抑止兵器マギア   作:マルペレ

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後篇


☮新月夜

(くっ、どう言う事だ? このタイミングで即興の仮契約。それはいい……だが、電力復旧が早まり、さらには予想以上の強化だと!?)

「さっきはよくもやってくれたわね!」

「マスター、援護します」

 

 茶々丸と明日菜の拳が衝突。どちらも規格外の威力でぶつけ合った事で拡散する衝撃波がネギやエヴァンジェリンのいる側まで迫っていた。そんな同程度の衝撃を発生させながら二人の組合は続く。

 エヴァンジェリンが疑問に思ったように、ネギ側が明らかに素人目でもお釣りがくるほどの不可思議なパワーアップを施されている。それが原因で一気に形勢は逆転にまで追い込まれていたのだ。さらには、まるで補正が掛っているように明日菜の拳は茶々丸の予測地点、武器の持ち手へと吸い込まれていく。だが、それは彼女が狙ってやっていると言う事も理解できてしまう。

 持ち合わせている筈の無い物が発現している。そんな状況に、現代の漫画やゲームをしているエヴァンジェリンは一つの可能性に思い当たってしまった。先日RAYが言っていた「主人公補正」という奇跡へと。

 

(そんな、そんなバカな事があってたまるか!!)

 

 彼女の優位は変わらなかった。だが、それは仲間がいなかったころのネギにの話。明日菜という増援が現れた途端に形成は逆転し、拮抗するところまで持ち直されてしまっている。「主人公」。昔は求めてやまなかった存在が、今になって現れたのだと、それを証明するかのように戦局が左右され始めたのだ。

 だからこそ、彼女はそのような存在を認めるわけにはいかない。認めたならば、何かが終わってしまいそうに感じたから。そうなれば最早、彼女の頭の中では英雄の息子だとか、学園長の思惑だとか、闇の福音としての矜持などは持ち合わせてはいなかった。ネギを見つめる瞳はどろりと濁っていき、その身さえも深い闇に落としてしまったかのように体位が空中で崩れる。

 激しい戦闘中で突如両手をだらりと下げた彼女。エヴァンジェリンから漂い始めた異様な雰囲気に、その場にいた全員が彼女に注目していた。注目、してしまった。

 

「…貴様は、貴様の様な存在がァ!!!」

 

 大気中の魔力がうねり、彼女の手に集約される。それだけで引き寄せられてしまいそうな暴風を形作りながら、それは出現した。

 どこまでも凍てついた剣、エクスキューショナーソード。液体・固体の物質を無理やりに相転移させ、万物を切り裂く彼女の本気がその手に降臨した。瞬間的に絶対零度まで落とされた空気が気圧を乱して風を生み出し、彼女の髪は周囲へ広がる様に煽りあげられる。

 その表情、悪鬼の如く。これまでとは一線を画していると、誰もが思うほどに。

 

「どこまでも光の道に生き、これからも将来を約束された存在がァ!!」

 

 もう一本、悪夢の様な氷の剣が出現した。

 それは彼女の両手に収まり、更なる暴風を巻き起こす。

 

「私の前に今更現れるとは……何を意味しているのか、分かって、ッいるのか!!!」

 

 それは痛哭。叫びと共に両手を合わせ、大剣のように構えて彼女はネギに跳びかかった。

 激しい感情の渦は全てを巻き込んでいる。最早彼女自身も何故こうなったのかさえも忘れている。憎悪も歓喜も悲しみも楽しみも、彼女が体験した全ての感情がないまぜになり、理性を吹き飛ばした暴走。誰もがタイミングを見誤り、動く事が出来なかった。アレに触れてしまえばネギなどは…いや、人間の体などは一瞬で文字通り「蒸発」してしまうだろう。

 死への本能的な恐怖。これまで追い詰められていた恐れを上回るそれに囚われ、ネギはその場から一歩も動く事が出来なかった。そして、彼女の剣の切っ先に当たる部分が身体を貫こうとして―――消失。

 

「なっ―――が、ぎ、ぐぁああああ!?」

 

 それが意味したのは魔力自体の喪失。

 

 砲弾のように飛びかかっていた彼女は無様に地面に投げ出され、その速度のまま全身を隈なく摩擦で傷をつけられた。突如圧力が消えた事でネギは彼女を回避しており、エヴァンジェリンだけがその場で多大な流血を迸らせる。

