月は満ち、やがて欠ける
今宵にて
花散る定めと
相ならん
『≪―――こちらは放送部です……これより学園内は停電となります≫』
次々に消えていく街の灯。不規則に消灯し、麻帆良全土が闇に飲まれていく様は、これより始まる闇の福音の再来を暗に示すかのような宵闇の恐怖を引き出していた。だが、彼女にとってはこれも茶番。学園長の思惑の上でしかない、出来レースでしかないのだ。
…そう、それは茶番だ。ただし、「学園側から見たときの話」になる。
彼女は口約束でしかない出来事を守る気はない。その身に受けし呪いを解く最高の機会を得ているのだ。そして、闇の福音、己が悪としての矜持をこの時に復活させる事も出来る。その恐れられていた力と共に、だ。
「封印結界への電力停止―――予備システムハッキング成功しました」
「茶々丸、こっちの“非常用発電所”も掌握完了だ。巧妙に大学サークル内のを無断使用してやがった代物だ」
「ご協力感謝します。千雨さん。それでは、引き続きモニターをお願いします」
「任された」
そしてたった今、一時的にその全ての力を解放されてしまった。そこから先は千雨のさじ加減でエヴァンジェリンの魔力が左右される。だが、学園への意趣返しも込めているので、エヴァンジェリンは正しく一晩中最盛期の力を持つ事になるのだった。
「ごしゅじんさま、ほーこくかんりょうしました…」
「チッ、半吸血鬼か程度では思考能力に難有りか。まぁ、このぐらいなら十分だろう」
そして、これまでにクラスメイトのまき絵を半吸血鬼化しておいた事で、即席の盾や戦力もある。ネギ・スプリングフィールドの準備がどの程度かは知らないが、エヴァンジェリンとて万全の準備を整えて彼を待ち受けた。
下僕として迎え入れたのは計四人。その全てが「人形遣い《ドールマスター》」と呼ばれた彼女の手足となる。それは糸に操られている肉人形であり、慈悲を抱くまでもない肉の盾。女子供、その両面を達しているため戦闘に巻き込んで殺すつもりは無いが、重傷の一歩手前までは記憶を消して従わせるつもりだった。
幻術で威厳ある大人の姿となってネギを待つ。長らく待った後に、重装備に身を包んだ少年教師の姿が闇の向こう側から現れた。
―――光を背負い、英雄の様な闘志を込めて。
今宵、役者は全て揃った。
開幕を告げるは、彼女の犬歯が見せた光の煌めき。
「ふふ……来たな、坊や」
「貴女は……」
「誰だ、とは言わせん。私は―――エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。闇の福音、そして…オマエの血を啜る者」
「……ぐっ」
子供? だからどうした。目の前にいるのは、憎きサウザンドマスターの息子。呪いを解くための手掛かり。ならば、油断も慢心も遊びもいらない。
彼女から強烈なプレッシャーが放たれる。それは周囲数十メートルを侵略し、そこにいる者すべてに強烈な威圧を与える領域。そして、その中に入れば敵であると表す最終ライン。
ネギは恐怖する。ネギは勇気を奮い出す。
目の前の怪物こそが、あの「闇の福音」であるのだと。
「悪の魔法使い、ですか」
「そうだ。それが私の自称でもあり、それが貴様の目の前に立ちはだかる壁の名だ」
「壁ならば、乗り越えるものです」
「ほう…よくぞ吼えたッ!!」
右手を伸ばすと、周囲に控えていた
ハルバード、鎖鎌、ロングソード、スピア。その全てが真剣であり、所有者の相性を考慮して選んだ殺傷武器。魔法に頼らない、純粋な暴力の証でもある。
それら全てが、ネギと言う力なき子に向けられた。
「どうだ? 教え子に真の武器を向けられた気分は」
「あそびましょー」
「だいてあげる」
「まっかっかにね」
「くびからしたはいらないかな?」
一歩一歩、確かに凶刃を携えて迫る恐怖。エヴァンジェリンの右手は、無慈悲に振り下ろされた
「―――殺れ」
『イエス、マスター』
彼女はこの日、初めて一線を超えた。
「ハッ!? くうぅ……」
「まってよー♡」
声だけを聞くなら、それはただの追いかけっこに聞こえるだろう。
