抑止兵器マギア   作:マルペレ

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最終決戦 前篇


☣双極鬼

「なんや、フェイトはん? 随分合流が遅れとるやないの」

「手こずってね。魔法使いの障壁の意味を根本から覆す奴がいたから、その分手間を取っただけだよ」

「つくづく珍しいわ、あんたが責を認めるなんて初めて見たで」

 

 召喚の為の呪文は唱え終わった。後は木乃香の魔力を制御しながら注ぎる続けだけという段階には行って、ようやくフェイトは天ヶ崎達の前に姿を現していた。フォックスたちに障壁を切り裂かれ、むき出しになった生身をレールガンを真正面から喰らったその姿は彼女らが一目見ただけでもボロボロのようだったが、実際のところは腹に食い込むほどの怪我を負ったに過ぎない。「フェイト・アーウェルンクス」という素体の強度そのものが、この程度の損傷で済んだ要因だ。

 彼は戦闘の疲労など意にも介さないような澄まし顔で淡々と、光が立ち上る封印の大岩を見ると、現在の状況を天ヶ崎に尋ねた。

 

「鬼神はすぐにでも?」

「残念ながら、もうチョイかかりそうや。……ま、この光を見ぃや。例え封印されても飛騨の鬼神は神気が衰える事は無かったみたいやな、余波だけで自然発光した魔力が天を貫いとるで」

 

 神への信仰に携わる者が最も感知しやすい神気。召喚者であるとともに、異界との接触者でもある千草の瞳は、神気に中てられた影響かどっぷりとした闇に浸っている。神気はその信仰や人の思いが集結してエネルギーを持った力だ。言わば、今の天ヶ崎は複数人の感情にその魂をさらしている状態。たった一人の意志が多数の意志に逆らえる筈もなく、彼女は極限にまで偏った闇へ追い込まれているのである。自覚など、当然無い。

 そんな彼女の姿をうっとおしく思った彦星は、さっさと儀式を進めろと言わんばかりに口を開く。彼が祭壇にささげられた木乃香を見る目は相変わらず下卑た物だったが、計画に掛ける彼の望みも高いのか、せかすような思いを募らせていた。

 

「その分が無駄になるだけであろう」

「わかっとらんなぁ彦星はん。この光は高天原(タカマガハラ)への道、鬼神の魂が降りる為の標でもあるんや。ただ光っとるだけとちゃうで」

「ならば、この光に乗れば高天原へ?」

「そりゃ無理な話や。体を捨てて魂だけならええかもしれへん。せやけど、肉体っちゅう余分なもんに収まっとった魂は罪が重すぎて昇れんわ。魂だけになったとしても、鬼神召喚の魔力として吸収されるんがオチやろうけど」

「そうか」

 

 呟きでそう返し、彦星はその場に座り込んであぐらをかいた。

 ただの質問に過ぎなかったのか、それとも本当に望んだ物が高天原にあったのかどうか、天ヶ崎達に知る事は出来ない。彼の瞳は瞼に閉ざされ、一切の光を通さぬようになったのだから。

 

「……来るね」

 

 

 

 

「どうするんだアニキ! のっぽの姉ちゃんに任せたは良いけどあの魔力…あの彦星とか言うヤツの規格外さは身に染みて分かってんだろ!?」

「うん。あの時は怒りで我を忘れてたけど、思い出した今となっては怖いよ」

 

 森の中を光の立ち上る湖畔へ走りながら、カモミールに自分の心境を吐露するネギ。その瞳には、嘘や偽りの無い恐怖の感情が浮かんでいる。

 

「だったら!」

「でも、勝機はある! あの人は結構自信家みたいだし、隙をつけば何とかなるかもしれない。それに遅延呪文(ディレイ・スペル)を重ねて使いこなせば…!」

「ま、待てよ。まだ練習中なんじゃなかったのか!?」

「そうだけど……」

 

