抑止兵器マギア   作:マルペレ

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お待たせしました。


☮斬撃昇竜の如く

 引き金を連続で引き絞り、Operatorから七発の弾丸が放たれる。そのうちの一つは数少ない切り札であるエヴァンジェリンの魔力がこもった弾丸。それらが隊列を成して織姫の元へ向かう時間は一瞬で、彼女の障壁を喰い破る様に一撃目はその役割を果たした。

 

「馬鹿なッ――ぁぐぅ!?」

 

 あちらが怯んでいる間に七発中、二発が相手の足に食い込んだ。もともと機動力も気にしない様な敵なので戦略的な効果は期待できないだろうが、それだけ怯んでくれれば千雨にとっては十分。ナノマシンが強制的に分泌し始めたアドレナリンが脳を活性化させ、この戦いそのものに高揚感を与えるようにしてくれる。その意識のまま、千雨は行動を始めた。

 まずはOperatorをポーチに仕舞って武器を変更。これ以上障壁を抜く事も出来ないと分かったからこそ、持ち替えに選んだ銃の対物ライフルM82A1を手にする。これは従来のアンチマテリアルライフルにありがちな欠点であるリロードの遅さを改善したタイプで、50口径という弾の大きさからも信頼の威力を発揮してくれる、物体としてなら狙撃兵の友にもなりうる優秀な性能を持っている。

 本来なら遠くから狙撃するため、モシンナガン以外をほとんど扱った事の無い千雨であれば照準を付けることは難しいが、此度の戦闘は近~中距離間の草木が生い茂る状況戦。そう遠くに狙いを付ける必要はなく、結界を吹き飛ばす威力さえ出してくれればこの場の牽制攻撃にもなるからだ。

 

「リロード、セット」

「くくっ、それでいい気になったおつもりでしょうが……」

 

 自分に言い聞かせるように弾を込めて狙いを付けると、天女の如き微笑を携えた織姫の顔が視界に映った。普通のものなら男女問わずに見とれるであろうそれを、千雨はまったく気にも留めずにトリガーを引き絞った。ふだん使い慣れた物とは比べ物にならない程の反動が体を襲い、しかし慌てることなく腕の中で跳ねた銃身を落ちつかせる。

 その時だ。女が何やら呟いたかと思えば、先ほどまでソリッドアイでのみ視覚に捉える事が出来た織姫の魔力障壁が三角錐の形となって実体化し、薄い緑色を発しながら千雨の銃撃から身を守った。少なからず銃身そのものにも魔法的強化を施してもらっているおかげか、相手の結界障壁に罅を淹れることはできたが、其れは微々たるもの。強化ガラスに拳銃の弾が当たった程度の損傷で、先ほどまでのは手を抜いていたと言わんばかりの硬さを発揮していた。

 

 ―――最初にさっさと麻酔弾を打っておけばよかった。

 小さな後悔が胸の内に広がるも、今はそれを気にしている時間は無い。すぐさまリロードを行おうと銃身を傾けたその時、先ほどまで静止していた結界の一部―――魔力の糸の様なものが千雨に向かって降り注いだ。例えるならば、それはスクリーミング・マンティスの持っていた極細の糸の様で、触れてしまえばワイヤー暗殺術のように切り裂かれてしまうのは明白だろう。

 身を捻って、魔力糸の来る方向をソリッドアイの演算機能を使って予測しながら避けていく。その間にもリロードをする手は休めず、虎視眈々と高笑いを上げている織姫の攻撃の隙を見極める。不意に、一気に物量で押しつぶそうと言うのか、右側の上から糸が固まって隊列を組みだしている事を発見する。そして、一気に薙ぎ払ってくるように糸が網目状になって此方に向かい、ところてんを切り刻むが如き容易さで千雨の命を奪い取らんと迫る。

 

