それと、この作品はアンチではありませんのであしからず。
「≪―――ッ≫」
千雨に仕込んでいたナノマシンから、反応が途切れた。気付いたRAYは思考を中断し、GPSのハッキングを始める。
反応といっても、正確には彼女の意識が途切れたと言った方が正しいだろうか。今しがたGPSを確認してみたが、そこは千雨の寮から離れたところ。つまり、彼女が何かのトラブルに巻き込まれたという事を示している。
悪態をつくが、千雨の周囲……いや、麻帆良各地にUnknownの反応が出現し始めた。
これは、一体――――?
≪電力供給のカットを確認_システムダウン_非常電源に切り替えまであと十秒_≫
供給されていた電源が止まり、格納庫の電子機器は非常時の省電力モードに切り替わる。情報を引き出せば、これは麻帆良で年に数回行われる「大停電」と呼称されるもののようだ。
「≪チサメ……ごめんなさい≫」
復旧までは約四時間。
今ここで動くことが出来るのは自分だけ。現存する他の自立兵器は、電力供給がなければ使うことはできない。だから、自分は動く。
5日前。RAYは千雨と人目に触れないようにするという約束を交わしていた。
突然現れたロボット程度では麻帆良の住人は驚かないだろうが、このような兵器が存在すること自体、麻帆良の最高権力者・学園長の命令で壊されてしまうだろう。という千雨の懸念があったからだ。
確かに、街を治める者としてその判断は間違っていない。だが、千雨は代わりに唯一全てを打ち明ける事の出来る人物を失ってしまうことになる。つまり、友人を亡くしてしまうと同義なのだ。だから、この約束だけは徹底してRAYにとりつけた。
だが、しかしだ。
だからこそ、RAYは千雨の危機には動かずにはいられない。RAYとて、千雨が大切な人間であることは同じだ。
非常用の電源でカタパルトを上昇させ、千雨が「もしもの事態」に陥った場合を想定して念入りにチェックしておいた強襲用装備「オクトカム」で景色と同化する。はた目から見れば、空間が少し揺らぐ程度の高度な擬態を行った閃光は、久しく動かさなかった駆動系を回す。頭部口腔の装甲が開閉の摩擦に軋む。実に七日ぶりになるか。再び、甲高い咆哮を麻帆良の夜へと響かせるのであった。
――――恨むなや。ワシかて仕事や
「ハッ!?」
RAYが動き出した頃。ナノマシンの回復力によって千雨の意識が覚醒した。
寝起きだが、はっきりしている感覚で辺りを見回せば、どうやらここは麻帆良にある森の中らしい。自分が目を覚ました事に気づいたのだろう。いかにも、といった風の陰陽師装束の男が寄ってくる。現状を整理すると、どうやら自分はこの男に拘束されたようだ。
「目が覚めたか。お前、“近衛木乃香”という名前に聞き覚えは?」
「……なんだよ、あんた。近衛になんかようでも――」
「知っているんだな? で、どこに居るッ!」
「ガァッハっ!?」
言葉を断ち切られ、腹に思いっきり蹴りこみやがった…!
幸い、それ以降の腹の痛みは抑制されたが、痛い、という感覚の名残が千雨の恐怖心を掻き立てる。同時に、確信した。クラスメイトの近衛を何故探しているかは知らないが、この男にだけは情報を渡すと後悔する、と。
千雨が敵意をこめた視線を送れば、男は巨大な針のような懐から持ち出した。
それは、彼女の左眼球の前にピタリ、とあてられる。
「さっさと言え。時間がないんだっ……!」
相当にせっぱつまっている様子の男からは、怒りや苛立ちといった刺々しい感情が伺える。
千雨は思考する―――得た言葉から察するに、この男はこの停電が終わる前にこの地を去り、近衛を浚っていかなければならないらしい。ここにとどまっていることで何らかのデメリットがあることは確実だが、それ以前にこの異常事態はRAYが感知しているはずだ。
流石にRAY本人が来ることはないだろうが、この間見せてくれた仔月光という三腕の玉コロが助けてくれる可能性もある。加えて、人質ではあるが、自分が貴重な情報源であることも千雨は自覚していた。だから、彼女がとった行動は一つ。
「誰が教えるか…コスプレの変態野郎!」
「ッ! くそガキィ!!」
再び、今度はほほを殴られた勢いで地面に倒れこむ。だが、男に対しては挑発的な笑みを向け続けていた。
そう、千雨がとったのは所謂「挑発と時間稼ぎ」。焦りようからは、数時間ではない。それこそ数分で何かを遂げねばならぬ焦燥がある。それだけあれば、RAYの格納庫から救援が来るのはすぐだろう。他人任せなのは忍びないが、自分は力なき「一般人」だ。
「一般人」は、力のある者。警察や消防士など、専門の者に任せればいい。それが、このところの千雨の持つ自論だった。
だが―――時に、残酷というものは連続して訪れるものだった。
「――――――! ぁあああああ!!!?」
ニヤリと微笑んだ事が間違いだったか、それとも、男が本当に切羽詰まっていたからか。千雨の左目は、鋭い物に貫かれた。自分の眼孔から、生温かい固形物が流れ落ちる感触が、生々しく気持ち悪い。これは、本当に―――やられた。
気力を振り絞って男を見た千雨は後悔した。
男の顔は、悦に浸った表情だったのだから。
「チッ、使えねえガキだ。代わりの奴を―――」
「残念だけど、そうはいかないね」
「ッ、きさ」
誰だ。と陰陽師風の男が振り向こうとして、その頭から上が消えさる。
遅れたように、空気を直接なぐりつけたような破裂音が千雨の耳には聞こえてきた。聞こえてきたのだが、救援に来た者はRAYではない。そう、もっと日常的な場所で利いた事のある―――先……生?
