笑みを浮かべた。いくら予知に近い先読みが出来る機械の補助があったとはいえ、たったの1年程度しか鍛えていない彼女に近接格闘でこうまで迫られるとは思っていなかった。「先読みされるほどの実力者が前であると、気を碌に披露する事も出来ない」という経験を知ることが出来、フォックスは気絶する千雨に感謝を送る。
広い青空の下、二人の成長ぶりに驚愕を覚えはしたが、同時に凄い、という感情を引き出すことに成功したRAYなのであった……
それから数時間後、シャワーを浴びたフォックスがいつものようにガンドルフィーニたちと合流しに行くのを見送った後、エヴァンジェリンは茶々丸を連れて千雨の介抱を行っていた。戦闘服を脱がした時に気付いたのだが、サマーソルトをもろに食らった顎はひび割れており、フォックスの容赦ない叩きつけで全身は真っ赤に。さらに、最後のストレートは気を込めていたのか、真っ青に腫れあがっていた。
それでも彼女の身体が砕け散っていないのは、あの一瞬で彼女が取った「受け身」に他ならない。衝撃を足に伝わせ大地に逃がし、ヒットの瞬間に少し後方に身体を浮かせることで、気のこもった一撃でもかなりの威力を抑えることが出来ている。
あの刹那の瞬間にとった一連の行動は生存本能によるものなのかは知らないが、千雨の最終目標「生き残れば勝ち」というものに関しては、凄まじいまでの適正があるものだと、エヴァンジェリンは愉しげに笑った。
「マスター、千雨さんに対してそれは如何なものかと」
「心配するな。確固たる信念を貫き通している輩には、私とて口出しはしないさ」
「それならばよろしいのですが……」
引き続き、魔法薬の詰まった注射を茶々丸が行うと、それが最後の後押しになったのか千雨の瞼がゆっくりと開かれた。最後の場面を覚えていたのか、彼女は起き上がって確認を取ろうとはせずにその体を落ちつけたままであった。
「顎……」
「ククッ、心配はいらんぞ長谷川。罅は入っていたが、それも今しがた治療を終えた」
「やっぱ、魔法は理不尽だな……」
「逆に、今の貴様はその技術をその身に受けている身だろうに。…まぁ、無理せず今は休んでおけ」
「はいはい……」
千雨は再び瞼を閉じると、今度は気絶ではなく睡眠に陥った。もうけがの後遺症はほとんどありませんと茶々丸が締めると上から見下ろしているRAYが謝罪と感謝を述べた。
『≪この子の治療を頼んでしまってごめんなさい。そしてありがとう≫』
「痛々しい教え子を見るのは次期の成長につながるから楽しいが、それを長引かせようとは思っていないさ。師は教えるばかりではないのだからな」
「珍しくまともなご意見を仰りましたね。マスター」
「おいこらボケロボ、珍しいとは何だ。私はいつでも真面目だろーに」
その日、結局エヴァンジェリンは茶々丸と共にRAYの格納庫で一日を過ごすことになった。持ち込んでいた食料は茶々丸が調理することになったが、目を覚ました千雨が食事に同伴する際、ロボに負けた……と嘆いている様が目撃されたとか何とか。
「うわっ、あの衝撃でも壊れないとか……すっげぇ頑丈だな。ソリッドアイ」
『≪
「……ソイツ、もう人間じゃないって」
『≪ある意味では合ってるのかしらね。子孫を残すことが出来ないように生まれてきたクローンだったもの≫』
「ふーん」
翌日、すっかり回復した千雨は春休みの課題を解きながら、RAYと、彼女のいた世界について話を聞いていた。大雑把な説明は受けているものの、戦争経済へと至った成り立ち、そして愛国者という存在そのものに対して、千雨は何も知らなかったからだ。そして、フォックスが殺された時代とRAYがこの世界のやって来た時の時間軸のずれなど、世界を超えるという大規模な話になってくると、千雨のペンを動かす手は止まっていた。丁度課題も終わっていたらしい。
「戦って、殺して、また新しい戦いが広がって……大変だったんだな」
『≪本当に大変なのは、私ではなくPMCとして戦っていた代理戦争の駒達。そして、歴史の陰に埋もれて行った戦士たち、なのだけれど≫』
「簡単に人が死に、尚も人口が少なくなりづらい世界か……地獄だな」
『≪でも、それが“国”を潤わせていた。だからこそ、私も新たな戦争の火種としてシャドーモセス島から“回収”されていた≫』
「―――救えないな。どっちも」
「≪ええ。本当に≫」
加速する戦乱の渦。もし、その中に自分が組み込まれていたら……そこで千雨は考える事を放棄する。今自分が使っている、ナノマシンという技術自体がその世界にいた彼らの犠牲があってこそ存在する、自分の身体の一部となっているものだ。ならば、同情するのではなく、恐れるのではなく――感謝をせねばなるまい。
それでもどこかずれているかもしれないが、今の自分にとってはその感情こそが最も当てはまる物なのだから。
「なぁRAY。オマエは私が危なくなったら、戦うのか?」
『≪勿論。一帯が焦土になっても、身体が朽ち果てても、私は貴方を守り切る。外敵は殺し、内部を無事にとどめる。それこそが、兵器である私の役目であるから≫』
「……そっか。じゃあその時は―――」
これを言えば、後には戻れない。
彼女とてそれは分かっている。それでもこの世界には、おそらくはRAYのいた世界以上の突飛な理不尽が渦巻き、弾丸以上の
「よろしく頼む」
『≪
私はこう言ってのけよう。そしてやはり、貴女は「兵器」でしかないのか。
憂いを履いて、憂鬱を呑み込む。彼女が飲み下したものは、未来への決意だった。
遅れました。久しぶりの更新に、千雨やフォックスなどのキャラ固めを考えていました。
そして、RAYはどこまでも兵器でしかないようです。
自我を持っても、結局は人を傷つける手段に優れただけの機械。
それでも、守れるものはあるんですがね。
では、お疲れさまでした。
またお会いしましょう。