 カモミールは慌ててネギのバカげた行動を止めようとする。過ぎた魔法は効果が起きずに消滅するか、注ぎこんだ魔力が行き場を無くして精霊達を暴走させるかの二択。精霊と言う「目に見えない生物」を使役する西洋魔法使いにとって、盛大な呪文の失敗は自爆に等しいのだ。

 それでも、ネギは逆境の中で乗算をするかのように実力を挙げて来た。治癒の呪文も相当数を覚え、攻撃・捕縛はその場で機転を利かせて幾億ものバリエーションを作りだす事が可能である。これもネギの秘められた無限に等しい才能による物。そこいらの匹夫とは比べ物にならない程才能に愛されているとも、彼の卒業したメルディアナ魔法学校では噂されていた。

 

「チクショオッ! こう言う時に限って戦力が分断されやがる…!」

 

 だが、それらの応用は自分の背丈に見合ったもの。完全に成功をしているからこそ可能な芸当であり、ぶっつけ本番で扱った魔法は今のところまだ一つもない。幾ら英雄の息子と言われるネギであっても、そう簡単に命を賭けた実戦を経験する機会など訪れる筈が無いのだから。

 それゆえに、恵まれた境遇に甘んじていた自分の身を恥じた。エヴァンジェリンとの決戦は、その点で言えばお膳立てされた物とは言え彼に急激な成長を促したとも言えるだろう。もし、彼女が来てくれていれば。そんな可能性がネギの頭に浮かんだが、またそれも甘えた考えなのだと振り切った。

 他の誰でもない。自分が、この事態を切り開かなければならないのだから。

 

「どっちにしても、早く行かなきゃこのかさんが―――」

 

 焦るように呟くと、近くの茂みが大きく揺れる。すわ、敵の襲撃かと身構えてその場に立っていると、何故だかそれほど嫌な感じがしない事が気になった。敵意を向けてくる相手ではない、ならば一体誰がいるというのか。

 

「スプリングフィールド、此処に居たのか」

「!?」

 

 突如ネギが耳にしたのは、聞き慣れない他人行儀な呼び方。だが、その声そのものは極最近聞いた事がある。最近の記憶の糸を手繰り寄せ、木の影から露わになった姿はネギの中で一人の人間の名前を思い浮かばせた。少し変わった、では済まない強烈な第一印象。一見してみればロボットの様な人。

 

「フォックスさん!?」

「話は後だ。魔法使いはその杖で空を飛ぶのだろう? 俺は飛べんのでな、足を借りたい」

「あ、分かりま―――そうだ! あの」

「此方に寄りながら話は拾っていた。即興の連携だが、お前は俺をあの場に落としてくれるだけで良い。後は動きに合わせよう」

 

 その言葉に二人は絶句する。此方に寄るまで、彼はかなりの速度で移動していたようにも見えた。だとするなら、一体どこまで音を拾う事が出来るのか。そんな疑問がわき上がるが、味方だと判明していて協力を要請している。渡りに船とはこのことだとカモミールはネギに協力を進言した。

 

「も、物分かりがいいじゃねえか狐の兄ちゃん。…ぃよーしっアニキ! ネコの手も借りたい状況だし、早速協力と行こうじゃねぇか!」

「フォックスさん、僕の杖に捕まっていて!」

「了解した。重いだろうが…行けるか?」

 

 杖に跨って飛びあがり、フォックスがぶら下がる形でネギに同行する。強化外骨格やフォックス自身の筋肉に満ちた体重でネギのバランスは崩れかけたが、この程度なら魔法で強化された杖も折れる事はない。空中に浮き上がった瞬間、彼はサイファーに捕まっているような気分だと笑みを浮かべたが、それを確認する事もしないネギの操縦に従って湖面を駆けていく。

 そんな時、真正面から一体の翼を持った鬼が迫って来ていた。

 

