「あら~、センパイお一人ですか。他の方はギャラリーに徹する言う事は、思いっきり死合えるゆぅことでっしゃろ~? 楽しみやわー♡」
「………ッ!」
刹那は月詠に覇気を向け、その手に握る夕凪を構える。
彼女はこれあまでに、向こうの方で犬上小太郎という少年と戦ったネギから「ちびせつな」の術式を逆用した実体の無い姿で報告を受けており、これから始まる予告戦闘について既に話を通してある。そのときは魔法の秘匿に関して伝々とわめき始めたが、闘いの中では西洋魔法使いの様に「あからさま」な技は使わないと分からない、と言っておいたので渋々了承し、今は式神状態を解除して回復に専念してもらっている。後々、シネマ村から出て落ち合うつもりだ。
そうして全ての厄介事を片付けた今、刹那は気を高めていった。見据えた先の橋にいる月詠、その橋下には既にフォックスがステルス迷彩で隠れているらしい。いくら気を隠そうとも場所を知っていれば感知はできる筈、だというのに異和感すら感じないその擬態には、流石の刹那と手舌を巻いた。
「せっちゃん……これ、ホントに劇やの…?」
「…お嬢様、夕過ぎには実家に参ります。そこで、この話の全てをお話すると、長が」
「お父様が? ……うん、信じるえ」
「ありがとうございます。貴女は私が必ずやお守りしますので…少々お下がりを」
心配、そして信頼の色を灯した瞳をした木乃香を後ろに下げると、これが劇であるかのように、「主役」の刹那は振舞った。仰々しく下がった木乃香がこれ以上前に出ないように手で制し、夕凪を一旦降ってから再び構え直す。
見上げる先には異国の貴婦人。怪しげに笑う相手に向かってふ、と微笑む。
「東の月詠よ、これより貴様に対するはお嬢様の護衛桜咲刹那也……。いざ、持して参る」
「こちらこそ、お手柔らかに……」
月詠の二刀が刹那に向けられ、眼光が空でぶつかり合う。想像以上の戦場の気迫、その勢いに場は呑みこまれ、囃すような観客の声は一切聞こえなくなった。一陣の風が二人の間に吹き通り―――火蓋が切られる。
「ぜぇぇぇえええええええええい!」
「やぁぁぁあああああああああっ!
仕掛けたのは同時。橋を駆けあがった刹那が僅かに刀の間合いで利点を取り、第一撃が月詠に振り下ろされた。木乃香がその様子を固唾を飲んで見守る中、月詠は余りにも分かり易過ぎる直情的な一撃を小刀でいなし、返す手で刹那の首に狙いを定める。しかし、その行動も誘い受けた予想通りの剣筋。止められた刀を引いて身をぐるりと捻った彼女は、恐るべき瞬発力で迫る刃を打ち据えた。
しかし、ガンッと刀ごと弾かれた月詠は、その反動で振り翳した反対側の手に握った小刀を衝撃を受けたばねの様に突き出した。刀の神髄とは切るだけに非ず、突きの奥義も存在する。そう言わんばかりの風を切り裂く鋭い一撃は、再び無防備の刹那へと襲いかかっていく。
「くっ―――」
予想外の続々と返される攻撃に苦々しげな声を上げ、右腕の一部を擦りながらも回避する刹那。刀の握りに支障を来す程では無くとも、先手の一撃をもらってしまった事は確かである。その箇所から抜け落ちて行く血、及びに体力との勝負に持っていかれた事は、頭の片隅で理解していた。
対し、刹那の血液が付着した刀を見て嬉しそうに微笑んだのは月詠だ。刀に血糊が付けば切れ味は落ちるのだが、反対に気の昂ぶりようは先ほどとは比べ物にならない。名残惜しそうな表情をしたのも一瞬、刀に気を込めて実力を解放すると、再び反転した瞳を刹那に向けていた。
「さぁて、こっからが本気の勝負ですー♡」
「準備運動はこれまでか…!」
二人のセリフを聞き取った観衆がざわざわと犇めき合う。