「高畑…先生?」
「千雨君!? 君だったの―――目が……」
救援にきたのは、RAYではない。担任教師の高畑・T・タカミチ。
人当たりの良い性格で、生徒からは慕われている先生の一人。それがどうしてこの地に来たのか。いや、あの男の首を吹き飛ばした「技」は何なのか。千雨が言いたいことは多々あったが、
「……先生がなんで人を殺したのかは置いておきます。それよりこれ、治りませんかね?」
千雨は自分の傷について尋ねることにした。
死体があるからといって、そこまで騒ぎ立てることも出来ない。これも、RAYのナノマシンによる感情抑制が少し働いているのだろうということは分かっていた。だからこそ、傷の具合について尋ねたのだ。目の前の「非常識」ならなんとかできると思って。
しかし……
「……僕らじゃ無理だ。目を一つ失ったなんて、再生のしようがない」
「コンマ一秒早ければ良かったんですがね」
「…………すまない」
皮肉を
今まで、この教師はどれだけの皮をかぶって生きてきたのだろうか。その気苦労に共感はできるが、自分が被害を負った後だ。当然ながら同情できるはずもない。相手の誠意? 「過ぎたるは及ばざるがごとし」とは言うが、その逆も十分「及ばず」に入るだろう。
水晶体をはじめとして、左目に伝う「中身」の数々。
まさしく、それから目を背けるしぐさをした高畑は、深く溜息をついて千雨へと歩み寄った。口を開き、出てくるのは謝罪の言葉……ではなかった。
「………また、千雨君が巻き込まれるなんてね」
「――――え」
「また」? なにを、言っているんだ。この男は。
「君の左目は、もう誤魔化しようがないね。そうだ……不幸なことに、折れた木の枝が突き刺さったという“事にしておく”よ。だから、疑問を抱かずにこれまで通りに居てくれ。いま、辛い事は全部……
“忘れさせてあげるから”」
「――――――あ」
僕の生…が巻き込…れる……て 千…君!? どう…て君……り……
そうだ。これは三度目だ。
自分は、何度も何度も、高畑先生に
その時の自分。非常識に関わった恐怖。立志の決意。それら全て―――この男に消されてきた。
とんだ、笑い草だ。
正義の味方と思っていた人物が、自分の記憶をいいように操る最悪の奴だったなんて。
措置としては正しいのだろう。大抵、こういった手合いは秘匿するに限る。世にこんな「非常識」が溢れているなんて全世界が知ったら、それこそ大混乱しか呼ばないだろうから。だから、大衆の意見としては正しい。でも……自分の……私の意見は―――
無くなった目より、残った右目がただの闇を移す。
目の前が真っ暗になった。千雨は、自分は……「長谷川千雨」という入れ物は、壊れてしまったのか。
高畑の手が、男の首をもぎ取った手が千雨の頭に伸びる。彼女の記憶を消すために。全てを忘れさせて、一切の非常識から切り離すため……?
「い、やだ」
「……?」
いやだ。いやだいやだ嫌嫌嫌嫌!! 「非常識」を忘れる? この恐怖を、自分が欠けた原因を忘れる? ふざけるな。なんだそれは。つまり―――RAYを、忘れるんだろう?
友人を忘れたとしたら、RAYはどうなる? 格納庫の中、待っていて、全てを忘れた私と会った時、どんな事になる? また、兵器として動き出してしまうんじゃないのか?
這いずり、目の前の悪魔から逃げる。
痛みはナノマシンが抑制してくれる。足は動く。視界はある。ならば、逃げるしかない!
「そんなの、嫌だっ…!」
「千雨君……分かって―――」
「黙れ、悪魔!!」
驚愕に目を見開いている高畑先生……いや、あいつを右目の視界に捉えた。
今のうちに、どこか遠いところ……へ…?