 彼女が擦れた後の地面には、血液の軌跡が残されていた。

 

「はっ、ははははははっ!!! 私は何もできないのか? このように我武者羅に向かったとしても、運命には逆らえぬと言うのか? 忌々しい…嗚呼忌々しい!!」

 

 暴言を喚き散らし、回復能力も働かない血濡れのまま渾身の力で地面を殴りつける。振り下ろされた拳は接触の瞬間、血肉を撒き散らして砕け散ってしまった。

 そうして突然の暴走を始めた彼女を前に、一同は唖然とその光景を見つめるしかできなかった。その瞳の中でどれだけの感情を持ち合わせていたのか。想像はできるが、思いもよらない息にまで達しているのだろう、そう言うことしか理解できない。そして何故、このように突然の暴走を起こしてしまっていたのかと。

 思惑をよそに、どこまでも無様な姿は自分自身をあざ笑う。闇の福音と言うプライドを投げ捨ててまで理性を投げ出したエヴァンジェリンに触れる者は、誰も居なかった。

 

 

 

 

「……失敗か」

 

 千雨のモニターには、度重なるハッキングで「処理落ち」して固まった画面が表示されていた。この処理落ちさえ無くなればエヴァンジェリンの魔力を再び最盛期の物にすることができるだろう。だが、パソコン自体のスペックが低いとは流石の彼女にも予想外だった。

 そうは言っても、復旧したのはエヴァンジェリンの力を封じる結界だけで、街の電気が戻ったと言う訳でもない。真っ暗な部屋で、千雨は詫びるための回線を入れた。

 

「わるいな、あとちょっとすれば回復すると思うが……」

『≪……マスター、貴女は何故…………≫』

「茶々丸?」

 

 様子がおかしい。彼女がそこに辿り着くまでに時間は必要なかった。

 

「RAY、仔月光の映像を送ってくれ」

『≪……分かったわ≫』

 

 一瞬の間を置いて、RAYが千雨のパソコンに出力を送った。その映し出された映像を見た途端、RAYが間を置いた理由を理解してしまう。その画面の向こうには、地面で血濡れになり何事かを叫んでいる師匠の見るに堪えない姿が転がっていたのだから。

 この光景は、実に衝撃的だった。

 少なくとも、いつも余裕を持っていたエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルという存在。千雨が抱いていたそのイメージ像が脆くも崩れ去るほどの醜態。何が起こったのかは分からない。だが、一つだけ、千雨だからこそ言える事が在る。

 

「何やってるんだよ、師匠サマ? どう見ても自分に負けてるじゃねぇか」

 

 怒りが噴き上がる。

 千雨のナノマシンでも抑えきれない感情の発露。戦闘には必要の無い心のぶれ。

 それが今、長谷川千雨と言う個体を支配し始めていた。

 

「なに、やってんだよ。お前が自分で決めたんだろ? 英雄の息子を油断なく正面から打ち負かし、その力を取り戻すって……なのに、なんで自分に負けてんだよ!?」

 

 コンソールを叩きつけ、そんな師の醜態に対して憎悪を抱く。

 こんな姿はエヴァンジェリンではない。常時余裕で、偉大な悪の魔法使い。別名「闇の福音」。映像を通してでも分かるほど、今の彼女はそのどれでもなかった。アレは自分を諦めた肉人形に過ぎない。ただの、抜け殻でしかない。

 彼女が抱いたエヴァンジェリンと言う女性のイメージと、その現実の差。人によってはこちらこそが本当の姿だと言うものもいるだろうが、彼女はそんなものは認めない。

 

「諦めんなよっ! この―――大馬鹿野郎!!」

 

 無意識化でキーボードを打ち鳴らし、ハッキングを行っていた。

 その先は―――通信橋付近のメガホン。

 

「お前は、お前だろうがッ!!」

 

 その隣のモニターには、Access! の文字が並んでいた。

 

 

 

 

 

「は、ははははは……」

 

 何が闇の福音だ。

 力なきただの少女じゃないか。……ああ、だからナギの奴も私を拒絶したのだな。求めてばかりで、流されてばかりで、自分から救われようとはしない愚かな人間。いや怪物。

 このような醜い女に振り向く者など誰もいない。だからこそ数百年もの間、嫌悪の感情しか向けられなかったのだ。ようやく理解した。

 

