メタルギアとは、兵器である。
時代を動かすためのもの。
その力は、計り知れない。
強化外骨格は、サイボーグと言われる前の呼称だ。そのために、フォックスの体にはカルシウムでできた骨ではなく金属製の骨が埋まっている。彼の薬漬けという経歴は、それら人工物との親和性を高めるがための措置だった。だが、彼は本当に全身が人工物になったと言う訳ではない。着こんでいる強化スーツを外せば外観が生身の体は残っているし、当時の技術では届かなかった完全機械化は後の雷電などで完成されている。だが、フォックスと言う男はそういった調整された状態に落ちついた事はない。
そんな事が出来ていれば破壊衝動などと言う物に振りまわされる事は無かっただろうし、死んだと思った後に来たこの世界でRAYのナノマシンを打ち込むことすらしないだろう。では何故、現在になってその話題を蒸し返してきたのか。それは現在の状況にある。
「……っづ、ぐ…!」
ナノマシンを千雨たちより多量に詰め込んだ注射。ピストンを押し込み、シリンジの中身を自分の体の中へと注入する。近くに控えていた仔月光から渡されたそれは、千雨と同じく、だが決して打ち忘れてはいけない透析に似たような物。彼が定期的に必要な此れを怠った場合は、周囲数十メートルが見分けのつかない細切れや死体で溢れる事は保証できる。実にいやな保証ではあると思うが。
彼は正常に戻ってきた思考感覚に安堵の息をつき、空になった注射器を後ろへ放り投げる。受け取った仔月光は、再び闇の中にその姿をまぎれさせていった。
「コール、詠春。侵入者は居ないのか」
≪ご心配なさらず。結界には何の異常も無いとの事だそうでして…しかし、どうしたんですか?≫
「あの英雄の息子と風呂場で話し込んでいたようだからな。あの死を知らない瞳を真正面から覗いてどう思ったか、それを聞いておきたい」
≪…成程、実に貴方らしくない≫
他人に興味を示す事などほとんどないフォックス。その性格は一週間ほど修行に付き合った詠春でもよく理解している事実だった。そんな強さだけを追い求めている彼が他人に興味を示した事がよほど珍しいのか、通信先は声を弾ませながら語り始めた。
≪まず、最初に会った時の父親と変わらない視線をしていましたね。ベクトルは違いますが、どちらも子供の癖して大人になろうと背伸びをしてるような。…そんな、少し微笑ましい様子でした。ですが、ネギ君を父親と重ねないとするなら、やはりその誠実さでしょうか。……できるなら、魔法の本当の裏を知ってほしくはない物ですが≫
「…やはり、血を見ない限りは青いと」
≪貴方は本当に素直だ。―――はい、その通りでした≫
「確かに子供だな」
だが、それでいいのだ。
今回の敵には、ネギとよく似た殺し合いをまだ認識した事が無いのだろう犬上小太郎という少年が含まれているのだが、フォックスにとっては天ヶ崎千草同様、小太郎の存在は目に入らない。寧ろ、あの戦った人形の様な白い少年と、あの織姫にそうまで言わせる最悪の男、彦星がここまで何のアクションも起こしていない事が気にかかる。
もしネギが例の二人と闘う事になれば、スカウトの目線から見ても有り得ない程の才能の塊の一部を発揮して遅れを取る事はないだろうとは思う。だが、あくまでそれは「闘い」の話だ。相手が躊躇なく――いや、確実な殺意を以ってネギたちの暖かな陣営とぶつかり合う事になれば、死傷者は避けられない定めになるだろう。
フォックス自身の戦いを思い返してみて、その可能性が高い事は承知している。だが、こちらは気にかかる余裕も無ければ、此処まで一切の情報が不明である彦星についてどれほどの対処が出来るのかが分からない。
今回のこれは任務だ。己が望む戦いが含まれているにしても、そこに第三者の意志が介入していると言うのなら私情は捨てて必ず達成しなければならない。
「難しいものだな」
≪これまた珍しい。フォックス、君がそんな声を出すと―――何ものだ!? フォックス、侵入者が≫
「詠春? …これは」
≪誰か、このナノマシン通信が聞こえる人居る!? 千雨ちゃん、RAYさん、フォックスさん、誰でもいいから応えて、本部が襲撃さ≫