「あれは…?」

「このまま加速しろ」

「は、はいっ! 加速(アクレレケット)!!」

 

 杖の速度は風を切り裂き、下の湖面に途轍もない水飛沫を上げさせる。

 そして、ネギが驚いたのは此処からだった。加速して不安定の筈の杖、だと言うのにフォックスはそれを意に介さないように杖の上に立つと、ネギの後ろで雷を滾らせる不思議な刀を構えたのだ。

 

「フォックスさん!」

「もっと、もっとだ! 速度を上げろ!!」

「ッ、加速(アクレレケット)ォ!!」

 

 最大速度には及ばないものの、普通の人間、いや魔法関係者でも垂直に立つ事の出来ないような暴風が吹きすさぶアンバランスな杖の上。そこに突き刺さった針のように体をぶれさせることなく立ったフォックスは、来るべき一瞬の為に全神経を集中させる。

 

 それは、スローモーションの世界のようだった。

 極限まで思考を回転させ、強化外骨格とナノマシンが組み合わさって体への命令信号が補助される。その過程を踏んで展開された景色は、秒刻みの世界が分刻みの世界へと変貌していたのだ。

 当然、真正面から向き合って加速している筈の異形の鬼も例外に漏れず、その動きをスローカメラで捉えた時の様な緩慢な動きに見える。そして、腕が電気信号を受け取り、目の前の敵を―――

 

「斬ッ!!」

 

 目にもとまらぬ速度。

 確実に音の世界に入り込んだフォックスの腕は、瞬く間に敵の迎撃用の鬼を細切れに切り裂いた。そして、フォックスのみが認識できる速度で異変が起きる。刀が右腕の格納領域と共鳴するように発光し、切り刻んだ鬼の体からほとばしる何かをフォックス自身へ吸収したのだ。

 

 ―――奪ッ!

 

 吸収された魔力は、彼が扱う事が出来ないからと言わんばかりに「気」へと変換され、残りが刃に纏われる。その不可思議な現象を目撃したのは、当然と言うべきかフォックスのみであるようだ。未だ彼にとってスローに見える世界のカモミールとネギは、目の前の切り裂かれた敵をまるで向かってきたばかりの様に身構えている。

 そうした行動の終了と共に、フォックスが感じる速度が元に戻った。死に瀕した人間は走馬灯と呼ばれる脳が常識外れの速度で回転して一生の光景を短時間で見せる現象が起きるらしいが、先ほどの感覚は正に其れを攻撃用に転じさせた極致に近い。

 では一体、何故そんな現象が死にかけても居ない自分の身に―――?

 

「…………?」

「フォックスさん、行けますか!?」

「っ、ああ」

 

 ネギの了解を求める言葉で我に返り、目前に迫った天ヶ崎千草、彦星、フェイト・アーウェルンクスの三人を視界に収めた。そこに居た二人は自分と言う登場人物が意外だったのか、見るからに伝わってくる驚愕を見せている。ただ一人、瞑想の様な物を続けている彦星は何を考えているのか分からなかったが。

 

 そして、フォックスは杖の上で何故か強化された刀を構えてフェイトへと切っ先を向けた。その意思の向く先を見たカモミールがネギに伝えると、残り十メートル程の場所でネギが彦星からフェイトへ方向転換を行う。

 正確な操舵によって狙いを付けられたフェイトは、杖の速度そのままに突っ込んできたフォックスの刃を目にする。

 

 言葉通り、眼前に。

 

「くっ…!」

 

 無言で刃を突きたてようとしたフォックスを避け、彼の鋼の体が通り過ぎた一瞬後にフェイトの頬が血を噴き出した。高周波電流が流れる事で高速振動を起こす彼の刃は実際には切れずとも、刃を接触させようとするだけで理不尽な不可視の刀身を引き延ばす。故に繰り出された斬撃は視覚効果を欺くという、不規則な間合いを持った真空の刃を常に纏っているのだ。