「駄目だよ。一般人には“魔法”はばれちゃいけない決まりなんだ。だから、千雨君には悪いけど記憶を消させて貰う。こんなことをする僕も、辛いんだ」
いつの間にか、逃げた先に奴が立ちはだかっている。しかも、自分も辛いなんてほざきやがった。…辛い? どっちが本当につらいのか、こいつは考えたこともないんじゃないか。だからこそ、こんな心も誠意も籠っていないように聞こえる。
逃げる。また逃げる。
足は動く。だから逃げ―――
「もう、鬼ごっこはお終い。ごめんね」
(くそっ………RAYッ!!)
「グゥッ……!?」
突然、余裕そうな声が一変。千雨の視界から高畑が消え去り、苦しげに吐き出した声だけが残る。次いで聞こえてきたのは、大きなものが倒れこむような音。土埃を巻き上げ、木々をなぎ倒し、その「巨躯」は、月光の下に姿を晒される。
千雨の左目には「
「お前……なんで!」
「≪約束を守らなかったことは謝るわ。でも、あなたの危機を見過ごすわけにはいかない≫」
「仔月光っていうアレをよこせばいいじゃねえか! なんでお前……出てきたんだよ!」
「≪今の大停電では、十分な充電が出来そうにもない。それに、危険な目にあっているなら力不足の可能性もあった≫」
「だからって……私なんかのために………。ッ、あんたが出てくると、あんたが危ないんだ! だからっ」
帰れ。
それだけは、言う事が出来なかった。もし、RAYが遅れていたら? もし、RAYじゃなくて仔月光だったら、高畑に勝つことはできたのか? その疑問はどちらも良くない結果で終わっていることは確実。千雨は力の違いを感じとっていた。
絶対的な力の差を埋めるには、高畑の行動を妨害するためには、RAYじゃないと届かない。
「新手かな? やってくれるね」
「≪あなたが、チサメを消そうとしたのか?≫」
「……違うさ。僕はむしろ、千雨君の味方だよ。それより――――」
「≪じゃぁなぜ、記憶を消そうと思った?≫」
「魔法の秘匿は義務だからね」
あっけらかんと言ってのける高畑に、RAYは静かに怒りを覚えた。
碌な確認もとらず、他人へ何かをするという神経の図太さは戦場では称賛に値するが、このような全てが終わった後にまで発揮する必要はない。つまり、人間としては最低の部類に入る。己がAIに過ぎずとも、RAYは抱いた怒りを燃え上がらせる。
たったそれだけのことで、自分たちの、個人を引き裂こうとする高畑に。
だが、RAYは同時に「ザ・ボス」でもあった。
「≪チサメ≫」
「……何だ?」
「≪此方に戻ったら診るわ。乗って≫」
頭部のコクピットハッチを開き、千雨へ登場を促す。
それを黙って見ている高畑ではない。そのやり取りが終わる前に、彼は行動を始めていた。
「瞬動術」。そう呼ばれる体技を使って、一気に彼我の距離を詰める。己の射程内にRAYの巨体が捉えたと分かると、手をポケットに入れ、一瞬の合間に放つ。それは言わば、居合の剣をそのまま拳へと変換したものであり彼の特技「居合い拳」と呼ばれる特殊技法であった。滝を割り、地面をえぐり、石をも砕く威力を持つ拳がRAYの脚部へ迫る。転倒させ、ゆっくり話でも聞くつもりなのだろう。その辺りは、伊達に優しそうな気遣いを見せる教師をやってはいないらしい。だが、それゆえに……足元をすくわれる。
もう一度踏み込み、足場を固定しようと軸足を地面に刺し伸ばした次の瞬間、予想外の出っ張りに足を取られてバランスを崩す。それでも、鍛えた体で体勢を立て直そうとした時に、それは起こった。
「なっ!!」
踏みつけたモノから三本の手が生え、高畑の軸足を絡め取る。そのまま体を横へと倒し、高畑を無様に転倒させたのだ。そして、その間に千雨はRAYに乗り込むことに成功する。
「待――――」
手を伸ばすも、足が予想以上の力で掴まれていて全力を出すことが出来ない。結果、高畑はオクトカム機能を使って擬態したRAYをとり逃してしまうことになった。
もはや相手は見えず、あの巨体のくせに足音さえも聞こえない。仕方ない、と息を吐いて彼はただ単に立ちあがった。
「……こうなったら、この足にある物を証拠品として………え?」
己の足にくっついた者からは、チッチッチ……と時を刻む音が聞こえてきた。
機械にあまり詳しくない自分でも、このパターンは予測できる。つまり、相手が残した置き土産は―――
「爆弾っ!?」
それこそがキーワードだったかのように、森の中に「火柱」が立ち上った。
「≪上手くいったようだわ≫」