 しかし、それはこの上ない好機。あちらの戦闘経験はどうにも浅い…いや、戦闘と呼べるような戦いをしてこなかったのだろうと分かるが、傷を負ってもすぐに自分で縫い直して怪我自体をその場で手術するような手段を取っていると判断した。

 故に、こちらが銃専門でないと言う手の内を見せる事にする。左手に銃を持ちかえると、右手にはポーチから引き抜いた高周波ナイフを握る。網目の魔力糸があと1メートルまで迫りくる中、千雨はその攻撃と正面から向き合った。そして、ナイフの刃を閃かせ、鍛えに鍛えたナイフ捌きを披露する。

 

「お、お、お、お、お、お、おぉぉおおおおおおおおおっ!!」

 

 この際女であるかどうかなんぞどうでもいい。そう言わんばかりの咆哮と共にリズムよく織姫の組んだ網目の一つ一つを正確に切り裂いていく。丁度身を捻って飛び込めば無事に済むほどの穴を開けたところで大地を踏みしめ、引っかからないように回転しながら跳躍。狭い穴の中に頭から突っ込んで行った。

 頭から入って、レーザーの様な糸が首、胸へと移動する。懸念部位だった胸の部分も自分はそれほどない方でよかったなどと思いながら、落下の角度に合わせて足を器用に上に上げて接触しない形に完全に潜り抜けた。

 受け身を取って着地し、すぐさま銃口を織姫に向けて一撃を放つ。先ほどの場所と寸分の狂いなく撃ち抜いた様はまるで、伝説の眉毛や顔が濃い狙撃手のよう。そして美しいほど自然に同じ場所を打ち抜かれた織姫の結界は、全体に罅が浸食して行った。これには流石の余裕を保っていた織姫も驚いたらしく、ありえない、と言ったのだろう口の動きを千雨が捉える。

 

 驚いてばかりなのは戦場で命とり以外の何物でもない。たとえ幻想(VR)空間だったとしても、エヴァンジェリンと言う怪物と何度も命のやり取りを行った千雨にとって、たかが百年ちょっと生きたかも知れないと言われている織姫の相手は容易い物だったと言う事か。

 

 そんな確実な手ごたえを手にしたまま、千雨はポーチにM82A1を仕舞い込み、ポーチに押し込んだ手からは新たな兵器を取り出していた。ソレの名は、ほとんどの人が知っているだろう「グレネード」。だがその種類は近年に至るまでに様々なものが開発されてきており、千雨が取りだしたのはその派生系である「スモーク」と「閃光」だった。

 両手に構えたそれをまずは口でピンを抜き、カウントを始める。その間にナノマシンで強制的に足の筋肉を使って慌てている織姫のもとに疾走。二度の対物ライフルの直撃で確実にこじ開けた穴に閃光とスモーク、両方の手榴弾を投げ込み、己は両眼をつぶって耳をふさぎ、その場に勢いよく飛び込んだ。

 

 彼女が地面で構えをとった瞬間に巻き起こる、目を潰すほどの光と耳を引き裂くような強烈な音波。結界なんて言う一種の閉鎖空間にいた織姫は、当然ながらその強烈なものを喰らって視覚と聴覚に大ダメージを与えられている事だろう。そして次に相手の行動を鈍らせるのが一緒に投げ込んだスモークグレネードの役割。湧き出る緑色の濃い煙は、当然ながら吸ってしまえばその場で大きくむせてしまうだろう。

 それから数秒後、どさっと何かが倒れるような音が鳴り響き、千雨のソリッドアイに映されていた濃密な魔力反応は一気に収束を示していた。

 

「作戦、成功か……」

 

 その場から立ち上がって後ろを振り返ると、おそらく最初のスタングレネードの強烈さにそのままやられてしまったのであろう、瞼を開けたまま気絶している織姫の姿が確認できた。その成果を見た瞬間、存外にナノマシンを注入しただけの一般人でもそれなりに出来ることはあるんだと言う事と、同時に魔法を扱うものに勝てたと言う嬉しさが込み上がってくる。ナノマシンによって多少はこの感情も誇張されているのだろうが、今ばかりはその嬉しさに身を預けてみようと思う。