 

「オオオオオオオオォォォォォッ!!」

 

 地面に着地した彼は、その速度のままスライディングで地面を擦りながら彦星へと接近する。ネギの戦闘機からの爆弾投下にも等しい加速によって留まる事を知らない彼の体が彦星に近づく中、彦星は突如、瞑想で閉じていた目を見開いて両腕をフォックスへと突き出した。無論、その程度で止まる筈がないのだが、フォックスの背には突如とてつもない悪寒が走る。それに従おうと体が跳ね、唯でさえ不安定な空中の体勢を崩してしまう。

 

「破!」

 

 彦星の言葉と共に、足元から出現した「黒い脚」が二人の間にある影を伝い、フォックスの下からせりあげて来た。その不意を狙った攻撃に防御のしようがなく、彼の背中には全力の蹴りが直撃する。

 ドォッ、という鈍い音がフォックスの背部から響き渡り、強固な外骨格と差し替えられた筈の背骨が情けない泣きごとを漏らす。途端に神経中枢が集まる箇所へのダメージによってフォックスの視界はホワイトアウト。一時的ながらも、意識と共に吹き飛ばされた彼の体は、そう広くもない祭壇の足場を転がっていった。

 湖に落ちる間一髪、意識を取り戻した彼は足場に刀を突きたてると、鉤爪の様に鋭い足の指で踏みとどまって体勢を立て直す。変わらぬ闘志を刃に乗せて、改めて構えを取る。だが、その体は正直に未だ立ち直り切っていない意識を表すかのように揺れていた。

 

 そうしたフォックスへ追い打ちをかけようと言うのか。彼が体勢を持ち直した瞬間、既に彦星が手に不可解な術式を込めた札を手に握りこんで、そのまま殴りかかろうとする姿が視界に収まっている。脚を動かす暇がないと判断した彼がブレードの峰で彦星の拳を受けると、まるで金属同士が叩きつけ合った時の様な甲高い音が鳴り響いた。通常なら有り得ない現象も、散々とファンタジーな力をその目で見て体で扱ってきた今なら、難なくその答えを導き出す事が出来てしまう。

 

「身体強化か…」

「如何にも。そこに思い至るだけの知能はあるらしいなぁ」

「脂肪だらけの体に見えたが…成程、牛飼いをするだけの力はあるらしい」

「その天の牛は貴様が全て斬り捨てたのだがな」

「そうか」

 

 拳と剣の接触面から火花が散る。そんな現実には有り得ない光景のままに彼らは言葉を交わしていた。その会話で得た彦星の言った事が嘘か真かはフォックスには分からないが、何にせよ彼一人しか対抗できる戦力が居ないと言うのは真実らしい。後は千雨のログから知ったフェイトとか言う少年を抑えればネギが天ヶ崎の召喚を中断できるのだが、事がそう上手く運ぶ筈もない。

 

「俺を前にして考え事か。随分と余裕…だなぁっ!」

「ぐ、ぉぉっ!?」

 

 気合のこもった掛け声とともに、彦星から更なる魔力が放出される。まるで金槌を撃ち降ろされた釘のように推進力の増した拳に押され、フォックスは足元の木材床をめくり上げながら後退させられた。

 

「そら、もう一発!」

 

 凝縮された魔力が再び拳に宿り、彦星の右肩辺りからバックファイヤーの様に魔力が放出されようとしている。魔力を込めてから行動に移すまでのタイムロスがあると感じ取ったフォックスは、そうはさせるものかと押し返す勢いで強化外骨格の駆動力を腕に集中させる。

 この光景を見ている物がいたなら、誰もが全力のぶつけ合いが始まると思っただろう。

 再び、彼の右腕が青白く発光するまでは。

 

 ―――奪ッ!