「…………」

 

 ほら、周りの奴らも此方に視線を投げている。大方、このような姿を見て落胆しているのだろう。ならば見続ければいいじゃないか。私は所詮この程度なのだから。

 

「……マスター、結界は再び解除されたようです」

 

 そうか、としか彼女は思えない。

 戻った吸血鬼としての能力により、激痛が引いて怪我が癒される。彼女には肉が内側から盛り上がり、擦りきれて無くなった患部を補っている嫌な感触が全身を襲っていた。真祖の吸血鬼が発揮する「再生能力」。すばらしいと言って、憧れる者もいるかもしれないだろうが、傍から見れば君の悪い物にしか見えていないと自嘲する。

 もう、いやなんだ。

 

「私は消える。お前は自由にしろ茶々丸……」

「なっ、マスター?」

「ちょっと、何処行くのよ!!」

 

 後ろで何か言っているが、もう「わたし」に構わないでくれ。痛いのは嫌なんだ。怖いんだ。嫌なんだ。

 歩みを進める程に自覚するが、先ほどの怪我が何事もなかったかのようだ。つくづく自分と言う化け物が醜く見えてくる。かつては美貌と謳われた事もあった気がしたが、そんなものはどこにもない。犬にでも喰わせてしまったのだろうか? だからこそ醜さしかないのだ。

 

「ふ、は、はははは……」

 

 もはや、自己嫌悪も情けなくなってきた。

 私はここまで弱かったのか? いや、「わたし」だからこそ弱いのだろう。「私」はあくまで仮面でしかなかった。吸血鬼として、闇の福音としての仮面をかぶった、「わたし」の身代わりだったのだ。

 ならば「わたし」とは何だ? …決まってる。弱い―――わたしは―――

 

『≪お前は、お前だろうがッ!!≫』

「……(わたし)?」

 

 ひた、と足は止まった。

 そうだ。何を言っている? わたしは私? 何を馬鹿な事を言っているんだ。

 消えるなどと、私にはそんな場所さえありはしないのに、何をそんな「贅沢な事」をほざいていると言うのだ。滑稽過ぎて、笑いが込み上げてくるじゃないか。

 ……ははっ、長谷川千雨、貴様はやはり「引っ張ってくれた」のか。

 

「ふはっ、ははははははっ!!! そうだ! そうだよ!! 奴も言うじゃないか!!」

 

 振り返ると、茶々丸が安心したような表情でこちらを見下ろしていた。やはり、「私」はこのままでいなければならないのだ。RAYなどと、あんな機械人形の戯言一つに踊らされて、何をしている。

 闇の福音が、このような小童に背中を見せるなど有り得ないというのに。

 

「……いやはや、取り乱してすまなかったな、坊や。少しばかり気が狂っていたようだ」

「…エヴァンジェリンさん?」

「そうだ。そうだとも! 私はエヴァンジェリン、魔法界に名を轟かせた悪の魔法使い!」

 

 長年かけて編み出した「あの魔法」で心が闇に偏り過ぎていたらしい。とっくの昔に制御していたと言うのに、こんな所で弊害が発生するとは久しぶりに修行不足を痛感させてもらったよ、坊や。

 だからこそ、そちらもまだまだ余っている魔力を奮い起すが言い。この私が相手をしてやろうではないか。

 

 彼女は一歩一歩、踏みしめるように彼らに近づいて行った。

 手を一振りすると、弾き飛ばしたネギの杖が橋の下から浮き上がり、持ち主の手にすっぽりと収まる。

 

「どういうつもりよ…?」

「そう警戒するな、神楽坂明日菜。この勝負に関して契約をかわそうと思っただけだよ」

「契約、ですか」

「そうだ、契約だ。私が勝ったら貴様の血をこれからも適度に摂取させてもらうとしよう。ほら、貴様の望みを言え」

 

 すっかりいつものペースを取り戻したエヴァンジェリンから溢れる威圧感。先ほどの訳の分からない物ではなく、確固とした己の自信から来るプレッシャーに改めて押し潰されそうになりながらも、ネギはその口をしっかりと動かした。

 