命からがら逃げた千雨は、RAYのコクピットで高畑がいる場所に立つ火柱を眺めていた。絶妙な個所で爆発したためか、火の粉は森に燃え移ることなかった。火種となりそうな火柱が消滅すれば、静寂の夜が戻ってくる。
「死んだのか?」
「≪生身の人間でも、あれで死なないこともある。あの得体のしれない技術を持っているならなおさらよ≫」
「とんだ、化けもんだな。アイツも」
もう、千雨は高畑の事を「先生」と呼ぶことはできなかった。
アレは自分よりも知識がある。それは認めよう。だが……自分よりも幼稚だ。他人に対する対応が、まるでなっていない。それだけ、奴の言っていた
千雨はそう判断すると、あの後すぐに打ちこまれたナノマシンで痛覚を完全にシャットアウトされた左目を撫でる。ねちょりと、自分自身だったモノが指に触れて吐きそうな気分になった。
「なあ」
「≪治らない。あなたのそれは、強膜と視神経まで貫かれている。……ジャックよりひどい……≫」
「……ジャック?」
「≪…ザ・ボスの弟子よ。彼は右目だったけど、あなたと同じように目を亡くした≫」
「そう考えると、私以外にも目の不自由な奴って沢山いるんだよな」
そうね。と答えると、RAYは静かに移動を開始した。追加したナノマシンが破裂した眼球と一緒に細菌を駆逐して傷をふさいでいるが、千雨は土に張り倒され、体の至る所に菌が付着している。いったん格納庫に戻って洗浄しないと、他の怪我の影響もある。なにより、体に傷が残るのは、いくらなんでも嫌だろうから。
「……もう、見えないのか?」
「≪代わりの機械を作るだけの設備はある。作るための設計図もある。でも、それを作る人がいない。私にできるのは、ただ私の兵装の補給を作るだけよ≫」
不安そうな千雨の問いかけに返すと、千雨は笑った。
何故――? 内部カメラでそれを捉えたRAY。まだ未熟なAIには、彼女が眩しく見える。どうして、このような結果で笑う事が出来るのか。
その疑問は、千雨の言葉で氷解する。
「じゃぁ……教えてくれよ。私が作る。自分の目は、自分の失敗は、自分で取り戻したい。
もう非常識も常識も関係無くなっちまったんだ。それなら、私の意志で非常識を作ってやる。私を信じてくれないか?」
「≪だがチサメ……≫」
「大丈夫だって、ちう様にどーんと任せてくれよ」
その笑顔は痛々しい。でも、その姿は何よりも輝いていた。
RAYの回路に、新たなスパークが走る。それは……信じるという回路。
「≪なら、私はその補助に回ろう。あなたを信じるわ≫」
「いつ出来るか分からないし、当分は眼帯生活か……。かーっ! 明日、アイツと会ったらどうすっか、…あ、あれ…? なんで……うっ」
「≪涙…哀しいのね。大丈夫、誰にも聞こえないわ。だから―――≫」
――泣いてもいい。
千雨の瞼から涙があふれてくる。なにもなくなった、左の穴からも。
停電が終わる「零時」。ナノマシンの抑制を無くしたRAYによって、千雨は感情を爆発させるのだった。
格納庫につくと、泣き疲れて眠った千雨を仔月光で寝台に下ろす。
左目だったモノの残骸を保存すると、黒い穴のあいた個所を丁寧にガーゼで拭き取った。後は、ナノマシンの機能が正常な状態にしてくれるだろう。
「≪ナノマシン……あの人の子――いや、リキッドの手に支配権が渡った際、PTSDで死亡するPMCが多発した。だからこそ、私にはナノマシンを打ちこむ機能が備わっている。相手を、錯乱状態に陥らせるために≫」
それが、こうして千雨の心を癒すために使われるなんて、製作者も思っていなかったに違いない。RAYの体をサルベージし、特殊な武装を施した開発者たちを嘲る様に笑い飛ばした。
ザ・ボスならしないであろう仕草。これも、自分というアイデンティティーを証明するための長所の一つだろう。そこまで考えて、RAYは不謹慎だと思考を放棄した。
「≪信じる……私は、いつだってあなたを信じていたのかもしれない。だから、今は眠りなさい。あなたが目覚めるまで待っているから≫」
ザ・ボスを「特殊部隊の母」とするなら、RAYは「母のような兵器」になるのだろうか。どこまでも、慈しみを込めてRAYは千雨の光と成れるよう、振舞っていた。
大切な、大切な人のために。
そういうことで、高畑先生の第一印象は最悪に終わってしまいました。
さて……兵器と千雨で組織を作るか、それとも学園側と協力させるか、どっちにしましょうかね。
では、ここまでお疲れさまでした。