「なにぃっ!?」

 

 突如、彦星の体に施されていた魔力のブーストが解除された。ただの見た目通りの肥満な男になり下がった彦星は、戦闘を行う者にとって致命的な隙を晒す。その間をついたフォックスは、先ほどのお返しとばかりに渾身の回し蹴りを彦星の脇腹へ叩きこんだ。強化外骨格と気の合成により、恐ろしい程の力が込められた回し蹴りは叩きつけた対象へ慣性を生み出した。

 

「ごっ――――――は―――――」

 

 そのインパクトの瞬間、彦星は手に持っていた呪符をフォックスの足に貼り付けるが、瞬く間に湖畔の上に作られた足場から、最も近い陸地へと吹き飛ばしてしまった。水面と平行に成人男性が飛んでいく光景は、見るからに滑稽で、衝撃的なものだろう。

 だが、そんな彦星の行方を最後まで見守っていられないのが現状。

 すぐさまネギが戦っているのだろうフェイトとの方向に顔を向けると、そこには捕縛されて掛かっている白髪の少年と、くたくたながらもやり遂げた表情で捕縛魔法を発動させているネギの姿。あちらも木乃香を助けるために祭壇の方に振り向こうとして、フォックスと視線が合った。

 

「此方は一時的に行動不能にさせた」

「同じく、です。それより、早くこのかさんを―――あれ!?」

 

 助け出しましょう、と。そう言いきる前にネギの言葉は疑問にとって代わられた。

 彼の声と共に釣られて召喚の祭壇へ視線を移したフォックスの目に入ったのは、既にもぬけの空となった無人の祭壇。あれほど無差別放出されていた魔力の流れは一定量に留まり、その出所を遥か上へと……

 

「スプリングフィールド、上だ!」

「ふふふ……遅い、遅いでアンタら。儀式はもう終わっとりますえ…」

「このか…さん……?」

 

 木乃香を傀儡にするため、余す所なく全身に張られた呪符。それらを統べる天ヶ崎千草は、召喚した「ソレ」の肩の上からネギたちを蟲の様に見下していたのだ。その不快な視線を受けたネギは肩を震わせるが、そんな変化さえ今の彼女にはどうでもいいのか、この力は素晴らしいのだと高説を垂れ始める。

 実際、フォックスたちは光の柱や激しい戦闘で変化を感じ取ることが出来なかったが、光の柱の着地点となっていた封印の大岩は、その身をこの世の者とは思えぬ異形の鬼神へと身を変えていたのだ。

 

 飛騨の大鬼神「両面宿儺神(リョウメンスクナノカミ)」。姿は二面四腕の異形。

 伝説によれば身の丈は十八丈、現代にメートル換算すると約54.5メートルと言われていたが、今のネギたちには絶望的な事に、飛騨の大鬼神の実状は低く見積もっても100メートルに近い巨体を持ち合わせている。

 

 さらに、彼女が行った召喚はほぼ完了しており、最早膝もとまで出かかっているこの鬼が動き出すのにそれほど時間を要する事はないのが見て取れる。今でこそ召喚の途中と言う事で一歳の動きが見えないが、此れが暴れ回ったとするならば、天ヶ崎千草と言うただ一人の人間の匙加減で並みいる術者を喰い殺し、破壊の限りを尽くす最悪の存在へと昇華されるだろう。

 無論、そこから導き出される被害の幅は史上最悪を体現するに相応しい。

 

「さぁ~て、此処まで来たからにはもう皆用済みや。まずは“英雄の息子”ネギ・スプリングフィールド…アンタから惨めな最期を見せてもらうで……」

 

 だからこそ、彼女はまず己の復讐の一手の為に彼を狙う。

 かつてより抱いていた子供を殺さないという信条は、既に彼女の頭の中から毛去っていた。強大過ぎる力をただ一人が手にした場合、気分が高揚して何でもできるような錯覚に陥ると言う現象が起きる。彼女もまた、そう言った錯覚から生じた高揚感の助長が千草と言う女性の正気を侵されているからこそ、命をただの「的」、もしくは鬼神の力を知らしめるための尺度として認識してしまっているのだ。