「……僕が勝ったら、悪い事を止めて授業に出て貰います!」

「ならば契約成立だ! ならば、死合いはこれまで。試合うとしようではないか! 茶々丸ゥ!!」

「イエス、ご指示を」

「神楽坂明日菜を抑えろ。私は坊やを相手にする」

「さっ、さっきから何が何だか分からないけど…やるって言うなら容赦しないわよ!!」

「お相手お願いします、明日菜さん」

 

 望みを告げ、戦う理由を双方が表明する。

 そうして整えられた戦況は、先ほどまでの殺伐としたものではなく和気藹々と命の取り合いを始める者へと切り替わった。込められた意味は変わっていないが、それでも空気は違うというのは、その場の全員が理解していた。

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!!」

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!!」

 

 魔法の衝突、従者の衝突。

 真の意味で、戦いはまだ始まったばかりである。

 

 

 

 

「……冷や冷やしたよ。にしても、このクソOSどうにかならないのか」

 

 その状況をモニターで見つめると、悪態をつきながらも千雨はその画面を閉じた。決着がどうなるかなど興味は無いし、丑三つ時を超えるころには電力も復旧するようにプログラムしておいた。決着次第ではエヴァンジェリンの魔力がまた抑え込まれる事になるが、それは彼女のあずかり知らぬところだ。

 

「学園長、これでいいんですか? ちょっとしたトラブルもありましたが」

『≪流石のワシもアレには肝が冷えたわい。まぁ丁度いいのではないじゃろうか? エヴァの奴も、力を振るう機会もなく燻っておったようじゃからのう≫』

『≪それで英雄の息子という“理不尽”を当てるだなんて、矛盾しているんじゃないかしら?≫』

『≪さて? ワシとしてはどうなろうとあるがままに受け入れるつもりじゃったよ。それがたとえ、ネギ君の死であってもな≫』

「……そりゃまた、“生徒思い”ですね」

『≪見抜かれてしもうたか。千雨くんも鋭いものじゃ≫』

 

 通信先で朗らかな笑い声が響いてくる。この狸は一体どこまで分かってやっているのだろうか、そんな疑問がわき上がって来たが、泥沼にはまりそうなので口を出すことは止めておいた。

 パソコンをシャットダウンして通信を切ると、暗かった配電室から外に出て、思いっきり体を伸ばす。腰や肩がぽきぽきと小気味のいい音を鳴らして、背筋がピッと真っ直ぐに張られた。

 

「さて、あのバカども回収してから寝るか。ったく、こう言うのはフォックスの仕事だろうに」

 

 彼女はあくまで「一介の中学生」。

 夜遅くまで目を開けている事は、健康に悪いと判断しているのである。

 星は、そんな彼女を呆れたように見下ろしていた。

 

 

 

 魔法が弾け、人が舞う。

 人が見れば言うだろう。「これは武芸だ」「いや、これは舞踊だ」と。

 されど、そのようなものは客観的観点からの意見に過ぎない幻想だ。現に、この場の主役である四人は実に楽しそうに見える。

 茶々丸の背が開き、ブーストを掛けながら突進して行けば明日菜の張り手が伸びる。その腕を挟みこんで上空に放り出せば、小型の追尾ミサイルが彼女を襲った。接触の直前にネギの魔法が炸裂し、爆風を光の矢がのみこみ余波は体質が無効化する。

 体勢を立て直したネギが続けざまに呪文を放とうとすると、エヴァンジェリンが狂気に陥った時に持ちだしていた絶対両断の剣を振りかぶっていた。死が目前に迫っていても、彼は顔色一つ変えることなく自分に杖を「加速」させて離脱して攻撃を避けた。

 

「危ないじゃないの!」

「後方接近2メートルの位置です」

 

 エヴァンジェリンが茶々丸の指示に従って地面を剣で抉ると、体勢を崩した明日菜が握った拳を解いて転がり込んで来ていた。紙一重で避けたが、転倒する前に明日菜の右手がエヴァンジェリンの手に触れていたせいで魔力は霧散。エクスキューショナーソードを構成していた魔力を含め、魔法の素材は再び空気へと還元される。

 その隙をついてネギの完成した魔法「雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)」が二人を襲った。例の如く魔法無効化能力がある明日菜はともかく、彼女は再生はするだろうがまともに受けることもできないので呪文の嵐から離脱する。再び茶々丸のもとに後退して敵の様子を見ると、ネギ側は魔法に巻き込んだ事で明日菜に揺さぶられていた。

 