それに呼応するかのように刹那も気を噴出させ、ゆったりと修羅の如き視線で月詠を射抜いた。刹那から発される濃密な殺気に打ち震え、気を昂ぶらせた月詠はその衝動のままに刹那に襲いかかる。貴婦人の役として着ていたスカートの大部分を損傷させ、より素早く動けるようになった彼女の刀は、しかし、あっさりと刹那にいなされる。早く、もっと早く。その持ち主の意志と共に剣閃を刻む刀の舞踏は、不動の精神を兼ね備えた刹那の前に受け流され、受け止められ、時には不意の反撃を返される。
その時が機転だった。これまでが前進一方だった刹那がつ、と一歩引いたタイミングを見誤り、月詠の体が少しばかり前に傾いた。かつてない月詠の隙に、衆目を気にせず放たれた胴を狙った刹那の一閃が月詠に迫り、絶体絶命の窮地を作り出す。だが、その程度でやられるならば此れまで打ち合いを続けてはいないのだ。
彼女はそうと思った時には気を練っており、苦しい体勢ながらも刃にそれらを纏わせ始めていた。
「にとーれんげき」
気を纏わせた小太刀を無理な方向に打ち出し、振り下ろしてきた刹那の刀を体勢ごと大きくのけぞらせる。
「ざーんがーんけーん!」
そして起き上がった拍子に合わせて逆風――即ち股下から真上に至る一撃を放つ。常人ならそのまま二枚に卸される一撃を放った月詠は勝利への僅かな希望と、打ち返してくると言う大きな期待をその胸に抱いた。そして、彼女の期待は見事に報われる事となる。刹那は刃が振り上げられるよりも早く後方に飛び、空へとその身を躍らせたのだ。そして本来自由が利かない筈の空中からいつの間にか手に忍び寄せていた飛針を投げる。当然、呆気なくそれらは余裕の月詠によって弾かれてしまうが、刹那の狙い通りに月詠がそれ以上の追撃を行う事は出来なかった。
「やりますな~。返してくれたんですかー?」
「神鳴流に飛び道具は必要ない。貴様も小手先の技だと分かっていたのだろう?」
「分かります? ほな続けましょ―――はれれ?」
月詠はその疑問の声と共に左腿に違和感を感じていた。どこか、滾るような熱さがジンジンと伝わってくる。これは、そう―――
「いつの間に斬ってたんです?」
「先ほどの後退、少しばかり置き土産に斬撃を飛ばした―――だけだッ」
槍をもつ騎馬兵の様に突進した刹那。その刀身には常人には測り知れない程の力が込められており、下手に受けの選択を取ってしまえば、守りに入った刀身ごとその体は貫かれるに違いない。直感的にその事を感じ取った月詠は先ほどの刹那と同じく後退を取ろうとしたが、直後にその顔は歪んだ笑みに切り替わる。何故そのような選択をしたかと問われれば、彼女の性格的な問題が関わってくる事になるだろう。
曰く――ここで正面から立ち向かわずにして何が斬り合いか、と。
「秘剣・百花繚乱!」
「二刀連撃斬鉄閃!」
いつもの間延びした声を無しに、月詠の刀からは一対の螺旋状の気が放出された。それらは攻撃の為に繰り出された物ではなく、大気の流れを巻き込み一直線に迫る刹那の軌道を歪ませるためのもの。狙い通りに刹那は体勢を崩されることとなり、月詠に向けられた刀の切っ先が触れる手前で身を引く事になった。が、その余裕を与えないのが月詠の二刀と言う手数の多さ。素早く間合いを詰められた彼女は反射的に刀を引き戻すが、先ほどとは打って変わった防戦一方に追い込まれてしまう。
それから続けた十数合に渡る斬り合い、受けきれなかった連撃の刃は刹那の眼前へと。
「獲った―――」
「甘い」
呟き、刀からパッと手を放した刹那。彼女が再び刀身で攻撃を受けるという選択を取らなかった、その事に月詠は思わず戸惑いを見せてしまう。その一秒にも満たない瞬間を感じ取った刹那は気を纏わせた手で刃をつまむように握ると、残った右手で持った夕凪の峰で月詠の手首を打ち据え、一気に刃を掴んだままの左手を流れるように横へと引いた。