あまりに不自然なところで言葉が切れ、無差別回線を開いていた和美のナノマシン反応が消える。フォックスはこれを異常事態だと判断して思考を中断。即座に強化外骨格を戦闘モードに切り替える。そして写しだした壁の向こう側に動く影のようなもの。
其方に屋根を足場にしながら跳ねて行くと、剣戟の音を集音器官が認識していた。その場に咄嗟にもぐりこみ、背の低い敵影に狙いを付けて壁の向こう側から気を纏わせた刀を差しこんだ。
瞬間、灰色と茶色の混ざった岩の欠片がフォックスの強化外骨格にぶつかる。見覚えのある岩の攻撃は、本格的に動き出して初日に戦った白髪の少年のもの。そうと判断した彼は、詠春の無事を確認する前に目の前の敵を捉えて刀を振る。壁を突き破りながらの不意打ちには対処しきれなかったのか、依然切り落とした筈の腕に新たな裂傷を設けることに成功した。
「君は…グレイ・フォックス」
吹き飛ばした木造の瓦礫を払いのけると、此方を見て何故気付けたのだと物語る瞳を向けた白い少年、フェイト・アーウェルンクスがいる事を確認する。次に視線を移したのは詠春。流石に最盛期の様にとはいかないが、それでもこの少年相手に拮抗するだけの力を取り戻した彼は、息を切らしながらもコレと言った外傷は見当たらない。服の裾など一部がボロボロになっているが、此れは最小限の動きで攻撃をかわした証だろう。
「詠春」
「まだいける。合わせますよ」
「承知」
少年に二の句を告がせる前に肉薄。詠唱を止めて魔法使いたる本領を発揮させないために、詠春とフォックスは連携による攻撃を重ねた。
「それで、木乃香側はどうなっている?」
「分かりませんが、おそらく、同様に襲撃をっ、されているかと…!」
魔法を使えないにしても、驚異的な身体能力で相手をする無表情の少年。それに攻撃の手を休めることなく加えながら、フォックスは状況分析を行った。ナノマシンからの同期されたデータには遂にRAYが千雨と共に動き始めてしまったとも言うが、それより気になるのはあの未熟なネギたちの様子だ。
「気になるのかい?」
「一応は」
「やれやれ、仲間とは思えない反応だね。……彦星はネギ・スプリングフィールド達を相手にしているころだと思うよ。まぁ、何をするかは知らないけどね」
「……ネギ君達が」
「おっと、近衛詠春、君は今夜の舞台には必要ないんだ。此処で眠っていてもらおう」
「そう容易く事を運ばせはしないがな」
フォックスが左手に持った剣に気を集中させる。振るう度に鋭く、早くなっていく剣閃にフェイトの動きには明らかな焦りが生じて来ていた。そして、其方に気を取られていたためか、詠春は隙をついて太刀を薙ぎ払い、技を解放する。フェイトは此れは少しばかり不味いと感じ取ったのか、己の手に魔力を集中させる。そうして、同時に技が繰り出される。
「障壁突破・石の槍」
「奥義、斬岩剣!」
「崩力」
詠春の斬岩剣がフェイトに届く事は無かったが、下方から剣山のように伸びる尖った石槍の全てを薙ぎ払った。そして宙に舞った欠片ごと、全てを原子レベルまで分解しながら崩力を発動させたフォックスの刀がフェイトの懐にまで伸びた。接触まで残り数センチ。詠春が直撃を確信した接触の瞬間、少年の体は水のように溶けて無くなった。
いや、無くなったのではない。
それは初めから罠だったのだ。
水の「分身」に注意を惹きつけておく。
そして本体は―――後方から。
一連の行動は完全に詠春の裏をついていた。まさか、土属性の魔法を使っていた人物がいきなり背後から水のゲートをくぐって転移するような高位術を使用するとは思いもよらないだろう。
現に、詠春は気付いても反応が完全に遅れている。既に
フォックスの右手は、見れば分かるほどの電撃を蓄えていた。
それを通称、このように呼ぶ。―――レールガンと。
「チェック」
フェイトの呪文が発動する直前、フォックスのレールガンが放たれた。