 しばらくその場で勝利を噛みしめていると、唐突に最初に逃がしたザジの事が気にかかった。周りに誰もおらず、こちらにフォックスが向かっているのだから安全は確実だろうが、余計な心配をかけてしまったのではないだろうかと、少し罪悪感が湧き上がってくる。怖い思いをさせてしまって申し訳なかった、とも。

 

「あいつ、ちゃんとみんなのトコに戻れてりゃ良いけど……」

 

 次に自分の体を見下ろし、躱しきれなかった織姫の糸による裂傷や泥だらけになった制服を見て思う。―――さて、これをどう子供先生にごまかしておこうか、と。

 

 

 

「……ちさめ」

 

 アレから自分を逃がしてくれた彼女だが、林の中から凄まじい銃撃音を聞いて不安が募る。相手は魔法使いだからそんな銃など使っておらず、つまりは長谷川千雨という人物が銃を扱っているのだと連想できるが、深く考えれば彼女は自分の代わりに戦っていると言うことでもある。

 なんの魔力も持たない一般人。そりゃあ、多少は精神干渉系の魔法に耐性が在ると言っても、魔力そのものを持っていない特別な力を使う才能そのものが無い人物が凶悪なまでの魔力を有したあの相手(オンナ)と戦っているのだ。心配しない方が、無理な話である。

 

 そうして不安を悶々と募らせているザジのもとに、一人の人物が降り立った。全身をサイボーグ姿で包んだ一つ目の男。つまりは千雨が応援に呼んだフォックスだったが、ザジは彼の事を何一つ知らない。不審な人物と言ってしまえばそれまでの怪しい風貌には変わりがない。ただ一言、彼女の心を警戒から氷解させるものが在るとするならば―――

 

「チサメの言っていた、ザジ・レイニーデイはお前だな?」

 

 そう、命の恩人と言うべき長谷川千雨の知り合いであると言う事。そして、彼自身の言葉の中に見え隠れする優しさや気づかいの感情に気付く事だろう。本質的にフォックスは敵ではないと分かったからか、少し間を置いて、ザジは口を開く。

 

「千雨…知りあい?」

「同僚とも言えるな。救援を受け取って来てみたが、何処にいるかは分かるか?」

「こっち、真っ直ぐ行ったら…」

「感謝する」

 

 魔力や気は感じない。だと言うのに、その鉄に包まれた体は疾風のようにして森の中に消えて行く。一度目を瞬かせると、既にザジの視界に彼の存在は認識できなかった。

 どうか、二人とも無事でいてほしい。ふと気付けば、そんな事を考えていた。

 

 

 

 

 緑の煙が立ち上る場所を目印にフォックスが到着した時、すでに織姫と思しき人物の魔力は感じられなかった。辺り一帯を囲っていた筈の結界は反応さえ残さず解けているらしく、溜息と共に立ち尽くす千雨の傍に行くまで何の障害も感じられない。

 消耗は最小限に避ける事が出来たのかと安心すると同時、いい加減気付いてもらわなければと声をかけると、ソリッドアイで位置情報は分かっていたのか、特に驚く事もなく彼女はフォックスに話しかけた。

 

「ははは……人間、必死になりゃ存外にできるもんだな」

「お前の事だ。常識外の力を有す者との差を感じて全力で仕留めにかかったのだろうが……どちらにせよ、見事なものだ」

「お褒めに預かり光栄ってトコだな。あ、流石に私が連れていくなんて出来ないし、コイツを縛り上げてって欲しい。スタングレネードで気絶してるけど、麻酔は撃っとくか?」

「そうだな。途中で目を覚まされても厄介だ」

「んじゃ、遠慮なく」

 