すぽんと、間の抜けたような擬音が聞こえそうな位に呆気なく月詠の手から小太刀が抜き取られ、橋の下を流れる川の一角に沈んで行く。あ、と切なげな声を出した刀の持ち主は、刹那の気を纏った蹴りで吹き飛ばされることになった。
「ガハッ…!」
吹き飛ばされ、何とか踏みとどまったものの、殺せなかった蹴りの衝撃が月詠の水月と呼ばれる肋骨の下あたりに拡散し、押し出された肺の空気を吐きだそうとしてえづく羽目になる。戻した視線の先には、追い打ちをかけることなく静かに野太刀を構える刹那の姿。未だ双方ともに手の内を見せ切っていない状態とは言え、それでも感じられる地力の差に、月詠は刹那を熱のこもった視線で見つめていた。
「得物は選ばない、それが神鳴流の
「は、はははははっ! お強い、ほんにお強いお方ですなぁ。……誠に不本意ですけど、ウチらは一人じゃないんですよ~?」
強者との一対一の場を設けられる事を契約に天ヶ崎に雇われている月詠。それは彼女の言った通りに不本意ながらも計画遂行のために複数人で組むことになっているのだが、この場においては試合よりも勝負に勝つ方が重視される。
「……なに? まさか、貴様――………いや、心配ないだろう」
「へ?」
これは当然だが、月詠の台詞で刹那は伏兵の可能性に気付いていた。そこに戦いたいと言う欲求は含まれていたとしても、自分を誘導させるという本来の目的の為に月詠は戦っているのであって、その隙に目を放した木乃香をさらってしまおうと言う魂胆だったのだと。
だからこそ、彼女は月詠に挑戦的な笑みを浮かべるのだ。
「私が何の作戦も練らずに、貴様と斬り合うとでも思っていたのか? 私達は誰かの手のひらで踊る駒ではない。自分の意志の元に動いているのだぞ」
「……まさかっ!?」
刹那の真意に気付いた月詠が、落ち合う予定になっている近くの城へと視線を移した。その瞬間、その城は膨大な気の収縮の後に、破裂するような爆炎を撒き散らす。幸いにも残骸は観客側に落ちる事はなかったが、それでも月詠は予想外の出来事に目を見開いて体を強張らせる。
仲間は刹那側にもいるが、一対一が楽しすぎてその事実を失念していた。一応は組織だって動いている月詠が読み切れなかった失態を悔んでいると、刹那はニヤリと呟いた。
「そこか」
「あ…し、しもたー!」
先ほどの月詠がとった反応でさえ、刹那が張った心理戦の罠だったと言う事なのだろう。視線で仲間のいる場所を教えてしまった月詠はすぐさま刹那を追おうとしたが、再び目の前に飛来した飛針の対処に追われる事になって出遅れてしまう事となった。
刹那は使いきった飛び道具の役目を見届けずに城へ向かうと、もくもくと煙を上げる上階の一部に、探していた少女の顔を見つける。彼女は気絶していたようだったが、急いで駆け寄って体をゆする。ほんの数秒の間を置いて、木乃香はゆっくりとその瞳を開き始めた。
「お嬢様、ご無事ですか!」
「せ、…せっちゃん…? ウチ、なんで寝て……そや、白い髪の毛した男の子に次の舞台に連れてきてもらって……そんで…」
「劇、ですか……」
口実の為に与えた真実に縋るしかない木乃香の心境が嫌でも理解できてしまって、その歯がゆさに刹那は見えない場所で拳を握りしめた。
木乃香には下手に劇と言ってしまっただけに、この事態にはいささか混乱が見えていたようだが、刹那が目の前に来ると自分が置かれている現状にも何とか整理を付け始め、懸命に冷静さを取り戻そうとしている。
だが、時間と言うものは早々自分達の味方になってはくれないらしい。煙の中を突き破って羽を生やした鬼がその鋭い鉤爪を伸ばして着ていたのである。危険を察知して木乃香と共に地面に伏せた刹那は、隣で上がった小さな悲鳴に心の中で謝罪をしながら、彼女の手を取った。少しでも、この状況の恐怖をやわらげる事が出来るのならばと。そして、その異形の鬼は刹那の目の前で額に大穴をあけて倒れ伏す事になる。これは――精密射撃?