だが、その実は魔法弾と刃が飛び交う戦場だった。それらを見つめるエヴァンジェリンは、静観してネギの動向を記録していた。反応速度、状況判断、その窮地に何を選ぶか。まだまだ始まったばかりの戦いで、ネギは一度も魔法を使っていない。見極めるために、彼女はただ観察を続けていた。
そしてネギは四人に囲まれ、同時に多角度からの攻撃に晒される。意を決するように、彼は予備の魔法薬に込めていた魔法を解放した。
「ごめんなさい、みなさん! ラス・テル・マ・スキル・マギステル!!」
始動キー。魔法を扱う者にとっては一生の付き合いになる全ての始まりの詠唱。
エヴァンジェリンはその動向を見つめる。ネギは魔法を解放した。
「
四人が持ち合わせていた武器が鋭い旋風に弾き飛ばされ、空に舞った。
その風の威力や人間一人を吹き飛ばすほどであり、それら暴風の余波によって鳴海姉妹が気絶した。それでも二人が風に負けることなく残り、空に跳んだ武器をその手で掴んで持ち直す。それらはロングソードとハルバード。どちらも一撃を受けては致命傷を負う重量系の武装だ。
咄嗟に彼はその場を走り抜け、魔法の風で自身の速度を上げた。追撃してくる二人がひとまとまりになった事を確認すると再び武装解除の呪文を唱えた。暴風が真正面から二人を襲い、今度こそ武装を遥か遠くへと弾き飛ばした。瞬間、魔法薬を取り出して媒介に使用する。
「
彼の優しさ、彼の甘さ。なんとでも捉える事が出来る魔法。
白い霧が武器を吹き飛ばされた反動で固まっている二人を襲い、眠りの世界に誘った。倒れ伏す前にブーストを掛けた足で辿り着き、抱きとめて優しく身体を寝かせる。
そして、吸血鬼が動き始めた。
「成程、読ませて貰った茶々丸!」
「ハイ」
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!!」
「なら…! ラス・テル・マ・スキル・マギステル!!」
詠唱が邪魔されるなら、移動しながら唱えてしまえばいい。
足に加速の魔力を纏わせながら詠唱するのはかなり高度な技術を要するのだが、それをネギは天性の才能で補った。茶々丸の攻撃を紙一重のところで掻い潜り、長い杖で関節部位を突いて動きを阻害。
詠唱が終わり、二人の魔法使いが技をぶつけ合う。
「
「
瞬間、呪文の違いが大差を生んだ。空に跳んだ茶々丸を避け、29の光の矢を受けながらも禍々しい闇を放ちながら雪崩がネギに迫る。相殺する事も叶わないと理解した瞬間、無様であろうと命を求めて横に跳ぶ。一秒遅れてネギのいた場所を闇属性の魔法が通過し、射線上に在った物体を呑み込んで行った。
「あ、危なっ…!」
「休んでいる暇はありませんよ、ネギ先生」
「ッ!」
親切にも攻撃宣言を行ってくれたおかげで、ネギはその場から飛びのく事ができた。次には先ほどのデジャブのように、ハルバードの刃が通り過ぎる。コンクリートの地面を抉り取って飛び散った土を受けながら、彼はこの戦いが本気だと言う事を再認識した。
そして思う。本当の殺し合いに発展するとは思わなかった、と。しかしその考えも数秒後には頭の中から消え去る事になった
「
「なっ、嘘でしょ!? うわぁぁあああ!!」
爆発系の魔法を連続で放ち、ネギが完全に追い込まれる形になった。彼も叫ぶだけでは戦いにならないので、手に持っていた杖に跨ってその場から全力で逃げる体勢に入る。跨る直前に茶々丸が手榴弾を放り投げて来たが、逆にその爆風を利用して離陸した。
「
そして、通常速度を大きく上回る加速を使用して距離を取る。魔法使いにとってそれぞれの効果範囲は非常に重要だ。どちらも遠距離型であることには変わりないが、重装パワータイプのエヴァンジェリン相手に、ネギは己の得意属性である「風」を利用したスピードで対抗する事にしていた。
急旋回し、今度は逆に接近する。茶々丸の銃弾が杖や衣服の一部、そして肌を掠めて行ったが、軽傷を作るだけで済んだ。そして詠唱破棄のまま追尾性能のある光の矢を1矢ずつ与えていく。そんな戦闘機の様な高機動戦闘は、確かにエヴァンジェリンの不意を突いていた。
「
状況を再度確認すると、捕縛用の分身で相手を翻弄する。攻撃能力は無いが、その分魔力にも余裕が出来るからこそのチョイス。再び加速すると、今度は橋に向かって彼は飛んでいった。