それは弾丸の進行方向にあるもの全てを巻き込みながら、50メートル先まで止まらず直進し、最後はたまった電撃が弾けるように空へと散って行った。当然、その中には目の前にいたフェイトの体も含まれている。同時に、彼のナノマシン情報では着弾地点には生命反応が無いと確認すると、フォックスは振り返った時の受け身を取れずに転んだ詠春を引っ張って立たせると、ここに敵がいない事を告げる。
「逃げられたのだろうな」
「でしょうね。……しかし、申し訳ない。あの少年と闘っていた時に消耗してしまってね」
「分かった。あんたは此処で休んでいてくれ」
「…フォックス」
「RAYが動いた。半径50メートルは消滅すると思ってくれ」
それだけを伝えると、フォックスは床を蹴って穴のあいた天井から出て行った。
詠春はその言葉の意味が修繕費や被害総額に直結すると理解して、苦い笑みをうかべる。
「…どちらにせよ、任せましたよ。みなさん」
自分はこの事態で混乱しているだろう本部の構成員をまとめなければならない。あの石化を喰らったメンバーも含めて、こんな時に限って長の仕事が評価されるモノだと、この不条理に対して溜息をついたのだった。
時は少しさかのぼり、最初にネギたちが出会った客間には明日菜と木乃香が訪れていた。アーティファクトを出現させるだけでなく、仮契約の一つの恩恵として念話がある。言わば魔法の無線と言っても良い能力なのだが、それを使ってこの場を待ち合わせ場所にしたのだ。詠春が戦っている場所とネギたちの戦っていた場所はそれなりに近いものの、交戦状況を受け取った刹那がそのまま三人の戦いを無視して此方に向かっているので安全は増すだろう。
木乃香にそう説明して明日菜が敵に備えていると、突如重苦しい重圧が二人を襲う。そこにいるだけで息苦しい、そんな重苦しく、そして「本能的な恐怖を感じる」。
それは人間の持つ生存本能と生理的嫌悪が混ざり合って生じた最悪の感情。その最悪を裏付けるように現れた重圧の根源、そこに何とかして明日菜が振り向くと、その嫌悪感は最高潮に達した。
なに、あれ。
言葉にならないとはこのことか。あの男は―――危険すぎる。
「ほう、貴様らが俺の任された相手……ふん、成程」
正面から舐めまわしたような視線が突き刺さり、明日菜は鳥肌を立てる。それがトリガーになったのだろうか、そう言った目で見てくる男に対しての怒りが込み上げて来て、完全に重圧から解放される。その勢いのまま、木乃香を守るために本来の見た目ではないハマノツルギ(人の丈程ある細長いハリセン)を振り上げた。
「成程、近衛木乃香、直接目にすれば欲しくなるものだなぁ…くはは…くははははっ」
口の端から唾液を垂らし、その平安頃の貴族が来ていた様な服をぬらす。その醜悪な考えをしていると一目で見抜けるような態度に完全に切れた明日菜はハリセンを横っ面に叩きこもうと一気に接近した。
だが、直後に横から入ってきた巨体に蹴り飛ばされる。それは間の抜けた牛のような鳴き声をしながら、下半身だけの巨人と言っても差し支えの無い外観をしていた。木乃香が確認できたのは此処までで、直後に破壊された際に生じた煙によって蹴り飛ばされ、地面に叩きつけられた明日菜の姿が見えなくなったのだ。
「あ、明日菜!」
駆け寄ろうとして気付いた。
いま、この場で彼女の元に寄ろうとすれば、それはあの煙の中で何処から敵が来るかわからない状況に突っ込んで行くのと同義。たとえ相手が全くかないそうにない相手でも、自ら捕まりに行くような真似をすれば守ろうとしてくれた明日菜の行動が無駄になる。
それに、あの程度でくたばるようなら明日菜は今まで生きては来れなかった。
木乃香がそこまで考えたとき、ハリセンを振って煙を払った明日菜の姿が見えた。だが、その横には先ほどの下半身だけの機械のような腰を持った巨人。
「どうだ、天帝様が遣わして下さった天の牛だ。貴様の様な小娘はそやつと遊んでいろ」
「ま、待ちなさ―――」
追いかけようと立ちあがった瞬間、巨人――
しかし、それだけで攻撃を止めるつもりも無ければ、月光がこれ一体しかいないという事も無い。木乃香が複数の鳴き声を聞き取った瞬間に周囲の障子が蹴破られ、破片を撒き散らしながら計5体の月光が新たに姿を見せた。