 千雨がハッシュパピーを取り出し、弾丸を確認。再びマガジンを銃底に入れなおしたその時、フォックスは違和感に気付く。

 

「…チサメ」

「どうした?」

「敵は、何処だ?」

 

 瞬間、先ほどまで使っていた高周波ナイフと共に構え、基本的なハンドガンCQCの構えをとる。フォックスは両腕の格納領域から高周波ブレードを取り出し、刃と柄を組み合わせて刃を上段にして周囲を警戒する。

 振り向かずとも理解していたが、二人のレーダーには織姫の倒れていた場所には既に何もない事を知らせている。何の魔力の乱れもなくその場から退避したのか、それとも今もこの視界は良好とは言えない森のどこかに待ち伏せしているのかは分からないが、唯一つ二人に共通して理解できている事は――

 

「結界が張り直されたか。最低限の常識は持ってるってわけだな」

「はたまた此方をまとめて…という魂胆があるのか。自信家には違いないだろうが、油断できない事は確かだ。チサメ、背中を預ける」

「へいへい。バラけた方がこの場は危険だしな」

 

 結界の領域に巻き込まれたせいか、ばさばさばさっと森の一部がざわめいたかと思うと、二人の周囲には幾つかの雀の死骸が転がり落ちて来た。これはつまり、結界そのものが殺傷能力を得たと言う事を示している。

 

「RAY、こちらFOX1およびFOX2。敵の結界に閉じ込められた」

≪…ざ、ざざざ―――チ……こ……下げ―――≫

「RAY? ……くそっ、ECMにも対応しやがったか…?」

「いや違う。魔力濃度を計測してみろ」

「…これって、そりゃ電波も掻き消される…!」

 

 背中合わせで周囲を見渡す中、千雨のソリッドアイには周辺に展開された結界の濃度を測定し、表記していた。それに表記されたのは「94%」。これはつまり、最早周囲に漏れ出ても入る事さえできない、出る事も敵わない強度や迎撃だけを突き詰めた殺す気の結界。これに閉じ込められたのが魔法使いであるなら、一体どのような術式を組めばどうなるのか、などと言って頭を抱えていただろうが、今の二人にとっては厄介なものだと言う認識程度。

 フォックスは結界を切り裂いて撤退するシュミレートを脳内で行っていたが、自分の技量で結界に「崩力」を放った場合、予測映像には威力の足りない振動が自分に返され、逆に細切れにされるであろうというもの。どうあがいても引っ繰り返らない事象には逆らうべきではない。そこまで考えて、小さく舌を打つ音が森に響いた。

 

「計測は其方のほうが上だろう。敵の尻尾は掴めるか?」

「今やってる。……大きな魔力反応はあるが、上空。しかも複数点在してるから何とも言えない感じ、かな。あくまで表記に出たデータでしかないから、あてにすんなよ」

「分かっているさ」

 

 フォックスが言葉を返したと同時、再び森がざわめいた。しかし、先ほどと違って聞こえて来たのは雀とはまた違った羽音が聞こえて来たと言うこと。力強く飛翔し、大きな体に見合った翼を何度も羽ばたかせ、時には滑空で空を縦横無尽に駆け回る。

 こんな時に大きな鳥がいるものだと最初は感慨深く思っていた千雨も、違和感に気付く。どうして雀が落ちてくるほど低空に結界が張られている筈なのに、大きな鳥が落ちてこないのか。そして、羽音ばかりしか聞こえないのはどう言う事だ?

 

「フォックス、上の鳥だ!」

 ―――ピィィイイイイイ!

 

 千雨が叫ぶと同時に上空から巨大な白い翼を持つ「白鳥」が急降下してきた。その足や棚引く羽の一本一本からは織姫が操っていた物と同じ、極細の魔力糸の特徴が見受けられた。つまりこの鳥は、織姫自身…!?