橋には、彼のお手製の罠がある。それは魔力をかなりつぎ込んであるエヴァンジェリンと茶々丸にしか反応しない素敵仕様であり、捕縛するには十分な効果を発揮するだろう。だから、そこに誘導して比較的平和に物事を解決する。いくら殺されかけたとしても、この信念だけは譲れないのだ。
「もっと、もうちょっと…!」
「いまさら腰が引けたか? まぁいい、そのまま果てるがいい!!」
いつの間にか追いついていたエヴァンジェリンが後ろから始動キーを唱え始めていた。それでも今は振り向いてはいけない。そうしてしまえば、聞こえてくる魔法の直撃をもらってしまうからだと本能で理解しているからかもしれない。
だが、これが戦局を左右するなんて、今の彼は思いもよらなかった。
「
そして爆発。直撃はしなかったものの、爆風に煽られて彼は橋の上に投げ出されてしまった。受け身を忘れ、勢いを殺しきれずに転がったせいで身体のあちこちに擦り傷が出来たが、対してエヴァンジェリンが無傷だと言う事に歯痒い思いがある。それでも、今は目前の策に彼女を嵌める事が重要だった。
立ちなおすとすぐに奔走し、結界の効果範囲外まで来た事を感じ取る。麻帆良を覆っていた、明らかな違和感を飛び越えた感覚が在ったのだ。
その場で立ち止まり、息を荒げて彼は不敵に笑った。
(これで―――)
「ほう」
「え?」
策が成功する、そう思った瞬間に聞こえてきた感心したような声。
後ろを振り返ると、顔に奇妙な物を付けたエヴァンジェリンが罠の仕掛けてある
「魔力濃度、58%。そして術式を埋め込んであるトラップ式とは…恐れ入る。確かにこれならば全盛期の私でも脱出は困難を極めるだろうな」
「…なん、で?」
「さて、何故だろうな? ……茶々丸、撤去しろ」
「イエス、マスター。結界解除プログラム使用。…解析完了、解除します」
彼女が無機質に告げると、隠れていた筈の魔法陣が浮かび上がりその隅々に罅が入った。ネギが絶望で呻くごとに共鳴するようにしてその罅は拡大。最終的に、端から端へと大きな亀裂を作って大破した。
飛び散る魔力の残骸が、花火の残光のように煌びやかな
策は組んだ。だがそれらは圧倒的な力の前にねじ伏せられた。
罠は張った。だが渾身の作品は事前に解かれてしまっていた。
万事休す。闇の福音と恐れられた彼女の力は本物だったと、ネギは思い知らされる。
「ネタばらししてやろう。
「…科学」
「貴様はよくやったさ。……さぁ!」
「あっ!」
一瞬で間合いを詰め、ネギの手に持っていた杖を奪い取る。すかさず他の杖を取り出そうとしたが、彼の目の前には自分の物ではない魔法薬が舞っていた。
そして、それは炸裂する。
「
ネギの持っていた装備が全て散らされる。予備の杖、新たな魔法薬、それらは凍りつき、彼の手元で氷の欠片となって弾け飛んでしまった。
今度こそ、ネギの手元には何の手札も残っていない。
「
「ふん、この程度の苦境、貴様の父親なら笑って乗り越えていた筈なのだがな。奴の血が作用しているのは底なしの魔力だけか」
「ぐぁっ」
押し飛ばされ、橋の壁に背中を打ちつける。そして悔しさに歯を鳴らすネギを見下ろし、エヴァンジェリンは不敵に笑った。この様な状況下でも、油断を決してしない勝者の笑みがネギに突き刺さり、これからの運命を裏付ける。
無言で近づく彼女の牙は、ネギの首に深く突きたてられ―――
「こらぁあああああ!!!」
「来たか、神楽坂明日菜ァ!!」
叫び声、そして当たりを照らすマグネシウムの瞬間閃光。一時的に行動不能となった茶々丸をすり抜け、驚異的な身体能力で明日菜がエヴァンジェリンに突進をかましてきた。魔法障壁を抜けてくると分かっていた彼女はあっさりとネギを手放して彼女の膝を掴み取る。
「えっ」
「落ちろォ!」
そして、振り下ろし。下手に空中に躍り出た彼女は為す術なく地面に叩きつけられていた。何が起こったかなど、知る由もなく衝撃が体全体に伝わっていく。真祖の吸血鬼の腕力を以って行われた物理衝撃は、大ダメージを与えるには十分だった。
「ガッ!? うぅぅ……」
「明日菜さん!