≪長谷川さん、助かりました……長谷川さん?≫
礼を言うために応答を待ったが、砂嵐の様な雑音さえ聞こえず、ナノマシン通信の先は沈黙しか返ってこない。とりあえず、いつまでも炎上しかかっている此処にいるわけにはいかない。木乃香にもうお化けはいませんと言って手を引くと、屋上から聞こえる音を頼りに道を決めて階段を上がり、瓦屋根の敷き詰められた屋上に出る。そこには見えない何かと戦っている白髪の少年と、今回の首謀者である天ヶ崎千草の姿があった。目に見えない、そして殺気さえ最小限に収めて狩りを行う人物。そう、それは―――
「フォックスさん!」
「桜咲、良い所に来た」
「え、え? 誰の声なん!?」
刹那が叫び、目の前の白髪の少年のものとも思えない凛とした声が聞こえた事に木乃香は混乱するが、それは次なる驚愕に掻き消されることになる。
少し景色のぶれた箇所に気の力が集約されたかと思うと、白髪の襲撃者、千草の双方がともに屋根の向こう側にまで吹き飛ばされてしまったのだ。もう敵はいないと判断されたのか、何もない景色の一部が突如スパークを散らし、強化外骨格に身をまとったフォックスの姿が露わになった。
「ろ、ロボット!?」
「…今はそう言う事にしてくれ、近衛嬢」
「何でウチの事…?」
数々の超常現象に目を白黒とさせる木乃香に少しばかり同情の気持ちが湧いたが、いつまでも此処にいるべきではないと判断したフォックスは、刹那に振り返って口早に説明を始める。
「話は後だ。桜咲、此処で敵を仕留めきるには少々数が多い。其方でいう火力の持ち主…ネギ・スプリングフィールドの存在が必要かも知れん。退くぞ」
「分かりました」
「追手は任せておけ」
「…ご武運を!」
再びスパークが弾け、フォックスの姿が透明に染まる。彼が存在する証である質量に追従する風の運動を残して城の屋根には刹那と木乃香だけが取り残され、この建物から落下した天ヶ崎達を追いかけたフォックスもその場から居なくなったようだ。
それに、いつの間にか追いかけて来ていた筈の月詠の姿もなく、嵐の様な喧騒が過ぎ去ったあとの静寂だけが刹那と木乃香を覆い尽している。夕凪を掲げて彼女は向き直ると、大きくその声帯を揺らし始めた。
「これにて試験的な殺陣劇は終わりとさせていただきます! 少々事故が発生しましたので、観客の皆さまはすぐさまこの地から離れて頂きたい次第。多大なご迷惑をおかけし、申し訳ありません! これにて、劇は終了とさせていただきます!!」
再度の終了宣言を叩きつけた刹那。その彼女が右腕から血を垂らしている様子を見て、木乃香は顔を酷く青褪めた。心配そうな視線を感じ取った刹那が優しく微笑んで、木乃香に安心を与える。
「…お嬢様、それではご実家に向かいましょう。全ての説明は、そこで」
その場に座り込みそうになった木乃香を連れていくため、夕凪を鞘に戻して右腕を差しだした刹那だったが、途端に差し伸ばされた相手の顔が青くなっている事に気付いた。その視線は、先ほどの切り傷に向けられている事も。
「せっちゃん、右手。右手に血が…!」
「……この程度、縛っておけばすぐに収まります。さぁ、とにかく急がなければ」
「ホント、ホントに大丈夫なんやね!? ちゃんと、その腕治そうな…!?」
「当たり前ですとも」
優しさと、了解の意を込めた言葉に木乃香は今までの訳のわからない事態の中での緊張の糸が切れたのか、刹那に縋りついて涙を流し始めた。彼女を包み込むようにして抱きすくめた刹那は急ぎながらに、それでいて木乃香に負担をかけないようにゆっくりと自分たちの服を預けた服装貸出の店に足を進める。
この先に待ち受けるであろう、天ヶ崎の起こす大波乱を必ず食い止めるのだと決意して。
「くっ…天ヶ崎、ここは退くよ」
「しゃあない。こないな化け物相手やと身が持たんわ」