 幾ら魔法だと言っても動物に変身するのはありなのかと思ったが、その体躯の巨大さから唯の変身で無い事位は両者ともに確認する。とにかく、あの姿には嫌な予感が背筋を這いまわってばかりであるのがどうにも恐ろしい。直感的に感じ取った二人の内、フォックスが千雨を抱きかかえると強化外骨格の跳躍力を使って近くにあった木の影まで一気に離脱する。

 そして変化は起こった。白鳥が通り過ぎて行った先に追従の風が吹き荒れると、その場の景色は一瞬にして砂塵の吹き荒れる砂漠へ変貌した。切り刻まれた地面は一体どこまで細かくなったと言うのか、一時的な砂嵐が収まった後には、白鳥の軌道に沿うようにして、U字曲線を描いたクレーターが顔を覗かせている。

 

『生きては帰しません……此処で一人残らず塵と化しなさい!!』

 

 鳥の姿で喋ったからか、上空から織姫の美しい声はくぐもった甲高いばかりの耳障りな音となって二人の鼓膜を刺激した。そのまま音響攻撃で攻め続ければ千雨らの足止めは出来ただろうが、自分自身その声が気にいっていないのか、また元の鳥の鳴き声として意味を持たない叫びを撒き散らす怪物へと変貌し、再突撃に集中しているようだ。

 

「…強襲してくる爆撃機の様なものか」

「なんっで、冷静にいられるんだよ!? つか、耳痛ぇ……」

「なにはともあれ、白鳥狩りか。チサメ、この結界なら早々に破壊される事も、中の騒ぎを感知される事もないだろう」

「アレ使えって? 反動でかすぎる欠点は―――」

「構わん。俺が場を用意してやる」

 

 高周波ブレードを振りおろし、膝を折り曲げてフォックスは飛翔する。近くの大木などを足場として飛び回りながら、葉っぱが覆い尽す千雨の視界の外へ彼は消えて行った。

 なんと言うか、集合時間に間に合うのかどうかという疑問が湧いてくるものの、今の状況を何とかしない限りにはこの場から出る事さえも叶わないのだろう。ならば、フォックスの機体に応えてやるほかあるまいと、ポーチに手を伸ばして「とっておき」を構える。

 

「ソリッドアイ視界接続。スティンガー-RMPブロックⅡ装填っと。ロック、開始。表示される画質は良好~♪ なんて、な」

 

 俗にRMP型と称されるスティンガーミサイルの発展型。彼女の時代である2003年であっても既に財政支援の打ち切りが行われているが、これはRAYの倉庫で着実に在庫として眠っている一品。その射程は8000mともいわれているが、この際に千雨が選択した決め手としては、このスティンガーは常温であってもロック可能という利点に尽きる。

 

「さ~て、猟狐が来るか獲物が来るか」

 

 千雨は舌舐めずりをしながらつぶやく。まだ見えぬ敵との戦いを繰り広げるフォックスを魔力の動きで感知しながら、ひっそりじっくりと期を待ち伏せるのであった。

 

 

 

 流石に空中線を繰り広げる事も出来ないフォックスは、可視できる薄い色を伴った結界の向こうで悠然と飛び続ける白鳥――織姫の変化したであろう姿――を観察しながら右腕でチャージを行っていた。本来なら銃身が耐えられない、過密電力で配線が逝かれやすいと言ったネームバリューを持つ荷電粒子砲であるが、彼の一新された強化外骨格には超しか知り得ぬ未来の技術が施されている。RAYが極秘裏に頼んだもので在り、使用者であるフォックスには知らされていない事だが、其れを知らずとも兵器としての威力は差支えない、いや十分なレベルで在ると笑みを漏らしていた。

 右腕に電気が集まり、強化外骨格を漏れ出た静電気がバチバチと小刻みに電気信号を右腕に与えて震わせるが、まるで聞きしに及ぶ武者震いのようではないかとフォックスのテンションを上げさせる。