急ぎネギが駆け寄り、治癒呪文を唱えて彼女の傷を癒し始めた。その呪文は彼女の魔法無効化能力の壁を越えて伝わり、怪我に浸透して肉体の損傷を元に戻していく。その間にまとめて氷漬けにしようとエヴァンジェリンが手を伸ばした瞬間、二度目の強烈な閃光が辺りを覆った。
「セカンドフラッシュ!!」
「…こざかしい真似―――なに? 何処へ行った」
「マスター、周囲100メートル圏内に生体反応は見受けられません」
「……チィ、神楽坂明日菜の足はどうなっているというのだ。魔法無効化だけの恩恵ではなさそうだが」
そう言いつつも、彼女たちの優位には変わりがない。
茶々丸に索敵範囲を広げろと命令を下し、彼女は魔力を滾らせて戦闘に備え始めた。
―――決して、逃がしはしない。
そんな獰猛な笑みを浮かべる彼女の横で、茶々丸へと通信が入った。
その向こう側から聞こえて来たのは焦ったような声。それは、協力を要請していた千雨の叫び声だった。
『≪気をつけろ、停電復旧プログラムが起き始めた! 魔力の封印が近いぞ!!≫』
「オイオイオイ!! どうなってんだこれは!!」
『≪落ちついてチサメ、こちらでもハッキングは正常に行われているわ≫』
「そっちの数値だけが全てじゃないんだって! 異常なのは…!」
少し前、千雨は緊急事態に翻弄されていた。
突如鳴り響いた危険アラートと、次々に塗り替えられていく麻帆良の電源復旧システム。あと十分もすれば完全に電力が復旧されてしまうだろうと言うところまで掛けたハッキングは解除されていたのだ。しかし、彼女が疑問に思うのはそこではない。通常でも電源が戻るのはその二倍はある筈なのだ。
だというのに、この速度。確実に何かが在る。
「くそっ、魔法のファイヤーウォールが割り振られてパスワードが敷かれてやがるじゃねーか。電子精霊ってことかよ―――!」
言うならば、電子にまで進出した魔法の防壁。これが在るからこそ麻帆良の不可思議な出来事は外に出回る事もなく映像でなどもそれを編集、もしくは消去して魔法の存在を知らせないようにする「生きたプログラム」。
それが千雨の前に立ちはだかっている。なんどか精霊を潜り抜ける事が出来た彼女も、真っ向から戦ったことは無い。そして今回はそんな時間さえ用意されていないのだ。それでも、知恵を絞って対抗策を考える。
別段、エヴァンジェリン側を擁護する必要は無い。だが、約束したのだ。今回ばかりは裏方で手伝ってやると。義を重んずるならば、彼女はやるしかないと自分を奮い立たせる。過ぎる事数分。遂に対抗策への足がかりが頭に思い浮かんでいた。
「……プログラムは電力復旧。御丁寧に全発電所を使用するという豪華式。これは…いや、ここまで高度なプログラムはあくまで精霊任せであって、魔法使い連中は単純な命令を下していないとすれば…?」
予測はあくまで予測しかない。だが、思いついた策以外にこの状況から脱却する手立てを見つけることは難しいだろう。
「やってみる価値はあるか…!」
キーボードの上でタップダンスを刻みながら、確実にプログラムの隙間を掻い潜って中枢へと迫っていった。ここまでくると、後は単純な作業であると笑みを浮かべて指を動かす。
そして、遂に最終ラインまで到達する事ができた。
「……パスワード式。そして、今はハッキングさえ許されない、か」
目の前に出て来たパスワード打ち込み画面。夏戦争にいた数学の天才と言う訳でもないので、千雨は目の前に広がる無数の数時からパスワードの記号列を弾きだすことなど出来はしない。つまり、ここは電力を取り戻させないためにも一発で成功させなければならいのだ。
ちらりと覗いたもう一つのパソコンの画面には、予測電力復旧時間がカウントダウンを始めていた。残るは十秒、最早予断さえもが許されないところまで来てしまっていた。
(考えろ、魔法使いならどう言うパスワードを打ち込む?)
――残り4秒。
(あいつらは潔癖主義者に近い、殺人を良しとしない組織)
――残り3秒。
(あの吸血鬼が何時だか言っていた、“立派な魔法使い”が最終目標…? これだ!)
――残り3秒。
「どうか、合ってろクソヤロ―――!!」
パスワードを打ち込んでください。
************ → MagisterMagi_
これで、よろしいですか?
「いけ、いけ、いけぇぇぇぇええええええ!」
_Enter!!
プログラムを―――
後篇に続きます。
展開を組みなおして数日後に投稿予定。