「あ~、フェイトはん少し待ってぇ。ちょっと斬り合いたいかもしれ―――」
白髪の少年、月詠にフェイトと呼ばれた少年は地面に何やら呪文を唱えると、天ヶ崎に手をもたれたままの月詠達と共に地面に水の様な波紋を残しながら姿を消した。ステルス迷彩を起動させたままのフォックスは、何も言わずに刀を仕舞いこむ。そしてそっと耳に手を当てると、ナノマシン通信を開始した。
「…こちらFOX2。桜咲、此方は敵を追い払ったがそちらの状況は?」
≪お嬢様と共に着替えています。腕は服屋の女性店員に包帯を巻いてもらいましたが、出発は10分ほど後になるかと≫
「俺は先に本部に向かっている。敵が立て続けに襲うような事はないだろうが、気を付けておけ」
≪すみません。…あ、お嬢様? ちょっと今抱きつかれると――――≫
悲鳴が響くであろう展開を見越して、フォックスはただちに通信を切った。
だが、彼の頭の中には一つの疑問が渦巻く事になる。先の騒動、劇と称して近衛木乃香を奪取するという大まかな内容は悪くないのだが、それは相手が一人だけだった際の話だ。自分の様な伏兵がいる事は分かっているだろうし、その一人だけで十分作戦が切り崩される可能性の方が大きい。
だというのに、ここでこの様な魔法を一般人に見せるような選択をした理由が分からない。此方の人員を魔法秘匿の後処理に当たらせると言う組織的な人員不足に陥らせるならまだしも、実動部隊が出向く今、何故この様な事を…?
「……だが、気にかかるのは未だ姿を見せない彦星の存在か。チサメは見たと言っていたが―――そうか、寧ろこれは時間稼ぎ、魔力を盛大に使うような彦星の準備を悟らせないようにするための陽動。そしてあわよくば近衛の奪取が出来れば…いや」
とにかく、疑問を一人で抱え込んでいても仕方がない。思考を中断して判断結果をRAYたちも閲覧できるよう、麻帆良のサーバーに転送すると、地面を蹴って近くの家の屋根へと跳躍する。目指すは再び京都神明流、及びに関西呪術協会本部。近衛木乃香の実家だ。
不確定要素が多々存在するが、未だ姿すら見えない相手に向かって何を言おうと意味はない。そう言えば、自分も相手には見えない相手だったか。などとセルフジョークで気を紛らわせると、雇われ先の本部へと足を向けるのであった。
あの騒動から一時間後、ようやく本部を目指す事になった桜咲と木乃香他、ハルナ、夕央、そして情報のまとめを行う和美を連れてネギたちとの合流地点に向かった。その先では明日菜とのどかが傷ついたネギの介抱と共に休憩として食事を取っていたらしく、彼女達を見つけた時には食べ物片手に此方に勢いよく手を振っていた。
だが、「傷ついたネギがいる場所」にのどかがいる事に気付いた和美は顔を青褪める。千雨の昨日言われた事がリフレインし、同時にとうとう彼女も此方側に足を踏み入れてしまったのか、と思ったからだ。そそくさとのどかに近づいた和美は、済まないと言う気持ちを込めてそっとつぶやいた。
「ごめん、巻き込んじゃった」
「…え、それってどういう……」
「朝倉…? アンタ……」
「私が浅はかだったよ。明日菜、アンタの言いたい事は分かってるつもりだけどね」
突如としてしんみりとした空気になった事について行けず、一般人組はどう言う事なのかと首をかしげていた。だが、その事に関しては刹那が本部でゆっくりと語り合った方が安全だと言うと、その場にいる八人全員で歩いて十分もすれば到着するほど本部が近くにある事を伝える。
結局、そうしていつも通りの明るい雰囲気に戻ったところで、木乃香はどうしてもこの場で聞いておきたい事があると、刹那に話を持ちかけた。
「当たり障りの無い事でしたら」
「う~ん、なんやその辺りよぉ分からんけども…せっちゃんの言うとった“フォックスさん”て、何者なん?」
「…そうですね、人目があるので曖昧な答えになりますが……」