「やれやれ、少しばかり遊びが過ぎるのではないか?」

「そうですよ! あああ明日菜さん! 謝るので離して下さい~」

「マスター、次弾装填完了しました」

「良し、討て」

 

 誤字に非ず。

 茶々丸の関節部から銃口が顔をのぞかせ、未だ取っ組み合いを続けるネギたちに向かって飛来した。勿論、弾丸はゴムではなく実弾。掴まれながらも何とか状況を判断した彼は明日菜を後ろに下げると、自分が張っている魔法障壁で弾丸を全て受け止めた。激しい銃撃が罅を入れたが、命あってのものだねだ。

 次いで、性格に狙いを付けた魔法の矢が29本飛来する。これが魔法だと分かると、ネギの後ろに回っていた明日菜が身体を張ってネギの盾となって立ちはだかる。魔法の矢は全て無効化され、あっけなく散って行った。

 

「あ、ありがとうございます」

「お互いさまよ。それより、もういっちょ―――」

「――申し訳ありませんが、そろそろ時間です」

「……えっ?」

 

 茶々丸がこの場で宣言したのは、午前二時が残り数分で訪れてしまうと言う事実。つまりはエヴァンジェリンの制限時間である。もっと戦っていたい。この様に軽やかな気分で戦うの初めてだった。そう思っていたエヴァンジェリンは、時間切れなどと言う詰まらない物が存在する事に盛大な舌打ちをする。

 とはいえ、このまま続けていれば一般人が起きてくるのも道理。破壊した後を学園側が秘匿するためにも、これ以上の戦闘行為を続けるのは不可能だろうと渋々ながらも事実を受け止めることにした。

 結局、エヴァンジェリンもこの忌々しくも愛おしい麻帆良学園を気に入っているのだ。

 

「…まぁ、坊やの聞いたとおりだ。今度こそ私の制限時間がすぐそこまで迫っている。このまま雑談でも続けていれば其方の勝ちになるが……」

 

 挑発的な、事実挑発を含めた笑みを浮かべて語りかける。

 話を聞いていたネギの目は、勝利を目指す者の瞳。だが、それはこのまま時間切れを狙おうと言うものではなく、「戦う者の目」。

 

「敢えて問おう。最後の勝負を受けるか否か」

「……受けさせていただきます。そして、僕は貴女を超えて見せます!」

「よくぞ言った! それでこそサウザンドマスターの息子…いや、“ネギ・スプリングフィールド”!!」

「明日菜さん」

「茶々丸よ」

「「下がって」」

 

 何か言いたげな明日菜も、最後の瞬間をハラハラと見守る茶々丸も、二人の言葉を受けて何を言うでもなく素直に二人の後方に下がった。

 残る時間は5分。

 それぞれの始動キーが紡がれる。

 

 其れは言霊と成り、

 其れは精霊へ伝わり、

 其れは魔力を高める。

 

 詠唱は、共に。

 

来れ雷精(ウェニアント・スピーリトゥス) 風の精(アエリアーレス・フルグリエンテース) 雷を纏いて(クム・フルグラティオーニ) 吹きすさべ(フレット・テンペスタース) 東洋の嵐(アウストリーナ)!」

契約に従い(ト・シュンボライオン) 我に従え(ディアコネートー・モイ・ヘー) 氷の女王(クリュスタリネー・バシレイア) 来れ(エピゲネーテートー) とこしえのやみ(タイオーニオン・エレボス)!」

 

 この場で妥協はしない。その意思として、同種の魔法ではなく系統の違う上位の呪文をエヴァンジェリンは唱えていた。ネギも詠唱の内容に気付いたが、気にせず己の魔力を高めることに全神経を集中させていく。

 瞬間、空気が止まった。

 

 言霊が紡がれ、魔の理が場を支配する。

 

雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)!!」

えいえんのひょうが(ハイオーニエ・クリュスタレ)!!」

 

 両者から魔法が放たれる。

 射線上の物を電撃で焼き尽くす筈の雷の暴風が拮抗したのは、ほんの一瞬。次の瞬間には放たれた魔法そのものが凍りつき始め、非現実を生み出した術者の元へ伝うように氷が向かって行った。

 エヴァンジェリンはその様子を見て、手を緩めるどころか魔力を更に放出する。ネギは負けないという気持ちで魔力を滾らせるが、どうしてもあと一歩のところにさえ届かない。

 