「明日菜ぁ! 周りに五体!」
「ま、まだこんなにも…!?」
絶句する明日菜。だが、そんな息抜きの暇も与えないように月光が取り付けられた実弾のチェインガンを撃ってくる。本能的にそれらが実弾であると理解した彼女だったが、途轍もない速度で風を割いて迫る弾丸をそう簡単に避ける事も出来ない。腕に二発、足に一発の弾丸をその身に受け、明日菜はその場に倒れ込んだ。
「さて、神の牛よ、そこのゴミを踏み潰しておくがよい。それでは近衛木乃香…いや、その名はもういらぬなぁ……」
ニヤニヤと値踏みするように木乃香を見ながら、即座に彼女へ近づいてその顎をくっと持ち上げた。触れられた事で嫌悪感が最高潮になった木乃香が暴れる姿を見て恍惚の表情を浮かべた彦星は、身の毛もよだつ程の荒い息遣いで彼女の眼前にまで顔を近づける。
「気にいったぞ。お前、俺の織姫になれ」
「ひ、ぃ…!」
恐怖した。
この男は決して受け入れる事が出来ない。だからこそ、目の前の「コレ」は自分と言う自我を無くすために全てを奪い去るのだろうと。その恐怖は留まるところを知らず、それでいて自分の意識を落とす事もさせてくれない。だが、此処で意識を失ってしまえば、それこそ体に何をされるか分かった物ではない。
吐き気をこらえながら男の欲望にニヤついた醜悪な顔を見つめていると、突如腕に強い痛みと浮遊感を感じた。それは、男に抱きかかえられながら同じく宙を飛んだと言う事に他ならない。そして、それをしなければならない原因――つまり、攻撃を受けた?
「キサマァ! お嬢様から離れろぉおおおおおお!!!」
「何だ、混ざりモノか貴様の様な廃棄物はいらん」
振り下ろされた剣を周囲にいた月光が盾になって防ぐ。斬られた月光は足を切断され、人工血液を撒き散らしながらその場に倒れてあがき始めたが、すぐに機能を停止。そのまま剣を振りながら迫る刹那をうっとおしいハエを見るかのように見下した彦星は、木乃香を抱きかかえたまま一気にその場から離脱した。が、
「
「ちっ」
逃げた先に魔法の矢が迫り、彦星は反射的に月光を盾に使った。身を滑り込ませた月光は光の矢に当たると、当然ながら装甲が耐えきれずに爆散する。木乃香はその時の衝撃で気絶してしまい、都合が良いと彦星はその決して整っているとは言えない醜い顔を歪ませていた。
「このかさんを返してもらいます。貴方が誰かは知りませんが、決して許さない…!」
「また現れたか、こやつは既に俺のものだというのに。何故所持品を奪おうとするのか…卑しい盗人どもめ」
「……何を言ってるんですか、貴方は!」
「……何だと? き、さ、ま」
ネギの視界が怒りで真っ赤になり、杖に滾る魔力は中級呪文を連発しても尽きそうにないほど強く握りしめられた。隣に立つ刹那からは発せられた膨大な殺気が彦星にのみ向けられる。だが、本来なら闇に飲まれるだろうその邪悪な気配を操りながら、ネギは頭の片隅で冷静さを保ち、刹那は力をコントロールして剣を握る。
その他人の感情なんてものを一切感じないのか、逆に鬱陶しいとはき捨てた彦星は木乃香を抱えたまま忌々しそうにその場から完全に離脱する。その後を追いかけた二人は、復帰した明日菜を引き連れて彦星の後を追いかけた。
その道中、フォックスからの情報を逐一更新している刹那は現在戦局がどのように動いているかをネギたちに説明する。大まかな物で、これから何処に向かうか程度のものだったが、逆にそのくらいのシンプルな答えは二人に上手く伝える事が出来た。
「それから、RAYさんが動いたようです」
「RAY…それって、千雨さんの言っていた?」
「はい。下手をすると巻き込まれるかもしれないので、身体強化を必ず掛けておいてください。―――ッ、見えてきました!」
「あの男!」
明日菜が叫んだ先に見えたのは、ほとんど無理やり天ヶ崎に木乃香を奪い取られている彦星の姿。その物のような木乃香の扱いに怒りの沸点を超えた刹那は、走りぬけながらに敵に向けて奥義を放った。
「神鳴流奥義、斬空閃っ、斬空閃、斬空閃ッ!!」