 

 そんな時、織姫は白い翼を大きくはためかせて急上昇を行ったかと思うと、一身に風を受けて急降下してきた。真上からの襲撃は結界の範囲から考えても最短でフォックスに辿り着く事が可能で、慌てて迎撃しようものならフォックスの攻撃を結界が阻んでくれる。そして人間ではそんな正確なタイミングをつかむ事がないと思ったのだろう。確かに、普通の人間では熟練の射撃手であってもこうした状況に対応できない者が多い。

 だが、フォックスはその他大多数に含まれる人間ではなかった。薬漬けの毎日、残った記憶の最初には戦いばかり、そして動きを最大限補助する強化外骨格に身を包み、ナノマシンによる精神補助も成された「作られた怪物(フランケンシュタイン)」が最も適切な表現なのだろうが、彼はそんな怪物とは比べ物にならない自我を持っている。

 

「ハァァァァ………」

 

 よって、彼にとっては針の穴を突くような作業など朝飯前。右腕を変形させながら銃口を露出させ、真上に狙いを付けて制止。足は木の頭頂部に固定して発射の衝撃で落下しないよう微調整を行う。

 目標が接触するまで…3、2、1、―――0。

 

「ッ!!」

 

 異変を感じ取った織姫は、ほぼ無意識のうちに魔力糸を全面に張り、シールドのように身構えていた。その瞬間、彼女の視界は鳥目も潰すような見覚えのある閃光に包まれる。太陽のようにギラギラとした、その体に明らかな危害を加える光。

 

 大衆曰く―――レールガン。その極光の一撃が、空を引き裂いた。

 高圧の電撃、そしてフォックスの「気」を纏ったまま飛来する音速以上の弾丸は、失速することなく織姫の()に着弾。一秒にも満たぬ拮抗の時間は設けられていたが、次の瞬間には網の表面を食い破り、織姫の白鳥と化した体へと着実に迫っていく。彼女は更なる魔力を行使して糸を眼前に織り続けたが、衝撃の強さに細すぎる魔力の糸はたまらず衝撃波のみで吹き飛ばされる。

 気付けば、それは自分の額にまで迫っていて―――

 

『ギャァアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

 

 痛い、痛いいたいイタイイタイイタイイタイ痛痛痛痛痛痛痛っ。頭が、背中がはがされる。焼かれてしまう。この肌が、彦と対をなし捧げ愛し合い触れあって撫でられ手を取り合いさすってもらう体が無くなっていく無くなってしまう焼き尽くされてしまう!

 

 彼女が激痛を感じている間にも、フォックスの狙い通り額から数ミリ上側に飛翔する弾丸は、織姫の羽や皮膚をすれすれに抉り取りながら突き進み、空の彼方へと消えて行った。今度こそ、死の危険が迫って朦朧としてきた意識の中、彼女は更なる地獄を見てしまった。

 それは、近づいてくる、一陣の、刃。

 

(ほう)

 

 力の薄れた彼女の結界は、既にその構成を緩めて来ていた。その結界ごと切り裂かんと、左手に構えた刀を両手に握り直し、フォックスは跳躍して弓なりに体をしならせていた。彼の背中から、ぎちぎちぎちぃっ! という無理な角度に折り曲げられ、それでも使い手の身体能力を補助しようと歯を食いしばる外骨格の懸命な声が響き渡る。

 それだけの膂力を込めたと言う事は、織姫の落ちかけの意識の中で一種の悪寒となって駆け抜けていた。だが、だからと言って体は動かせぬし痛みも消えない。

 

(りき)ッ!」

 

 あれよと言う間に、フォックスと言う体から、斬撃と言う名の矢は放たれる。振りぬいた刃は織姫の右翼を切り裂き、質量を纏った刃として突きぬけ、更には彼女の崩れかけの結界へ至り、轟音を響かせ魔力の波動さえ残さず消滅させた。