「―――終わりだ! ネギ・スプリングフィールド!!」

 

 再度、波導を放つ。

 雷の魔法を呑み込み、ネギの元まで迫った氷が牙をむき―――

 

 

 

 

「……この勝負、私の―――勝ちだ」

「…僕の、負けです」

 

 氷がネギをも浸食する直前、やらせはしないと明日菜が割り込んでいた。氷はそこで効力を失い、魔力が空っぽの敗者を取り囲むようにして完全に停止する。

 同時に、午前二時を迎える。エヴァンジェリンの魔力もネギ同様に抑え込まれ、懐かしい結界の重圧が戦闘後の彼女に鞭打つようにのしかかる。くらりと倒れ込んだ身体を茶々丸が受け止め、ネギはそんな彼女を羨ましそうに見つめていた。

 

「…ほら、立ちなさいよ」

「わっとと」

 

 明日菜がその感情を知ったのか、同じように肩を貸して立ち上がらせる。

 共に従者に抱えられる身の上。勝者と敗者という差は存在するものの、全力で戦った者同士の熱い視線が中空でかわされた。

 

「契約は契約だ。従ってもらうぞ」

「…はい。でも、今度また戦ってもらいます!」

「ほざけ、青二才。私は何時でも待っていてやる」

 

 くるりと背を向け、エヴァンジェリンはその場を去って行った。

 優雅に、誇り高く、勝者の威厳をその身に携えた姿は、月の光と合わさって幻想的な光景だった。空に浮かぶ金の髪を持つ少女。彼女はネギを見下ろすと、くすりと笑って飛んでいってしまう。

 知らず、彼は拳を握りしめていた。

 

「……明日菜さん、付き合わせてしまってごめんなさい」

「いーわよ、別に。あんた見たいなガキんちょが無理するのなんて見たくないから」

「…ありがとうございます。それからカモ君、無謀な事してごめんね」

「なーに、俺っちは兄貴に付いていきやすとも! ただし、闇の福音は勘弁してくだせえ」

「ふふっ、なによそれ」

 

 戦ってくれた仲間が眩しい。

 エヴァンジェリンが何を考えて暴走したのか、何を思って我に返ったのか、それは知るところではない。それでも彼女が秘めた強さの一端を垣間見た様な気がして、彼はそっと微笑んでいた。

 

 

 

 学園長室には電気が灯った。ずっと水晶玉を覗きこんでいた彼は、予想以上の出来事が重なったおかげでこれ以上は無い物を見せてもらったと上機嫌だ。

 そんな見つめる者の名を―――近衛近右衛門と人は呼ぶ。

 

「……さて、次は修学旅行か。英雄の息子がいると聞き及んで行動を始めた過激派もおるようじゃし、そろそろ全ての準備を整えねばならぬの」

 

 ちら、と机の上に視線を移す。

 そこには山積みの書類が在るだけだったが、その正体は大量の「許可証」。エヴァンジェリンを一時的に解き放つ、ピッキングの道具の様なものだ。

 

()の魔力が荒れて来おったか。ほんに亡霊となってもしつこい男…いや、しつこい夫婦じゃのう。それだけで恨みも辛みも晴れる筈は無いと言うのに」

 

 その瞬間、窓ガラスが割れて一通の手紙が近右衛門目掛けて飛来する。強靭な魔力障壁をゴムのように変形させて其れを受け止めると、何事もなかったかのように文の便箋を開いた。

 

「……我々が動けないと、本気で思っておる様じゃの。異世界の技術を流用し、新たな駒を手に入れたからと浮かれてこの様な醜態を態々送ってくるとは……愚か者共が!!」

 

 手紙が突如発火を起こし、一秒もしないうちに散りも残さず燃やしつくされる。

 怒りと情けなさに打ち震える近右衛門の周囲の物体がガタガタと震え、ガラスの様な脆い物は全て内側から破裂する。

 

「身を以って知るが良い。貴様らの首は、正しき異世界の者が討ちとるであろうと言う事を!」

 

 現代では他の誰にも見せた事の無い、近右衛門が持つ「師」としての表情。

 それは悲しくも、怒りだった。

 




闇の福音編、終了です。
やっと舞台が整いました。
後はこの小説の最大の目標である京都編に向かって突っ走るのみです。

またお会いしましょう
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