ここまで小声で木乃香に伝えると、少しばかりは良いだろうと、自分の見解を混ぜて言葉に乗せた。だが、それは奇しくも、
「壮絶な過去を送った末に現代に蘇った異国の“サイボーグ忍者”、と言った所でしょうか」
「忍者!? あ、やから目の前で姿見えなくなったんやね! 隠れ見の術や! それにしてもサイボーグって、凄いんやなぁ」
「あい、え? 忍者!?」
「忍者、忍者何で!?」
忍者と言う日本人には心惹かれる言葉に反応し、クラスメイトはもっと詳しくと騒ぎ始める。約一名はその弟子と師匠と言う関係にラブ臭(愛情を交わし合う関係を匂わせる事がら)を感じ取っていたようだが、其方に踏み入れると腐海に呑み込まれそうなので刹那は苦笑交じりに木乃香の言葉を取りつくろう。
「現実においての隠れ身の術は道具ではなく、“敵の心理をついて隠れる
「あ、せっちゃん笑った!」
「楽しそうですね、このかさん」
「なにー? ネギ、あんたすっごい顔が嬉しそうよ?」
「…笑ってくれている生徒がいて、良かったな、と思いまして……」
「ネギ先生……」
「あー! 見て見て、あれ入口じゃない?」
そんな日常的な会話で絆を深めあっていると、頭から伸びた触角のような二本の毛を揺らしながら、ハルナが目の前に出て来た巨大な門を指さしていた。本来なら厳重な結界が張られ、魔法関係者ですらその存在に気付かせない程強力な人避けがなされているその場所は、先に戻ったフォックスの連絡によってネギたちにも見えるように結界が緩められている。とはいっても、認識阻害関係のみの話であり、結界自体の強固さはまったく変わらないのだが。
「えっと、ここがこのかの実家?」
「そうと決まればレッツゴー!」
「あ、ちょっとみなさん!?」
そして、この後に木乃香への最大限の出迎えがなされたのは言うまでもない。
「なんかスゴイ歓迎だねーこりゃ」
ハルナが呟いたとおりに、ネギたちは一般人や関係者問わず大広間へと通されていた。真ん中には人数分の座席が用意されており、そこに座るとしばらくお待ちくださいと女中の一人がネギたちに告げる。そうして静かに待つ事が出来れば作法としては満点だったのだが、彼女達、特に刹那以外の視線はとある一点へと向けられていた。
「…………」
「…あの人、…人? なのでしょうか……」
「もしかして、桜咲さんの言ってたのって……」
「怪しいです」
三者三様の反応を見せる中、強化外骨格を纏った一つ目小僧――フォックスは沈黙のままに壁にもたれかかっていた。誰かが声をかけようとするが、その重い雰囲気に当てられて流石の3-Aの人間とは言えどそう簡単に声を発する事が出来ないでいるらしい。
そうして多数の視線がフォックスに集中する中、ギシ、ギシ、と床を鳴らして一人の人間が奥の階段からゆっくりと降りてくる。今度は其方の音のする方に全員の視線は向けられることになり、多人数から見つめられる事を当たり前のように受け止めきった男は、その顔に笑顔を携えながら言葉を発した。
「お待たせしました。ようこそ明日菜君、このかのクラスメイトの皆さん、そして担任のネギ先生。京都神鳴流剣術道場の長、近衛詠春と申します」
「お、お父様ぁー!」
「おっと」
肉親の姿を見たことで、今までの緊張は刹那と一緒だった時よりもずっとほぐれたのだろう。そして、再会の感動も相成って、木乃香は詠春へと飛び付き、その胸に顔をうずめて抱きついた。後方で様々なリアクションが取られている中、ネギはすっと歩み寄って、懐から一通の手紙を取り出し、両手で詠春へと突き出す。
それは西への親書――と呼ばれている、ネギたちが囮になる要因になったフェイクの初便。だが、正体は知らずとも決して中を開けず、好奇心や困難に負けることなく任務を果たした志の高いネギへ、詠春は優しく微笑みかける。修行を再開して再び力を取り戻してきた彼の姿は、ネギにとってとても力強く見えていた。