三度の刃が振るわれ、敵が立っていた大岩を細切れに斬り裂いた。
岩から急いで離れた天ヶ崎は、それでもネギたちを見下ろす位置から上機嫌に告げる。
「なんやの、案外追いつくの速いんやなぁ。彦星はん、手ぇ抜いてたんとちゃう?」
「あの有象無象事気に俺が本気を出せと? 天帝様が仰るならともかく、良い気になるなよ俺の織姫候補にすらなれない雑魚風情が」
「……まぁええわ。ここでクソより役に立たんアンタの相手するより、もっと有効なお嬢様の使い方があるからなぁ。そういうわけや、少しばかり引き出せてもらいますえ」
「い、嫌や……いやぁあああああ!!」
「やっぱ口ぐらい防いどけばえかったか。まぁアンタの有無は必要ないんや」
冷徹な目で見下した千草は、下手をすれば木乃香が傷つくことになりそうだと固まっているネギたちに嘲笑を送る。そして、木乃香に魔力を引き出す為だけの効果を持った札を貼り付けると、リンク先の自分の術式に反応する魔力タンクとして木乃香を利用した。
その魔力を強引に引き出される感覚に、木乃香は吐き気にも似た脱力感を抱く。体は抵抗する力を失い、体力までもが魔力として持っていかれる。恐らく、貼り付けられた札はそうした効果を発揮する様に作られているのだろう。
一方、引き出す側の天ヶ崎は此れまで手にした事の無い、最高クラスの魔力の波動に陶酔感に満ちた感覚を味わっていた。その恍惚とした表情のまま、己が得意とする召喚術の印を指で結んでいく。
「オン」
梵字で最初の意味を表す呪言。
続いて、言葉と共に召喚陣の範囲を広げて行く。
「キリ・キリ・ヴァジュラ・ウーンハッタ」
広がる魔法陣は、半径数十メートルにまで及ぶ。
それまでに展開された魔法陣の数は、実に数百はくだらない。
一同が驚愕に目を見開いて硬直している中、彼女の詠唱は完成してしまった。
「まぁこんなもんやろ。あんたらはそこで遊んどりなはれ。……殺さんよーにだけは言っておくけど。まぁ鬼の力は規格外やし、精々がんばりや~」
「ふん、さっさといくぞ。こんな醜悪な余興など俺には相応しくない」
「はん、そないな面しとってよぉ言うわ」
味方同士で陰険な空気を振りまきながら、千草と彦星の二人はその場から離れて行く。
そして残されたのは、最悪なまでに点在する鬼。周囲を見渡しても妖が居ない所など無いほどだ。
「…さて、どうしましょう?」
「私が突っ込みます。ネギ先生はお嬢様を」
「で、でも刹那さん――」
「いいんですっ!」
刹那は夕凪を握り、気丈にふるまう。
確かに刹那が木乃香を思う心は誰にも負けていない。一番木乃香をあの彦星から取り返したいと思っているのは刹那自身に他ならない。だが、この場所で私情を挟めば状況が悪化するかもしれない。
だとしたら、自分が取れる手段は効率。感情はいくらでも抑え込める。それで木乃香が救えると言うのなら―――
「……分かったわ、私も残る」
「明日菜さん…」
「ネギ、アンタは大玉ブッ飛ばしに行ってちょーだい。この程度、何とかなるから」
「みなさん、本当にそれで良いんですね?」
「なぁアニキ」
「カモ君?」
「いや、何でもねぇや……」
短いやり取り、その間になされた決意を聞いたカモはパワーアップと己の金銭の欲望として
それに、あの会議で密かにネギの服の中に潜んでいたから分かる。ここで仮契約をしてしまえば、西洋魔法使いに西の長の護衛がたぶらかされたと言う外交的な問題に発展するかもしれない。そうした後の事を考えて、カモミール・アルベールは初めて己を律する。
―――こんな目見ちまったら、そりゃ卑しい自分が嫌にもなっちまうさ。
「ネギ先生……敵には命の容赦はいりません。その事をお忘れなく」
「どうしても、必要なら…僕だって決断します。ですが、いまは! ラス・テル・マ・スキル・マギステル!!」
ネギは覚悟を受け取り、背中を押されながら自分の杖を鬼達の一角に向けた。
その胸に、刹那の言葉を重く受け止めながら。
「あとは任せます。二人とも―――雷の暴風!!」
「はぁぁあああっ!」