 だが、その的にさせられた方はたまったものではない。スクナの完全な召喚がなされれば今の比ではない力が振るわれるのは明らか。ならば、正義の魔法使いとして、この場を止めるべき選択として、自分の命を長らえる手段として、この未だ不完全な鬼神を早々に送り返すのが最善の選択である。できるかどうかは別として。

 そう判断したネギは、即座に呪文の詠唱に入ろうとした。が、

 

「止めておけ」

「フォックスさん…!?」

 

 彼の機械に覆われた手に手首を掴まれ、呪文の詠唱を止められる。

 

「此方に最大の戦力が向かっている。それが到着するまでこの場を守り切るのが、俺達にできる“最善”だ」

「で、でもアレが完全に出てきたら――」

「なんや? 命乞いの相談でもしとるんかい、この…ゴミ共がぁぁぁぁっ!」

「……僕も巻き込む気か」

 

 千草の魔力による号令により、スクナの一軒家より太い剛腕が振り下ろされる。そんな物を受けてしまえば足場が持たないどころか、人間など跡かたも残らない程に潰されてしまうだろう。そして仲間である筈の者まで狙った攻撃に、後ろでネギの拘束を解いたフェイトは覚めた視線を天ヶ崎に送ると、水のゲートを利用してその場から去って行った。

 敵の一人は削れたかもしれない可能性が消えたのだが、その事に気付く余裕のあるネギではない。腕が振り下ろされ、自分達の命を散らす未来を想像してその体を震わせることしかできないのだから。

 しかし、このような状況だと言うのに、フォックスはその「訪れるべき未来」には悲観していなかった。それどころか抵抗すらせず、手に持った高周波ブレードの切っ先は、未だ力を失ったまま脱力して下ろされている。

 

 そう、彼は知っていたのだ。

 それは来るべき死と言う暗闇の世界ではない。確かに彼は潰されると言う点においてあちらの世界で死をもたらされたが、潰されたと思った瞬間にこの世界に飛ばされているのだ。そんな物を知る筈がない。

 ならば何を知っていたのか。

 それは、説明されていないネギにさえ、分かってしまった。

 

「神鳴流奥義」

 

 彼女が来た事を、ナノマシン通信で知っていた(・・・・・)のだ。

 

「五月雨切り!」

 

 白き翼を生やした剣士の少女は、恩師より授かった刀を以って、正しくその魔を討った。真の姿を解放した刹那は、妖怪としての妖気によって身体能力を補い、残る人としての気によって刃を長大な物へと改変する。それはダイヤより硬く、鋼より鋭く、何よりも尊い意志が体現された刃。

 

 返す手首、振り上げる刃、意志と力の統合により、只管に切り崩される鬼神の拳。

 一つの「神」というべき物体が、信仰の硬さをも上回った連撃によって細かい破片へと変化させていく。如何に上位の存在として強靭な肉体を持っていようとも、幾度となく意志が形を成した業物によって切り刻まれ続ければ、その身も脆くなろうと言うもの。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォっ!!」

 

 斬る。

 斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬ッッ!!

 

 ―――斬ッ!

 

 崩れていく。

 振り下ろされた鬼神の手が、手首が、肘が。

 バラバラとなった鬼神の右腕の一つは、再生される事もなくその身を散らす。ネギやフォックスに降りかかった肉片は形を維持できずに消失し、散った魔力の煌めきとなって湖畔を埋め尽くした。

 幻想的な、天国の様な世界に舞い降りた白き翼の持ち主。

 

 その名を、桜咲刹那と言った。

 

「申し訳ありません、お二方。少々遅れてしまいました」

「いえ……その、綺麗、ですね」

 