 この時点でこの場で彼女が作り上げた物は何も無くなってしまった。それでも、全てを無効化される嘆きを感じさせぬほど、激痛によって途切れさせてもらえないまどろんだ意識のままに。叫びを上げる事も出来ずに重力に従って落下して行く。

 枝や葉を巻き込みながら落下して行く中、ぼんやりと思う事が在った。

 

 ―――ああ、(わたくし)はこのまま地に堕ちるのですか。

 

 彼女がそうして諦観の瞳を携えたその時だった。

 確か日本最古の古文にあった一文が思い起こされる。

 「もと光る竹なむ一筋ありける。」その()が竹取の翁のように、幸せの子であったらどれほど良かっただろうか。ここまで現代兵器に精通していない織姫でも悟る事ができた。此方に向けられた鉄筒(タケ)は、命を奪う武器であると。

 

 後部から煙を上げる鉄の玉が、今日の彼女が見た最後の光景。こうして、森に新たな轟音が鳴り響いたのだった。

 

 

 

 

 精も魂も尽き果てたからと言うべきか、地に伏した白鳥の体からはその身を覆う羽が空へ巻き上げられ、一枚一枚が剥がれおちて行った。その中でまだ息が在ったのか、小さく呼吸を繰り返す織姫の人間の体が見えて来る。一つの気になるところだったのだが、フォックスが斬り落とした右翼は白鳥への変身による一時的な物だったようで、彼女自身の右腕は無くなることもなく、ちゃんとくっついているらしい。

 対し、この場にいるもう一人の女性である、全神経を研ぎ澄ませて機会をうかがっていた千雨はスティンガーミサイルをポーチに仕舞い直した。例え使えないゴミになっても、こんな場所で不法投棄して行けば指紋から個人特定されてしまうからだ。それ以前に、常識的な事実として日本内で銃を捨てていくなどバカのすることである。

 

「終わったか」

「誘導お疲れさん。…にしても、こいつも生命力が高いと言うかなんというか……」

 

 千雨の見下ろす先には呼吸を繰り返し、眠ったように気絶する織姫の姿。

 

「死んでいないなら都合がいい。今回の目的は過激派残党の掃討でもあるが、現状では捕縛しておけば、敵の情報を吐かせる事も出来る」

「敵の本拠地さえ判明してないからなぁ。じゃ、捕虜は任せた」

「了解。あわよくば説得してみるのも悪くはない」

「……出来るのか?」

「一応、BIGBOSSの右腕は多才でないと務まらない。その際に“スカウト”としての訓練も極めている」

 

 その言葉は偽りに非ず。麻帆良に留まっている半年間はVR訓練を積み直した事もあり、兵士として修めた技能は多岐に渡っている。戦いばかりが能ではないのが、BIGBOSSの右腕たる所以である。それは、シャドーモセスでの若きソリッド・スネークに正体を悟らせなかったあの演技力でも明らかになっているだろう。

 

「一軍に必ず一人は欲しい人材だな。お前は味方でよかったよ、本当に」

「そう言ってもらえれば光栄だ、新米兵士(ルーキー)。動きは悪くなかったぞ」

 

 らしくない皮肉を残し、彼は織姫を背負ってステルス迷彩を起動。予備の携帯型ステルス機も織姫の体を隠すために起動させると、ほとんど黙視できない程に景色と一体化して千雨の元から離れて行った。遠ざかる足音だけが、彼らを認識できる方法である。

 

「…やべっ、集合場所まにあうか?」

 

 感慨深くその方向を見つめていた千雨も、思い出したように足を動かし始めた。

 太陽が赤色に染まり始めた空を見て、急がなくては、と。

 

 

 