ネギの放った中級呪文。それと同時に鬼達の一角には明らかな「道」が開けられる。すぐさまその隙間を埋めようと取り囲みの隊列に戻ろうとした鬼達の間に割り込んで、刹那は斬空閃を二方向に放った。そうして空けられた道を縫って、杖に跨ったネギがブーストを掛けながら一直線に敵を追いかけて行った。
残された二人は背中合わせで鬼達を見回すと、ふっと息を漏らす。
「明日菜さん、その武器は天ヶ崎の後鬼を一撃で追い返しました。それはきっとこの鬼達にも有効でしょう」
「そうなの?」
「はい。ですから―――」
刃を敵へ向け、刹那は目を光らせる。足を踏み出し、気を高めて叫んだ。
「全力で薙ぎ払ってください!!」
「りょーかいっ!」
斬空閃。その真空の刃を辺りへ放出しながら、刹那は大地を蹴った。
同時に鬼の数が著しく激減する。その刃に巻き込まれて還る者や、明日菜のハリセンに叩きつけられて強制送還される者。圧倒的なまでに強くなった刹那は、時折動きの良い一般人程度でしかない明日菜のフォローに回りながらも、確実にその刃で異形の首を切り裂いていく。
そして、明日菜の息が切れ始めるころには刹那は粗方の敵を殲滅し終わっていた。厄介だと思われる別格の実力を持った相手もいたが、それらはフォックスの戦闘情報と同期したときに見た、長に向かってはなったあの技を見よう見まねで再現する事で切り裂く事が可能だった。
そう、その名は―――
「斬鉄剣!!」
岩を超え、鉄をも一刀のもとに斬り伏せる技。斬撃としては最高威力の一撃。
それを成すには斬岩剣の構えから最高のポテンシャルを保った状態で明確な角度、刃を引くタイミング、力を入れる強弱を図る事が必要な、一見力任せに見える繊細な技。だが、それらはナノマシンが最善の状態で調整してくれていた。
本当に、RAYさん達にはお世話になってばかり。そんな感情を抱きながら、かつては自分の生まれでもあった烏族の一員を斬り捨てる。その消え際、斬られた烏族はかすかに感じとった同族の気配を感じ、尊敬するように刹那を見つめていた事に気付く。
刹那は一族から追放された身。同族の者に実力を認められるなど―――この上なく、気が昂ぶるというものだ。
「神鳴流の嬢ちゃん…中々にやりおるなぁ」
「お褒め頂き光栄だ。―――だが、すぐに貴様らを殲滅させて貰おう」
「…まあええけど、あの光見てみい」
「光? ッ、この魔力は!?」
突如鬼の一人に話しかけられ、刹那は指示通りに光の柱が立つ方向を見る。
そこから立ち上る魔力の波動。刹那は気しか扱えない身ながらも、唯一判別できる魔力の持ち主がいた。それが、木乃香。ずっと共にいた守るべき少女。だというのに、既に間に合わなかったとでも言うのか――?
「ほぉら、焦りおった」
「くっ…!」
巨漢の鬼が振り下ろした出刃包丁を巨大にしたようなもの。とっさの判断で夕凪を盾に剣を「しのぐ」と、気を込めて地力の出力を上げる。そうして刀が弾き飛ばされた鬼へカウンターの一閃をくれてやると、一秒遅れて鬼の胴体がずれ、黄泉へと還されていった。
さぁ、次はだれが来る。守るべき少女を心に秘めた刹那は、正に阿修羅の如く。
立ち上る気には妖怪が持つ独特の邪気が混ざり、それらが刹那の纏う気配を尋常ではなく黒いものへと染め上げる。そうしてヤル気満々になった明日菜が負けていられない、と鬼を三体まとめて送り返した時。
聞き覚えのある声が刹那の鼓膜を揺らした。
「久しいですなぁセンパ~イ♡ あの可愛い魔法使い君は間に合わんかったようでー……まぁウチにはどうでもいい話なんですけど」
「月詠…! いつか来るとは思っていたが、戦力の分散した今を狙うとはな」
「そう言う事ですんで…死合いましょーやぁっ!!」
反転した瞳で狂気の笑みを浮かべながら迫ってくる月詠。消耗している現在、彼女の相手をするには体力切れで負けるという判定がナノマシンから下される。自身の保管を申請するナノマシンは撤退を刹那の脳へ提起するが、それらの意志を振り切った刹那は誰が逃げるものかと、歯を食いしばって月詠を剣ごと弾きとばした。
「その力……センパイ、ええなぁ。交じりものなんて…羨ましいわぁ!」