 ふんわりと笑みを浮かべて、刹那がようやくここまでこれた事を謝罪すれば、笑顔に見せられたネギが赤面させつつも刹那の美しい羽を褒め称える。その時、「其れは何ですか」、などと言った既に無粋な質問などはわき起ころうはずもない。

 ただ彼女は隠していて、それを使うべき時に使って助けてくれた。

 この場には、たったそれだけの真実が満ちているのだから。

 

「な、烏族の羽やて!? スクナの腕が、斬られたなんて、そんなバカな事が!!」

「わめくしか能がない、か。……桜咲、スプリングフィールド。共に、やれるな」

 

 語尾を上げぬ、確信を持った問い。

 当然その問いに帰す答えは頷きと言う「是」の答えのみ。

 

「そうか……ならば、近衛を奪い返してこい。俺は少々因果がある、彦星の元へ行く必要があるらしい。それに―――」

「それに?」

「来たようだ」

 

 フォックスの余裕の表情、そして、天ヶ崎の目は驚愕に見開かれる事になる。

 

 湖面が振動し、地面が揺れた。

 その下を突き破ってきたのは、全身を鋼によって形作られた人工の巨人。人と兵を繋ぐと言われた歯車の名を冠する兵器。水飛沫がその全身へ隈なく光を当て、煌めく装甲の鈍い輝きは巨躯が持つ力を威圧によって醸し出すかのよう。

 METAL GEAR RAY

 装甲に描かれた簡素なゴシック体がその名を表す。

 

 驚きはそればかりに留まらない。あろうことか、その鋼の巨躯は湖面の上に足をついたのである。地面がある様にしっかりと踏みつけ、逆関節の脚部が着地の衝撃を和らげる。両面宿儺神にも対抗しうる質量を持つRAYは、水面に立ってしまったのだ。

 

「えぇっ!?」

『≪足場が悪いみたいなんでな、ちょっと協力してくれる奴探してたら時間喰っちまったよ≫』

「こ、この声千雨さん!?」

 

 自分の知るクラスメイト。その声がRAYから聞こえてくる事に衝撃を隠せないのはネギだけではない。刹那もまた、ナノマシンの同期によって千雨もRAYと共に向かっているとは聞いていたが、まさか自分の意志を持った兵器であるRAYが搭乗可能なものだとは夢にも思わなかった。

 そして、水面の謎に関してはある人物によって解消したと千雨が言う。それは一体何なのか、その答えを持つ人物は、フォックスの後ろに突如転移で現れた。少なからず、その人物と千雨たち現代兵器陣営には関わりがある彼女は、

 

「お狐様、お久しゅうございます」

「織姫、か」

「はい。あの鉄塊と生意気な小娘は足場が欲しいとわめくので、寛大な心を持った(わたくし)は水面との境界に平面な結界を張ったのでございます。これで“ひすてりっく”な女こと、天ヶ崎の元へ行くにも困る事は無いでしょう」

「……フォックスさん、何なのだこの辛らつな言葉を吐く方は」

 

 それが織姫が自我を取り戻した証である、と言えば表現が可能なのだが、このように雑談で時間を使うこと自体が勿体ない。説明に関しては後に控えた方がいいと判断した刹那が顔を背けて翼をはためかせると、千雨が駆るRAYが天ヶ崎を威嚇するように「人殺しの兵器」としての威圧を放出させながら咆哮を上げる。術者の手によって身体の自由が効かない鬼神は、ただ怯える術者の命令を待ってたたずむのみ。

 

 キャストが揃った最終決戦の火蓋が、切られる。

 




ここから焦点を当てるのがまた二手に分かれます。
フォックスと彦星の戦い。
織姫及びRAY(In千雨)参入、ネギチームと鬼神+千草。

最終決戦 後篇も更新が長くなりそうですが、お付き合いください。
色々と引っ張りすぎたのにたった一万字程度で申し訳ありません。
次回はかなり長めに書く予定です。全描写が戦闘の光景になるかもしれませんが。
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