 時刻は同日7時。戦闘の時間は短いようにも感じたが、やはりそれなりに経過していたらしく、千雨は珍しく到着に遅れたと言う事で悪目立ちしてしまっていた。最初は遅れたことに対して新田先生からおしかりを受けたのだが、とにかく旅館まで来いという指示に従って近づいてくると彼女の服の惨状が否が応でも見えてしまい、さらなる混乱を招く事になる。

 

「ど、どうしたんだ長谷川! その服の汚れと怪我は…!」

「お、遅れた原因、です。あまり言いたくなかったんですけど……」

「そんな事を言っている場合じゃないだろう!」

 

 その懸命な新田の表情から心から心配してくれている事は、掛け直した眼鏡の下からでも読み取れる。魔法先生ばかりでなく、こうした漫画で見た様な熱血教師がいる事もそれなりに現実離れした事象として辟易だと思っていた彼女だったが、実際にこうして心配してくれる人がいると言うのは嬉しく思う。

 だからこそ、そんな人に本当の事をぼかして言わなければならない事に心を痛めてしまう。それが、どうしようもなく哀しい現実だ。

 

「それが、ザジと笹の滝に行って森の中に入ったんですが…」

「あの周囲に広がる森か。せっかくの観光だからという気持ちは分からんでもないが、どうしてそうなったんだ?」

「そのまま自然を満喫して、バス停まで行こうと思った時にガラの悪い男が何人か出て来たので、彼女を先に帰して私は残ったんです。予想通り、彼らの目的がアレだったんで応戦したんですが……何とか撃退できたものの、こんなことに」

 

 言い訳のシミュレートとしては此れが最も有力だろう。擦れて土が付着し、織姫の網を潜り抜けた際に制服の裾などの一部が斬り飛ばされた状態。暴漢に襲われた、と言っても差支えない損傷を追っていたから、言い訳として彼女が此処に来るまでに考えたものだ。

 ただ、本当に恐ろしい物に遭遇した点では真実なので、彼女の瞳の奥に灯る「異質な出来事への恐怖」は新田先生には「暴漢への怯え」と受け取られたようで、彼は大きく息を吐きだした。

 

「本当に無事でよかった……。大人に頼れない状況、そしてその中から無事に戻って来てくれたのは確かに教師としても嬉しい限りだ。だが金輪際、このような事に巻き込まれないよう近くに人のいる場所を通りなさい! 分かったな?」

「はい」

「すぐに風呂に入って、浴衣に着替えてこい。制服はサイズが合うか分からんが、学園長からもしもの時と、予備の物を渡されているのから後で渡せるよう手配をしておく。しずな先生のところに行けば貰える筈だしな。…それじゃ、すぐに綺麗になって来い」

「ご心配をおかけして、申し訳ありませんでしたッ!」

 

 これ以上は胸が痛む。そう思って逃げるように自分たち三班の予約部屋へと駆けこむ。丁度この時間は全員が風呂場に向かっているのか、待っていたのは静寂と薄暗さだけだった。ボロボロになった制服をポーチの「迷彩服」欄に仕舞い込むと、残っていた宿の浴衣を軽く羽織って風呂場に足を進める。

 こんな時ばかり、自分は失敗してしまうんだな。そうしてこの平穏が如何に重要かを思い知りながら、元の平和に戻ってきた事と敵を一人捕まえる事が出来た嬉しさを同時に噛み締める。どうなるかと思われた修学旅行も、雲行きは明るくなってきたのかもしれない。

 

 

 

 

「ひょ~ほほほっ」

「くっくっく…!」

 

 すぐそこに待ち構える、混乱に気付くことはできなかったようだが。

 




いかがでしたか?

織姫の形態変化が「白鳥」だった理由は次回に明らかにしていきたいと思います。
それにしても、最近一万字オーバーが不通になってきてしまいましたが、文章量が多くて読みにくいという人がおりましたら、なるべく読みやすいように小刻みに投稿したいと思います。その際の平均は七千~八千になりますが。

では、またお会いしましょう。
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