「その口を閉じろ」
「誇らしい事やないですかー。その力、使わんのは勿体ないと思いますえ?」
「黙れと言ったのが、聞こえなかったのか?」
自分のコンプレックスを刺激されて怒らない人間はいない。
妖気を撒き散らしながら、一歩、また一歩と人外に近づいていく刹那を、未だ戦っている明日菜が視界に収める事は出来ない。そうして、刹那の妖怪としての本性が露わになりそうになったその時、銃弾が月詠へと降り注いだ。
後退しながら難なく銃弾を弾く月詠。神鳴流に飛び道具の類は一切通用しない。その事実を体現するかのような容易な対処だった。
ただ、この場で重要な事は刹那を援護する誰かが現れたと言う事。その人物で銃を使う人物、そしてこの場に来る事が出来る人物と言えば、一人しかいない。
「やれやれ…シネマ村の時も思ったけど、随分手こずってるようじゃないか」
「…真名」
「お嬢様を助ける護衛なんだろう? この戦闘狂は任せて、さっさと飛びな」
その一言で、刹那は肩を震わせる。
「何故、その事を…?」
「私の左眼は特別製でね。千雨さんみたいなものさ。ちょいと魔力の流れが見やすくなる。知ってる筈だろうに」
「まさか私まで見られているとは思わないさ」
「なんです~? いきなりウチらの殺し愛に割り込んだと思ったら、けったいな話ばっかりで詰まらないんですけど、どないしてくれはるの~」
「それは失礼。それじゃぁ私がお相手する事にしよう」
ライフルの銃口を向けながら、ニヒルな笑みを浮かべて言い切った。
「アイヤー、私の事忘れないで欲しいヨ~」
「く、くーふぇまで来てたの!?」
「我らがバカリーダーからSOSとスクランブル受け取ったアル。呼ばれて飛び出たアルよ~。―――ほいなっ」
後方で密かに剣を振り上げていた鬼を蹴り飛ばすと、体を浮かせて掌底を叩きこむ。すると、鬼は内部から破裂するように弾け飛び、断末魔さえ挙げる暇なく吹き飛んでしまった。
「刹那、さっさと行きな!」
「ここは任せるアルよ。何だか知らないけど、行くならいくアルね」
「…私は、多分ネギが召喚してくれるから最後まで戦ってるわ。刹那さん、先に行って!」
「―――ッ、ありがとうございます、みなさん!」
刹那は背中に力を入れると、己に流れる血の半分。妖怪としての己を表面に押し出した。
蘇る記憶。捨てられた時の孤独と、その後に出会った木乃香との暖かな日常。その日常の象徴たる木乃香が現在、危険な目に会っている。あの男の手に落ちてしまえば、もう後戻りはできなくなるあろう。だから―――解放しろ。
こんな所で自分を出し渋って何になる?
――何も始まらない。
私と言う存在は此処まで精神が弱かったか?
――否、お嬢様を助けるためには修羅にもなろう。
ならばその身をどうする?
――お嬢様の場所まで飛べる翼を。
掟はどうでもいいのか、本当に近衛木乃香は守るに値する人物か?
――私は、そのために翼を持っている!
「……桜咲さん、その翼」
「私が持つ、お嬢様を守るために使う誇りでもあり、罪でもあります」
「罪? それにしては―――綺麗じゃん」
ありがとう、明日菜さん。
だから私は羽ばたける。
頑張って、このちゃん。
今ウチが、絶対に助け出すから。
待ってて。
『≪全装備チェック完了。起動エネルギー充填完了。何時でも行けるわ≫』
「そんじゃ、魔力の集まる場所目指してレッツゴーだ」
『≪魔力濃度137%確認_目的地までの距離_約300M_ルートを表示します≫』
起動する鉄の歯車。
物語に無理やり食い込む兵器がその二つの青い目を光らせる。唸りを上げる駆動音、人工筋肉が軋み、顔面装甲が駆動の摩擦で甲高い咆哮を響かせた。
「ナノマシンチェック完了、データ同期完了、ソリッドアイ直結完了」
全ての準備を終わらせた。千雨が唄うように事実を告げる。
「メタルギアRAY、出陣」
『≪オオオォォオオォォォオオォォォオオォオォォオオオォオオオォッ!!!≫』
やっとっ…やっと、ここまで来ました。
ちゃんと機械陣営が目立つようにナノマシン入れた結果が、刹那の覚悟の後押し。
次回、最終決戦―――「前篇」