「確かに受け取りました。これで東西の協力関係はより強固な物となるでしょう。任務御苦労! ネギ・スプリングフィールド大使」
「あ…はい!」
自分のした事を素直に褒められる。それが嬉しかったのか、顔を綻ばせながら彼は頷いた。それからは関西呪術協会本部に此処に来た全員が泊まり込むと言う形で解散の流れになったのだが、異様な雰囲気を発していた一人だけがスッと動きだした。たったそれだけのことである筈が、場を支配したかのような行動に誰もがその視線を固定する。
フォックスは西の長まで近づくと、顔の装甲を開いて口を開いた。
「…ここからが本題だろう」
「……分かっていますよ。刹那く…いや、桜咲刹那。近衛木乃香。ネギ・スプリングフィールド。グレイ・フォックス。以上の四名は私に付いてきなさい。そこの君、御党首たちを集めて会議室へ来るように伝達を!」
「了解しました。御三方はそのまま長と共に階段の先を。フォックス殿は此方へ」
「ああ」
余りにも急な展開に、他の生徒が近付いて行こうとしたが、やはり朝倉和美が首を振って彼女達を止めた。これは私的な事情ではなく、今後の組織の在り方に関わる公的な事情。それを知っているからこその行動である。渋々納得した彼女達は、女中達に連れられて控室に向かう事になっていたようだが。
「お父様。これ、一体どういう事なん…?」
「全ては関西呪術協会を支えてくれる御党首達の元へ行ってからです。少々の間は辛抱なさい」
「あの、長さん。僕は西洋魔法使いなんじゃ……」
「其方も含めた、大事なお話があるのです。無理に喋る必要はありませんが、その西洋魔法使いの貴方が見届けていただく必要が形だけでも必要なのですよ。これも組織の辛い所なのですが」
「…………」
一言も喋ら無い者も含め、少しばかりの事情説明をした後に詠春の足はとある扉の目で止まった。重苦しい木製の扉は、木乃香の記憶のどこを探しても思い当たらない裏事情の関わる重要な場所だった。その扉がゆっくりと開かれ、奥にはずらりと並ぶ名家の党首達の姿。
既にフォックスが先ほどの伝令役の男を横に控えて座っているようだが、手前には刹那達ゲストが座るための座席、もっと先にある奥座には二人分の席が待ち受けているようだった。三人はそこに座り、木乃香だけは詠春に手招きされて一番奥へと連れられる。それまでの間に党首達の視線が突き刺さり、その度に木乃香は小さな体を恐怖に震わせた。それらの眼光は、見定めるかのようなものであったからだ。
「このか、こちらへ」
「え、でも此処って……」
詠春が示したのは丁度中央から全体を見回せる最も重要な位の者が座るような場所。それだけを伝えた詠春が隣の控え席に座った事を見て、木乃香は仕方なしにその場に座る事になった。真ん中に吊るされた囲炉裏の炎が揺れ、木乃香の後ろに座った人間はゆっくりと立ち上がった。
「場の皆さまは揃ったようで。……それでは、始めさせていただきますが、異議のある方は挙手をお願いします」
詠春の言葉に反応した者は誰もおらず、場の人間達は挙手どころか身じろぎ一つしない。その事をこれから行う事についての肯定だと受け取った詠春は、声高らかに。
「それでは始めましょう! これより関西呪術協会次期党首近衛木乃香の正式決定と、彼女に今まで隠してきたこの世の裏に存在する事象についての説明を。関西呪術協会長、近衛詠春が宣言します」
一人の人間の運命を左右する会議を開いたのであった。
最後どたばたになりました。
古風な会議の始め方とか判らないので、最大限雰囲気出ればなぁと思ってこうなりました。
予告通り一万字は越えたものの、時間かけすぎた……
すみません、あんまり書くインスピレーションが中々湧いてこなかったので。
それでは、ここまでお疲れ様です。
京都編、ラストスパートへ突入です。